前世モーレツ系だった僕は今世でも懲りずに爆走する 作:メダカにジャム
ローゼリア・ロヴェーヌ:修羅場なら睡眠時間3時間切りでもへーき。尚、ユーザーから課題を聞き出してそれを技術的なものに落とし込むという、SEの上流工程やコンサルがやるようなことはリカルドに全部ぶん投げている。
ローゼリア・ロヴェーヌとリカルド・キサラギが無線魔導通信技術、そして魔導レーザー加工機という国家戦略そのものを大きく塗り替えてしまう大発明を持ち込んで、速攻で秘匿レベル5、王国の最高機密の一角に数えられることになった際、当然ながらどこまで情報が広まっているかの聴取は行われた。その際に、リカルドはこう明かした。
ロヴェーヌ家当主夫妻及び自分の両親は自分たちが無線魔導通信機の開発に着手していることを既に把握している。その上で、事情を知らされた大人達はこれを便宜上重要な国家機密扱いとして自分たちを守るためにも秘匿している。今回このような形で発明品を持ち込む際、そのルートの策定にあたっては高位貴族家出身者である当主夫人及び自分の母親からのアドバイスがあった、と。
リカルドからの報告を受け、王宮は正式に使者を秘密裏に送り、無線魔導通信機の存在を秘匿レベル5として扱う旨の勅令状を送付。以降、安全性の確保の為にロヴェーヌ領への目付け役として派遣された一人目が、現在ロヴェーヌ家にて派遣メイドとして勤務しているアゼリアである。余計な情報を漏らさないために、一か月ほどで他の人員と交代した彼女だが、この度、冬の社交の為にロヴェーヌ夫妻が長男のグリムに加え、護衛にリカルドの両親であるムラマサとチェルシーを連れてやってきた際に、背筋が凍る思いをさせられることなる。
ローゼリア・ロヴェーヌとリカルド・キサラギのスケジュールは殺人的多忙の一言に尽きる。よって、二人の王都の子爵邸への帰宅時刻は共に深夜の時間帯となることも少なくない。
「ただいまー」
「只今帰りました」
ローザが今日両親たちが王都に来る日だったかと帰宅の挨拶を子爵邸の扉を開けて語り掛け、リカルドが倣えば。リビングには、全身を縛られ気絶したアゼリアがおり。
「お帰りなさい、二人とも」
顔色を真っ白に染めたセシリアが待ち構えていて、ローザは咄嗟に回れ右しようとするも、リカルドに引き留められる。
「ちょっ、離してリッキー!お母様マジで怒っているよこれ!」
「逃げたら十倍になるから諦めてくださいませ、お嬢様!……まさか、アゼリアさんの事、手紙に書いていなかったんですか?」
「うぇっ!?……あーあーあー」
「一言も書いておりませんでした」
「……申し訳ありません、御屋形様、奥様」
子爵夫人であるセシリアがピシャリと切り捨てるや否や、恥も外聞も投げ捨てて即座に罪は我にありと土下座するリカルド。*1そのままリビングは雷の嵐に呑まれ、一番偉いはずの子爵は理由そのものは至極真っ当な叱責とはいえ、何かを思い出したのかガタガタブルブルと震えていた。
「それで、この使用人はリカルドが雇ったのですか?」
「いえ、副業の関係でお世話になっている方から派遣していただきました」
叱責の最中にアゼリアの拘束は早業で解かれ、チェルシーの聖魔法で治療されて目を覚ましているのを、リカルドは見て取った。当の本人は、気絶したふりをして様子を伺っているが。
「アゼリアさん、親父がいるのに狸寝入りしても無意味ですよ。今回の件は完全なこちらの連絡の不備によるものです」
「左様ですか……例の特殊視覚ですか?」
「あのクソジジイからの遺伝ですね」
「改めまして、彼の副業先から派遣されました家政婦のアゼリアと申します。二人とも身を削るか否かと言ったような激務をしていらっしゃいましたので、連絡の不備に関しては私も何か一言申し上げておけばと言う所です」
「いえいえ、儂も娘達のことは強く言えぬ立場でしてな?大事な研究に熱中しすぎて、危うく侯爵様に出す税の重要書類の提出期限に遅れてしまう所だったこともありましたわい」
リカルドの特異体質が可能とする、魔力波長の視認能力。常人の索敵魔法、魔力感知能力との最大の違いは、感知範囲と波長認識能力である。端的に言えば、目の前だけのカラー写真が前者で、画角の広い白黒写真が後者である。戦闘においては相手の挙動を見切る事に対して圧倒的な強みを発揮するが、これを魔道具開発に活かした例の最たるものが同一波長単一位相の魔力を扱う魔導レーザー技術である。
ともあれ、叱責は終わり。夜も遅いということで報告会は翌朝に持ち越された。
「……そう言えば。アゼリアさんがいることすら報告出来ていないのだとしたら、多分これも忘れていますかね。申し訳ございません、お館様」
「む、何だね?」
「副業先で特別推薦を頂く見込みが付きましたので、王立学園を受けます。願書はこちらで手続きして受理していただいております」
「おお!……確かローザと一緒に勉強していた時は過去問とは言えA判定を取れておったの。これは心強い!」
「とはいえ、問題もありまして。受験勉強もとい錆落としの時間は副業の関係で取りにくく、ヤマが大きく外れれば流石に厳しい状態です。期待値としては若様とどっこいどっこいかも知れません」
「うむむ……駄目で元々の精神で行くしか無いか……」
「……らしくないわね。王国は伝統的に人材がきちんと育つようにその保護に重心を置いていると思ったのだけれど?何があったの?」
リカルドの受験戦争への参戦の報告を聞き、盛り上がるも条件の厳しさから糠喜びは止めておこうとなるベルウッド。一方でリカルドの母、チェルシーは違和感を口にする。起きている事象が王国の伝統的な人材教育を重んじる政策と符合しないのだ。
「端的に申し上げれば。クソジジイがクソジジイ過ぎて自分で受験資格を勝ち取る為の功績を稼ぐしかない状況になりました」
「「「「は?」」」」
リカルドの両親が一瞬でぶち切れた。セシリアも、ここまで機密も多いからと遠巻きに見ていたグリムもキレた。国防の都合上テロリスト予備軍を何処かで弾く必要があるのは承知している。その烙印を剥がす為に特別推薦が必要であり、それをくれる相手の見込みが付かないのもそれはそれで政治力の不足であり、残念ながら仕方ないとなってしまう範疇だ。そこを己の才覚によって突破して、それでも再度、祖父の影が立ちはだかると?ふざけるな。
「僕らはやっている事も目新し過ぎてその成果をどう評価すれば良いのか材料が全然足りない、だから本当にギリギリまで功績稼ぎとその査定を引き延ばすしかないと言う事態になっています。まあ、心配しないでください。キサラギの負債はもう清算終了間近。王立学園の受験に関しては完全な利益の上振れ狙い。身体を壊せば大赤字なので受験勉強は程々にしておきますよ」
へらへらと、どうでもいいことのように語るリカルド。そんな彼に声をかけたのはグリムだった。
「君がどれほどの苦難を乗り越えて今此処にいるのか、知るべきでないことも多い以上、僕にはその全容は分からない。でも、君がここまでへばるほどの逆境すらも乗り越えて勝利を手にしたとするならば、その暁には君が掴み取った勝利に泥を掛けられることを絶対に許すんじゃない。君はいつだって家族の為に、家族のように思ってくれている僕達の為に作戦を考えて立ち上がって来たロヴェーヌ領自慢の星の一人なんだ。謙虚・堅実を家訓とするうちだけれども、そうして一歩一歩進んで掴み取ったものをむざむざと踏み躙られる事をへらへら笑ってやり過ごすような腑抜けでいることを良しとする家訓なんかじゃない」
「グリム兄さん……」
「御意」
グリム・ロヴェーヌ。母セシリアから、ドスペリオル家特有の身体強化の才能を受け継ぐ事は無かった身であり、性格は穏和な好青年である。しかし、その根底にある精神性、本当に譲ってはならないものに対する断固たる態度は確かに両親の底力を色濃く受け継いでいた。
「グリムが私達大人が言うべきだったことを言ってくれました。……此処からは一人の私人として、無責任を承知で言いますが。此処まで来たら、誰も文句を言えない完全勝利を決めて欲しいものです。貴方の両親は此処にいますが、私達夫妻とて、子供達と共に歩んできた貴方達に親心が湧かぬほど薄情になった覚えはありません」
「は!」
セシリアが改めて発破をかける。かつて実の母チェルシーの乳の出が悪く、翻って自分は捨てるほどであった為に乳母を買ってでたこともあり、赤子からの付き合いであるリカルドは彼女にとっては5人目の我が子のようなものである。
「リカルド」
「はい」
「サクヤも、グレンも、何時までも護られるのは御免だそうだ。……格好良い兄貴の背中とやらを見せてやれ。俺が言うのも、とは思うが」
「三兄妹最弱は僕なんですけれどね……まだまだ手の掛かる年頃の癖に、腕っ節ばっかり伸び盛りで生意気な」
ムラマサがリカルドの意地を思い出させる。リカルド・キサラギはその呪われた血の割には弱い方である。一家全員が当たり前のように発現する性質変化の才能は極めてレアかつ制御難易度が高過ぎて王立学園ですら指導カリキュラムが存在しない外れレア属性こと音属性のみ。キサラギの血が強く出ているがために、その戦闘スタイルには高出力の身体強化で短期決戦を挑むと言う王道の選択肢が存在しない。行軍には不自由しない程度の低出力をゆっくり出し続けるか、肉体が自壊するギリギリの超出力を一瞬だけ爆発させて初手必殺を狙うしかない体質は、戦闘員としては総合力に欠けると言わざるを得ない。そして何より。本人が戦士の才能を持ち合わせていない。そんな彼はどうしたら格好良い兄貴でいられるかを模索し、研鑽を欠かさない。彼の可愛がる妹のサクヤと弟のグレンはそうしたリカルドを尊敬しており、だからこそ子供達のヒーローの背中を押してやるのは自然な流れだ。
「……王立学園卒業間近で全部放りだした私が何か言うのもお門違いなような気がするから、私は激励しないけど。私は一人の聖魔法使いとして、時間の足りないあんたたちに時間を作ってやることが出来る」
「ありがとうございます」
チェルシーが静かに協力を告げる。かつて彼女は王立学園に入学し、その圧倒的な聖魔法と身体強化の腕前により総元も間近となっていた。しかし、積み上げた栄光は彼女にとっては無価値であった。全てを捨てて本来の生まれではないとは言え実家を崩壊させたドサクサに紛れて雲隠れしたその経歴は今尚関係者達のトラウマである。そんな彼女は言うべきことはないと判断し、ただ時間的余裕がないことだけが自分が解決できる課題であると見抜いた。ロヴェーヌ家特有の戦闘能力とはあまり関係なくタフな体質*2を持ち合わせていないリカルドはどうしても休息に関してローザよりも制約がきつい。その軛を少し緩めてやれば、我が子は飛び立てると良く理解していた。
「うん?儂も何か言わんといけない感じかの?先の事は優秀な子供達に全部任せると言っている通りだ。仮に今失敗した所で、またやり直せば良い。そうするだけの力がお前達にはあると、儂は信じているよ」
「はい、お館様」
ベルウッドはのんきに泰然と構える。自らが専門とする農学、そして領の主要な収入源である農業等において、理不尽な天災など割とよくあることだ。起きてしまったことは仕方ないのだが、じゃあ心が折れて来年辞めると言う訳にも行かない話である。何とか食いつないで、次に繋げるしかない。失敗に耐えて次に繋ぐ力があるかについて、ベルウッドは特に心配は無かった。
リカルド・キサラギは母親に気質が似たのか、前世からそうだったせいかは分からないが、生来のワーカホリックであり、必要とあらば自分の身命すら単なるリソースとして割り切って突っ込む狂気の持ち主である。しかしながらその身体は体力の積載可能量が物理的に限られている小柄な子供のそれであり、蓄積された精神的な疲弊は身内ならば見て分かるほどの具合で、消耗を抑えて走り切るべく、狂気もやや鳴りを潜めていた。そこへ激励によってマインドセットを立て直す機会を与えられ、聖魔法の達人である母チェルシーによる休息の時間効率を大幅に引き上げる裏技を活用出来るようになった結果。更に一歩前へ踏み込む真似が出来るのがローザとリカルドである。
ハイになった開発バカコンビはその勢いのままに開発段階を無線魔導通信ネットワークの試験運用に移行させ、手始めに費用対効果を最大化しやすい、王国各地の騎士団駐屯所での運用を想定した大型通信アンテナの設置に取り掛かった。此処で立ちはだかったのが測量がロクに行われていないという地理情報の軽視の壁であったが。その壁は土地の高低差が大した事ない場所であれば、そこまで高い壁でもない。平原部の駐屯地にある物見の塔に次々とアンテナが取り付けられ、魔鳥の限界など置き去りにした通信速度を可能とした秘密裏の試験結果に駐屯地の司令達は密やかに湧き立つのであった。季節は冬、貴族達の興味は王都での社交シーズン、そしてその話題としてシーズン後に控える王立学園入学試験に気を取られ、入れ替わるように王都から各地へ散ったある企業の話など話題に上がることも無かった。ユグリア・ネットワークス。リカルド・キサラギを初代社長、ローゼリア・ロヴェーヌを初代会長として始動する、後のユグリア王国最大の企業の始まりは、特務第七隊の隠れ蓑であった。
一方、ロヴェーヌ領では一つの異変が起きていた。
「おや、坊っちゃん。何ぞお人が変わったようですなぁ……稽古の身の入り方が違いますねえ」
ロヴェーヌ家末子、アレン・ロヴェーヌは飽き性であり、身近にリカルドの妹、サクヤ・キサラギという手頃な競争相手がいたので日々の基礎鍛錬こそサボっていなかったものの、その稽古に何処か漫然としている所があるのは否めなかった。その潮目が変わったことを、ロヴェーヌ家の武術指南役にして侍女長たるリカルドの祖母であるツバキ・キサラギは見逃さない。
「そ、そうか?」
困ったのはアレンだ。まさかいきなり、前世のガリ勉だった頃の記憶が蘇ってやる気満々になったなんて言えるわけもない。たとえ身近に明らかにこいつ転生者だろうと言える言動をしているリカルドがいてもである。
「まあ、その、何と言うか……昔の気持ちを思い出したんだ。ばあやとムラマサに武術を習い始めた頃。ちっちゃいばあやが大柄なムラマサをあっさり投げたあの姿をな……?」
とは言え、嘘を吐いた所でロヴェーヌ領きっての底知れぬ業師を相手に無意味だろう。此処は本当の事を少し言って誤魔化そう。アレンは自分が前世の記憶を取り戻してから己の記憶を思い返して得た感想を素直に述べる。
「左様でございますか。では、鉄は熱いうちに打てと申しますし、存分に稽古をやりましょうか」
ゆらりと闘気を立ち昇らせる武術指南役の姿に思わず身震いするアレン。アレンには知る由もない話であるが、ツバキ・キサラギはとある事情にてその名が風化しかけているだけの旧世代に埋もれた怪物である。本人の生家、キサラギ本家に伝わる武術、ジゲン流を最高段位まで修めた達人である。最近のアレンには妙な見覚えが湧くネーミングの総合殺戮武芸百般であるジゲン流に基づく彼女の稽古は、天下の王立学園Aクラスであったとしても十中八九泣き言が飛び交うほど狂ったレベルの高さであることをアレンはまだ知らない。同時に、いつになくきつい扱きの意味が、ギリギリまで鍛錬の負荷をかけることでアレン自身の本性、奥底の部分を強制的に露出させ、目の前の様変わりした人物がそれでもアレン・ロヴェーヌであることを確認することを目的としていることなど、アレンには知る由もなかった。そうして、ツバキはアレン・ロヴェーヌの変貌に関して特に何も言うことはなくなった。
かくして、この大陸を揺るがす特異点となるロヴェーヌの子供たちは人知れず、羽化の時を待つのであった。