前世モーレツ系だった僕は今世でも懲りずに爆走する 作:メダカにジャム
社交シーズン故に夫に同伴して王都へ赴けば、前人未到の荒野を先導者の立場で爆走することを強いられる修羅場へと突撃して、急遽こちらに了解も取らずに呼んだ家政婦の補助があって尚、二人仲良くクラウビア原人*1と化していた二人をセシリアは一人の母親として、仮にも王国建国期以来の伝統ある名門の出身として、放っておけなかった。
仕事が死ぬほど忙しいのは分かる。休息を効率化するためのルーティーンとして食べやすいものとはいえ、きちんと食事をとって、毎日入浴するのもリカルドの従者としての努力の跡として認めよう。それはそれとして風呂上がりにタオルで乳首隠しただけのパンツ一丁*2でうろつき、自作エナジードリンクなるシュワシュワする薬水*3を呷って、エールを飲んだうちの旦那っぽい仕草*4をするのは、幾ら貴族籍が残るような見込みが立っていないとはいえ、仮にも貴族家令嬢として余裕でライン越えだバカ娘が。リカルドもリカルドで従者であることよりもローザの部下であること、ローザの魔道具士としてのパフォーマンスを最大化することを優先してしまいがちという従者としては結構なポンコツだしやはり甘い。ローザに必要なものがまともな従者よりもその飛躍を加速してくれる相棒であるので人選そのものに文句はないが。
結果、彼女はリカルドの両親と共に王都の子爵邸に滞在し、受験を控えた息子からは目を離していた。そうして息子と再会した時には、一人でドラグレイド*5から王都まで遥々やってきたと宣い、アレン・ロヴェーヌである筈なのにそうとは思えないナニカへと変貌していた。その時にはリカルドとローザは修羅場の一番きつい時期を乗り越え、受験資格の獲得にあたって理不尽な最大の関門であったリカルドの功績稼ぎも無事に終わったという。そんな大業を成し遂げた二人には王立学園受験当日までの長めの休暇が与えられていた。もっとも、公欠続きのローザは学院での補講があるし、リカルドは受験勉強の最後の追い込みで休暇どころでは無かったが、それでも相談相手がいることは彼女の不安を和らげた。
アレン・ロヴェーヌの受験前の休養日。セシリアは我が子の別人と見紛うばかりの急な変貌についてリカルドと言う天然の嘘発見器付きで問い質すことを決めた。詰問の本気ぶりに少し狼狽えるアレンだったが、それでも譲れないものがあると言い張った。そして、変貌はしているがやはりアレン本人でもあるという結論に内心至った。詰問を終えたセシリアは我が子の変貌に対し、一番状況が心当たりあるだろうリカルドに問いかける。
「……どう見ますか、リカルド」
「ふむ、そうですね。特に心配無用かと」
「そう言えるのは、やはりかつての貴方と同じだったと言う事でしょうか」
「十中八九は。僕の時のように暴徒に五体を砕かれて死ぬなんて大外れな記憶を引き継ぐことは無かったのでしょう。魔力の流れを見る限り前よりも至って安定しているように見えますね」
かつて、言葉を漸く話し始めるかどうかという幼少の折で軽い熱病の最中、突如謎の言語を喚き、錯乱したことがあったリカルド。幸いにして一か月ほどで錯乱は収まり、落ち着いた彼が語るのは、ロンディーヌ大陸及びその近隣では明らかに存在し得ない不可解な異邦人の記憶の存在。あっという間に大人並みの知性を獲得したリカルドは状況を正しく理解した上で、どこからどう見ても気狂いの悪魔憑きにしか見えないだろう己を生かしてくれたことの恩は忘れない、狂人の智慧は劇毒であろうとも使いようだと信じているから最善を尽くすという事でキサラギ一家とロヴェーヌ家に忠誠を誓い、今に至る。そんな彼が十中八九、アレンも異様な記憶を得たのだと言う。
「そうですか……少し、肩の荷が下りた思いです」
「……一番の問題はこれからですよ。奇怪な記憶を手に入れて異常な成長を遂げた所で、僕が若様の一番怖い所だと思っている特性が喪われたわけでは無さそうですので」
「聞いたことがない話ですね。……聞きましょう」
「奥様も心当たりはあると思うのですが、奇怪な天運とでも呼ぶべきもの。軽い気持ちで良かれと思っての行為からそうはならんだろうと突っ込みたくなるような結果を引き当てる不可解なナニカ。王立学園という大舞台で若様が更に盛大に周囲を巻き込む形でやらかさないと奥様は楽観できますか?」
「……貴方には苦労をかけますね、リカルド」
母として、息子の変貌が心配だったが、似たような症例と思われるリカルドからの、彼よりも軽症であろうとのお墨付きを貰えて、少し安心はできた。仮に変な記憶がいきなりこびり付こうとも息子は息子だ。ただ、それはそれとして。やらかすか、やらかさないかの二択で考えれば絶対にやらかすんだろうなと分からぬほど、己も生半可にアレンの母親をやっていたわけではない。奇怪な天運で引き当てた裏目程度でどうにかなるやわな子供達ではないと信じてはいるものの、貴族社会における真っ当な社交能力という意味では我が子の誰よりも達者なリカルドが引かされる貧乏籤には母親として頭を下げるより他にない。かくして、セシリア・ロヴェーヌはアレンへの詰問を軽く済ませ、後はその行く末を見守ることとしたのであった。
セシリアの詰問後、アレンは姉と共に王都観光に赴いた。セシリアとのやり取りの後、リカルドも気晴らしとばかりに所長権限でローザに連れ出される。二人のやり取りを聞きつつ、黙して付き人に徹していたリカルドだが。ナンパ男のトニーが運悪く*6絡んできた所で、このまま放置していても碌なことになるまいと露払いに動く。
「そこの御仁、はっきり言わないとお分かりいただけないと見ましたので申し上げますね?失せろ、下郎。お嬢様の休暇の邪魔だ。お前如き有象無象に割くほど安い時間ではない」
「ハッハッハ、お姫様の小さな騎士きどりかね、坊や。私が有象無象とは実に田舎騎士らしい物言いだ」
アカン。アレンの脳内に大音量で警告が鳴り響く。リカルドは身長130cmと小柄でアレンよりも更に幼く見える容姿だ。単に小さいと言われるぐらいならば大人の対応をするが。侮蔑のニュアンス込みで言った場合は地獄に落としに来る。
「……弱い犬ほどよく吠えるものだ」
瞬間、リカルドが腕をねじり上げる。トニーは苦痛に呻き、振り解こうとする。が、体勢の優位を取られ、リカルドの低出力にも勝てない水準の身体強化ではどうにもならない。
「どうした?見ての通り僕はお嬢様や若様より弱い木っ端従者だぞ?」
「馬鹿な!?私は王都でも金持ちで且つ優秀な人間しか入れないルーンレリア総合上級学校の卒業生、その中でも魔力量と最高出力には定評があったんだ、こんな小さな子供に負けるわけが……」
「うちの弟のデコピンで即死しそうな虫けら*7が何か言っていますね。では、お嬢様。お買い物の邪魔をして申し訳ありませんでした。羽音の煩い虫を捕まえましたので片付けて参ります。店員殿もどうもお騒がせしました」
そのまま店員に頭を下げて喚くトニーを引きずって外に出るリカルド。少しして遠ざかる悲鳴と共に戻って来る。恐る恐るアレンは何をしたのかと問いかけるが。
「顔は悪くありませんでしたし、女の子になりますか?似合いますよ?とオススメしてみただけですよ。どうぞ、心行くまでお買い物を続けてくださいませ」
ニッコリ人の心皆無な仕草*8と共にセリフを宣い嗤うその姿に寒いものを覚えて思わず内股になる店員とアレンであった。そんなトラブルもあったものの、特にその後は何事もなく食事を終えて帰った一行。ローザは先に風呂に入り、共にお茶を飲む中でリカルドはアレンに尋ねる。
「若様はこれからどの様に生きたいですか?」
母からの変貌についての詰問に同席しても無言を貫いていたリカルドから何かを聞かれることはアレンも覚悟していた。魔力を精確に見切る魔眼の持ち主即ち生きた嘘発見器でもあるリカルドに誤魔化しなど無意味だし、そんな事で一々曲げるべき己でもない。
「自由気ままに、風の吹くままに、好きなことを好きなだけやって、面白おかしく生きる。いつか振り返った時に、楽しかったと笑えるように」
「……成る程。それが、若様の『後悔』ですか」
「ああ、そうだ。もう雁字搦めに縛られて何のために生きたのかもロクに分からずつまらねえ人生なんて、懲り懲りだ。……リカルドは、どうなんだ?」
「理不尽に奪われるのはもう懲り懲りですよ。それを殴り返してどうにかするために、僕は此処にいます」
余人には理解できない、転生者同士の前世の話。それっきり、アレンもリカルドも前世の事を話題にすることは一生にわたってほぼ無かった。お互いがお互いをそれぞれ己の道を行くものなのだと改めて認識し直しただけで十分であると判断し、夜は更けていく。
「二九六四三っ!?どうぞ、石畳を真っ直ぐ、案内に従って実技試験の会場に進んでください!」
試験日当日。最初の関門である魔力量測定試験にて、リカルドは五桁オーバーの魔力量で周囲の度肝を抜きつつ、官僚コースの実技試験会場に進んで行った。
「あれ?リカルドくん?騎士コースはあっちだけれど……」
「合っていますよ。本業は魔道具士なので」
「……あー、そうだったね。それじゃ、好きな木刀をどうぞ。……受験生同士の模擬戦だから、頭をかち割るのはナシね」
「ふむ。受験のストレスを思いっきり打ち込んで発散したかったのですが……冗談です」
受付の女性騎士が現れた知った顔に思わず驚いて問いかければ、リカルドは副業は副業であると言外に言う。その副業において一切の保身なく炸裂し続ける苛烈さを知るが故に念の為釘を刺せば、茶化す始末。何処までもリラックスしていて自然体であった。
「っ!?」
そんな自然体で官吏コースの実技試験の会場へ足を踏み入れたリカルドに驚愕の視線を向けるものがいた。一瞥し、目が合った次の瞬間には踵を返して選んだ試験官の下へ向かう彼の背中を、フェイルーン・フォン・ドラグーンは見送った。フェイルーンは表情を取り繕い、何事もなかったかのように、王立学園実技試験の会場に居るはずのない人物の登場への驚愕を無かったことにしてやり過ごそうとしていた。
三親等以内に重犯罪者等がいる者は王立学園への受験資格を持たない。この原則を覆す方法は存在する。だが、そんな特例が簡単に認められるほど王立学園は甘くない。一応軽く調べたが、明らかに特大の失点を取り返せるような身内をリカルドは持ち合わせていないのだ。
まさか、自力で取り返した?フェイルーンの明晰な頭脳が辿り着いた仮説は、十中八九は酔いどれの戯言と同一視され、鼻で笑い飛ばされる類のものである。しかし彼女の直感はやるかやらないかで言われればやってしまうと告げている。そもそもそんな合法なだけの無茶苦茶を通せるだけの功績を無学無官の平民が上げられるものか。どう考えても膨大な労力を食い荒らすだろうその案件と受験勉強との両立なんて出来るものか。そう言った王国貴族としてのごくごく一般的な常識が頭をよぎるが、リカルドは全部踏破してしまったと直感的に理解できてしまった。偽りの悪評の泥にて藪に紛れ込んだのを良いことにとんでもないことをやらかしているという確信がある。彼の此処までを邪魔するなど、ドラグーンとしては折角隠し持っていた株が暴騰した所で安売りする愚行も同然であり、感情的にも合わせる顔がなくなってしまう。だから隠し徹す。
フェイルーンが驚愕を悟られぬよう必死でいる中で、悠々とリカルドは試験官の一人の下へ向かう。次の瞬間。会場中に轟く雄叫びと共に繰り出された神速の一撃が、リカルドの力量を認めたのか自ら相手を務めた試験官の木刀を一刀両断していた。
「……出力を七歩に抑えてで良かったですね。本当にお言葉に甘えて三歩でやっていたら大事故を起こしていました」
「坊主の初手必殺はあっちでも結構評判だったけど、こういう事か……受けるコース間違っていないか?」
「官吏コースにしか欲しいカリキュラムがありませんので」
「お見事。先へ進め。今更つまらん所でこけるなよ」
王立学園実技試験の試験官は王国騎士団の任務の一つである。そして、リカルドの腕を知った上で試験官を担当した騎士は隊の中でも剣術の腕利きとして知られていた。リカルドの剣速はその体質故の恐らくは反動による自滅と背中合わせと言って良い異常な強度の身体強化により、確かに騎士団でも並ぶものはそういないほどの代物だ。しかし、単に身体の出来上がっていない子供の強力な一撃を真っ向から打ち込まれて何も出来ないほど彼は弱くない。だが、現実は彼は機先を奪われ、木刀を断たれるほどの隙を晒した。その事実に周囲で見ていた試験官は内心驚愕する。リカルドが去っていく中、木刀を断たれた試験官が動こうとしてふらりと崩れ落ちる。
「すまん、聖魔法士のところに連れて行って貰えるか?目眩が酷すぎて歩けねえ」
「……一体何が?」
「いっぱい食わされた、それだけの話だ。あいつのやり方に問題はルール上何処にもねえ。裏を取られる無様を晒したこっちの失態だ」
リカルドが官吏コースの試験官を倒した事で周囲が試験官も受験生も皆ざわついている最中。騎士コースでも本来受験生同士の模擬戦となるところを、卓越した実力を感じ取って試験官が相手取り、そして予想外の実力故に倒される事態が起きていた。
「おえぇぇぇ」
「えー……」
アレン・ロヴェーヌ。リカルドのような隠し玉を持つ受験生などまずいない中、そんな事を成し遂げられる怪物など彼しかいない。目の前で吐いている試験官に引いているアレンに、周囲の試験官達も動揺を隠せなかった。何故ならば、吐いている人物の名はデュー・オーヴェル。王国騎士団第三軍団軍団長であり、王国随一の索敵魔法の使い手、『一瀉千里』の通り名が知られた人物。王立学園の受験生という圧倒的な格下、ひよっこの不意打ちを食らって後れを取るなんて話とは王国の騎士団の中でも最も縁遠い者の一角である。
「……あー、うん。合格……で、良いんですよね、はい。それでは昼食を食べて正午開始の筆記試験を受けてきてください。実技試験を合格した全ての受験生が学舎に入る十五時までは外出出来ませんからご注意を。五分前までに正門から見える学舎の方に入ってください」
駆けつけてきた優男の試験官、パッチが説明すると、アレンは礼儀正しく名を名乗り挨拶して学舎へと引き返して行った。アレンを送り出した後、恐る恐る、思わず上司に何があったのかと振り向く。
「……さっきの大声、じゃ、無いですよね?」
「それも含めて小さな隙を幾つも晒しちまったことは認める……だがあの小僧、こっちの身体に自分の魔力を流し込んで来やがった……魔力ガードしても衝撃が体内で跳ね回って吐き気が……くそっ、ほらっ、仕事に戻れ」
三徹目の疲れに加え、アレンが打撃と共に放った内臓に直接ダメージを与える魔力パルスを魔力ガードで減衰させたとは言え受けてしまい、消耗が更にかさむ中、それでも疲れきった身体にムチを打って試験官としてデュー・オーヴェルは健気に立ち続けた。しかしながら、何故かその後彼につく受験生は来ず。その背中は次第に増々哀愁を漂わせるようになっていた。
かくして、王立学園の実技試験にて試験官を務めた王国騎士団の団員を倒した正体不明の怪物が出現したという噂の波紋はその日の夜を境に静かに広がっていった。