前世モーレツ系だった僕は今世でも懲りずに爆走する 作:メダカにジャム
貴族寮の食堂に向かったリカルドを最初に出迎えたのは、一年Aクラスの一人、パーリ・アヴェニール、ドラグーン地方における槍使いの名門の家の子であった。貴族寮の受付にてアレンが来ないかを見張れと主家のフェイルーンに言われていた彼はちょうどリカルドをアレン以外のAクラスで最初に目撃できる位置にいた。彼への指示そのものは彼自身をアレンに関する議論の場から遠ざける為の措置であったが、リカルドに招待状を送った張本人はリカルドが白マントを着ていることなど全くの想定外である。当然とばかりにパーリは思わず自分の目を擦るが、徒労である。どう見ても白マント、王国騎士団第一軍団のものである。
「なっ!?おい、待て、貴様、正気か!?騎士団を詐称するなど!?」
「詐称では無いのですが……そちらの担任を筆頭に教師陣は間違いなく僕が騎士団仮団員であることを把握していますので問い合わせてみては如何でしょうか」
自分の主人、フェイルーン・フォン・ドラグーンが急遽招待状を送ったというBクラスのリカルド・キサラギ、あのアレンと同じロヴェーヌ領の出身者であるという全く無名の平民が目の前に現れてパーリ・アヴェニールは混乱していた。何故、目の前の小柄な人物は王国騎士団第一軍団の白マントを羽織っている?
「ごほん、何をしておる、パーリ・アヴェニール?」
左後ろから聞き覚えのある声がして思わずそちらを振り返る。その声は間違いなくゴドルフェン・フォン・ヴァンキッシュのものであった。だが振り返った先には誰もいない。向き直れば、そこにリカルドはいない。
「少しは、納得していただけましたでしょうか」
右耳に囁かれた声に総毛立ってパーリは反射的に飛び退いた。リカルドの片手にはいつの間にかペンが握られていて、首筋に添えられていた。彼が刺客ならば今ので自分は死んでいたと思い知らされる。
「驚かせて申し訳ありません。時にアヴェニール殿。音魔法とは御存知でしょうか?」
「音魔法……?」
「数十年に一人いるかいないかで、知らぬのも無理は無い程度には珍しく、更には殺人的な使い勝手の悪さ故に教育ノウハウそのものが存在しない激レアハズレ属性とでも呼ぶべきものにございます」
「……何もないところからゴドルフェン先生の声真似を発しておいて、ハズレだと?」
「原木と小刀を渡されて音楽を作れというような無茶振りが初歩ですので、逆に乗り越えれば色々と小回りがきくのですよ。音による嫌がらせというのは魔物に対しては思いの外効く相手には効きます。ところで、どうして僕はゴドルフェン翁の声を盗めたとお思いで?」
「……大変失礼した」
「いえ、疑われて当然かと。では通りますね」
そして、開帳された音魔法という聞いたこともない隠し札。目の前で使われて尚気付けなかった隠密性の高さ、そしてそれに気を取られた自分を安々と暗殺できる距離まで忍び込んだ本人の実力。パーリは否が応でもリカルドの恐ろしさを理解させられる。本来ならば優秀な三年生の体験入団として開放される王国騎士団仮団員というシステムの例外。突出した能力故に学生の時分から学業を優先する形とは言え騎士団に見込まれた、単に優秀というだけでは到達し得ないもの。その最年少記録の更新者だなんて一発でバレる嘘を吐く理由など何処にもない筈なのだ。彼の実技評価はA、即ちそれは彼の実力が騎士コース顔負けの代物であることを意味する。改めて、何故官吏コースなのかは分からない。しかしながら、主からの招待状を受け取った人物をこれ以上引き留めるのはあり得ない。パーリ・アヴェニールはリカルドを見送り、アレンが来ないかを見張る門番としての徒労に戻るのであった。
「あれ?こんなところで何やってんだ、お前ら?」
王立学園一年Aクラスのフェイルーン・フォン・ドラグーンが開催した親睦会に、話題の中心となるはずの人物の声が響く。一斉にびっくりした様子でその声がした入口の方を向く。そこには、その声の主とは似ても似つかぬ小柄な少年が白マントを羽織ってやってきていた。
「本日はご招待いただき、真にありがとうございます、そしてAクラス合格おめでとうございます。フェイルーン・フォン・ドラグーン閣下。王立学園一年Bクラス、リカルド・キサラギ、参上致しました。先程のはちょっとした宴会芸でしたがお気に召しませんでしたでしょうか?」
衆目を集めたのを確認したところで自己紹介、丁寧な侍る者としての礼はリカルドからの先制砲撃であった。フェイルーンは内心成る程それくらいはやってくるかと納得しつつも笑顔の仮面を崩さない。
「此処ではお互いただの一年生だよ。宜しくね」
「承知しました」
王立学園Bクラスに着弾した彗星。それがまさか、王国騎士団仮団員という騎士コース、魔法士コースの生徒達にとっては一つの到達点とも言える大看板を初期装備して現れるなど、完全に全員の予想外である。それらしき噂を聞いていた耳の早い者もいたが、王国人としての常識が実物を前に思考の適応を遅らせていた。
「あのー、ご出身は?」
「ドラグーン地方ロヴェーヌ領ですね。改めまして、魔道具工房RickyRose副所長、王立学園一年Bクラス、王国騎士団第一軍団仮団員のリカルド・キサラギです。どうぞ、お見知り置きを」
「リカルドは憤怒のローザの従者だよ」
「その反応はエンデュミオン地方の方ですか。心配しなくてもレッドカーペット事件の件は僕からこれ以上何かを申し上げることはありません。これはお嬢様本人の意向と思ってもらって結構です」
「お、おう……」
社交性が最も高かったアルドーレ・エングレーバーはまさかのロヴェーヌ地方二人目にピシリと固まった。地元の黒歴史の被害者の身内を前に、地雷を踏んでしまったと凄まじく気不味い表情のアル。そんな辛気臭さを気にせず、青みがかった光沢ある黒髪にスラリと高い上背で貴公子そのものの風格を漂わせるザイツィンガー公爵家の御曹司ライオはリカルドの姿を見ての己の疑問を口にする。
「ライオ・ザイツィンガーだ。王国騎士団第一軍団仮団員とのことだが、一体どのような経緯で入学時点から仮団員になれた?」
「人を選びすぎる仕事があって、それを騎士団が要求する水準で出来るのが偶々学歴ほぼ0の平民の僕だったことが判明した。それだけの話です。制度としては同じでも意味合いそのものはここの騎士コースの方がやるそれとは全く異なります」
「……つまり、それだけの例外が許容されるほどの何かがお前にある、と」
その答えに再度激震が走る。期待ではなく、結果に対する採用。あまりにも、前代未聞過ぎる事態である。一同の視線がすわドラグーンの隠し玉かとフェイルーンに集中砲火を浴びせる。
「残念ながら、僕も何も聞かされていないんだよねえ」
「元々この件は高々一侯爵家風情が手出しできるような案件ではありませんでしたし」
かと思えば、涼しい顔で地元の寄親に格が足りないなどと不足を言い渡すその姿に大半が狂気を感じる。
「君らしい言い草だと言われればそうなんだけど。ねえ、弟弟子君?」
「おや、こんなところで明かして宜しいので?」
「僕が何の力も無い小娘だった頃から放っておけば勝手に侯爵位には成長する相手として見込んで貰って、相場通りの開発補助費なんかロクに払う予算もなかった僕の魔道具開発を格安で手伝って貰ってきたり、ローザの論文を分かりやすく論文にもない裏話込みで解説してくれたりと、魔道具士フェイルーンにとっては大恩ある取引相手にして同門の弟子。そんな君のおかげで侯爵家当主に成れた僕が高々侯爵家当主の座に付随するあれこれの話程度で無下にしたら、ただの自滅への一歩だよ」
「いいとこ姉弟子殿の当主襲名を早めたかどうかと言うぐらいですがね」
リカルド本人はフェイルーンの立身出世への寄与など気にしていないがフェイルーンにとっては大きな違いである。具体的には当主の座を王立学園Aクラス合格の期待抜きで獲得出来たか出来なかったかが違っていた。幸いなことにこの話で脳を破壊されることになるであろうパーリ・アヴェニールは爆風の直撃は免れている。が、リカルドに脳を焼かれているフェイルーンの表情に、女子達はよく分からないものを感じた。
「むむ、これはもしや、アレンの方は浮気?」
「へ?」
後ろで束ねた深紫の髪を、左肩から前に垂らしている委員長風の女子学生、ケイトが、フレームの細い眼鏡を押し上げながら確信を持ったように問いかけ、フェイルーンは虚を突かれて笑顔の仮面に罅が入る。彼女とて、何も後ろ盾のない無力な小娘だったころから自分という人間を認め、助力してくれた自分と対等に話せる男の子に何の感情も持っていなかったわけではない。
「心には仄かに想い続けてきた幼馴染、されど目の前の彼の色気に呑まれて虜にされること6時間」
黄色味の強い金髪を、真っ赤なヘアバンドで押さえたジュエが身体を掻き抱きながら語れば、それを皮切りにフェイルーンの恋愛事情についての妄想が爆発し、ノリノリになるしかない女子であり、そのシモの話題も辞さない勢いにタジタジになるしかない男子だったが。突如女子全員が頭を抱え、ふらつく。
「ご婦人方。一応対等な立場で呼んでいただいた招待客をよそに井戸端会議は程々にしてもらえますかね」
「目が回る……頭が……ぐわんぐわんする……何しやがった……」
ピンクの髪を、ツインに分けて束ねているステラが呻く中、その異様な光景にぞっとさせられる一同。体外魔法を使ったにしては特有の魔力の溜めが無い。そして何より、何が起こったのか見えない。
「たはは……ごめん……久々に喰らったけど、やっぱり、リカルドの音魔法はえげつないね……これが激レアハズレ属性として王立学園魔法士コースですら扱われていないとか、今までの使い手のレベルが低すぎたにも程が……」
「前にも申し上げた筈ですよ?数十年に一人と言う稀少性故の知見と言う灯りがない闇夜の中、原木の山と小刀一本から音楽を始めろという無茶振りこそが音魔法の初歩なのだと」
フェイルーンが呻きながら言う言葉に男子達は戦慄する。音魔法と言われても何があったのかまるで聞こえないのだ。異常なまでの隠密性からこれが向けられれば自分達も為すすべなく女子達と同じように制圧される未来が目に見えた。
「人が聞き取れる音だけが全ての音じゃないのは皆様御存知で?」
「う、うん、人は聞き取れないけど他の生き物には分かる音を出す笛があるのは知っているよ」
「そう言った音にも音そのものの威力は存在し、それを内耳の三半規管、肉体の傾きを検知する感覚器官に当ててやれば、見えず聞こえずの崩し技の出来上がりという訳です。こうした音の小細工は刺さる魔物にはとことん刺さるものでしてね?」
「……此処まで隠密性を保って使えるならば、近接戦闘中に一手奪うことも出来るはずだ。成る程、試験官の騎士から一本取ったからくりはこれか」
背がリカルドよりは高い程度のぽっちゃりした醤油顔の少年ココに相槌を打たれながら展開される音魔法の技の原理を聞いて、ライオは唸るしかない。何の予兆もなく酩酊じみた症状を発生させられるのならば、騎士団員相手にも一対一ならば一本を狙うチャンスはあるだろう。目眩なんてまず最初に毒を疑って魔力循環を先に試すだろうから実際には奪われる手は一手どころかしばしば二手に増えかねない。そして、対人ならばこれ以外にも最初に披露したような別人の声を真似ると言う技もあるのだろう。敵将の声を盗んで出鱈目な指示を出せば集団戦でも大惨事を起こせる。数十年に一人という稀少性に加え、言う通りのこっ酷い無茶振りを初歩に要求する特性では、王立学園の魔法士コースといえどカリキュラムを用意できない。本人は魔道具士志望なので官吏コースを選び、結果、官吏コースの実技試験で史上初かも知れない使いこなされた音魔法という初見殺しが炸裂したのだと皆が理解してしまった。同時に魔物への効果は相性次第だとは言うが、騎士団の仮団員に採用される程の代物であるとも誤解する。
「さて、話を戻しましょうか」
そして、同時にリカルドの非凡な精神性を理解する。同じ学生同士と言う建前がある中、確かに弟弟子とはいえ招待客を差し置いて井戸端会議じみた盛り上がりに興じてしまったのは色恋沙汰とはいえフェイルーンらしからぬ失態とは言える。が、それを咎めるのに体外魔法で女子全員まとめてしばき倒すのはまともな神経でなせる技ではない。
「はーい。流石にそろそろ本題に入るよ?僕は今までアレン・ロヴェーヌの名前を君から聞いたことがない。ロヴェーヌ家の従者としての顔でいる君と会ったのは殆ど無いから当たり前といえば当たり前だけれども。君からみて、アレンはどんな人かな」
「今朝騎士団の公務をやっていた時にゴドルフェン理事から若様の筆記試験不正疑惑問題について手出し無用との指令を受けていますので、僕は若様に関して何も申し上げませぬ」
王立学園の合格発表をスルーしてやる公務とは何なのかと思いつつも、ゴドルフェンが先回りしてリカルドの口を封じていたことにフェイルーンは内心で舌打ちする。リカルドにアレンを詳しく説明してもらう事をダメ押しとしていたのが潰れた格好だ。
「皆をわざわざ集めた理由は、リカルドの紹介もあるけど、一番はアレンの推薦について、どう考えているのか把握しておきたくてさ。僕も
それでも、ニコニコと笑いながら皆を見回す。皆が不正をやるような人格や見識ではない、特例の適用が上から仄めかされているのに逆らう理由もないなど、賛意を大同小異に示す中、黙していたライオが視線を向けられて口を開く。
「見損なうな、フェイルーン。あいつの在り方とやらは理解不能だが、少なくともあいつはこのリカルドより上の評価、あの『一瀉千里』第三騎士団軍団長、索敵魔法の名手であるデュー・オーヴェルという騎士団の中でも一番まぐれがない傑物の一角相手に奇跡であっても一本を取ってのけた規格外の天才だ。元より才能ある学友と切磋琢磨し、己を高めるためにここにいるこの俺が奴と言う最高の教材を排除する理由などない。
「了解。じゃあ、他の皆は朝一でゴドルフェン先生に推薦を出してくれるかな?家名を入れるかは任せるよ」
「明日の朝一?何か急ぐ理由でもあるのか?」
困惑する皆を代表してアルが尋ねる。
「僕の直感だけど、アレンはAクラス合格にあまり興味が無さそうなんだ。リカルド同伴でただの魔道具士フェイルーンとしてローザにお忍びで顔合わせしたこともあるんだけど、どうもローザは王立学園ヘの合格そのものに全く興味が無かったみたい。レッドカーペット事件の直前に仲良くなった友人の為ならば、簡単に放り捨てられるほどに。アレンが違うだなんて僕は全く楽観できないね」
その言葉に一同は絶句する。王立学園Aクラス合格とは侯爵家以上の高位貴族ですら数世代に一人、それ以外ではその家始まって以来と言えるような天才が血の滲むような不断の努力をして漸く届く頂きであり、その見返りは凄まじい。それを捨てられるというのか。
「ははは、俺は今朝の合格発表では、家族みんなと抱き合って、涙を流しながら喜んだんだけどな」
沈鬱に呟くアル、他の皆も同じような思いだった。
「アレンは一人だけ違う世界で生きている気がするんだよね。リカルドはリカルドで自称母方似らしい狂気を持っているけど、それとも違う。ドラグーンの名前を面倒ごとだとしか思っていなさそうだったし。でも不正をしていなさそうなのに、大人しく引き下がるのもらしくない気がしてね。彼なりの哲学でAクラス合格を蹴りそうな臭いがプンプンするんだ」
「失礼致します」
貴族寮の食堂の職員が入室し、それぞれフェイルーンとリカルドに一枚ずつメモを渡し、恭しく礼をして出ていった。
「やっぱり。うちの人間に確かめさせたけど、アレンは家から一般寮に直行している」
「あんにゃろう、あたし達の事なんて眼中にないってか」
ステラが悔し気に言う。リカルド以外の全員が将来の確かな栄光を掴み取った日の夜の姿ではなかった。
「パーリは僕がどうとでもする。残りの皆で全力で捕まえに行くよ。アレンに気取られないように、油断しているうちに一瞬で決める。……で、リカルドの方は?」
「お嬢様からの連絡です。ごほん。フェイちゃん入学おめでとう!前から王立学園に合格したら入学祝いに何か贈りたいねって思っていたので、お菓子を贈ることにしたよ!最近忙しくて作っていなかったので半年前の残り物しか無いけど、この前食べてみたら美味しかったから大丈夫!うちだとあまり数を作れないからもし気に入った時のために後日レシピ付きでリッキーに届けさせるね!以上です」
主人のローザの声真似をしながら放たれた入学祝いの文句とそれにそぐわぬ狂気の贈り物に皆が戦慄する。半年前の残り物のお菓子を寄親の侯爵家当主に贈るとは、真面目に毒殺の類を疑うべき話だ。それを美味しかったとはどういう神経か。ただでさえ、リカルドの見た目から飛んでくる少女の声でアレンに言わせれば脳がバグるような違和感を覚えている所に、こんな怪文書を朗読されては皆リカルド達の前世の流行り芸術よろしく宇宙を背景に背負いもしようというものだ。
「了解、楽しみにしているよ」
フェイルーンは混乱しながらも半ば意地で笑顔の仮面を被り、快諾を演出した。こんな事でローザと敵対したら大惨事になってしまうと理解していたからである。かくして、リカルド・キサラギは自身もまたアレン・ロヴェーヌに勝るとも劣らぬキワモノであると皆の脳裏に刻み込んだ。後日念の為にアレンに半年前のお菓子の残り物について聞いてみれば、そもそも姉は料理をしないらしく、フェイルーンと姉が知らぬ間に仲違いしたのか自分を巻き込むなと震えた事で、誰もがローザがフェイルーンと仲違いしてしまった、喧嘩を売ったのだと安易な答えに飛びついた。
音魔法:作中オリジナル設定。実質リカルドの固有魔法。魔力を音源に変換する資質であり、その扱いは初歩の時点で学力以外王立学園Aクラスに行けるだけの基礎を求められる程に難しい。リカルド自身、音源に変換した魔力を細かく音色ごとに見分けられる魔眼と前世でのシンセサイザー演奏の趣味がなかったら使いこなせていなかった。音源を自作して組み合わせて使うやり方と、既存の音源に被せて拡大したり変調させるやり方があり、声真似は後者の応用テクニック。