もちろん断る理由はない。
プールでふたり思い出話をする。
失ったものは取り戻せない。
でも、まだ完全には失ってなかったら……、そんなお話。
季節外れの「夏話」は今回がラストです。
今後「冬話」を投稿致します故、ご容赦いただけると幸いです。
本作は今野隼史(辺境紳士社交場)・アークライトの『のびのびTRPGスチームパンク』の二次創作です。
ソロプレイのルール「カードをもとに物語を書く」に従って記した世界観を使って記した二次創作です。
『のびのびTRPGスチームパンク』のプレイヤーキャラクターの「名前」を「キャラクターの名前」にしているので、
PC「機械屋」→「機械屋さん」
PC「少女」→「少女さん」
等々となっています。
先に記しとく設定、
機械屋(主人公)と先輩は女性、
作中の「ダリル」は通貨単位、1ダリル=1円くらい、
「ネネット」は、世界中を網羅する情報通信網『プラネット・ネットワーク』の通称、
と言うことで。
クレジット
ゲーム名:のびのびTRPG
ゲームデザイン:今野隼史
発売元:株式会社アークライト
© 2021 FRONTIERPUB / Arclight, inc.
アタイは機械屋。
先輩の夢「エントロピージェネレーター」を完成させた。
大きな夢がかなった。だけど夢は夢、かなってしまえば……。
目指したい夢がなくなって、アタイはスランプにおちいった。
でも、少女さんたちがアタイを勇気づけてくれた。
だからアタイはスランプから抜け出した。
今は、「空間揺らぎ捕獲型物質生成理論」に基づく機械「フラクタル・マテリアル・キャッチャー」を開発してる。
これが完成すれば、物質を無限に作り出すことができる。
理論上は十分に可能だ。
だからアタイは「設計」と「試作」と「実験」と「設計の問題点の見直し」、を繰り返してる。
まだ開発は始まったばかり、成功はまだまだ先、ずーっと先のことだろう。
今年もまた夏が来た。
工房の前の通りには陽炎がゆらゆらと揺れてる。
いくらかの風、と言うか、空気の流れはある。流れはあるけど、夏の暑い空気のゆらりゆらり、だ。
工房の中はもちろん暑い。スポットクーラーのありがたさをひしひしと感じる。
今日のアタイの仕事は近所の倉庫の蒸気自動車の修理。
今朝、朝いちばんに入った仕事だ。
自動車をだましだまし何とか動かして工房に来た。
右のリアタイヤをそれなりの深さの溝に脱輪させた後、まともに走れなくなった、と言うことだ。
脱輪したときにぶつけた場所が悪かったので。右リアにダメージが入ったらしい。
引き受けたときに、依頼主、倉庫の主任、と話をした。
足回りを一通りみた後、右リアのシャフトを交換するしかない、アタイは言った。
修理の目処、パーツの取り寄せに時間がかかるかもしれないから四日は欲しい。
加えて報酬の話。信頼できる互換パーツがあれば4万ダリルでどうにかなる。
けど、純正品を使うとなると6万ダリルくらいかかる、と提示した。
倉庫の主任はできれば互換品で頼む、とのことだった。
金の話はあまりしたくないけど、純正品を使って6万ダリルってのは格安だ。
理由は儲けをほとんど上乗せしてないから。
この仕事だと儲けは2,000ダリルか3,000ダリルか、それくらいだ。
倉庫街の中ではお互い持ちつ持たれつだ。その中で儲けようとアタイは思わない。
作業をしていると孤独を感じる。
工房のおもて、通りの喧騒はずっと前から何も変わってない。
だけど、工房の中はアタイが何かしないと音がない。
先輩がいない、もうずっと昔のことだ。アタイ一人だけなのには慣れた。それは確かに間違いない。
でもときどき、独りなのが怖くなる。
自動車用のリフトで車を持ち上げる。
右のリアを改めて確認する。
思ってた以上にひどかった。
シャフトだけで済んだのは幸運、そんな壊れ方だった。
パーツを順番に、シャフトまで外した。
外したシャフトを見て、よくもまあこれだけで済んだな、と改めて思った。
シャフトの型番をメモる。車の型番はもうメモってある。
事務室へ向かう。
事務室、エアコンがしっかり働いてくれてるので快適だ。
端末の前に座った。
事務室の端末をネネットにつないだ。
車関係の通販サイトを見る。
車の型番で候補を絞り込む。シャフトの型番でさらに絞り込んだ。
互換品がいくつかと、純正品がリストに残った。
純正品は最後に見るとして、互換品のメーカーの名前と、データを見ていく。
運が良かった。良い感じの互換品があったのですぐに発注した。
そうこうしてるうちに昼前になってた。
少々早めだが昼メシにしよう。
夏にはカレーが合う。
アタイは辛いのが好みだ。マーケットで売ってるカレールウでいちばん辛いのを使ってる。
昼メシを食って、いくらか休む。
テレビを見る。ちょうどニュースだった。
当分暑さが続く。天気予報でならともかく、ニュースになるレベルなのか……。
昼すぎ、急ぎではない仕事に取りかかった。
作業を始めていくらかしたところで、ビーッ!ビーッ! と大きなブザー音が工房に鳴り響いた。
電話だ。事務室にある電話の呼び出し音だと、作業をしているとぜんぜん聞こえない。だから強化した。
事務室に急いだ。
事務室に入ってすぐに電話をとった。
『もしもし、機械屋さんですか、
少女です』
「ああ、少女さん」
電話は少女さんからだった。
『あの、お願いがありまして……』
「ん? なに?」
少女さんの言葉はちょっと遠慮気味だ。
『明後日、機械屋さんと一緒にプールに行きたいな、と思いまして……』
なるほど、そう言うことか。
「ああ、アタイはもちろん大丈夫だ。
待ち合わせはどうする?」
『私が工房に行きます』
「ん、わかった。
じゃ、待ってるね」
最後に少女さんが『失礼します』と言って話が終わった。
明後日は少女さんは休みか。
少女さんは軍で働いてる。
それも、少女さんくらいの歳ではかなりの役職らしい。
だからなかなか休めない。
たまに休みの日があっても少女さんのことだから、遊びには出ないだろう。
おそらくは「謎の男」に『遊びに出かけろ』と半ば命令されたに違いない。
ふと思った。水着をどうしよう。
ずっと前のビキニはさすがに厳しいか……。
思い立ったが吉日、水着を買いに行くことにした。
東通りは夏の暑さに負けることなく賑やかだ。
店頭に大々的に水着をならべている店に入った。
いろいろと見てまわる。
今のアタイには、落ち着いててあまりアピールしない水着が良いか、と思う。
平日なのであまり客はいない。店員さんがアタイのところへ来てくれた。
アタイの思うところを店員さんに言って、おすすめのをいくつか選んでもらった。
そこから3つに絞り込んだ。
ひとつめはベースカラーがダークグリーンで、ライトグリーンのラインが肩から腰へ。
ふたつめはネイビーブルーに細い水色のラインが二本。
3つめは落ち着いた赤にピンクのアクセント。
少し悩んでから、ダークグリーンのを買った。
水着は買った。けど、この後どうするべきか。
東通りはアタイにはどうも合わない。と言うか、アタイが東通りの楽しみ方を知らないのだろう。
結局、水着を買っただけで工房に帰った。
今日はもうのんびりとしても悪くないのだが、急ぎでない仕事を進めた。仕事がいつか片付いた。
夜。
帳簿の確認をした。
工房の金銭管理、問題なく金を使えてる。
請け負った仕事の稼ぎと、なんやかんやと出ていく金。差分が工房の儲け。ずっと黒字が続いている。
「エントロピージェネレーター」と「水晶増幅式エントロピージェネレーター」の権利金が今でも毎日それなりに入ってきている。だから金に困ることはない。
だけど、働いて儲ける、ってのがアタイは楽しい。
アタイの権利管理と資産管理を頼んでる会社の社長が言うには、『資産を置いておくだけではもったいない。それなりのリスクはあるが運用してはどうか?』、そうすすめてくれたけど、アタイは『今のままで十分』と、申し訳ないが断った。
夜と言える最後の時刻。
注文した蒸気自動車のシャフトが届いた。
毎度のことだが通販の品物はほぼ毎回すぐに届く。
まあ、考えるまでもないことだ。
通販の流通センターは倉庫街にある。
在庫があればもちろんすぐに届く。
翌朝。
新しいシャフトを車体に取り付けて、一旦外していたパーツを順に取り付けて、作業終了。
時間はあるし、仕事にも余裕がある。ちょっと走ってみることにした。
シャフトを取り替えたばかりの車を工房のおもてに出した。
シャッターを下ろして小さいドアの鍵を確認する。
まずは倉庫街の中をゆっくりと。
次に王都の街中をぐるぐると走った。
どうせなら高速運転も試すか、と高速道路に乗った。
隣町で高速道路から降りてUターン、高速道路で王都に帰ってきた。
工房に戻るつもりだったけど考えを変えた。何日かかかると言っていた仕事とは言え、早い方が良いだろう。
倉庫街の手前で燃料を満タンにして、依頼主の倉庫へ向かった。
『こんなに早く!』、依頼主、倉庫の主任に驚かれた。
『パーツがすぐに届いたんで早く済んだ。運が良かった、って感じだ』アタイは理由を言った。
アタイのインフォメーション端末と主任のインフォメーション端末を同期させた。
アタイの端末に金が入って、主任の端末に領収書が入った。これで仕事は終わり。
工房に帰ると昼をすぎていた。いつもよりちょっと遅い昼メシを食った。
昼からは「フラクタル・マテリアル・キャッチャー」の試作パーツを作った。
夜。
プールか……。
何年かぶりだ。
少女さんと街に出るのも久しぶりだ。
アタイは工房で気楽に仕事をしてる。
けど、少女さんは毎日、一生懸命だろう。間違いない。
それがそれが少女さんらしいし、少女さんの良いところだ。
今夜は少し早めに寝よう。
いつもより早くベッドに横になった。
少女さんの電話からの明後日、プールに行く日。
いつもより早く目が覚めた。アタイはすごく楽しみにしているんだろう。
街が動き出すまでまだかなり時間がある。
けど、今日は楽しい日になって欲しい、そう願いながらシャッターを全部開けた。
いつも通りの朝メシ。
毎日のことだけど、ありがたいことだ。
食堂を出て事務室に入った。
インフォメーション端末を起動させてネネットにつないだ。
工房へのメッセージを確認したけど、特に何もなかった。
そう言えば気になってることがあった。ちょっと前に届いた税金の書類。
あれの処理はどうなってたか。
たぶん大丈夫だったと思うが念のため確かめた。問題なかった。
9時すぎ、街が十分すぎるくらいに動き始めた頃、少女さんが工房に来た。
アタイは事務室にいたのですぐに少女さんに気づいた。
少女さんもすぐにアタイに気づいた。
事務室から出たアタイのところに少女さんが来た。
「おはよ」
「おはようございます」
少女さんはぺこり、とおじぎをした。
少女さんを上から下まで見る。
服装。薄手のシャツの上にちょっと厚めっぽいパーカー、チノパン、それにスニーカー。
ぱっと見は夏っぽい感じ、だけど隙がない。
シャツは防刃シャツ、パーカーのひじには金属のパッドが入ってる。チノパンのひざにも。スニーカーのつま先とかかとも同様。
ちょっとしたケンカ、どころか、ちょっとしてないキツい乱闘でも余裕だろう。
もちろん、少女さんの格闘術を含めて。
二人で食堂に入った。
「麦茶、飲む?」
イスに座ろうとしていた少女さんに尋ねた。
「はい、いただきます」
アタイは棚からマグカップを取り出して、やかんから麦茶をそそいだ。
「はい」
少女さんにマグカップを手渡す。
「ありがとうございます」
そう言って、少女さんはマグカップを手にした。
昔からのことだが少女さんは礼儀正しい。これも少女さんの良いところだ。
プールが開くのは10時、まだ時間がある。
テレビの音をBGMにして、お互いのこのところのことを話した。
思っていた通り、やはり少女さんは毎日が一生懸命だった。
少女さんはものすごい向上心の持ち主だ。
次から次へと自分で新しい課題を探してそれを乗り越えてる。
まわりから一目おかれ、「謎の男」から『ほどほどにしろ』と言われてるらしいのも納得できる。
テレビ、天気予報が始まった。
何となくテレビに目がいった。少女さんもだった。
この先一週間晴れが続く、とのことだった。
その予報に、アタイも少女さんもぐだーっとなった。
おそらく明日の天気予報でも「この先一週間晴れが続く」と予報されるだろう。
おそるべき夏だ。
10時少し前。工房を出ることにした。
シャッターを下ろして、ドアの鍵を確かめて。
市民プールへ向かった。
20分ほど歩いてプールに着いた。
プールの出入り口の横にプレハブのそば屋。
「そば」と書かれたのぼりがかすかに揺れていた。
入り口で300ダリル払ってプールに入った。
更衣室で水着に着がえた。
アタイの水着はダークグリーンをベースにライトグリーンのラインが入ってる。
少女さんのはブルーをベースにイエローのアクセントが入ってた。
少女さんは攻めていた。胸元と背中が大きく開いてる。少女さんのアクティブな一面だ。
タオルと日焼け止めを持ってプールサイドに出た。
いつだったか、プールサイドを全力で走ってプールに飛び込んだ先輩を思い出した。
シートを張って作られてる日陰に二人ならんで座った。
二人で日焼け止めを塗った。
アタイと少女さん、二人の思い出がある場所に来るとほぼ間違いなく先輩の話になる。
プールの思い出。
先輩がアタイにバックドロップをしたこと。
少女ちゃんにブレーンバスターをしたこと。
ほかにもいろいろたくさん。
先輩がパンツを忘れてきた話は二人で話題に出して、二人で笑いをこらえた。
結局、先輩は何回パンツを忘れたのだろうか。それはアタイも少女さんも覚えてなかった。
何となく話が途切れた。
そのときを待っていたのか、少女さんがインフォメーション端末を取り出した。
「これ、私のいちばん大事な写真なんです。
見てもらえますか?」
そう言いながら写真を表示させた。
「ああ、見せて」
少女さんに近づくようにして写真を見た。
「!?
これ、なに!?」
少女ちゃんの写真だった。
背景から察するに工房の食堂だ。
テーブルの上に少女ちゃんが座ってる。
その座り方が、何て言うか……、いわゆる『M字開脚』だ。
それなりに長いスカートっぽいけど、まくり上げてるからパンツがしっかり見えてる。
ブラウスを着ているのだろうが、ボタンを全部はずして大きくはだけてる。ブラジャーがしっかり写ってた。
「……」
アタイは何も言えない。
少女さんがフォローしてくれた。
「先輩さんに撮ってもらった写真です」
『先輩が撮った』てのにすごく納得できた。
そうだ、思い出した。先輩がカメラ買ったときに撮ったやつだ。
少女ちゃんをモデルにして、先輩が撮影会をしたときの写真。
初めは立ったポーズだったり、イスに座ったところを撮ったりだった。
けど、途中から先輩は上手いこと言って、少女ちゃんをきわどいポーズに誘導した。
この写真を撮ったところでアタイが止めに入ったんだ。
アタイは先輩にその場で『データを全部消せ』って言って、データを消させた。
そのときにせっかくだからって、最後に撮った写真、この写真一枚だけを少女ちゃんのインフォメーション端末にコピーしたっけ。
少女さんが小さな声で言った。
「全部消したのは、もったいなかったかもしれませんね……」
「……そうだな。
消すのは簡単だけど、元には戻せないもんな」
何かしんみりとした。
時計を見ると昼をすぎていた。
少し無言が続いた。
アタイが口にした。
「少女さん、そろそろ出よっか?」
「はい、そうですね」
二人で更衣室に向かった。
プールに来たのに水に入らずに終わった。
でも、少女さんといろいろと話をしたのが十分に楽しかった。
服に着がえてプールを出た。
そば屋で昼メシ。かけそばを食う。300ダリル。
そばを食う手が止まった。ひとつ可能性が頭に浮かんだ。
「?
機械屋さん、どうしたんですか?」
少女さんも手を止めた。
「あ、うん、
写真のこと、ちょっと思い出した。
少女さん、この後、工房に来れるよな?」
すぐにこたえてくれた。
「はい、大丈夫です」
「んじゃ、食ったら工房な」
そばを食い終えた。
けど昼メシは終わってない。かき氷、200ダリル。
かき氷を食って、二人で工房へと歩いた。
工房に着いた。
シャッターを全部開ける。
熱がこもった工房の中。
少女さんには事務室に入ってもらった。エアコンをつけたからすぐに涼しくなるだろう。
アタイは特別な部屋、先輩の部屋のドアノブを握った。
ドアを開ける。
きれいに片付いた部屋。
机の上にきちんと置かれている先輩のインフォメーション端末を手にした。
先輩の部屋を出て、事務室に入った。
「少女さん、これ」
「これは……、
もしかして、先輩さんのインフォメーション端末ですか?」
さすが少女さん、すぐにわかってくれた。
「端末にデータが残ってるかも、
先輩のカメラ、端末にデータ飛ばせたはず、
て言うか、だから少女さんの端末に写真が入ってるんだと思う」
アタイは先輩のインフォメーション端末を事務室の端末にケーブルでつないだ。
先輩の端末のバッテリーはもうずっと前に切れてるだろうからケーブルで。
先輩が命を落とした後、端末の基本パスワードは役所で解除してもらった。
だから、端末に入ってたデータを見ることができる。
エントロピージェネレーター、「先輩の夢」のデータはアタイが先輩の跡を継ぐと決めたときに、アタイのインフォメーション端末にコピーした。
だけど、ほかのデータはきちんと見なかった。
だからこれを機会に全部きちんと保管しよう、そう思った。
と、それは一旦置いといて。
「じゃ、写真探そう」
「はい」
イスを持ってきて、アタイの隣に少女さんに座ってもらった。
1時間半は経っただろうか、データをひとつずつ見ていくけど写真のデータは見つからなかった。
最後に残ったのはパスワードでロックされてるカテゴリのデータだけ。
このロックにはパスワード以外に解除方法はない。
「機械屋さん、これは無理ですね……」
少女さんはあきらめ気味だった。
けど、アタイはあきらめない。
「大丈夫、アタイが知ってる」
アタイはこのパスワードを知ってるはずだ。
と言うか、先輩からパスワードを聞いたのは、たぶんアタイひとりだけ。
思い出そうとする。
思い出そうとするが出てこない。
「……アタイのパスワードと似てたっけ、確か」
「いけそうですか?」
少女さんはちょっと不安そう。
「てことは、これかな……」
アタイはパスワードの欄に『kikaiya-love-forever』と入力した。
『パスワードが違います』、と表示された。
「あー、違うか」
「機械屋さん、この『love-forever』と言うのは……」
どう反応したら良いのか困ってる少女さん。
「ん? 先輩がこんな感じにしようって言ったんだっけ、
先輩らしいだろ。
あ、そうだ、アタイのパスワード、誰にも言ってなかったな。
少女さん、覚えててくれないかな?」
「あ、はい、私でよければ」
少女さんに言っておけば安心だ。
アタイのパスワードを少女さんに言った。
『senpai-oneesama-love-forever』
「あの、この『oneesama』と言うのは……」
先輩と一緒に新しいパスワード、今のパスワードを設定したときを思い出す。
「あのさ、先輩、
名前をパスワードにするのが良くないのはわかるけど、
なんだよ、この『love-forever』てのは」
「意外でしょ、これは強いパスワードだよ。
……けど、まだ甘いね。
もうひとこと入れよう」
「って言って『oneesama』って入れたんだ。
!
……てことは」
「先輩さんのパスワードにももうひとつ言葉が入ってるってことですね」
さすが少女さん。
アタイはもう一度パスワードを入力した。
『kikaiya-chan-love-forever』
ロックが解除された。
「よしっ!」
「いけましたね!」
ロックを解除されたデータが次々と表示されていく。
エントロピージェネレーターのカテゴリがあった。気になったので中を見た。
大量のデータがあった。
そのデータにアタイは驚いた。
エントロピージェネレーターの開発についてはもちろん、できあがった後の「拡張案」がたくさんあった。
たぶんこれ全部、作り上げたらどれもこれも『画期的』だと言われるだろう。この先、急いで作り始めよう。
「機械屋さん、どうしたんですか?」
「いや、やっぱ先輩はすごい、
これ全部とんでもないデータだ……。
って、写真探してんだっけ」
『写真』のカテゴリがあった。
中を見る。
大量の写真があった。
工房の写真、昼メシだか晩メシだか食い物の写真。
アタイの写真もあった。
初めの方にあったのはそんな写真ばかりだった。
順に見ていく写真の中に先輩の写真がなかった。
先輩は『写真は好きじゃない』と言ってた。
やっぱり自分の写真は撮らなかったのか。
先輩の姿は何枚かの写真と思い出の中だけ、それで良いか。
残念だけどあきらめるしかない。
写真を見ていく。
先輩の写真が出てきた! 驚いた。
出てきたのは自分で自分を撮った写真だった。
アタイには何も言わなかったけど、先輩は写真が嫌いじゃなかったのか。
けど、先輩の写真を見ていくとあきれてきた。
自分を撮った写真。
ポーズをいろいろと変えながら、は理解できるけど、写真の先輩は一枚ずつ服を脱いでいく。
最後は素っ裸になってポーズをきめていた。
大きな鏡に写った自分を撮った写真もあった。
もちろん初めはしっかりと服を着てるけど、最後は素っ裸だった。
そんな写真が何組も何組もあった。
いったい何を考えてたんだ?
「な、少女さん、どう思う?」
アタイはあきれつつ少女さんを見た。
「……えと、
その、先輩さんらしい……、です……、よね」
真っ赤な顔で少女さんは言った。
そうして見ていくと、目当ての写真が出てきた。
少女ちゃんの写真だ。
やっぱり初めは立ってポーズをとっていた。
進んでいく。
イスに座り、まだ穏やかなポーズ。
立ちポーズに戻って、そこからポーズが少しずつ大胆になる。
テーブルの上に座ってさらに大胆に。
で、最後は少女さんの端末にあった写真だった。
「んじゃ、少女さんのデータ、コピーするか」
「あ、はい」
少女さんのインフォメーション端末を事務室の端末に同期させた。
アタイの操作で少女ちゃんの写真を全部コピーした。
「でさ、少女さん」
「はい」
「先輩の写真もコピーしとく?」
アタイはさらっと言った。
当たり前のことだと思った。
けど、少女さんには、そうではなかったらしい。
「いえ、
それは先輩さんの……、ですから……」
「確かにそうだな、少女さんの言う通りだ」
少女さんの言葉が正解だ。
「けど、このままインフォメーション端末に入れたままだと、そのうちデータが消えちまうな。
工房の端末にコピーしとくか、
先輩のデータ、気になるし」
少女さんがびくっとした。
「あの、機械屋さん、
『先輩さんのデータが気になる』、
と言うのは、その……」
顔を伏せてる。表情を見られたくないのだろう。
「ああ、写真じゃなくて、エントロピージェネレーターのデータな」
少女さんが顔をあげて言った。
「あ、そうですよね、そうですよね」
少女さんは照れているような困っているような、複雑な表情をごまかそうとしていた。
その後は二人で先輩の思い出話をした。
もしまだ先輩がいたら。
そんな話にもなった。
でも「もし」の話だ。
ひどい言い方だけど、先輩がいなくなったからアタイは一歩前に進むことができた。少女さんもそうだと言った。
アタイはいつか先輩を越えたい、少女さんも越えたい、と同じだった。
思い出話は夕方まで続いた。
腹が減ってきた。昼メシはかけそば一杯だったから当然か。
かなり早いけど晩メシにするか。
少女さんに、メシ食ってくか? と尋ねたら、少女さんは時計を見てあわてた。
『そろそろ帰らないと』だそうだ。
変に引き止めると少女さんを困らせるだろう。
アタイは少女さんを工房の表まで送った。
「また遊びに来なよ」
アタイの言葉に少女さんは笑顔でこたえてくれた。
「はい、また遊びにきます」
倉庫街を去っていく少女さんを見送った。
アタイは「フラクタル・マテリアル・キャッチャー」の開発を一旦止めることにした。
データにあったエントロピージェネレーターの「拡張案」。
先輩にはエントロピージェネレーターはスタートラインだったのか。
だからここからが「先輩の本当の夢」だ。
これをクリアしないと、先輩を越えたことにはならない。
じゃない、クリアしてやっと先輩の背中が見えてきたくらい。
「フラクタル・マテリアル・キャッチャー」でやっと追いつきそうなくらい。
いつか絶対に先輩を越えてやる。
アタイは決意した。
了
作中の『love-forever』の釈明。
本作『プールと写真とスタートライン』は拙作『どきどきな治療の仲良しで』(R-18のためリンクは控えます)よりも先に書いた文章なので大丈夫です。
作者の都合上、『冒険と探検と日常と』シリーズの設定は『どきどきな冒険の日常で』シリーズに反映されますが、逆には反映されない、としているので本当に大丈夫です。