聖灰のヘクスター 〜これはある日出逢った二人がいつか神様になるまでの物語〜   作:気安田レイジ

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10話 真実への道と暗黒の街

 

「それって、まさか……アダムさんたちは、人を……殺してしまったんですか……?」

「……」

「あのなぁイズナ、傭兵ってのは護衛中に襲撃してきたやつとか、盗賊なんかを殺すってのはそう珍しくもないことなんだ。直接手を下してもいないおめぇが気にするようなことじゃねぇよ」

「でも……」

 ※

 《あ…》

 《そっか、じゃあさっき魔獣を倒したのって…》

 《ヒカリも殺人ってこと?》

 《あれを人間扱いは厳しいでしょ》

 《この国の法律でどうなるか次第だろうね》

 《さっきのを人間がやってても普通にテロリストだし流石に捕まるってことはないわ》

 

 死体から見つかった小さい髑髏(ドクロ)は人を魔獣に変えてしまう薬だった。

 その薬を作り出し暗躍する組織が存在する。

 アダムは過去にその組織によって家族や友人を失ってしまった。

 

 ヒカリが頭の中でそれらの情報を整理していると、コメントに目を通さずとも当人も同じ考えにたどり着いたようだった。

 

「(あの魔獣が人間……私が、この手で……)」

 

 そうした時ヒカリの心の中で膨れ上がってきた感情は、人間の命を奪ってしまった罪悪感でも、失われた命に対する喪失感でもなかった。

 

「確かに私たちは人を殺してしまった。それに間違いはないわ」

「ヒカリちゃん……」

「そこから目を逸らしてはいけないのよ。大事なのは事実を受け止めて、その上で前を向くこと……決して(くじ)けたり諦めたりせずに、より良い未来へ向かって進み続けることよ」

「……」

 

 それは何者にも覆すことはできないとすら思わせるほどの()()だった。

 

 自らの手で他者の命を奪ったこと、人としての決定的な一線を越えたこと、そして自分が元いた場所とはまるで違うこの世界に存在する、底の見えない闇の中へ踏み込もうとしていること、その全てを背負い全てが世界を最良の結末へ導くための(いしずえ)とする。

 それが彼女の固めた決意だった。

 

「やりましょう、私たちで……アダム、この悲劇はきっと、私たちでないと終わらせることはできないのよ」

「それは……」

「最悪の過去に運命を狂わされた貴方と、最善の未来を描くためにやってきた私が出逢ったことはきっと偶然なんかじゃないわ。力を合わせてこの薬の源流となる組織を白日の下にさらしてその罪を裁く……そうすることで初めてあなたは過去の苦しみから解き放たれ、未来へ進むための救済を得られる……だから、私と一緒に戦いましょう!」

「……正直、君ならそう言うと思っていたよ」

 ※

 《意思つっっよ》

 《覚悟決まりすぎだろww》

 《勇者の才能がありすぎる》

 《魔法に関しても天才っぽいし 彼女が世界を救う役割を与えられるのも納得だね》

 《でもそれって世界の終末とかってのと関係ある?》

 《世界を救うついでに悪の組織をぶっ潰したっていい》

 

 アダムの過去を聞いたことで、人間を魔獣に変える薬という()まわしい事実が明らかになり、その場の空気は(よど)んだように暗くなりかけていたが、決して気を落とさずどこまでも前を向き続ける彼女の在り方に、それを目撃する皆が勇気を分け与えられたかのように気持ちが晴れやかになっていくのを感じていた。

 

「たぶんさっきの魔獣に変わっていた奴らは、この薬を作った組織から送り込まれた構成員だったんでしょう。だからイズナ、そんな人間のためにあなたが気に病む必要はないのよ」

「は、はい……」

「……なるほどな」

 

 その言葉は自らの意志を示すことのほかに、不安で身が(すく)んだイズナを安心させるため、自分のカリスマ性と言えるものを彼女自身が利用しているようだと、その場にいる成熟した大人たちの目にはそう映った。

 

「それじゃあ大まかな方針も決まったところで、ソレを作った組織を見つけるにはまず何を調べればいいかしら?」

「とりあえず、君は明日ギルドへの登録や傭兵の仕事を覚えるところから始めるべきだな」

「あ、そうだったわね。てへへ」

 ※

 《かわいい》

 《昭和かw》

 《そういえば傭兵になろうとしたらあの騒ぎって流れだったな》

 《明日ギルドに行ったらまた魔獣が襲ってきてまた延期になってその明日ギルドに行ったら…》

 《↑街が余計壊れていくだけの無限ループやめろ》

 《敵が悪の天才科学者なら同じパターンの襲撃を何度も繰り返させたりしないよ 大抵の場合そいつの美学に反するからね》

 《ノア:御山さん、タイミングはあまりよくないが大事な用がある》

 

 その後も含めて意図したものだったかはわからないが、気の抜けたやり取りで彼女らを取り巻く空気が弛緩(しかん)したところで、ノアからヒカリに対して声が掛かる。

 数日接したことで彼があまり世間話が好きではないということを知っている彼女たちは、それが実際にヒカリにとって重要な案件なのだろうと察せられた。

 

「どうしたのノア?」

 ※

 《ノア:地球世界(こっち側)で君が実在してさらに行方不明、というかどこだかわからない場所で配信してるってのが君の生活圏の人たちにも周知されてきたみたいでな。不登校の状態が続くのも問題だし下手したら行方不明者として大事になる可能性もある》

 

「…………あっ」

 ※

 《あ》

 《あらら》

 《警察沙汰くる?》

 《まあ客観的に見たらとりあえず警察ではある》

 《↑それはそう》

 《通報されたらさすがに配信終わり?》

 《ノア:終わると言われてもな、俺は送り返す方法知らんぞ。このチャンネルそのものもDoodle本社にすら(いじく)れないようにしてある。どうしてもって場合になったら預言者とでも話つけてもらうか》

 《何回も言うけど預言者バフ強すぎない?》

 《ちな異世界転移した理由は昨日の分のアーカイブの朝方からの流れ参照な》

 

 それは彼女が地球世界から別の世界へやってくることでどうしても避けられない問題だった。

 学生の身でありながら学校に通えないという状況もそうだが、日本国民が、いや地球の住人が、現実において未だ月面にすら永住できない程度の文明レベルしか持たない社会で生きる人間が、まさか異世界などという空想の中にしか存在しないはずだった場所へ旅立ってしまった。

 

 この出来事が事実であることが証明されてしまったとするなら、間違いなく有史以来において空前絶後の大発見であり、人類が数千年もの間積み上げてきた知恵と技術の継承が全くの無意味だったのだと知らされてしまう。

 そんな恐るべき()()()()()が起こる危険性すら孕んでいると、地球に住む人々の中の誰かがその可能性に気づいてしまうだろう。

 

「(もしそうなったら……地球の人類全体に笑い話じゃ済まないくらいのパニックが起こっちゃうかもしれないわ……なんとか向こうの世界が混乱に(おちい)らないように、私が間を取り持たないといけないわよね……心してかからなきゃ)」

 ※

 《ノア:まあ仮にそっちの世界のことが知れ渡った場合の混乱とかは、昨日世界が滅ぶとか言っちゃってるし今心配しても後の祭りだと思うけどな。とりあえず学校の方はご両親が融通(ゆうずう)利かせてくれたみたいだぞ。今担任と通話できる状態だからいろいろと話し聞いといたほうがいい》

 

「わかったわ」

 

 そうしてヒカリは見えなくとも向こうから手厚く支援してくれる父と母に感謝しながら、昨夜と同じように通話をするためタブレットを手に取った。

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 それはどこにあるかも分からない巨大な実験場のような場所だった。

 

「んンんンん!! マた失敗ィぃ!! ナぜウまクいカなイのダぁァ!!?」

「どうしても巨大化と異形化を抑えられない……実験対象の質が問題なのだろうか? 出身地人種性別年齢身長体重健康状態精神状態人格形成魔力量才能趣味趣向体質骨格利き手利き足もっと多種多様な実験体を用意して検証せねば……」

「…………」

 

 怪しげな液体や不気味な標本が入れられた瓶がそこかしこに置かれたその空間には、衝動のままに奇声を発する者や取り憑かれたようにぶつぶつと呟き続ける者、そしてそれらに目もくれず静かに思索(しさく)(ふけ)る者の三人がいた。

 

 彼らは今いる部屋の大窓から見下ろすように存在する広大な空間で行われる実験の結果を見ていた。

 そこでは大きな魔獣らしき生物が広場の中心で(もだ)え苦しんでおり、その様子を観察する彼らに後ろに現れた部下が報告をする。

 

「投与量の増減や細かな理論の組み替えを行なってはいますが、やはり何度やっても結果は同じでした……あの、自分には少し分かりかねるのですが……この研究は……()()()()()成功なのでしょうか……?」

「それは……」

()()にしたいんだよねー!」

「わひゃ!?」

「!」

 

 戦力を生み出す目的でなら今の時点で十分ではないかと疑問に思ったその部下が疑問を(てい)すると、それに寡黙(かもく)な男が言葉を返そうと口を開くが、そこへ割って入る形で部下の背後から何者かが飛び出してくる。

 その軽薄な口調と声色の言葉を発した人物は全身を黒いローブで覆い隠しており、聞こえてくる声以外では中背の身長と大まかな体格程度しか得られる情報がなさそうな振る舞いだった。

 

「貴方がいらっしゃられているとは、碌な出迎えもできず……」

「あーいいんだってそういうの! オレッチってばあんまし普通の扱われ方するの好きじゃないんだよねー! もっとこう、身近な人間すら正体を知らない謎の黒幕!って感じでさー? あでも世間話はしてよ? さみしいからさ!」

「知りたい情報があるのなら()()を訪ねるべきかと」

「やだなーもーヤーくんってばー! オレッチはヤーくんとお話ししたくてわざわざ来ちゃった♡んだっつーの! 言わせんなよ恥ずかしい!」

「それは光栄なことですが、ここへ来られた本命は例の実験なのでしょう?」

「はわわバレちった? まあ実はそうなんだけどねー」

 

 その人物はとても気安い雰囲気で話し寡黙な男はそれに、少なくとも立場的に対等以上の相手であろうことが見てわかるほどに敬意と礼儀を払っているようだった。

 部下の男はそんな(ボス)の態度を見て、目の前の人物が自分とは次元の違う地位に立つ存在だとすぐに気づいたようだった。

 

「……あああ、あのー……こ、この方は、いったい……」

「……お前が知る必要はない」

 

 取るべき対応を間違えぬよう部下はまず相手の素性を知っておかなければと、寡黙な男に対してその人物について何者かと問うたのだが、男は静かな雰囲気を崩さないまま部下に鋭い視線を向ける。

 

「ひっ!?」

 

 その目から今の一度の質問が失言だったことを悟った部下は、出会ってから日は浅くとも男の冷酷さをよく知っているが故に己の死を予感したが、そこにローブの男が割って入ってきた。

 

「まーまーヤーくんそうかっかしないの! 粗相(そそう)を許せる男にならないとモテないぜー? 俺が言うのもなんだけど!」

「私には既に妻子がおりますが」

「あっれれーそうだっけー!? まあいいか! 細けぇこたぁ気にしない方針でやってくのがウチのモットーじゃん!?」

「初耳です……それで、今しがたちょうど実験が終わったところなのですが、お察しかとは思いますが……」

「うまくいかないよねーわかってた。もし今の時点で成功してたらキュンときてたかもー」

 

 ローブの男は実験の結果が予測できていたようで、その実験が行われていた空間を大窓から見下ろす。

 そこには先ほどの魔獣は存在せず、見窄(みすぼ)らしい身なりの痩せこけた男が倒れていた。

 

 そして男が近くにやってきたことで、他の2人の研究者もその存在に気づいたようだった。

 

「むム? おォこレはコれハ! 御身(おンみ)ガ直々にオいデなサるトは!」

「うぇーいおひさーバオちゃんゼーちゃん。精が出てるねー、なんか進展あったー?」

「これまでの実験は()べ17回、組織が用意した同じような奴隷を使用しているがやはりどれも出来損ないにしかならぬ。貴卿(きけい)が望む()()()()()とは如何様にして実現し得るのか……」

「やっぱわかんないよねー、俺も最初はどうすればいいか悩んだなー。思い付いたのは親の教育がよかったからかも?なんてな!」

 

 ここで頭を悩ませていたその三人の男たちは、同じ組織の中でもそれぞれ別の分野を研究していた。

 奇声のように話す男は魔獣について。

 取り憑かれたような男は人の精神。

 そして寡黙な男は人の肉体の追求を。

 それらの違う研究をしていた彼らが集められ共同での開発を任されるというのは前代未聞だった。

 

「“潜在的な領域まで自制心を崩壊させることで強制的に()()と融合する”、でしたか……現時点の成果ではご満足いただけない理由、そういえば聞いたことがありませんでしたね」

「簡単に言うとオレッチ()()がほしいんだよねー! ()()じゃなくてさ! 悪の組織の戦闘員といえば怪人はど鉄板っしょ!」

「怪人……魔獣の力と人間の姿を両立させたいというわけですか……随分と人の原型とやらに(こだわ)りがあるようですが」

「当たり前じゃね? 人間なんだから……これってただ強い人間を集めるより、もっと替えが利く奴を使って効率的に戦力を生み出せる方法なわけで。これが成功したらもう危険なお仕事で大事な人材を使い潰したりしてアルくんを落ち込ませちゃうこともないはず!」

 

 寡黙な男から見てローブの男が吐く言葉のどこまでが建前でどこまでが本音かを見抜くのは難しかった。

 そもそも素顔を見たことがある程度でその正体に繋がる手掛かりの一つすら得られておらず、十年以上の関係になる自分ですらこんな状況なら、同じ組織の中に彼の本当の姿を知る者は1人として存在しないのではないかと思うほどだった。

 

「今と同じやり方でも繰り返してけばいつかは成功するかもだけど、実験における本当の成功っていうのは“再現性の確立”だからね! オレッチはどうすれば上手くいくかもう知ってるけど、皆んなはやっぱ自分で考えて答えに辿り着かないと立場的に形無しじゃん? ま、期待して待ってるからがんばってね〜」

 

 そう一方的に言い切ったローブの男は(きびす)を返して部屋から出て行こうとする。

 しかし途中で未だに狼狽(うろた)えて冷や汗をかいている部下の男に近づくと、突然フードを取って彼に首から上を晒して見せた。

 

「あ……あ、の……?」

 

「……かはっ、じゃあね」

 

 男は(おど)けるように部下の鼻先を指で突くと今度こそ部屋から出ていった。

 寡黙な男はその行動に疑問を持ちつつも実験の内容に思考を移そうとするが、いつまでも同じ体勢のまま動かない部下に気を取られる。

 

「おい、仕事に戻れ」

「––––––––」

「……何をしている?」

 

 初めはただ呆けているだけかと思われたが、よくよく見れば身動きどころか(まばた)き一つしていないことに気づいてなんらかの異常を察知し、その部下に歩み寄って魔術でその体を調べると、彼は途端にその目を見開いて驚愕を現した。

 

「(これは……心臓は動いている、他の体内組織のどこにも異変はない。しかし……()()()()を起こしている? 間違いなく生きているはずだが……)」

 

 部下の肉体に起こっている奇妙な状態に薄ら寒い気分に襲われる男は、彼はローブの男が出ていった出口に目を向ける。

 

「…………本当に人間かどうか……」

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