聖灰のヘクスター 〜これはある日出逢った二人がいつか神様になるまでの物語〜   作:気安田レイジ

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幕間1 もう一つの世界で

 

 その日、地球上に存在する全ての電波に異常が発生した。

 

「なんだ、この文字だけのCM……?」

 

「動画を開こうとすると何回かごとにこの広告が表示されるみたい」

 

「ネットのいろんなサイトでも絶対この広告出てくるらしいぜ」

 

「オリンピックも今年に控えてるってのにバカなことするやつがいたもんだ」

 

「なんかこれ日本だけじゃないらしいよ。世界中で同じ広告が出まくってるとか」

 

 目を引く画像やわかりやすい詐欺目的の(うた)い文句もなく、ただ一週間後の朝方に配信が始まることなどが宣伝されるだけの広告。

 先ず多くの人間が一度はなんらかのウイルスを疑ったが、その広告が世界中で同じように広まっていること、それが表示される場所によって主に使われる言語の文章に翻訳されているなど、それがただの愉快犯の程度を遥かに超えていることがわかり始めた。

 そうしてなにか巨大な秘密結社が動き出したのではないか、電子上から世界を掌握しようとするサイバーテロ組織の仕業ではないか等様々な噂が飛び交った。

 

「これを放置しておけば、()()()()に移った時世界中の人々に実害のあるなにかが起きる可能性すらあるのだぞ! 一体何者の仕業なんだ!」

「そ、それが警視庁のサイバーパトロールも犯人の特定はおろかネットワーク上での現状把握すらままならない状態でして……」

「クソっ! これでもし日本国内での犯行だったら全員降格アンド減給だぞ!」

 

 今回の件を重く見た日本政府内のある官僚はこの前代未聞の超巨大工作に、人類社会そのものの基盤が揺らぎかねないという危機感を覚え。

 

「おい! まだコレを仕掛けたやつは見つからねぇのか! 俺ら以上に規模のデカい組織なんているわけねぇんだ! さっさと住所割り出さねぇか!」

「そ、それがよ……俺らを狙ってかどうか、拠点にある全部の機器が見たこともねぇウイルスに感染してやがんだ!」

「再起動したらメッセージが、“余計な真似をしたら全員の個人情報を犯罪の証拠と一緒に警察に送り付ける”、だとよ」

「ちくしょぅぅぅ!! ぜってぇぶっ殺してやる!!」

 

 某国のハッカー集団は未曾有(みぞう)のサイバーテロを起こした謎の人物に、挑戦する前から電子戦で完敗したことで面子(めんつ)を潰されて激怒し。

 

『しゃ、会長!我が社が設置した街頭モニターにまであのヘンテコ広告が! いい一体どうすれば!?』

「わざわざ構うな。どのみちただ宣伝をしているだけ、誰にも実害はない……むしろこの話題性を利用すれば多くの新たな事業を開拓できるはずだ。一番手とそれ以外じゃ得られる利益の桁が違う、今のうちに立てられるだけ計画は立てておこう」

 

 ある男はまるでその日をずっと待っていたかのように動き始めた。

 

 そして世界中が謎の広告で大騒ぎとなってから1週間という時間はあっという間に過ぎ去り、ついに広告の通りである朝方の時間、動画配信サービス『YouLink(ユーリンク)』に存在する“Ark Live.ch”でその配信は始まった。

 直接視聴する者だけですら1億を超える途方もない人間が注目するその配信は、多くの人々が予想していた“なんらかの声明を出すために何者かが壇上に上がる”という始まり方とは異なっていた。

 

「なにこれ、アニメ? 映画?」

 

「誰? 見たことない役者だな」

 

「今のところあんな大それた宣伝するほどの映像だとは思えないけど?」

 

 始まったばかりの第一印象としてはあまり好感触とは言えなかった。

 それも当然、この配信で何が起こるのか楽しみにしていた人間は多くない、これは世界中で同時に起きたサイバーテロだという説が最も有力であり、世間へ(いたずら)に不安と恐怖を煽っていた下手人に対して好意的に見ている人間はほとんど存在しなかった––––

 

 ––––ある共通点を持つ者たち以外は。

 

「へっ、とうとう始まりやがったか」

 

「あの二人の子がねぇ……時間が経つのは早いなぁ」

 

「兄さまに特別な端末を用意しておいてもらってよかったヨ。本国からでもかわいいヒカリの様子をゆっくり見れそうネ」

 

「さぁてと……御山くんにも協力の約束は取り付けたし、もうすぐメナリウム粒子の研究も大々的に発表できそうだね」

 

「直接手を貸せないのは歯がゆいが……僕たちは君がこれから送る冒険と戦いの安全と成功をずっと祈っているよ」

 

 そしてこの世界の命運を賭けた大勝負に打って出た人物は……。

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

「よし、そこだ(かわ)せ! あとワンコンでリーサルだぞ! おっ、よっしゃあ! なかなかやるじゃんか!」

 

 例の配信を管理するためのAIに片手間でゲームをプレイさせていた。

 人間に限りなく近いレベルでの学習能力を備えたその人工知能に瞬間的な判断力を養わせるためという口実で対戦ゲームをやらせているが、本心では異世界の技術が組み込まれたAIが所謂ガチ勢というものを、容赦なく蹂躙(じゅうりん)しているところが見たいという仄暗(ほのぐら)い悪趣味を満たすためのようだった。

 

「なはは……おお?なんだなんだ、この政治家マジかよ? 機密情報扱いで巧妙に隠しながらポルノ画像保存してやがる! どこに証拠漏らしちゃおっかな〜……ああん? こっちはオンラインカジノかよ! ったくどいつもこいつも、地球滅亡の瀬戸際だぜ!? なんのために勉強してきたんだこの馬鹿ども!」

 

 さらに別の画面では様々な国の中枢に関わる人間の後ろ暗い事情を掘り出してもいた。

 一介のハッカーの腕ではここまで自在に電子海原の中にある目当ての一粒を探り当てることは不可能、だがそれは逆説的にこの人物がある存在から尋常ならざる技術を与えられている証左でもあった。

 

 《ずいぶんと愉快な様子だ。他人の巣穴をほじくり回すのがそんなに楽しいかね?》

「そりゃ愚問ってやつだ。人生の大半を費やしてようやくそれなりの地位を手に入れたかと思えばそれを利用してやることが、小児性愛癖を満たすだの着服した金でギャンブルだのってな有様だぜ? 国の未来を背負ってるべき人間がオレらと同じ人間のつもりでいるだけの無能だってんだからそりゃ愉快にもならぁ」

 

 その人物の正面に置かれたメインモニターにメッセージが表示される、特にチャット機能を開いているわけでもない普通の画面に表示されるその文字は、そのメッセージを送っている人物がただならぬ存在であることを明確に表していた。

 

「ま、いつかのオレが憧れた世界ってのがこんなもんだったのかって失望と、その憂さ晴らしでしかないんだけどな。だからオレはこうしてアンタに協力してるわけだし」

 《地球に住む人類の可能性に見切りをつけたが故、だったかな。確かに私の世界に住む人々が彼らと同程度の種族であれば、私もここまで力を尽くして救おうとは思えなかったかもしれない》

「あんたとはつくづく気が合うな……まあこの配信を続けてって少しは軌道が戻れば万々歳だな、この上っ面だけの平和に腐敗させられるがままのレールを走る列車のよ」

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

「ぐふ……はねが、ふわふわ……」

「警部! 警部! ちょっとヤシキさんってば!」

「んぁ……おあ? あれ、ぺっとは?」

「知らないですよ! それより起きてください! とんでもないことになっちゃってます!」

 

 そこは東京都皆千代(みなちよ)(しも)(さき)に存在する警視庁の中。

 休憩所として設けられた空間の椅子で呑気に寝こけていたその()()()()を、若い男の警官が慌てた様子で起こそうと声をかける。

 それに女性警官は寝ぼけながらも体を起こし、今の今まで見ていたものが夢だと理解すると、そばに立っていた若い警官の頭を思い切り()(ぱた)いた。

 

「あだっ!?」

「ったく邪魔すんじゃねぇよ、せっかくいいとこだったのに……」

「邪魔って、寝てましたよね? 今勤務中ですよね?」

「で、なにがとんでもないって?」

「なにがじゃないですよ! 例の“アーク事件”、あの謎の広告で宣伝されてた配信でとんでもない情報が!」

「なんだビワぁ? てめぇ仕事中に動画見てんのかよ。たるんでんなぁこれだから最近の若いやつは……」

「いや出勤時間の半分は居眠りしてる警部に言われたくないです! それにアーク事件は今日本全国にいる全ての警官の必修科目ですよ?」

「あ? なんだそりゃ」

 

 気怠(けだる)げな様子で背筋を伸ばす女性警官は墅四季(やしき)晴夏(はるか)、彼女の様子に呆れながらも根気強く接している若い男性警官は眞琵琶(まびわ)瀧人(たきと)という名だった。

 彼女らはヤシキがマビワの教育係となってから数年の間共に行動することが多い間柄であった。

 

「ヤシキさん本当に知らないんですか? (くだん)の配信に出てくる主要な人物が日本人だからって、アーク事件の主犯も日本人じゃないかって(もっぱ)らの噂なんですよ!」

「はっ、ただの噂なんじゃねぇか。物証が出てから改めて起こしやがれ」

 

 ヤシキはどうでもよさそうに手を振ると、再び横になり鼻提灯(はなちょうちん)をこしらえようとする。

 

「ちょっとまた寝ようとしないでください! 本題はそこじゃなくて配信の内容なんです! なんでもこのままだと世界が滅びるとかで!」

「バッカやろうが、ネットの誰かさんがおっしゃってることだろ? それこそその辺に転がってる陰謀論と同じような与太話じゃねぇか。いちいち真に受けてんじゃねぇよ」

「いやだからこれは他とは違って! ああもう知らない人に説明するの難しいんだよなぁ! でもとりあえず例の配信の内容がCGとか作り話が一切なしの本物だって仮定の上で事を考えるべきですよ! なんせこの配信に世界中の注目を集めるためにやったことが与太や酔狂で済ませていいレベルじゃないですし……それにこの件に関わってると思われる日本人の子供が実際に一人行方不明なんですよ」

 

 マビワの最後の言葉を聞いたヤシキは眉をひそめて起き上がり彼を鋭く見据えた。

 

「……それを先に言えよバカ。で消えたのは何もんだ?」

御山光纚(みやまひかり)十七歳。偶然かどうか、なんと世界中で多岐にわたる事業を展開するあのグループ企業、日鳥十和(にちどりとおわ)ホールディングスを創設した御山家の御令嬢なんですよ! まあ行方不明と言っても、本人は例の配信にずっと出てるんですけどね。なんでも突然異世界ってやつに行っちゃったらしいです」

「てめぇ今自分で言っててバカバカしいと思ってるだろ?」

「否定はしませんけど、俺の口だけで説明できるもんでもないですし、詳しい概要は庁内の誰かがまとめた資料とか例の配信でも見て自分で確かめてくださいね!」

「へいへい……」

 

 慌ただしく仕事に戻っていくマビワを見送り、ヤシキは面倒そうに背もたれに身を預け、過去に自分が担当することとなった()()()()で関わった人間の姿を思い浮かべていた。

 

 

「御山ねぇ……そりゃおめぇ、コイツが偶然なわけねぇやな……久々に顔を合わせることになりそうだなぁ、ガキども……」

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