聖灰のヘクスター 〜これはある日出逢った二人がいつか神様になるまでの物語〜   作:気安田レイジ

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27話 祝勝の祭りと仙鬼の誘い

 

「はーい! みんなお待たせー! 本当はもっと早い予定だったんだけど、みんな知っての通りとってもおっきな魔獣さんが出てきちゃったよね! でも傭兵の人たちと街中のみんなが力を合わせたおかげで万事解決って感じだね! 今回はそのお祝いも兼ねてみんなにたくさん私の歌を届けてあげるよー!」

 

『ワアアアアアアアアアア!!』

 

「じゃあさっそく最初の一曲目! 『恋の模様はあの子の瞳』! いっきまーす!」

 ※

 《うおおおおお!!!》

 《きたーーーーー!!》

 

 暗闇の中に煌びやかな星光が無数に浮かび上がる夜。

 優しい色の明かりによってライトアップされたアーユグラの中央広場では、魔獣の死骸等の痕跡はは綺麗さっぱり拭い去られ、無残にも破壊された噴水があった場所に特設された豪華絢爛なステージの上、そこに万人の目を引くだろう美しい女性であるメリャンコラがその美貌をさらに引き立たせる衣装を身に纏い、透き通るような声を魔術でより大きく響かせて踊りと共に歌声を披露していた。

 

 それを見るのは中央広場にいる人間だけではなく、遠くの景色を映し出す魔石の効果によって一千万を超えるアーユグラの住人ほぼ全員がステージを観覧していた。

 

「本当に歌って踊ってる。正にアイドルって感じ、こっちの世界でも似たような文化があるのねぇ」

「……そっちの世界にも、メリィさんみたいな人っているんですか……?」

「よくわからないくらいたくさんいるわよ」

「えぇ……正に異世界……こわい……」

 

 注目の的となっているステージのある広場は正に祭りの中心地と言っていい盛況ぷりだった。

 そこから少し離れた場所に座り込むヒカリは、周囲に急拵(きゅうごしら)えで用意された屋台のような店から買った、スナック菓子のような感覚で食べられる結晶の粒が詰まった袋を片手にステージを楽しげに眺めていた。

 

 そして一千万の住人へ魔術を及ぼすという無茶をやり遂げたイズナは、すっかり魔力がすっからかんの状態となり気分はあまりよくないようだった。

 完全に枯渇した魔力が元通りになるには数日の休息が必要であり、それでもなんとかメリャンコラの歌を聴こうと気を張っている様子を見かねたヒカリが(なか)ば強引に横たわらせて自分の膝を貸しているのだった。

 

 ちなみにエラヴロはステージに最も近い最前線で夢中になって声を張り上げていた。

 

「それにしても、元々はメリィの歌を聴いてから日帰りですぐ引き返す予定だったけど……この分だと出発は翌朝になりそうね」

「……私たちって、どこで寝るんですか……?」

「アダムがギルドの貸し出してる仮宿を登録しに行ってるわよ。でもあんまり場所は取れないからイズナは私と一緒の部屋ね」

「はぁい……」

 

 戦いが終わった後の処理は思いの(ほか)円滑に進んだ。

 イズナの魔術によって、ヒカリやアダムが戦っていたことや、アダムの魔術によって街の者たち皆の力を結集させる必要があったことなど、ほとんどの状況を街中の人間が理解できていたことで、ギルドの職員などが状況を把握するのにも最低限の確認だけで十分なほどだったのだ。

 

 最終的に出た人的被害は中央広場に魔獣が現れた際に対処したカレスデルフの傭兵の内数人程度であり、それらも戦いの中で死者が出ることが当然の傭兵であることから、あまり大事にはならずカレスデルフ側の人間が内内で処理をすることになった。

 

 彼らが戦っていた魔獣は大きさだけでもとてつもない脅威となる存在であることが察せられたため、それを倒すことができたアダムやヒカリたちに与えられる報酬はかなりのものになるだろうと予想された。

 

「おう、たしかヒカリやったな。祭りの主役が端っこでなにしとるんや」

 

 メリャンコラの歌が一曲目を終えたというところで、横合いから声を掛けてくる者がいた。

 

 ヒカリの隣にどかりと座り込むのは、紫色の肌と黒い角が生えたアダムの倍以上の体格の男であるオウガ・ヤマトガミだった。

 彼は片手に持った大きな木彫りの器でおそらく酒であろう飲み物を勢いよく(あお)っている。

 

「あんたは……たしかオウガだったかしら。何してるもなにも、見ての通り端っこで休んでるのよ」

「カカカっ、とぼけんでええ。今この街がほぼ無傷の状態のままで、今自分らの命が繋がれとるんは全部おまえさんらの活躍故やっちゅうことは街に住むもん全員が知っとることや。そこの嬢ちゃんの魔術のおかげでな」

「うっ……」

「そんな英雄さまが宴を楽しんでおらへん様を見て酒が美味くなると思うか?」

「他人の顔色をうかがったり他人の調子に合わせるのって苦手なのよね。それに従うことでなにが生まれるわけでもなし」

「違いないわ。カカっ!」

 

 (しゃ)に構えた態度で気取った風を繕ってはいるが、友人となったばかりのメリャンコラのステージをしっかりと目に焼き付け、今回の戦いの功労者であるイズナへの(ねぎら)いも欠かさない律儀さが一目でわかるようなその振る舞いは、彼女の人格をこれでもかというほど顕著に表していた。

 

 オウガはそのこともあってかとても機嫌が良さそうに笑い声をあげていた。

 

「嬢ちゃん飲んどるかぁ〜?」

「お邪魔いたしますわ。ヒカリさん、イズナさん」

「こないにご機嫌な親父はずいぶん久しぶりやなぁ」

 

 そこへさらにカレスデルフの人間がやってくる。

 ベロベロに酔っ払った様子のオーレッヘや屋台で買ったのだろう肉を両手に持ち頬張るウガイハン、そしてオドルヴィアにアレスドラの四人がヒカリたちの周囲に集まってきた。

 

「なによわらわらと集まってきて、気安くお話しするほどあんた達に気を許したつもりはないんだけど」

「そうつれんこと言わんでぇ。ウチらあのバカでかい魔獣倒すために力合わせた仲やんかぁ」

 

 無遠慮に他者の領海に踏み入ってくる彼らの振る舞いにヒカリは小さく眉をひそめる。

 彼女にとって、オウガのようなつまらない小細工や馬鹿馬鹿しい陰謀などどうでもいいというスタンスの男ならともかく、その部下たちは誰かしらに指示され自分たちの都合でこちらを妙な企みに巻き込もうとする、彼女の嫌いな人種の気配が滲み出ていることからどうにも好きになれそうにはなかった。

 

「……いやぁ、それにしても上から直々に仕事が降りてくるから、なにが起きとるんかと思うたもんやけど……あんたほんまに強いなぁ」

「えぇ本当に……噂すら聞いたこともありませんでしたが、上の情報網は私たちとは比べ物にならないということなのでしょうか。しかも現場の傭兵に異例となるギルドの傭兵に対して生死を問わない襲撃命令が出されるほど危険視されている、と……」

「それで、なにが言いたいのかしら」

 

 少しばかり露骨とも感じるほど探りを入れる意思が垣間見える言葉を受けてわずかに目を細めて堪えるヒカリ。

 

 分かってはいたことだが、このカレスデルフの人間たちは初めから味方ではない。

 巨大な魔獣から街を守るという共通の目的のため力を合わせることはあっても、彼らの()に存在する組織に命じられてヒカリたちの命を狙い、それが終わった後も団員が暴走して街中で襲撃を掛けるなど、決して一方的に被害を受けている立場である彼女の方からは、歩み寄ってやる義務も道理もないというのが正直なところだった。

 

「そんだけ上に目ぇ付けられといて身に覚えがないわけないやろっちゅう話や。あんた一体なにをしでかしたんや? まさかそんな可愛い顔して泣く子も黙る凶悪な裏の顔を持っとるなんてことは……」

「あまり面白くない冗談ね。それを聞きたいのはこっちの方よ。身に覚えがないのにあんた達に襲われて迷惑してるんだから……そういえば、あんた(オーレッヘ)イズナまで殺すとか言ってたわね。その分の礼がまだ済んでなかったわ」

「うえっ」

「お、嬢ちゃんようやく()る気になったんか? ワシは何時でも何度でもいつまでも大歓迎やでぇ!」

「この状況で吠える気力は褒めてやるが……今おっ(ぱじ)めて生き残れるとでも?」

 

 ヒカリはオウガが近付いてきた瞬間から片時も警戒を解いたことはない。

 オーレッヘは正面に陣取り臨戦態勢、ウガイハンはイズナをすぐさま狙える方向からいつでも飛び出せる状態。

 後の二人は彼女の背後で逃げ場を塞ぎおそらくいざという時はオウガも戦力になる計算で、仮に戦闘が始まった場合の勝利を確信しているのだろうと考えられる。

 

 そこまで察した時点でヒカリは内心でそんな()()()()()()を一笑に付す。

 

 

「私を()()()にさせたら……後悔する暇も与えないわよ」

 

「っ……!」

「ぐふ!」

「ひえっ……」

 

 関係はないのだ。

 なぜなら、この場では本人自身だけだからだ。

 もしもこの場の誰かが先手を打とうと動き出したとすれば、一瞬、ただの瞬き一つする刹那の間に全てが終わるほどの力を、ミヤマヒカリという人間が備えていることを知っているのは。

 

 そこで彼女が彼らにのみ放ったまるで実態を持つ刃が本当に自らの心臓を貫いた感覚を覚えさせるほどの殺気は、下卑(げび)た笑顔になったオーレッヘを含む傭兵たちに、彼女が自分たちの予想を遥かに超える戦士であることを否が応にも認識させるほどのものだった。

 

 だがうっかり庇護対象のイズナまで怯えさせてしまったことに気づいてすぐにいつも通りの落ち着いた雰囲気に戻ってしまった。

 

 しかしそれを受けても顔色ひとつ変えなかった人間が一人いた。

 

「はぁ……阿呆、喧嘩売るんも相手選ばんかい」

「親父……」

「ほんまガキは血の気が多くてかなわんわ。誰かれ構わんと挑みかかっとったら、当然こんな風にどうやっても敵わん奴に出くわすこともあるわなぁ。ワシも込みで()ったら話はわからんけども、今のおまえらやと逆立ちしても勝ち目ないで」

 

 オウガだけは長年の経験で身についた戦士としての目利きによって、彼女が身に付ける生半可な観察眼では気付けようもない高度な戦闘技術と、それを巧妙に隠しているある種の()()(おぼろ)げながら見抜いていた。

 

 ただ、あくまでも朧げにしかわからないことは彼にとって決して小さくない問題だった。

 

 通常人間が身に付ける強さというものは、どれほど隠そうと工夫をしても必ず多少は外面に現れるものだ。

 

 基礎的な鍛錬をいくら積んだかは筋肉を見れば一目瞭然。

 体幹や足運びで武術経験の有無はある程度見分けられる。

 視線と声色からどれほど殺し慣れているかを測るのもそれなりにいい基準となる。

 

 彼にとって人の強さとはそうして観察以前の目に入る情報を処理する段階で看破(かんぱ)できるものなのだ。

 

「(せやけど、コイツだけは”どんな強さ”を持ってるかっちゅうとこがどうやっても見えてこおへん……さっきの戦いを見れば尋常やないくらい強いんは当然分かる。といってもあれはどう考えてもほとんど魔術ばかり使ってなんも全力は出してない……こうして改めてじっくりとこの体に叩き込まれた強さを確かめようとした途端に、深い霧が掛かったみたいになんも見えんくなってまう……普通やったら関わらんほうがええ相手なんやが……)」

 

 このヒカリという少女さ底の知れない存在だという結論は出るが、そんな危険な火遊びこそ漢の(たしな)みだと言うようにむしろ彼女の存在に惹きつけられているのをオウガは自覚していた。

 

「カカっ! よし気に入った! ヒカリ、お前ワシの娘になれや」

「はぁ?」

「む……」

「あら」

「親父……!?」

「えぇ……」

 

 そうして彼が口にした突然の提案を耳にした周りの人間は皆一様に驚きを(あら)わにした。

 

 最悪はこの場で全面的な敵対という可能性も十分あり得たこの状況。

 彼らにとって親分であるオウガが一度は直々に詫びを入れた相手に対して、そのようなリスクを負った上でここまで不安な対応をしたのは、彼らに指令を出した()の目的が明らかに彼女らの戦力の程を明らかにするためのものだと考えられ、将来的にカレスデルフやその上位に位置する組織の脅威となる存在だと目されているだという結論を出したからだった。

 

 そしてオウガの提案もまた、そんな彼らの考えを見抜いた上でのものでもあった。

 

「強さ、度胸、気高さ、どれも三百年以上生きてきたワシから見ても一等ものや。そないに貴重な巡り合わせを物にせん男は三流やろ?」

「この状況で私がそれを受ける理由がないように思うけど」

「そうでもないで、ワシらに取り入ればカレスデルフの上層部と円滑(えんかつ)に接触する機会もいつか得られる。そいつを足掛かりにおまえさんらを襲うよう指示を出したもんの正体を探ることもできるようになるやろ」

「……なるほどね」

 

 彼が切り出した組織に入ることで得られるメリットは、ただの衝動的な勧誘かと思われたオウガの提案を彼女が一考する程度には価値のあるものにする要素だった。

 

 ヒカリは彼らに自分たちを襲撃する指示をした人間を容赦なく叩きのめす予定であり、そのためにカレスデルフの親組織とやらを明るみに引きずり出すことから始めるつもりだった。

 

 そうなるとここでカレスデルフでもそれなりの立場にいると思われるオウガと繋がりを持っておくのも悪くない手だと考えられた。

 

 ただ一つ”娘になれ”という謎の誘い文句だけは引っかかるところがある。

 何らかの規則なのか個人的な趣味なのかはわからないが、確かに部下たちも全員オウガを父親と呼び従っている様子だった。

 もしここで肯定的な返答をすれば、事実上この男の家族となったかのような扱いを受けることになるのだろうか。

 

「お断りするわ」

「まあそう言うやろな。せやけど悪い誘いでもないはずやで、別に立場が変わったところで元の仲間と縁を切る必要もあらへん」

「単にあんた達と私が知りたいことに関する情報を取り引きするって関係ならいいけど、あんたのことを親と呼び慕うことはできないわね」

「ほう? どうしてや」

「私にはもう世界で一番の親がいるからよ」

 

 これこそ彼女がオウガの提案を拒むことにした理由だった。

 ヒカリは少し強すぎる程度には両親への愛情に溢れており、小学生の頃には「お前の母ちゃんでべそ」に類似した悪口を言った同級生を容赦なく泣かせるほど仕返しをしたこともあるほどだった。

 自分が世界を救うことを決断をした時なども、両親を守るためでもあるという意識が定まったおかげで一瞬にして精神状態が安定したところが大きいと言っていいだろう。

 

 そんな彼女にとってその二人以外の人間の子という立場になるなど言語道断の選択。

 二人には互いに妥協点を探るなどという手間のかかる交渉をするつもりは毛頭ないため、オウガにとって彼女を引き込む方法がそれしかない時点で既にありえない話だったのだ。

 

「……ク、ククク……カカカカ!! そうか! そないによぉ慕われとる幸せもんから娘を()るわけにはいかんなぁ!」

「分かっていただけたようで。言いたいことはそれだけかしら」

「おう。行くでおまえら……じゃあな嬢ちゃん。ぎょうさん親孝行するんやでぇ」

「失礼いたします」

 

 オウガはとりつく島もないといったヒカリの様子を見て後腐れもせずにキッパリと諦めた様子だった。

 そうして彼は不完全燃焼な表情の部下達を引き連れてその場を離れていった。

 

「言われるまでもないわよ……さてと……ごめんなさいねイズナ。まだ気分は悪そうだけど……どうする? まだメリィの歌を聴きたいかしら?」

「で、できれば……そろそろ部屋で寝て休みたいです……」

「わかったわ。いつか万全の状態でメリィの歌を聴けるようにしましょうね」

 

 そこで切りのいいところを見つけたようにヒカリも立ち上がり、イズナを介抱しながらギルドへ向かっていった。

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