聖灰のヘクスター 〜これはある日出逢った二人がいつか神様になるまでの物語〜   作:気安田レイジ

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幕間2前編 『 度目の者たち』

 

灰汁馬(アクマ)選手! 1ラウンドKOおめでとうございます! 今のお気持ちをお聞かせください!』

『あのねおしりがね、磁石なんですよ』

 

 

『炊き込み角煮ステーキで知られる亀種(かめだね)交雄(まじお)さんが未成年者を含む48人の女性と同時に愛人関係にあったということで……』

『亀種さん48股ってことですけどいかがですか!?』

『あれとか全部終わったらギネス申請しますわ』

 

 

『へち田さんぶっちゃけどうなんですかね? この配信本物だと思いますか?』

『いやぁフリーメイトンは実在したんだなぁ』

 

 

 そこは日本の東京都、新塔内(しんとうだい)区・豊町(とよまち)に建つとあるビルの応接室。

 下手な会議室よりもよほど広いその部屋の窓から街並みを行き交う人々の姿が見える中、備え付けられた埋め込み式のテレビの画面が次々と切り替わっていく。

 

 それは奥の上座に並んで座る男女のうち女性の方が手に持つリモコンによって行われているようだった。

 

「……ちょっと、ちょヤシキさん!」

「あぁ?」

他所(よそ)様んとこのテレビでザッピングやめてください。マジでみっともないです!」

「テレビとリモコンが両方置いてあんだからどうチャンネル変えようがこっちの勝手だろうが。ビワよぉ、男のくせに神経質な女みてぇなとこ気にしてんじゃねぇよ」

「じゃあ貴女はそこ気にするべきでしょ!」

「アタシの神経はそんなに繊細じゃねぇし。にしても最近のテレビはどこもつまらなくなったなぁ。やっぱ命懸けなくなってからダメになったわ」

「懐古主義の厄介老人みたいなこと言わないでください。仕事に命かけるのが当たり前って言われる時代とっくに終わってますから!」

 

 それは警視庁に所属する二人組の警察官だった。

 制服の上にレザーコートを羽織った目つきの悪い女性警官が墅四季(やしき)晴夏(はるか)警部。

 かなりの長身とそれなりに鍛えているのが現れた体格に茶髪の男性警官が眞琵琶(まびわ)瀧人(たきと)巡査である。

 

 二人は警部であるヤシキの権限で一時的に自由外出をして、()()()()のためにこの建物の主人の元を訪ねていた。

 

 

「それで、どうだった?」

「ああ、予想はしていたがやはり海外諸国からの移住者が爆発的に増加している。それらが軒並み君たちの家がある輝鬼町(かがやきちょう)に押し寄せようとしていてな。最早ほとんど隠す気もないんだろう。この件はこちらで預からせてもらうぞ。この数を確保できれば長い目で見るほど価値は大きい」

「そこはおまえ達に任せるよ」

 

 

 少しの間席に座って待っていた二人は、ドアの向こう側からかすかに聞こえてくる話し声が近づいてくるのに気づいた。

 それにマビワは背筋を伸ばして襟元を確認し、ヤシキはテレビの電源を切って前に乗り出した姿勢を正すことなくその人物の入室を待つ。

 

「失礼、お待たせしました」

 

 そうしてやってきたのは、ナイトウッド製の上質なスーツを着た黒髪と赤い瞳の男性。

 さらに後ろから目立たなさそうな普通のスーツにサングラスを掛けた金髪の男性と、地味な私服の上に白衣を着込んだ青い髪の小柄な女性が応接室に入ってきた。

 

 その中の黒髪の男性が一歩前に出てマビワへと名刺を差し出してくる。

 

日鳥十和(にちどりとおわ)ホールディングス代表取締役の御山(みやま)灯纚(あかり)と申します」

「どっ、どうも……!(やべぇ、本物じゃねぇか! こんな簡単に会えていいのか!? つかヤシキさんって何者だよ!?)」

 

 マビワは緊張で息を詰まらせそうになりながらもどうにか名刺を交換して、己の目を疑うように自分の手にある名刺とその男の顔を見比べている。

 

 目の前にいる男はファッション・工芸・音楽などの分野を手広く扱うナイトウッドを筆頭に、医療、食品、映像、芸能、工業、貿易、金融、教育、不動産、運送と日本のみならず国外にまで深く大きい影響力を持つ多種多様な事業を手掛けるグループ企業。その持株会社の社長を務める人間だ。

 さらには中東を主な活動地とする傭兵の名を冠した私兵組織や、最新の兵器や技術を開発・独占するための研究所すら保有しているという噂まで存在する。

 

 彼は後に妻となる女性と共に若くして一から多角化企業(NightWood)を立ち上げ、それをまるで魔法のような手腕によってたった二十年で政財界にすら御山の名を轟かせる財閥として育て上げるという、その業績の無茶苦茶ぶりを理解できる人間には怪物とすら呼ばれる異様な人間というのがマビワの認識だった。

 

「おーおー、見ないうちに随分とまぁ羽振りよくなったみてぇじゃねぇかミヤマくんよお」

「そういうあなたは相変わらず我が道を行くスタンスを貫いてるみたいですね、ヤシキさん」

「ったりめえだろ……だがてめぇまでいるとは思わなかったがな。あー、なんつったか……」

津軽屋(つがるや)ですよ! 津軽屋まとめ! お久しぶりですねぇヤシキ刑事……今は警部でしたっけ。とりあえず私はついでみたいなものなんで気にしないでくださーい」

 

 ヤシキとアカリの二人は互いに笑顔を浮かべて軽口を叩き合っている。

 軽い調子でヤシキと言葉を交わした津軽屋まとめという女性は、矢面に立たないよう少し離れた席に座り込んだ。

 

「(なんであのミヤマアカリと親しげに会話してんのこの人!? しかもそのご友人とも顔見知りかよ! 実は親戚とかだったりするのか!?)」

 

 マビワはどう見ても浅からぬ縁があるヤシキと彼らの関係がいまだに見えてこないせいで頭の中が混乱していた。

 

 そして最後に金髪の男性が前に出てくる。

 

「墅四季警部、今後は二度とこのようなことのないようにお願いしますよ。こちらはもしもの時通常より立場上の問題が大きいんですから」

「そういう時は下に責任おっ被せるように教えられてんだから問題ねぇだろ、お偉い()()()殿?」

「とにかくくれぐれも表沙汰にならないよう慎重に動いてください。これ以上派手に動けばさすがに庇いきれませんので」

「へいへい。一応気をつけとくよ」

「け……や、ヤシキさん……ケイシチョウって、まさか……」

 

 その会話で男の身分を察し始めたマビワは表情を引き攣らせていると、男は彼の方へ向き直って懐から自らの身分証を取り出した。

 

「警視庁国家公共安全特別調整部参事官、桂木(かつらぎ)正征(まさゆき)だ」

「(”公安”の官僚!?)じっ、自分は警視庁刑事部捜査第一課の眞琵琶巡査であります!」

 

 予想していなかった方向からの上官の登場に、マビワは咄嗟に敬礼の姿勢を取る。

 公安部とは明治時代に発足された前身組織から名前と体制を変えた警察の()()と称されることもある部署だ。

 

 主な業務として表向きには反体制を掲げる組織や危険思想の持ち主に諸外国との繋がりがある要注意人物などの監視や諜報などとされているが、必要とあらば個人の始末から大規模な破壊工作まで、決して表舞台に公表されることのない仕事をすることもあるという噂の絶えない、同じ警察官から見ても恐ろしいとすら思える連中だった。

 

「楽にしてくれ。俺も仕事を抜け出して来てるようなものだからな。この間唐突に彼女に呼び出されてね」

「げ……! ちょっとヤシキさん! 参事官を顎で使うとかどういうつもりですか!?」

「うるせぇぞビワ、コイツらはアタシに借りがあんだよ。二十年間ずっとあっためといたとっておきの借りがな」

「とりあえずお掛けになってください」

 

 急速に脈拍が上がり今にも心臓を吐き出しそうなほど動悸が強くなるマビワに、アカリは着席を促し全員が座ったことで、刑事二人と新進気鋭の日本社会の大物が対峙した。

 

「(ていうか待てよ? これどう見てもヤシキさんが参事官との伝手(つて)でここに来たんだよな? だったら参事官とこの社長の関係って……俺まさか一般人が知っちゃいけない感じの何かに触れちゃったのか!?)」

 

「それで、まず彼はここで同席しても問題ないので?」

「別にいいだろ、勝手について来たのはコイツだからな。危なくねぇとこに立ってる奴がよく言うだろ、自己責任ってやつだ」

「俺今から何を聞かされるんですか……!?」

 

 ここからは下手なことを口走れば何をされてもおかしくないという心情になるマビワ。

 一人で死地に飛び込むが如き悲壮感を漂わせているが、他の者たちは構うことなく話を進めていく。

 

「最初に聞いておきたいことはだ、てめぇら例の消えたガキを使って妙なことは企んでねぇだろうな?」

「あり得ませんね。仮に本気でその愚問を聞くために来たのならもう話すことはありませんが」

「念のためだっつーの。マジで意外と結構いるんだよ、親のつもりで我が子(ガキ)のことオモチャみたいに扱ってやがる(クズ)。二十年も経ちゃ人間変わるもんだからな」

「後半は貴女が言っても説得力は薄いですよ……よく調べてきているならもう把握しているでしょうが、あの子は()()()()で元気にやっていますし、我々も承知しています……今後はより多くの人々に知ってもらうため我が社の事業に協力してもらおうとは考えていますが」

 

 その互いに牽制をするような話題の切り出し方に、少なくとも自分の想像が及ぶ限りの友人や協力者のような柔らかい関係ではなさそうだと感じられる。

 

 そして同時にアカリの文脈から彼は自分の娘が行方知れずであるとは考えておらず、例の配信の内容を信じているどころか真実であることを前提に話しており、対するヤシキすらそれに異論を唱える様子もないことから、マビワはこの人物たちがなにか自分の知り得ない”異世界”に関する情報をおそらく二十年前から持っているのだと察し始めていた。

 

「あのー、一旦いくつか前提を確認しときたいんですけど……異世界って、やっぱり実在するんですか……?」

「ええ、あの配信の内容に嘘偽りは一つもないと私が保証します」

「じゃ、じゃあ……異世界と一緒にこの地球がある世界が滅びるとかって話も……?」

「ノア……正確には預言者という人物が言っていたことですね。少なくとも私たちは、異世界にまで及ぶほどの力を持つ人物がわざわざそんな虚言を吐く理由は存在しないと考えています」

「マジかよ……」

 

 マビワは唯一虚言であってほしかった情報が確定と言っていいほど補強されたことに頭を抱えて唸っている。

 

 御山灯纚という人間が自らの責任によって情報の信憑性を保証するということは、彼が今まで積み上げてきた地位や名誉の全てを担保にかけるようなものだ。

 そこまでされてしまっては、情報が虚偽だという確定的な物証が見つからない限りそれが真実であることを前提に、この地球に住む人々は何時何時(いつなんどき)自分たちの住むこの世界が滅びるかもわからないという不安と絶望を抱えて生きていかなければならないということなのだ。

 

「……なんとか、なるんでしょうか……」

「それは()()()次第と言うほかありません……ただ一つだけ言えることがあるとすれば、私がこの地球の命運を託す人間を一人だけ選ぶとしたら、あの子以上の適任はいないと思いますよ」

「たしかにー。ウグイスちゃんとかジャノくんもあの子が小学生の頃からバケモノみたいな才能だって言ってたっけなー」

「そういえば、向こうに行ってから魔術ばかり使っていて修行をサボっていないか確かめるよう皆んなに頼まれていたな……」

 

 マビワは警察官となった二十余歳の身空で将来の不安が最高潮に達するという少々愉快な精神状態になっている。

 

 だがそんな自分の心中をあざ笑うように目の前で穏やかな様子で話す彼らの姿を見て、不思議と凍える体が日差しに暖められるように恐怖心が薄れていくのを感じていた。

 

「じゃあ、もう一つ……ヤシキさんとあなた達はどういう関係なんでしょうか。借りがあるとか言ってましたけど……」

「ええ……ヤシキさん、構いませんね」

「好きにしろ」

 

 アカリはヤシキへ彼にその情報を明かす了解を取ると、一呼吸の間を置いて口を開く。

 

 

「私は二十年前の高校二年生だった頃、あの子と同じように異世界へ行ったことがあるのです」

 

 

「えっ……ほ、本当に……?」

「もちろん。それに私だけではなく、ここにいる二人やそれ以外にも、当時の愛道寺(あいどうじ)学園2年A組の生徒全員。つまり私のクラスメイトたちも一緒に」

「(この人と参事官ってそういう関係かよ!?)」

 

 マビワは咄嗟に近くに座る二人へ顔を向けると、カツラギは静かに首肯(しゅこう)し、ツガルヤという女性はそれが正しいことを示すように笑顔で手を振ってきた。

 

「に、二十年前既にファーストコンタクトが……」

「異世界での出来事は割愛するとして……しばらくして地球へと帰還することができた私たちは、突然姿を消してまた突然戻ってきた原因不明の失踪事件の被害者として警察の捜査に協力するはずでした」

「も、もしかして……!」

「ああ、当時この事件を捜査するために警視庁からやって来たのが、捜査第一課巡査部長だったこのヤシキ刑事だったというわけだ」

 

 マビワはその真実を知った瞬間に、まるで推理小説の中で探偵役が真犯人を突き止めた瞬間のような面持ちでヤシキを見るが、彼女自身はあまり関心がなさそうな済ました表情で話が終わるのを待っている。

 

「私たちにはそうしようと思えば異世界や魔法などの存在を、全世界に事実として知らしめる方法とそれを可能にする力がありました。ですが世間へと不要な混乱を招き自分たちの生活を脅かすだけの無意味な行動だと思い至り、この事件を”原因も過程も不明だが被害者が全員無事に帰って来たため特に問題とされることなくすぐに誰の記憶からも忘れ去られる事件”ということで片付けさせてしまおうという結論を出したのです」

「片付けさせるって言っても、そんなのどうやって……って、あ……!」

「気付いたようだな。察しの通り、そのシナリオを実行するにあたって俺たちが協力してもらったのがこのヤシキ刑事だったんだ」

 

 マビワはその真実に気付いた瞬間、まるで今まで同じ人間だと思っていた隣人が実は宇宙人だということが判明したかのような面持ちでヤシキを見るが、彼女はどこ吹く風といった様子で窓の外を眺めていた。

 

「あの時事件の捜査を取り仕切っていた彼女に私たちは唯一本当のことを打ち明けて協力を持ちかけました。当然錯乱していると判断されるところでしたが、そこで我々は魔術を始めとした異世界由来の事象を彼女に見せることで多少強引にこちらの計画に巻き込ませてもらったのです」

「あの時のガキ共といったらマジでイカれてたぜぇ? か弱い乙女一人に寄って(たか)ってわけのわからん力を振りかざして来やがってよぉ。ほとんど脅迫だったなありゃあ」

「怯えたような様子は少しも見られませんでしたが、しかもその後すぐに公表した方が面倒になるからと率先して隠蔽(いんぺい)に走ったのはあなたでしょうが」

 

「(……ちょっと待て、この人ら魔法を()()()でも使えんのか!? じ、地雷原すぎる……)」

 

 少しばかりそんな予感はしていたが、一体どういう仕組みか彼ら一度目に”向こう側”へ行った者たちは、この地球側の世界へ戻って来てからも魔法やそれに類する力を使うことができてしまうらしい。

 それだけでも恐ろしい限りなのだが、この分だと一体どれほど異世界由来の物品や生物を持ち込んでいるかが未知数であった。

 

 マビワは頭を痛めるような懸念を抱えながら、この日本の未来を深く憂うのだった。

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