聖灰のヘクスター 〜これはある日出逢った二人がいつか神様になるまでの物語〜   作:気安田レイジ

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30.5話 七つの玉座と再燃する心

 

「ぬあああああああああ……つまらん」

 

 その気怠(けだる)げながら腹の底に響くような重い声が響き渡るのは、謎の魔獣との戦いを終えてから数日後のアーユグラの一角。そこにある摩天楼(まてんろう)の一つ。

 その中でも畳や襖などが揃えられた一風変わった上質な部屋で、紫色の肌に額から黒い骨の角を生やす並外れた巨体の男。オウガ・ヤマトガミがやる気のなさそうな様子で横になっていた。

 

「あれっきりまるっきりなんも起こらへん……落差で余計退屈や……」

 

 思い返すのは彼が愛用の金棒である海神(ワダツミ)雷獣(ライジュウ)を振るったこの間の戦いだった。

 通常の純人と比べれば果てしなく長い時間の中、世界中で魔獣や強者を求める戦乱の道を歩んできたが、あれほど己がまだまだ未熟であると思い知らされる時間などいつ以来であろうか。

 

 あのやけに饒舌(じょうぜつ)な魔獣。外殻はどう打っても日々の一つも入らず、操っていた液体のような触手は自在に形を変えながらもそこらの鍛えた鉄より頑強で力もこちらに拮抗していた。

 極め付きはあの巨大化の能力。あそこまで強力で大それた魔術かなにかを当然のようにやってのけながら苦もなく戦闘を続行できるなど、己がたった一人で立ち向かっていれば果たして勝てたかどうか、試したいのと考えたくない気持ちで半々といったところだろうか。

 

「……む、そういえば今日やったか、()()()()()の日は……面倒やのぉ」

 

 ふと何か思い出したことがあるのか、明らかに退屈に身を(むしば)まれながら寝ていた方がマシだったとでも思っているかのような表情で身を起こす。

 そうして部屋の物置のような場所を漁り、取り出した大きな首輪のようなものを装着した。

 

「埃かぶっとるわ。前使ったんいつやったか?……さて」

 

 その首輪型の()()()に魔力を流して活性化させる。

 すると彼の視界は一瞬の火花のような明滅の後暗転し、次の瞬間その目に映る景色は彼にとって見慣れた和室ではなく、黒い壁などに囲まれた無機質な空間に変わっていた。

 オウガはそれを確認すると立ち上がり、目の前にある常人を遥かに超える身長の自分でも問題なく通れるように作られた扉を開いた。

 

『おっきたきた! 待ってたぜオーガちゃん! 重役出頭って感じだな!』

『十二分四十六秒の遅刻ですよ。オウガ・ヤマトガミ』

 

 扉の向こう側の空間は暗くとも声がよく通ることでとても広々としていることがわかる。

 オウガは前方で一箇所だけ明かりで照らされた場所に立つ。そこから明かりが広がり、どうやら彼は巨大な円卓のような場所に立っていることが見てとれた。

 

 なぜ彼が円卓と解釈したのかというと、円形の地面が途切れた外側に巨大な人影が食卓を囲むように座っているためにそういった印象を受けたからだった。

 

「(コイツの声は聞き覚えないのぉ)へいへい。次から気ぃ付けとくわ」

『自分が今どこに立っているかも理解できませんか、随分()()()()がお好きなようで……』

『まあまあまあまあ!! そう目くじら立てないでいいじゃないの! おかげでお久しぶりにここのみんなとゆっくりお話しできちゃったんだからさ! それより早くお始めちゃおうぜ! お昼ご飯とおやつの時間その二が迫っててお腹が悲鳴あげそうなんだよね〜!』

 

 円卓の中心に立つオウガから見て彼を囲む七人の人影のうち()()()、言わば右最下座(さいしもざ)に座る女性らしき人影は彼に対して厳格な対応を取り、それに待ったをかけて本題に入ろうと急かすのは、彼の正面、最上座(さいかみざ)に座る軽薄な態度の人影だった。

 

『オウガ。お前が先の件で見聞きした情報は既に()()()()()で抽出してあるが、例の人物と直に接触したお前の口から改めて仔細(しさい)を聞かせてもらおう』

 

 七人のうち左上座に座る男の人影は、非常に高い実力と精神力を持つオウガですら簡単には受け流せずにいる程の圧力を放っていた。

 

「(今度は聞いたことある声や)とっくに分かっとることをなんでわざわざ聞きたいんでしょうなぁ」

『要はオーガちゃんの感想が聞きたいのよ〜! すごかったねーミヤマヒカリちゃん! 若いのにあんなに強くて魔術が上手な子は初めて見たな〜! それに賢くて善良でおまけに超美人! こんなに完璧な子は今時なかなかいないよ? だよねーレイちゃん!』

『同意します。確かにご主人様が目をお掛けになるに足る人物であると理解しました』

 

 最上座の男と話す左最下座にいる人物は淡々とした話し声の女性のようだった。

 

 オウガはこの集まりが自分の属しているカレスデルフの上位組織。その最高幹部たちによるなんらかの会議であることは察していたが、それがどういう組織なのか、この空間は何なのか、その頂点に立つこの男は一体何の目的で動いているのか、その全てが不明という不気味な連中だった。

 

「感想なぁ……はっきり言わせてもらうんやったら、()()()()()()っちゅうんが正直なところやな」

『……どういう意味です?』

『詳しく言ってみろ』

「確かにアイツは強かったわ。魔力と肉体の戦闘技術は並の人間やと辿り着けん領域にまで洗練されとる。せやけどな……直接見たワシしかそう思わんやろうが、アレはあくまでも()()であって()()やないわ。ソレをどうやってか知らんが巧妙に隠しとる……アイツのほんまの実力もそれを隠しとる技術も、いっそ不気味なくらいのもんなんは確かやろうな」

『ほほー! オーガちゃんにそこまで言わせるとは、やっぱりちょっと危ないんじゃないのアルくーん? ヒカリちゃんがその気になったらこてんぱんにされちゃうんじゃなーい?』

『ご心配なさらず。そこらに転がっているような才能だけが自慢のひよっこなどに追い抜かれるほど半端な鍛え方は依然してなどいません』

『たのもしーーー!』

 

 最上座の男の言動はどう聞いても威厳の欠片すら感じ取ることはできないはずだが、他の席に座る者たちからはこの男が組織の頂点を表すその最上位の席に相応しくないと考えているような気配は微塵も感じられなかった。

 

 今の自分と同じように本人がこの場にいるわけではないことを踏まえたとしても、左上座の男などからはオウガのよく知る強者の気配が肌へ刺さるように伝わってくる。

 だが最上座からはそれが全くない。これはもしかすると自分があのヒカリという少女を観察した際に感じた違和感。まるで霧が掛かったかのようにその強さを他者から包み隠してしまう不明瞭さと同じか、あるいはそれをさらに深く強くしたような隠蔽によるものなのかもしれない。

 

 そう考えた途端オウガはまるで覇気を感じなかったその男にヒカリへ覚えた得体の知れない感覚に襲われるような気がした。

 そんな彼を差し置いて右下座に座る男が口を開く。

 

()()()()の使用と痕跡も確認できませんでした。彼の記憶越しの解析ですが間違いはないかと』

『なるほどなるほどー! つまり()()()()に行く前からあんなに強いってことねー。ちょっとやりすぎじゃないのってくらい才能ありすぎだねー! 誰と()るのに必要なんだよって感じでウケるー!』

『そこが真理……彼女が持つ基礎的な能力、特に魔力総量と魔法の出力量、そして魔力に書き込める理論の許容量は既に人間が実現可能な限界に近いように思われる。一体いくつ()()()()()()が重なればこんな生物が産まれるのか、私としても興味が尽きない』

 

 右上座の女性らしき声はヒカリの異常なほどの強さを、偶然では片付けきれないなんらかの意思が介入した()()なのではないかと考えているようだった。

 

 確かにオウガ自身も、ただの人間があの若さのうちに積み上げられる努力と経験の量にはどうしてもある程度のところで限界が来ることは理解できている。

 そんな今までの常識に対してあのヒカリの有り様は、それらの価値観を真っ向から嘲笑(あざわら)っているかのようなデタラメっぷりだった。

 

『しかしまぁこちら側に引き込めそうだというのならともかく、ギルド傭兵であることに加え敵対の可能性も低くないとなると生産的価値は低そうですなぁ』

『ボルちゃんは商魂たくましすぎー! 敵だって使いようでしょ! ギルド側が”四大陸国際政権”下にある以上組織的活動の細部まで紙面に記録する必要があって承諾・紹介する依頼の選定基準も”元老院”が定めた旧時代的なキツい縛りのせいでお飯事(ままごと)みたいな仕事しかできない環境なおかげで()()の傭兵業は稼がせてもらってるわけなんだからそんなに目の敵にしないでやってよ! ねーアルくん!』

『ギルドの事情などどうでもいいですが』

『なるほど……まあ()()には貿易業の護衛などでも世話になっておりますからな。今回はそちらの顔を立てるということで……』

 

 左下座の老人らしき男は商人気質がかなり根強いのか、確認した情報だけでヒカリなどに商売といった面での価値があるかどうかばかりを測っているようだった。

 

「それで? ワシがここに呼ばれた理由っちゅうんはそれだけかいな」

『いやー実はもう一個聞きたいことがあってねー! まあ聞きたいっていうより念押し? まあとりあえず確かめときたいことがあるんだよねー!』

「さいでっか……そんなら前置きはええ、何を聞きたいんや」

『それじゃあ単刀直入に言うけどね。オーガちゃんさぁ––––––––

 

 

 

 

 

 ––––––––()()()のにあんま悔しくなさそうだね???』

 

「…………っ」

 

 最上座の男がその言葉を発した瞬間から、自分を取り囲むように座る七人の人影から一気に憤怒とも殺意ともとれる圧力が発せられる。

 それらの気配に慣れ切っているオウガですら、先ほどまでのような澄ました表情を保っていられなくなるほどの威圧であり、正体を知らぬ者が大半とはいえ、ここからはあまりしないよう考えを改めていた。

 

『お前、個人ではあの魔獣に手傷の一つも負わせられていないな。最後の一撃にしても、あの小娘の力があってようやく通用する程度のものだった』

『仕方ないさ。彼はずいぶん長いことこれといった戦闘を行うことなく街の中に留まって平和な時間を過ごしてきたんだから。いつの日からか強大な敵を求めて旅をすることがなくなっていたようだからね』

 

 左上座(第三席)の男はオウガがバロンダルクとの戦いでほとんど太刀打ちできていなかった状況を指摘し、右上座(第二席)の女はそれを彼がただひたすら貪欲(どんよく)に強さを追い求めて旅をしていた時代の精神が、いつしか長い時間をかけて穏やかな流水によって角が削り取られていくかのように失われていったのが原因だと推察した。

 

『”暴鬼”とはかつて四大陸に広く轟いた名……ですが心・技・体の鍛錬。どれほどの素質を持っていようと、最も重要なその基本を忘れた者は戦者として論外と言わざるを得ません』

『例の魔獣。君が仕留められれば死骸を残して研究することもできたろうに、この機会損失は君の想像している以上に重いんだよ』

 

 左最下座(第七席)の女はオウガの世界を巡っていた時代の言い伝えなどをよく知っているようだったが、ぬるま湯のような環境に甘んじて実力を錆びつかせるままだった彼を戒める。

 右下座(第四席)の男は彼よりも魔獣の方に重きを置いており、”言葉を操る魔獣”という前代未聞の存在を自分の手で調べるという、研究者としては垂涎(すいぜん)ものの貴重な出会いを台無しにされたことへの強い不満が現れているようだった。

 

『今まではカレスデルフの中でも有数の実力者として名前を記録していたはずですが……評価戦力階数を二段ほど引き下げなければならないようですね』

『席次を超えた我々全体の隆盛には停滞こそ最大の敵だというのに、まさかこんなところにそれが潜んでいようとは……この失敗が自分や組織の命を脅かすほど決定的な場面でなかった不幸中の幸いをよく噛み締めることですな』

 

 右最下座(第六席)の女はオウガの戦いやその結果をあくまでも一情報として扱い、来歴調査の段階で下されていた戦闘能力の評価を落とすことを決定した。

 左下座(第五席)の男は組織全体の未来を考えた時、彼の活動的とは言えない姿勢は役に立たないものだという考えの上で、今彼に厳重な処罰が下されていないのは最上座(第一席)の男の気まぐれにすぎないことを強調しているようだった。

 

『オーガちゃん。俺はさ、頂上(ココ)に登り詰めるのにまでにねじ伏せて支配しようと歯向かってくるヤツは暴力(チカラ)で黙らせてきた、罠に嵌めて陥れようとしてくるヤツも権力(チカラ)で黙らせてきた。全部自分一人でね……何が言いたいかわかる? 俺は俺と同じくらい向上心とか、野心みたいなのがあるヤツが好きなんだってこと』

「……」

『この七つの席はそれらを持つ奴らが自分の持つ力を使って奪い合い喰らい合いの競争を勝ち抜いてきた”最強”だけが座れる場所なの。それぞれの組織に属してる人間はその地位を目指して日々進歩し続けるから”価値のある一人”になれるわけ……つまりそういう()()()が抜けてるヤツは(ゴミ)ってコト』

 

 オウガへとまるで子供に言い聞かせをする親のような声色で滔々(とうとう)と説明をする最上座(王座)の男。

 彼自身魔獣に対して力及ばなかったことに思うところがないはずはない。むしろそんな存在を容易く滅ぼしてしまうほどの力を持った若者が現れたことに刺激を受けて己を鍛え直そうと考えていたところでもあった。

 

 しかしこの王はそんなものではまるで足りないと言う。

 一度始まった戦いは何を犠牲にしようとも必ず勝利を掴み取る執念。

 組織内での生存競争を勝ち抜いて何者にも覆せない絶対的な地位を欲する闘争心。

 暴力・権力・組織力、それまでに手に入れてきたあらゆる力に満足せず常に()()()()を求め続ける強欲。

 その全てを解放して頂点を目指して進み続けること、それこそがこの王者が求める”人間の在り方”なのである。

 

 その嵐のように荒れ狂う意志の強さをぶつけられたオウガはその口を開くことはできなかった。

 それを見かねたのか、左上座(第三席)の男が彼へ静かに声を掛ける。

 

『俺と戦った日のことは覚えているか、オウガよ。あの時勝利を手にしたのは俺で、それが切っ掛けでお前は俺の下(カレスデルフ)についた……今思えばあの日からだったな、お前がアーユグラに腰を据えて戦いから離れていったのは……期待しているぞ。全ての力を磨き直し更なる高みへたどり着いたお前が、再びこの俺に挑んでくる日を……!!』

『つーわけで、またねーーー』

 

 空間が(きし)んでいるのかと思うほどその身体を震わせる男の戦意を感じながら、オウガは強制的に円卓の空間から退去させられてもといた和室へと意識が戻ってきた。

 

 そこで少しの間ただ己の心の内側へと向き合う彼が何を思っていたかは定かではないが、やがて目を開いたその戦士は野性そのものを表す牙を剥いた獣のような表情を浮かべていた。

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