【ビギニング・ザ・ストーリー】ダンガンロンパ ─ザ・トリニティ─ 作:ネッシー
ある日のこと——。
静寂の漂う矢和家の居敷居にて、俺は親父の口から発せられたあまりに現実味のない言葉に、思わず己の耳を疑うこととなった。
弓史
「え………俺が、
弓弦
「そうだ。
希望ヶ峰学園の黄桜という人物から、
お前への編入スカウトの通達が届いている。」
弓史
「…………。」
あまりの唐突さに絶句する俺の様子を、父・弓弦はどこまでも鋭く、だが静かな眼差しで見つめていた。流派の現当主たる父の纏う気迫は、いつだって俺の背筋を伸ばさせる。
弓弦
「……弓史よ。」
弓史
「っ?」
弓弦
「お前には……幼き頃より、説いてきた教訓を存じているな。」
弓史
「ああ……“三矢の訓”ってやつだろ?」
弓弦
「うむ……その意味とは、なんだったかな?」
厳格な声で問いかけられ、俺は幼少期から体に叩き込まれてきた言葉を口にする。
弓史
「一本の矢だけでは、
簡単に折れてしまう。
だが、三本の矢を纏めれば
簡単に折れない物となる…。」
弓弦
「その通りだ。
この教訓は、我ら矢和流の人間にとって、
最も大切にしている言葉だ。」
静かに頷く父を見つめながら、俺の胸中には一つの大きな疑問と、どこか期待の入り混じた動揺が渦巻いていた。俺は一度息を整えると、真剣な眼差しで父の顔を見返した。
弓史
「…なぁ、親父。」
弓弦
「なんだ?」
弓史
「ホントに俺……ちさ姉みたいに、
あの学園から正式に呼ばれたんだよな…?」
弓弦
「……フッ、そうだ。
これは紛れもない事実だ。
早速だが、明後日に希望ヶ峰学園の学園長とスカウトマンの二人がこの家に来る予定となっている。
だが……我が息子よ。」
口元にわずかな笑みを浮かべた親父だったが、その雰囲気がふっと厳粛なものへと切り替わる。
弓史
「…?」
弓弦
「父として、お前に命ずるとしよう。
希望ヶ峰学園へ赴き、そこに集う仲間達と共に三本……
いや、更にそれ以上の矢を纏めんと気持ちを改め、絆の鍛錬を極めて来るが良い。」
威厳に満ちたその言葉が、俺の胸の奥深くに重く、そして力強く響き渡った。
「………絆、か。」
親父の言葉を反芻しながら、俺は自分の掌を固く握りしめた。
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そして、約束の明後日。
矢和家の客間には、格式高い和室の空気感を一変させるような異質な存在感を放つ二人組みの男が腰を下ろしていた。
磨き抜かれた黒い和風テーブルを挟んで座る俺の目の前には、隙のない上質な黒スーツに身を包んだ紳士的な人物と、どこか飄々とした雰囲気を醸し出す男。
仁
「初めまして。
君が、矢和弓史君だね?」
弓史
「はい。」
あまりの緊張感に、俺の声は少し上ずりそうになる。
仁
「僕は霧切仁。
希望ヶ峰学園の学園長を務める者だ。
こちらは、スカウトマンの黄桜君だ。」
黄桜
「こんにちは、矢和弓史君。
君のお父さんに、君への編入スカウトの通達を送った
黄桜公一だよ。」
白いハットを目深に被り、独特の緩い笑顔を浮かべながら陽気な雰囲気を振りまく男——黄桜が軽く手を振る。
弓史
「は、はいっ!どうも…。」
目の前にいるのは、国中の誰もが知る最高峰の教育機関——希望ヶ峰学園の中枢を担う重要人物たちだ。思わず身体が硬直してしまうのも無理はない。
俺の固さを察してか、霧切学園長は穏やかな、だが力強い眼光でまっすぐ俺の目を見つめてきた。
仁
「まずは、僕達からの対面の求めに
応じてくれてありがとう。
では、改めて……。」
彼は背筋を正し、学園長としての重みと真摯さを込めて語りかけてくる。
仁
「君に、
超高校級の弓道家という肩書きをつけて、
来年の77期生の生徒として、
我が校の希望ヶ峰学園に是非とも招き入れたい……
僕達の話を、どうか聞き入れて貰えるかな?」
弓史
「………。」
一瞬の静寂が、部屋の中を支配する。
自分の内に秘められた「矢和流」の伝統と能力、父から託された命題、そして亡き母が願ってくれた俺自身の未来。その全てが脳裏を駆け巡る。
覚悟を決めた俺は、二人をしっかりと見据え、迷いを払うように言葉を口にした。
弓史
「分かりました。
俺に…………
希望ヶ峰学園の、仲間入りをさせてください。」
仁
「…………ありがとう。
僕達は、君の入学を心から歓迎しよう。」
学園長は温かい笑みを浮かべると、テーブル越しにスッと片腕を伸ばし、握手を求めてきた。俺は迷わずその手に応え、力強く握手を交わす。
仁
「ようこそ、希望ヶ峰学園へ。」
黄桜
「決まりだねっ。」
ハットの庇を軽く持ち上げながら、黄桜が嬉しそうに呟いた。
俺の名前は、矢和弓史(ヤナギ ユウシ)。
世界でも特に稀有で異彩を放つ弓術の流派——
“矢和流”の現当主の実子であるということ。
そして、一度怒らせたり本気になれば喧嘩にめっぽう強いということ以外は、
どこにでもいるような至って普通の男子高校生だ。
そんな俺が……
世界的に有名で、誰もが足を踏み入れることを夢見ていると言っても過言ではない、
あの凄まじい学園に招かれた訳だ。
あらゆる分野の超一流高校生を集めて育て上げるために設立された、政府公認の特権的な学園……
それが、私立 希望ヶ峰学園。
この学園を無事に卒業できれば、人生において成功したも同然とまで言われている。何百年という歴史を持ち、各界に数々の有望な人材を送り出し続けてきた伝統の学園だ。
これは……この俺、矢和弓史が。
【希望に満ちた学園生活】から始まり……
【絶望に満ちた最悪な世界】へと辿って行き………
【大切な仲間達】と、【大事な人達】と“一緒に生きる物語”へと行き着く………
これは、そんな物語の
“始まりを告げる物語”だ。