追放された心当たりがありすぎるので、元凶の召喚獣とのんびり旅をします。 作:セパさん
【最強の力】と【最堅の身体】を誇る、【無詠唱の魔導】と【広囲殲滅】を誇る、【神の奇跡】を誇る……
羅列すれば枚挙に暇がない天上人である武官や魔導師や神官の中心に向かう弟は、爽やか微笑を浮かべ、わたしに軽く手を振った。
「じゃあ兄ちゃん、いってくる。」
まるで商処へ酒でも買いに行くかのような様子に、どのような言葉を掛けるべきかわたしは沈痛な面持ちで逡巡するほかなかった。
引き止めたい、何故行くのかと問い詰めたい、自慢じゃないがわたしは重度のブラコンだ。今だ幼さの残る弟の訃報など聞こうものならば、正気を保てる自信は無い。
やや生意気にも見える中性的な顔立ちとは裏腹に、弟――ラルフ=アムシェルの身なりは不相応なほどに立派なものだ。白銀のフルプレートにロングソードを腰に携え、魔法の込められた雑嚢には、見た目以上の戦闘アイテムが山のように入っている。
……そもそも我が家は探偵の一族であった。斯く言うわたくしラウン=アムシェルも探偵として生計を立てている。とはいえ難事件を解決するような類いではなく行方不明者や魔物の捜索。浮気調査や尾行を仕事としている。
そんな家柄であったため、わたしもラルフも幼少期から探偵の嗜みとして護身術を習わされていたのだが、一言で言うとラルフは天才児であった。町一番の剣闘士を下すまでに3か月、4属性魔法を使いこなすまでに1年、徒手格闘では打突に柔術共に勝てる者なし。決め手となったのは王侯貴族様を前にした御前試合で、魔導剣士として最年少優勝をしてしまったことだ。
Q:【 弟が王様に〝お前は勇者だ〟と言われた兄の気持ちを述べよ。なお条件は以下とする。 】
① 我が国は現在、魔族・人間入り乱れた屍山血河の合戦中である。
② 魔界を治めていた絶対的魔王が勇者を滅ぼし、東大陸を制圧し人間は劣勢の状態にある
③ 未だかつて【 勇者 】に選出され、生きて帰ってきた者はいない。
A:「おいジジイ、何適当ぬかしてんだ?殺されてぇのか?」
当然様にわたしは全力で抗った。しかし、王の命令に対し家族の絆とは余りにも
わたしはラルフの魔王討伐なんていう愚行を止めるべく、家宝である大小様々な魔法の宿った魔石を(ラルフの安全を考えるなら弟に持たせるべきだろうが、わたしは自分の使命を優先した)もち奔走することとなった。まずは武官としてついていたむさ苦しい男に目を付け、娼館で女をいたぶる性癖の持ち主であることを暴きゴシップに仕立て上げパーティーから追放した。
魔王討伐とて一人ではできまい。仲間がいなくなれば解散せざるを得ないし、悪名が轟けば冒険どころではない。とにかくわたしはラルフを家に帰すため試行錯誤を繰り返した。だが残りの仲間……魔導士ウィーサと神官アデラは手ごわい。ウィーサはただの魔法研究オタクであるし、アデラは非の打ち所がない清廉な神官だ。
その後、むさ苦しい武官の後任として入ってきたのは召喚術師の少年であった。優秀な召喚術師を輩出してきた里の出自であり、ラルフよりも若い12,3歳にして宮廷術師の腕を凌ぐ里一番の術師になったという。
だが調査を進めるごとにわたしは戦慄した。【シオン=セレベックスなんていう人間は最初から里にいなかった】。いや、正確に言えば里の人間の記憶にはシオンという人間がいる。だが記録にはどこにも残っていない。父親も母親も〝幼いころに亡くなった〟と口を揃えるばかりで、肝心の墓さえ見当たらない。
極めつけはシオンなる少年の式である。流れるような銀髪に桃色のドレスで豊満な肉体を隠し……顔をベールで覆った妖しい女性。人語を解し精神の変調を操るという奇々怪々極まる存在。過去の文献を探り調べられる範囲で魔物や魔族の生態を辿ったが、そんな不気味な存在は過去にも例がない。
こんな訳の分からない存在と愛すべき弟が一緒に旅をするなど許されることではない。マリーと呼ばれる物の怪が、わたしにはラルフに立ちはだかるどんな敵よりも恐ろしく感じた。
私の懸念は的中し、ラルフのパーティーは荒れに荒れた。戦闘風景は無茶苦茶の一言。敵も味方も十把一絡げに混乱させ催眠させ泥酔させ、混沌の宴は敵が狂い死にするまで終わらない。
そもそもこんな〝乱痴気騒ぎ〟を戦闘と呼べるのか?わたしは何度もラルフのパーティーにおける異常事態を王へ陳情しようとした。だが一度として〝書状が王宮に届く〟ことさえなかった。
刺客に襲われたかとも考えたが、手紙を託した人物は生きており〝確かに届けたはずだ。〟と言う。これは偶然でも事故でもない、わたしの直感がそう告げる。
ならば可能性はただひとつ、私の存在が露呈したことだ。それはラルフのパーティーに?いや、それならばラルフから直接わたしに説教が来るはずだ。ならば可能性が一番高いのは、シオンとマリーにのみ……。
その瞬間、化け物に心臓を握りしめられたかのような戦慄を覚えた。眩暈・頭痛・嘔気・悪寒・思考奔走……得体の知れない存在に認知された恐怖は心身を蝕んだ。殺される恐怖とも異なるもっと原始的な絶望。今すぐ逃げ出すべきだろうか、村を出て【勇者の旅】を尾行すると決めた瞬間から死ぬ覚悟なんてできている。
ただ、魔物に食い殺される覚悟はできていても、化け物の玩具にされる覚悟はできていない。過呼吸状態のわたしの肩を誰かがつかんだ。瞬間、振り向くこともせず、か細い悲鳴をあげ、わたしは全力で走った。行く当てもなく、逃げた。後ろを振り向けばわたしは正気を保てない。ただただ前に向かって走り続けた。
気が付けばわたしは魔族が跳梁跋扈する旧東王国、その領土に足を踏み入れていた。笑いごとだ、勇者である弟よりも先になんの才能も持たない兄が敵陣の真っただ中に入り込むなど。
魔物に襲われることも魔族に発見されることもなく走破できたことは奇跡としかいいようがない。……帰路でその奇跡を繰り返せるか?この先は魔戦王ドラゴネスが統治する要塞都市ラミス、人間が足を踏み入れる場所ではない。
茫然としていたところ、一つの魔石が強く光を放っていることに気が付いた。それは通信の魔石であり、対となるもうひとつは見当たらない。
「マリー、ストーカーさんが持ってた魔石が光ってる。」
通信の魔石から聞こえた声は召喚術師のシオン、ラルフたちは既に要塞都市へ侵入していたのか?いつの間に?
「シオン=セレベックス君、わたしはラウン=アムシェル。ご存じの通り勇者ラルフの兄だ。無断で尾行していた非礼は詫びよう。そこにラルフがいるならば内密にしてほしい。」
「いないよ。何しろ僕たちはパーティーを追い出されたんだ。もう半月も前の話だけれど……、そっか、マリーが最後に記憶操作してたっけ。」
「待ってくれ!では今日わたしの肩を掴んだのは君たちじゃないのか?」
「知らないよそんなこと。衛兵か、ラルフにバレたかどっちかじゃない。」
パーティーの変化に気が付かずわたしは半月もラルフを追っていた気になっていたのか……。探偵としての矜持がガラガラと音を立てて崩れていく。こんな出来損ないが勇者のパーティーを解散させようだなんて滑稽にもほどがある。とはいえ落ち込んでもいられない。
「今、服についた指紋を採取した、ラルフのものではない。もっと大柄の男性だ。君の言うように衛兵かだれかだろう。」
つくづくあらぬ幻想に振り回されていたというわけか……。
「へぇ、そんなことができるんだ。というか魔石が光ったってことはもうこの街の近くだよね。どうする?助けにいこうか?」
「……君にそんな慈悲があったとは驚きだ。」
「お兄さんの目的はラルフのパーティーを滅茶苦茶にすることでしょ?」
「否定はしない。ラルフが生きていることが大前提だが。」
「追放されて悔しい気持ちがないわけじゃないんだ。その気持ちは僕の気持ちとも合致する。で、どうする?助けに行く?そのまま魔物の餌になる?」
この少年とその式の悪魔じみた能力は身を以て体験した。……わたしは、目的のため悪魔と手を取ると決めた。
「是非、お願いしたい。」