ユウカお姉ちゃんって、ロリコンさんなの?   作:ユウカの太腿に初恋を捧げた者

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2.[Because she meats a sister,]

 目が覚めると、見知らぬ天井だった。LEDライトが明るく、パーテーションが張られている。ベッドの中だった。

 

「知らない天井だ……」

「あ、それって、エヴァのセリフ?」

 

 びっくりして飛び起きる。転がってベッドから落ちる。大きな音。床は近未来的な素材なのか衝撃を吸収してくれたが、変な姿勢で倒れたので痛い。

 

「ちょっと大丈夫!?」

 

 イタタタ、とベッド脇から覗く。クリアな視界。壁と天井はベージュ、床はブラウン。その風景の中に、すみれ色の少女がいた。

 可愛らしい顔。可憐。血色の良い精巧な陶器みたいな肌。柔らかそうなプロポーションの肉付き。健康的な体。ハーフグローブの手を伸ばして私を心配している。

 姉とは違う。姉は痩せ細って不健康。ガリガリで今にも死にそうだった。弱い。青褪めて、癇癪を時々起こす。

 それなのに、似ている、と思う。思ってしまう。懐かしさすら感じる。

 

「えっ、と……たしか…………」

「早瀬ユウカよ。ユウカでいいわ。あなたの名前は?」

「……私は名前を覚えていないようです」

 

 少女は首を傾げた。

 

「変な言い回しね。まぁいいわ。覚えている事は何かあるかしら? 所属していた学校とか、住んでいた場所とか」

「…………家族がいた、事は覚えています」

「もしかして、お姉さん?」

「…………なんで?」

「私の事、『お姉ちゃん』って呼ぼうとしたでしょ?」

「ッ!?」

 

 顔を背ける。それを恥ずかしさと捉えたのか少女が微笑む。

 

「可愛い所もあるじゃない。そのお姉さんはどこにいるの?」

「………………死にましたよ。私が20歳の時に、……去年の話です」

「!? ………………辛い事を思い出させて、ごめんなさい」

 

 沈黙。後ろを振り向くと窓が見える。外からは学生らしき人達の声。夕焼け。平和な時間。辛くなってベッドに突っ伏す。

 

「――――私は、牢屋行きですか?」

「……いいえ。とりあえず、シャーレ預かりとなったわ。詳しい事は先生が着いてから話しましょ」

 

 そこでお腹が鳴る。赤面。人に聞かれたのは久し振り過ぎて恥ずかしい。耳まで熱い。少女は微笑んでいる。穴があったら入りたい。

 

「お腹が空いたのね? はい、これ」

 

 そう言って、渡されたのはホットドック。コンビニの未開封。少しペシャンコ。盗もうとしたものと同じ商品だ。

 

「これって」

「そうよ。あなたが盗もうとした商品よ。先生……あの場にいた大人の人が購入したの。というか、あのコンビニでの被害は私と先生で立て替えておいたわ」

「それは……ありがとうございます」

「まぁ、私も銃を乱射して損害を出しているから。……とりあえず、食べなさい」

「でも…………」

「いいから、食べなさい」

 

 躊躇う。なぜ優しくするのか解らなかった。何か裏があるのではと疑ってしまう。しかし、お腹が空いてもいた。我慢するのは耐えられない。かれこれ一週間空腹。手を震わせながらホットドックを受け取る。今度はゆっくりと慎重に包装を破く。パンッと湿気を帯びた音。汚れた手が触れないように、プラスチック包装を丁寧に使ってホットドックを出す。

 そして、ひと齧り。咀嚼。咀嚼。ピリ辛ソースの風味。フニャリとしたソーセージの食感。湿気たパンが歯の裏にこびり付く。そして、嚥下。小さな口で何度も齧り、何度も味わうように咀嚼し、嚥下。

 齧る。齧る。齧る。咀嚼。咀嚼。咀嚼。嚥下。嚥下。咳き込み。

 

「焦らなくてもいいわよ。ゆっくり食べなさい」

 

 姉はそんな事を言わなかった。いつも苦しげに恨めしそうに食事をしていた。目の前で食事をする機会などなかった。それなのに、どうも姉と同じ事を言う、と思ってしまう。

 目が滲む。頬を伝う。少女がハンカチを取り出す。涙を拭ってくれる。頬に付いたソースと共に。

 

 

 

 ある程度お腹が膨れると、大人の人が入ってきた。この世界に来て初めて会った人間らしい人間。前世の人間と同じ見た目の男。他は獣人やロボット人間。それと光輪を掲げた少女ばかり。

 

〝こんにちは。私はシャーレの先生だよ〟

「しゃーれ?」

「連邦生徒会の独立機関と思えばいいわ」

「れんぽうせいとかい?」

「それも知らないの!?」

「う゛、ごめん、なさい」

「あ、いや、…………知らない人もいるかもしれないわね。こちらこそ驚いてごめんなさい」

 

 少女は最初に対峙して撃ち合った時と違って、人付き合いの良い、落ち着いて、優しい、穏やかな、雰囲気であった。少し和む。戦闘時は凛々しかったが、今はない。

 少女が先生に席を譲り、自身はベッドに腰掛けた。私は先生と対面。慌てて私はベッドに正座。先生は腰を曲げて、私よりも頭を低く保つ。両手はリラックスしてだらんと広げている。

 

〝名前から教えてもらってもいいかな?〟

「えっと」

「先生。この娘、名前を覚えていないようでして」

 

 私は頷く。前世の名前も覚えていない。大事な名前だった気がするが忘れた。よく、忘れる事なら大事ではない、と言われるが、大事な事でも忘れる事はある。

 ただ前世はこの世界と違うのだから、名乗るならこの世界の名前だろう。ならばこの体の名前を名乗るのが妥当。しかし、この体の名前も知らない。憑依かTS転生か。それすらも分からない。それを「私は名前を覚えていないようです」と表現した。

 少女が先生に訊く。

 

「先生、この娘の情報は手に入りましたか?」

〝いや。やはりなかったよ。ミレニアム周辺の各学園に問い合わせたけど、どこもこんな生徒はいないって突っ撥ねられた。監視カメラの情報も1年近く前からミレニアムで万引きなどの軽犯罪をしているくらいとしか……〟

 

 軽犯罪。軽い犯罪。しかし、犯罪に大きいも小さいもない。あるのは罰の大小のみ。道義的にどれもしてはならない。誰かが傷つくし、不利益も被る。

 そして、一度犯した罪は、二度となくならない。

 

「ごめん、なさい」

〝事情があったんだよね?〟

「それでも、ゆるされる事じゃない。赦されない事です」

〝そうだね。許される事ではない。でも、縛られすぎてもいけない。だから、これから償っていこう。まだ取り返しがつくから〟

「…………わかりました」

〝とりあえず、事情を話してくれないかな?〟

 

 頷いて語る。

 私には前世がある事。気付いたらこの世界にいた事。元々男性だった事。憑依か転生かした事。廃都市にいた事。ロボットから逃げた事。名前がなく戸籍の確認ができなかった事。働けなかった事。その状態で1ヶ月彷徨った事。公園の飲み水や雑草、ゴミを漁って、何とか生きた事。露店のホットドックを窃盗した事。そのまま1年間犯罪を続けた事。不良少女を倒した事。銃で強盗しようと思った事。店員さんを脅した事。色々。

 

「そういえば、あの店員さんは無事ですか?」

〝無事だよ〟

「怖かったですよね…………」

〝まぁ、慣れているとはいえ、ソラも怖かっただろうね。今度謝りに行こう〟

「はい」

 

 そうして語り終えた。途中で泣きかけたが、少女が寄り添ってくれて、落ち着けた。最後まで語れたと思う。異議を挟まず最後まで聞いてくれた事に感謝しかない。

 正直荒唐無稽な話だったと思う。特に前世があるという件。それでも率直に話さなければならなかった。それが私にできる最大限の贖罪。たとえ変な目で見られたとしても、言うしかなかった。混乱しなくて良かったと思う。

 しかし、改めて思った。犯罪をし過ぎた。私はもうどうしようもない奴だ。仕方なかった? 違う。言い訳だ。もっと積極的に話し掛けられれば助けてくれたかもしれない。働かせてくれたかもしれない。どこに行けば良いのか指し示して貰えたかもしれない。何もかも、言い訳だ。

 

〝あまり、自分を責めないであげて〟

 

 顔を上げた。先生が真剣な顔で見ていた。

 

〝君が陥った状況は大人でもどうしようもないものばかりだ。生きるためなら、罪を犯す人もいると思う〟

「でも、他人がするからして善い訳ではありません。自分は自分です」

〝真面目だね〟

「そうでしょうか?」

〝罪は償う。被害を与えた人たちには謝る。努力もする。もう二度と同じことをしない。……そうすれば、周りは恕してくれるし、自分も赦せるかな?〟

「『もう二度と同じ事をしない』というのは悪魔の証明ですね。決して永遠に終わらない」

〝しないよ。君なら。それにこれから、食べる物にも困らないし、着る物も住む場所もあるんだよ〟

「!? た、助けて、くれるんですか?!」

 

 もちろん、と先生は頷いた。

 

〝生徒が助けを求めて、助けない先生はいないよ〟

 

 涙が出た。こんなに泣き虫だっただろうか? いや、そうだ。20歳になっても泣いていた。姉に呆れられていたのだった。昔と変わらない。

 

「先程も言いましたが、私は20歳の大人です。外から来た訳ですし、()()()()()()()ではありません」

〝困っていて、心から助けを呼んでいるのなら、それは()()()()である証拠だよ〟

「そもそも、前世など荒唐無稽です。なぜ信じるんですか?」

〝外から来たのは、私も同じだから。それに嘘を吐いているとは思えないから〟

 

 私は俯く。顔を上げられなかった。瞳から水が溢れる。

 

〝とりあえず、名前を付けないと。学生証を発行するには、仮でもいいから名前が必要だね〟

「そうですね。先生、彼女の学校はどうしますか?」

〝今は連邦生徒会所属にしておこう。後ですぐに編入できるようにしておくから〟

「なるほど。何にしても名前ですね」

 

 こちらを向く二人。私は急いで顔を拭った。目が赤くなっているのが判る。が、気丈に振る舞う。

 

「な、なんでしょうか?」

「あなた、仮の名前だけど、何かいいのが思い付かないかしら?」

「名前、ですか……正直、適当なのが思い付きません」

〝それじゃ、ユウカは?〟

「私、ですか? 私も思い付きませんね。こういったのは苦手で」

 

 うーん、と先生。天井を見上げて、そうだ、と手を打つ。

 

〝カナタ、っていうのはどうかな? キムラカナタ。『帰る村が彼方にある』という意味で『帰村カナタ』〟

「先生……それって」

 

 ジト目をする少女。先生は微笑み、私にどうか訊く。私は口の中で名前を転がす。

 帰村カナタ。どこか懐かしい響きがある。どこだったか。どこかで確かに聴いたような郷愁を感じる。とても大事な名前のような感覚。しっくりと来る。本名か、あるいは本名に近い名前なのかもしれない。

 ……『帰る村が彼方にある』から地球には戻れない、という皮肉はなさそうである。

 

「一応訊きますが、元の世界に戻れない、という皮肉はないですよね?」

 

 先生が焦る顔をする。少女が呆れ顔。

 

〝た、確かに、そう取る人もいるかもしれないが、そんな意図はないよ。信じて!?〟

「はぁ……こんな人だけど、悪気はないのよ」

「えっと、大丈夫です。伝わりましたから」

〝嫌なら、他のにしよう〟

「いえ、しっくり来るので、帰村カナタでお願いします」

 

 先生は口籠る。私は笑う。

 

「前世に未練はありません。戻っても何もよい事なんてありはしないんですから」

 

 先生はついに黙った。少女は首を傾げた。私は続ける。

 

「私が、この体に憑依しているのなら、この体の人が戻って来て変えれば良いし、転生ならば、前世の名前を思い出した時に変えれば良い」

〝…………なら、決まりだね〟

「えぇ……本当にいいんですか? その名前って、『クラブ・ふわりん』のキャラクターのじゃないですか……」

「くらぶふわりん?」

「ゲームの名前よ」

〝ダメかな?〟

「著作権とかの問題があります」

「それは仕方ないですね。残念です」

「……」

 

 黙る少女。首を傾げる。

 

「あなたは……『帰村カナタ』がいいの?」

「え? ……はい。なんていうか、ぴったりと来る感じですね」

「……ちょっと待ってて」

 

 少女がどこかに電話をする。先生と私は首を傾げて顔を見合わせる。私は、この世界もスマートフォンが普及しているのか、と場違いに思った。

 少女が何か電話先と話して、決着になったのかスマホをポケットに入れた。

 

「カナタ、話は決まったわ。今日から『帰村カナタ』を名乗っていいわ」

〝え? もしかしてゲーム会社に電話してたの?〟

「はい。好意的でしたよ」

「で、でも、著作権の問題はどうなったんですか? あと商標とか」

「どっちも見ないことにしてくれるっていう話よ」

「もしかして、悪い事してませんか?」

 

 少女が笑って首を振る。私はホッとする。

 

「セミナー会計の地位と個人株主である事をチラつかせただけよ」

「え」

 

 絶句。先生は驚いた顔。

 

〝ユウカにしては珍しいね〟

「法的には問題ありません。実際に脅したり恐喝したりしていませんので」

 

 これ以上は何か聞いてはならないような気がして話を変える。

 

「え、えっと、その『クラブ・ふわりん』は先生とユウカさん、お二人共プレイしているんですか?」

「ええ、しているわ」

〝特にユウカの推しなんだ。帰村カナタは〟

「先生!? 何言っているんですか!? べ、別に推しているとか、そんな訳では……」

〝でも、一目惚れ、だったんでしょ?〟

「……まぁ、そうですが」

 

 私は確信した。この名前しかない、と。

 

〝他に何かいるものはあるかな?〟

「しばらくの食べ物と服、住む所はこちらで用意するわ。それ以外で」

「えっと、とりあえず、お風呂に入りたいです。このままでは周りを汚してしまい申し訳ないです」

「気にしなくていいのに」

〝とりあえず、お風呂ね。ユウカ、どこかいいところはないかな?〟

「一応フィットネスセンターにシャワールームがあります。湯船も張れますし、この時間帯ですから、誰もいないでしょう」

〝それじゃ、カナタを連れて行ってあげて。私はここで待っておくよ〟

「私もついでにお風呂に入ってきてもいいですか?」

〝大丈夫だよ。ゆっくりしておいで〟

「ありがとうございます。それじゃ、カナタ、行きましょ」

「あ、はい。ありがとうございます」

 

 私は少女に誘われるように保健室から退出した。先生は保健室に残った。少女が私に尋ねた。

 

「そういえば、普段はどのように体を洗っていたの?」

「水浴びですね。公園の噴水とか川とか海で」

「……1年ということは、冬も?」

「はい。それと蟻から取ったギ酸を体に塗って、殺菌していました」

「ギ酸!? ちょっと見せて!?」

 

 そう言って、私の手を取って、肌を見る少女。突然のことで静止してしまう。そのまま腕を探って服を捲る。入念に調べる少女。目の中も覗いてくる。

 

「ギ酸っていうのは蟻から取れる酸のことよ! 肌が荒れるとかのレベルじゃないくて、爛れるわ!」

「で、でも、烏は蟻を羽に纏わり付かせて、ギ酸で細菌や寄生虫を殺すって聞きましたが」

「だからって人間にも適応できるかどうかは判らないでしょ! 目に入ったら失明の危険性があるわ! ……ただ、異変はなさそうね。大丈夫みたい。とりあえず、精密検査は明日しましょう」

「ご、ごめんなさい」

 

 もしかしたらこの体のスペックが高いため助かったのかもしれない。聞き齧りで実行すべきではなかった。無知の危険性は解っていたはずだが、少し情けない。知識には自信があっただけに凹む。

 少女が慌てる。

 

「いえ、可能性の話であって、本当にそうなるとは限らなかったわ。でも、危険だから次からは絶対しないでね」

「はい」

「まぁ、次はないわね。これからは温かいお風呂に入れるから」

 

 そうか。これからはお風呂に入れるのか。それなら心配はない。

 

 そのままフィットネスセンターに入り、シャワールームへと赴く。一般的なスーパー銭湯みたいな感じだった。フィットネスセンターなのに。自然と脱衣所で服を脱がされ、スッポンポンに。白い肌の胃下垂体型。所謂イカっ腹。ただしガリガリ。肋骨が浮き出ている。最初に転生した頃は綺麗なイカっ腹だった。自分の身体をなるべく見ないように少女を見る。少女が手袋を外したあたりで気付く。

 

(あれ? これって、ユウカさんも一緒に入るパターン?)

 

 スカートに手をかけたあたりで慌てる。

 

「ちょっと待ってください! なんで私がユウカさんと一緒にお風呂に!?」

「? だって、カナタ。あなた、元々男性だったのよね?」

「そうですよ! だからこそ、なんで一緒なんですか!?」

「女の子は繊細な肌をしているの。だから、洗い方を教えようと思って」

「いやいやいや!? だったら、口頭で説明して下さい! なにも一緒に入る必要性はないですよね!?」

「でも、何かあったら大変よ」

「それなら表で待ってて下さい」

「私もお風呂に入りたいのよ。あなたとの銃撃戦で汗をかいたから、早く入りたいの。一緒に入れば効率的でしょ?」

 

 そう言われると、そのような気がしてくる。言い返し難くなる。しかし、男としての感覚が抵抗するべきだと叫んでいる。

 

「そ、そうは言ってもですね……」

「無理にとは言わないけどね……」

 

 なんだ? なんだ? 一歩引くのか? 余裕なのか? どうすればいいんだ? このまま押し切ればいいのか? 何か別の事を言えばいいのか?

 

「おおお男はみんな狼なんですよ! ユウカさんみたいな美少女なんて、取って食われるんですからね!?」

「でも、今は女の子よね?」

「ぐっ」

 

 負けた。私は膝を付く。少女が、うーん、と腰に手を当てて考える。

 

「やっぱり心配ね。一緒に入りましょう」

 

 あれよあれよという間に勢いのまま一緒に入ることになった。幸いなのは、見た目は同性であることだろうか。虚しい。

 

 

 

 かぽーん、と浴室が反響する。広い浴槽。一番離れた位置で背を向け少女を見ないようにする。とはいえ、1mくらい。少女は苦笑い。隅々まで洗わられたのだ。男としての矜持がない。もうお婿に行けない。あ、もうすでに私の息子は……。半泣き状態。

 

「そんなに嫌だった?」

「…………嫌。というか、どちらかというと、恥ずかしかった、です」

 

 そう、と微笑む少女。なんか複雑。ちらりと見る。プロポーションのよい身体。可愛らしい容姿。今は髪を下ろして、美しさすら感じる美少女。前世ではお目にかかれなかったであろう。

 それなのに、どうも身内とお風呂に入っている気分。赤の他人なのに。姉や母と一緒にいるような感覚。成人男性が身内と入浴するのはあり得ない事。恥ずべき事。ただし、欲情はしない。

 今が同性だから、精神も女性の感覚に引っ張られているのだろうか? 転生モノあるある。地味に凹む。

 

「そろそろ上がりましょうか?」

「えっと、まだ入っておきます」

「そう。私はそろそろ上がるわ」

「え? もう上がるんですか?」

 

 そこでハッと気が付く。何考えているんだ? 一瞬さみしく感じた。まだ一緒にいたいと思った。離れてほしくない。

 いやいやいや。冷静になれ。あり得ないだろう。今日会ったばかりの人にそんな感情を抱くのは不自然だ。不自然に決まっている。ただ、少女のお風呂時間が短いと感じただけだ。そうなのだ。

 少女は首を傾げる。

 

「そうかしら? 充分入ったわ。600秒ジャスト。ちょうどいいわ」

「えっと、いえ。まだダメです。100まで数えていませんから!!」

 

 少女は目をパチクリ。私は恥ずかしさから顔半分を沈める。自分から、男女を意識しろ、と言っておいて矛盾。自分が何を言っているのか、自分の感情が、わからなくなってきた。

 湯船をブクブク。少女がクスリ。

 

「そうね。もう少し入っておきましょうか。カナタの言う通り、100まで数えて」

「……………………………………………………………………………………………………ありがとうございます」

 

 少女が近付いて、背中を合わせてくれる。ドキリとしたが、ちょっとばかり嬉しかった。

 

 

 

 お風呂から上がって、先生の元へ行く。服は保健室から持ってきた体操服を借りた。先生は保健室でタブレットを見つめていた。

 

「先生」

〝――――ん? ……どうだった? お湯加減は?〟

「あ、はい。ちょうど良かったです。リラックスできました」

〝それは良かったよ。ユウカもありがとう〟

「いえ、これくらいならお礼はいりません」

〝しかし、そうやって手を繋いでいると、姉妹みたいだね〟

 

 先生からの指摘。カァッ、と顔が熱くなる。自然と手を握っていた。途中で気が付いたが、なんだか手を離せるタイミングが掴めず、このまま先生の前に。恥ずかしい。しかし、少女は違う所に首を傾げた。

 

「姉妹、ですか? 髪色も瞳も違うのに、ですか?」

〝見た目や血の繋がりだけが、家族とは限らないよ〟

 

 私も少女もドン引き。ドラマとかでよく聞く内容。そんな臭いセリフ。恥ずかしげもなく言えるものだと、先生の度胸に感服。

 先生が咳払いで話を変える。

 

〝とりあえず、書類は提出したよ。数日後には、カナタの連邦生徒会での戸籍ができあがる〟

「! ありがとうございます!」

 

 戸籍。その事実に嬉しさが込み上げる。今まで沢山苦労した。どれだけ頑張っても実を結ばなかった。先生の力は凄い。自分一人では何も出来なかった。先生と少女のお陰でこれからはこの世界の住人として安心安全に生きられる。

 

〝そこでなんだけど、どこか通いたい学校とかあるかな?〟

「学校、ですか?」

〝うん。このキヴォトスでは、どこかの学校に所属した方が保護を受けやすくなるんだ。そこで学生証を発行して、カナタの身分も保証される。連邦生徒会での戸籍は応急措置みたいなものだね〟

 

 なるほど。まだまだやらなければならないことがあるらしい。確かにこれで終わったら先生におんぶに抱っこである。それでは情けない。気を引き締めなければならない。

 

〝現時点でどこか通いたい所はあるかな? とは言っても、この世界と別の所から来たのなら判らないか〟

「えっと……ユウカさんはどこの学校に所属しているんですか?」

「私? 私はここ、ミレニアムサイエンススクールに通っているわよ」

 

 ミレニアムサイエンススクール。名前から言って科学を推奨している先進的な学校のイメージがある。「ここ」という事はこの施設がミレニアムのもの。保健室。ベッドだけでなく、心電計(ECG)やX線室がある。それも最新機器だと判るものばかり。

 

「どういった学校ですか?」

〝科学技術が発達した学校だよ〟

「補足すると、合理と知性を尊ぶ学校ね。科学技術を推進し、他の学校を引っ張っていく存在。キヴォトス三大校の一つよ」

「学校、という事は授業があるんですよね? どんな内容ですか?」

「最新の教育論を用いて生徒一人一人の学力と自主性を高める授業を行っているわ。授業の中身は最先端の科学技術を教えているわ」

「じゃあ、えっと、ミレニアムサイエンススクールに通いたいです」

 

 少女は目を丸くする。先生は頷く。

 

〝とりあえず、話だけではわからない事もあるし、他の学校も見て回るのがいいかもね。一応、これがミレニアムの見学会参加申込用紙だよ。ユウカに渡せば大丈夫だから〟

「ありがとうございます」

 

 用紙を受け取る。必要事項を書く欄。名前と現在所属している学校名が必須らしい。学校名は連邦生徒会でよいらしい。

 

「でも、カナタ。ミレニアムの入学試験は難しいわ。それも編入試験ならもっと難しい。ゲヘナは誰でも受かるし、マナーは厳しいけどトリニティとかも平和に過ごせるわよ」

「私は、ユウカさんと同じ学校がいいです」

 

 断言。少女は一瞬きょとん。意味を理解したのか、溜息。仕方ないわね、と口では言うが、少し嬉しそう。先生が腕を上げて背筋を伸ばした。

 

〝さて、私は帰ろうかな? そろそろ終電も間近だし〟

「本当にありがとうございました」

〝言ったけど、生徒のために動くのが先生だから。明日も来るよ〟

「カナタは今日遅いから、ここで寝ていきなさい。この保健室を明日の朝まで使えるようにしているわ。ここでゆっくりしていいわよ」

「あ、ありがとうございます」

「その後はシャーレでしばらく寝泊まりして、学校が決まったら、そこの寮や下宿または部屋を借りたり家を買ったりしてもいいわね」

「えっと、ユウカさんは……本日はどうするんですか?」

「私? 私はこの後セミナーに戻るわ。溜まっている仕事が多いから」

「え、帰っちゃうんですか?」

 

 言った後で、しまった、と思った。明らかに引き止めてしまった。

 

「ご、ごめんなさい! なんでもありません! 聞かなかった事にして下さい!」

 

 そう言った。しかし、やはり一緒にいたいと思ってしまう。なぜだろうか? この世界に来て初めて優しくしてくれた人だからだろうか? それともどこかで姉を思い起こす人だからだろうか? 姉とは似ていないのに。

 少女は何かを考えるようにして、よし、と呟いた。

 

「じゃあ、カナタ、セミナーに来る?」

 

 

 

 先生は帰った。少女と手を繋いで、私は昇るエレベーターからミレニアムの夜景を見ていた。大パノラマ。美しい風景。都会のよさが全面に現れている光景。

 セミナー。ミレニアムサイエンススクールの生徒会にあたる組織らしく、実質トップ機関。

 セミナー室に向かう傍ら、少女からこの世界、キヴォトスについて教えられた。質問もいくつかした。纏めるとこうだ。

 キヴォトス。超巨大学園都市。数千の学園がそれぞれ運営する自治区。キヴォトス全体の行政を担う連邦生徒会。そこが直接管理する地域「D.U.(District of Utnapishtim)」。それらで構成される連邦都市。住民は獣人とロボットを模した人間?と「ヘイロー」という光輪を持つ【生徒】。みな頑丈で十数発なら銃弾を受けても平気らしい。ただし痛い。そのため生徒が銃器を所持して自己防衛するのが当たり前となっている社会。「裸の人より銃を持っていない人の方が少ない」らしい。どういう事だ?

 

 解説を受け、セミナーが使っている教室に辿り着く。このままセミナーの仮眠室で私は寝て良いらしい。本当はセミナーの一員でないとダメらしいが、特別に許可するとか。

 エレベーターが止まった。ミレニアムタワーの上階。そこにその部屋はあった。まるでSF宇宙船の扉のように未来的。洗練されたフォルム。自ずと扉の向こうに期待してしまう。

 

「ここよ、カナタ」

 

 少女が学生証を翳す。扉が開く。入ると明かりが灯った。モダンなオフィスが顕になる。曲線と目に優しい色のデスク。床は茶色に壁はベージュ。ブラインドは白で昔ながらだが、部屋に入ると自動で開けられた。旧時代的な堅苦しさはない。あるのは開放感と居心地の良さ。

 

 少女が奥へ行く。私も続く。窓には夜のミレニアムの景色。空と地上に星々が輝いている。

 

「ここが仮眠室よ」

 

 確かに『仮眠室』と書かれた表札。スライド式の扉。カードを翳す。扉が開く。暗い。自動点灯ではないらしい。少女が扉横の壁を探り、スイッチを押す。

 意外だったのは、畳敷きという事。和風。奥は障子。壁は木目。その中央で布団を敷いて寝ている人。長い白髮の少女。

 

「ん、ん? ユウカ、ちゃん?」

「あ、ノア、いたのね。起こしてごめんなさい」

 

 眠気眼の少女、ノアさん。ヴァイオレットの瞳。白い陶器のような肌。これまた美少女。目を擦り欠伸。少し胸元が乱れている。ドギマギする。色気を感じる。

 

「ちょっと! ノア! 胸元が開けているわ!」

「え? あ、ホントですね☆ ところで、その娘は?」

「いいから直しなさい!」

 

 ずんずんと少女が進み、ノアさんの服を正す。シャキンと立たせる。少女よりノアさんの方が背が高い。しかし、イタズラっ子みたいな雰囲気が年下に見える。かと思うと、余裕そうな笑みは年上にも見える。不思議な少女。

 ある程度ノアさんがしっかりとしたため、少女が咳払いをした。

 

「ノア、この娘はカナタ。ちょっと訳アリで、今日だけでもセミナーの仮眠室で寝かせて上げて欲しいの」

 

 ノアさんが初めて困惑顔をした。ちょっと慌てて少女に近付く。

 

「ユウカちゃん、それはちょっと」

「わかっているわ。セミナーには機密情報も多い。本来は部外者はご法度だけど、今回だけは!」

 

 少女が両手を合わせてお願いする。私も、お願いします、とお辞儀。我儘が心苦しい。それでも離れたくないのは事実。ノアさんは申し訳なさそうに、壁に掛かった時計を見た。

 

「ユウカちゃん、ちょっとタイミングが悪かったですね」

「? それってどういう――――」

「ユウカ」

 

 後ろから声。少女がビシリと背筋を伸ばす。横を見ると黒髪美人。赤目。白い肌。目つきが冷たい感じ。第一印象、怖い。

 

「リオ、会長」

 

 会長。つまり、生徒会長。ミレニアムサイエンススクールという国家の代表にしてセミナーのトップ。ノアさんが言う。

 

「ユウカちゃん。先程、連絡があって、急遽こちらにいらっしゃる事になったの」

「ユウカ。お昼からシャーレと会っていたようだけど、何の話をしたのかしら?」

「え、えっと」

「その娘がいるという事は、万引き犯の保護かしら?」

「は、はい。そうです」

「そもそもその娘は保健室で寝かせる予定だったはず。どうしてここに連れてきたの?」

 

 それは、と少女が言い淀む。会長が溜息を吐く。

 

「ここはセミナーよ。遊びの場じゃないわ。早く保健室へ連れ帰りなさい」

 

 このリオと呼ばれた会長、なぜ私とシャーレ、万引きの事を知っているのか? 直感にしてはおかしい。情報管制を行っている可能性がある。

 しかし、問題はそこではなく、少女が責められた。私のために連れてきた少女の名誉が傷つけられた。赦せる事ではない。

 

「私がワガママを言ったからユウカさんが連れてきてくれたんです。ユウカさんのせいではありません」

「帰村カナタ。これはセミナーの問題。部外者であるあなたが出て来る幕ではないわ」

 

 名前を知られている。やはり情報に関して強い収集能力があるのだろう。しかし、部外者と言われると、どこかカチンときた。

 

「セミナーの問題なら、私はセミナーに入ります」

「「え!?」」

「……無理ね」

「どうしてですか?」

「そもそもあなたは入学すらしていないわ。セミナーに入る資格がどうこうではない。それに」

「それに?」

「例えミレニアムに入学しても、セミナーは優秀な生徒しか入れない」

「じゃあ、有益性を示せれば、いいんですね?」

「か、カナタ?」

 

 会長が黙った。私は考える。人事権はおそらく生徒会長にある。彼女が欲する人材。それをクリアできれば良いのだ。とりあえず、ジャブとして自分の長所を売り出そう。正攻法。

 

「まずフラッシュ暗算が出来ます」

「それはユウカも出来るわ。ユウカ以上はいないでしょう。すでにいるから必要ない」

 

 まぁ、そういう事もある。少女のレベルが判らないが、ここで争うのは得策ではないだろう。私としては少女を蹴落としたくない。それに生徒会長ともあろう方が少女の能力を見誤るとは思えない。勝てるとは思わない方がいいだろう。次

 

「次は、記憶力がいいです。医学の遺伝性疾患を網羅しています。人体構造も把握しており、医学の発展に寄与できます」

「記憶力はノアが上でしょう。それに医学の知識が豊かなら、医学部へ行きなさい。セミナーでなくても出来るわ」

 

 強い。簡単に折れてくれない。ノアさんの記憶力が高いのかどうかはこの際どうでも良い。問題は評価しているかどうか。この一点だろう。それに私の頭の中身が遺伝性と放射線の知識しかない。勝負にならない。次

 

「それじゃ、プログラミングができます。ハッキングも簡単な所なら出来ます。パスワード解析も」

「意味ないわね。ハッキングなら非公式とはいえヴェリタスがいるわ。それに私もある程度出来る。特に不都合は感じていない。パスワードを知りたいだけなら、コユキもいる。必要ないわ」

「じゃ、じゃあ、コミュニケーション能力が高いです」

「ユウカもノアもコミュニケーション能力は高いわ。それにあなたは言う程話術が得意という訳でもないでしょ」

 

 その通り。話術が得意なら、1年間路頭に迷う事もなかったかもしれない。人並みに出来る程度。

 

「じゃあ、身体能力が高いです」

「C&Cのネル以上の実力者はそうそういないわ」

「じゃ、じゃあ。えっと、あの」

「あなたがいくら長所を挙げてみても結果は変わらないわ」

 

 涙が出そうになる。拳に力が入る。ちらりと少女を見る。少女は明らかに落ち込んでいた。それが火に油を注いだ。

 

「そもそもの話ですが、なぜユウカさんはこの時間まで働かなくてはいけないのでしょうか?」

「えっと、それはセミナーの仕事が多過ぎて」

「ユウカさんに訊いていません。会長に訊いています」

「そうね。セミナーの仕事が多いのが実情ね」

「ユウカさんとノアさんと後、この場にはいないようですが、コユキさんはあなたが選んだ精鋭です。その方達でも回せないのなら、いざという時、柔軟で臨機応変な対応ができません」

「そうね」

「私がいればそんな事させません」

「……そこまで言うのなら、証明しなさい」

 

 頷く。ホワイトボードに向かう。少女が回り込んで抑える。

 

「ちょっとカナタ! どうしたのよ!? 落ち着いて!?」

「冷静ですよ」

「冷静じゃないわよ。今のセミナーの仕事は会長が最適化しているのよ? 勝てる訳がないわ」

「なるほど、同じ土俵ですね。腕が鳴ります」

 

 少女が呆れて溜息。でも、私は止まらない。ホワイトボードと液晶ボードに載っているスケジュールを確認する。

 

「今立ち止まっているのは今月の予算会議の計算が合わないという事ですね」

「はぁ……そうなのよ。各部活動と施設の維持費、セミナーの予算と、色々あるのだけど、部費の割合がおかしくて」

「どうおかしんですか?」

「先月より多く予算が申請されているのよ。ただ、どこの部活もおかしい所がなくて、どこがより多く予算を申請しているのか不明なのよ」

「ノアさんにお尋ねします」

「はい、なんでしょう?」

「先月と今月の部活動の数は変化ありませんか?」

「はい、先月は571の部活動がありましたが、今月は570ですね」

「あれ? 減ってたの? 余計におかしいわね? 普通なら部活動が1つ減ると申請される予算も減るのに」

「ユウカさん。予算はどのくらい増えていましたか?」

「各部活動予算の統計からすると中央値1つ分くらい多いわ。部活が1つ減ったのだから、2つ分多いわね」

「ノアさん。部活動の数はどの基準で数えていますか?」

「既存の部活動から受理された創部届と廃部届を足し引きした数です」

「受理された創部届と廃部届の数は?」

「創部が1つ。廃部が2つです」

「ん?」

「ノアさん。もしかして廃部が決定したのって、予算審議後の話ですか?」

「……言われてみれば、そうですね」

「なるほど! それで2つ分多かったのね! 謎が解けたわ!」

 

 少女が笑顔になる。ただまだ不可解な点がある。

 

「そうなると、創部が受理されたのが、予算審議後になりますね」

「そうですね。私の記憶が正しければ。今確認します」

「ついでに、創部の申請が出された数も教えて下さい」

 

 ノアさんがタブレットを操作する。少女は首を傾げる。会長は静観。

 

「えっと、計算が合わない理由はわかったんでしょ?」

「それ自体は」

「それ自体?」

「ノアさん。申請書が提出されてから大体どのくらいで受理されますか? それと受理は機械か何かで自動で行われますか?」

「1週間ですね。申請書の受取と受理はコンピューターで一括自動です」

「創部申請書の提出数は?」

「2つでした」

「提出日時は?」

「予算審議会議の7日前に受け取ったようです。それと、申請受理日は予算審議会中です」

 

 ビンゴ。

 

「つまり、誰かが、部費を誤魔化すために、部活動を廃止・設立した」

「!?」

「そう、かもしれませんね」

「数を2つ誤魔化すために、予算審議前に創部を2つ申請した。で、本来なら2つが予算審議中に受理された。けれど、今回は1つしか申請が通らなかった。そのため発覚したようですね。以前にも同じ手口を使っている可能性があります」

「な、なるほど。けど、一体誰が?」

「それは今後の調査にかかっています」

「し、仕事が増えた……」

「捜査は他の所に任せた方がいいですね。それはさておき、創部申請が1つしか受理されなかった理由は?」

「えっと、最近新たに創部の条件が変わってまして、それに引っ掛かったためです」

「その条件を変更提案したのは?」

「……リオ会長です」

 

 みんなが会長を見る。会長は黙っている。

 

「つまり、知っていた、という事ですね」

「……ええ、そうよ」

「え!? ちょっと待って下さい!? 知ってたんですか!? どうして言ってくれなかったんですか!?」

「証拠がなかったからよ。それに誰が犯人かも。だから、今回の件で釣り上げようと思ったの」

「ユウカさんやノアさんが関わっている部活動もあるでしょうから、言えなかったんでしょう」

「……」

「……信頼されていなかった、という事でしょうか?」

 

 私は黙って会長を見る。会長は顔色一つ変えないで私を見る。

 

「合格よ」

「……それなら、私はセミナーの一員として認めてくれるという事ですね?」

「ええ。そうよ。好きにするといいわ」

「ありがとうございます」

「……話は終わり。私は失礼するわ」

 

 そう言って、会長は立ち去った。私達は見送った。会長がセミナー室を出て、少女が溜息を吐いた。

 

「あいかわらず、会長は本心を見せてくれないわね」

「やっぱり、信頼されていないのでしょうか?」

「それは違うと思います」

 

 え? と二人が首を傾げる。

 

「おそらくリオ会長は疑心暗鬼の中にいるのだと思います。そういった場合、信頼している人でも、信頼できる証拠が欲しくなるんです」

「信頼できる証拠……」

「ええ。結果的に、独善的な態度になりますし、人を試すような行動になります。けれど、私も覚えがあるので、あまり会長を失望しないで欲しいかなって、思いました」

「「……」」

 

 そこでハッとなる。

 

「す、すみません。出しゃばった事を言ってしまって。お二人の方が会長と長い付き合いなのに……」

「いえ。いいのよ、カナタ。おかげで、少し楽になったわ」

「ええ。誤解されやすい方ですけど、心根は優しいと知っていますから」

「逆に私たちが信じないといけないわよね」

 

 ホッとした。二人が笑顔になる。特に少女の笑顔は心休まる。

 

「とりあえず、夜しようと思っていた案件はあれだけ。360秒で終わったわ。予定では夜通しかかるはずだったのに。カナタ、凄いわ。ありがとう」

「カナタちゃんがセミナーに入ってくれると、心強いですね」

「まだ入学していませんが、認められたので、あとは編入試験を突破するだけですね」

 

 そうして雑談。すると、欠伸をしてしまった。ハッと二人を見る。少女は呆れ顔。ノアさんはあらあらと口元を押さえて笑顔。

 

「大きな欠伸ね」

「疲れたのでしょう。セミナーの仮眠室で寝て下さい」

「ありがとうございます」

「ノアはどうするの?」

「私は帰ります。本来ならユウカちゃんと予算内容を吟味する予定でしたが、解決しましたし」

 

 そう言ってノアさんは帰った。私と少女は仮眠室で布団を敷いて、横になった。二人並んで。それが嬉しい。

 

「それじゃ、電気切るわね」

「はい、おやすみなさい」

「おやすみ」

 

 そうして布団に潜り込む。眠い。が、寝付けない。

 

「あの……ユウカさん…………」

「ん? 何かしら?」

「えっと、その、うんと…………そっちの布団で寝てもいいですか?」

「なら交換する?」

「そうじゃなくて…………一緒に寝たいです」

 

 ふふと少女が笑う。

 

「大人の男性として見られたかったんじゃないの?」

「ううぅ…………どっちにしろユウカさんはそんな目でみないでしょ?」

「まぁ、そうね。見た目も声も中身も、可愛らしいんだから、ね」

「中身も可愛らしいは余計です。……でも、諦めました」

 

 はは、と少女は笑って掛け布団を持ち上げてくれる。私は布団から出て、少女の布団に入る。ユウカが掛け布団をかけて抱きついてくれる。私は躊躇いながらも嬉しくて縮こまる。温かい。

 

「カナタ」

「はい、ユウカさん」

「本当に良かったの? セミナーに入るなんて言って」

「……私は、どうも、ユウカさんと一緒にいたい、みたいなんです」

「どうして?」

「どうして? う~ん……わからないです」

「そう」

「あの、ユウカさん」

「何?」

「どうしてユウカさんは優しいんですか? その初めて会ったばかりなのに」

「そうね……あなたが困っているようだったから、というのもあるけど、なんだか放っておけない妹ができた感じね。逆に訊くけど、嫌じゃない?」

「最初は恥ずかしかっただけですけど、今は嬉しんです。一人で寂しかったので、誰かに構ってもらえるのが。それに姉を思い出してしまうんです」

「……そう、お姉さんを」

「……………………………………………………………………………………………………………………あの」

 

 私は見上げる。少女の優しい顔が見えた。少女は首を傾げる。意を決して口を開く。

 

「お姉ちゃん、って、呼んでいいですか?」

 

 少女は驚いた顔をする。私も自分で言った割にドキドキしていた。なぁーにが成人男性だ。まるでショタガキじゃねーか。いや、今はロリだった。と混乱する頭。それでもどうしても呼びたかった。

 少女は微笑んだ。

 

「いいわよ。あなたが、カナタが、そう呼びたいのなら」

「…………………………………………………………………………………………お姉ちゃん」

「はい」

「…………お姉ちゃん」

「なに?」

「お姉ちゃん」

「うん」

「お姉ちゃん」

 

 いつの間にか涙が出ていた。こんな泣き虫だったんだと自分の側面に情けなく思いながら、しかし今更かと改めて思う気持ちもあった。

 自己評価は大きく上下し、どこに安定するのか未だに判らない。それでも、それでいいのだと、思った。

 その日は泣きながら「お姉ちゃん」を連呼した。眠りに就いた。

 




閲覧、お気に入り登録、しおり、評価付与、ありがとうございます

この話は、ただたんに、
オリ主がユウカを「お姉ちゃん」と呼ぶだけの話です
違和感なんて知りません
それが書きたかったので、もう満足です
それでは、また次の機会に
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