ユウカお姉ちゃんって、ロリコンさんなの?   作:ユウカの太腿に初恋を捧げた者

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3.[After she calls a sister,]

 起きると、障子から朝日が差していた。顔にかかって眩しい。上体を起こす。眠気眼を擦りながら、辺りを見渡す。そして誰もいなかった。

 左右確認、誰もいない。上下確認。誰もいない。前後確認。誰もいない。慌てて、扉を開いて、セミナー室を確認。誰もいない。込み上げてくるものがあった。鼻がツーンとする。目元が濡れた。

 

「お、お姉ちゃん……」

 

 仮眠室から出た。セミナー室をウロウロ。キレイ小さなゴミ箱やPCの載った机の下をのぞく。そんなところにいないことくらい判っていたが、確認せずにはいられなかった。

 セミナー室の外へ出る。扉は自動で開いた。完全に身体を出すと、自動で閉まった。廊下左右の奥を見る。扉が複数あり迷路みたい。ながくおおきく呑み込むかのように迎えていた。内部構造がぐにゃりと変形する錯覚を覚え、怖い。戻ろうとしてセミナー室の扉を叩いたが、開かなかった。認証カードがないからだろう。

 

「うぅ……怖い、よ」

 

 言葉にするとより怖くなる。精神が身体に引っ張られている感覚。元成人男性の矜持が挫ける。涙が流れた。

 

「おねえちゃん……」

 

 廊下を進む。気付くと走っていた。怖くて目を瞑る。そのまま昨日来た道を戻る。エレベーターに向かうと、壁に激突。目を開けると、エレベーター扉。ボタンを連打。最新式の昇降速度最速のエレベーターなのにゆっくりと昇ってくる。そして止まり扉が開く。急いで入って1階ボタンを押下。扉が閉まり、ゆっくりと落下。背後はガラス壁。ミレニアムの大パノラマ。朝のキレイな街並みも今は高所ゆえの恐怖。そのままミレニアムタワー地上に着いた。

 逃げるようにエレベーター箱から出る。晴天。雲一つない。穏やかな気候。広々とした大通り。生徒たちが行き交う。朝の早い時間帯。まばらではある。その景色の中に目的の人物はいない。影すら見えない。オロオロとする。じっとしている方がこわくなって走って道を突き進む。

 すると、見知った顔を見つけた。こちらにゆっくりと近付いてくる。先生だ。お姉ちゃんではない。先生だ。

 

〝あ、カナタ。おはよう〟

「せ゛ん゛せ゛い゛! お゛ね゛え゛ち゛ゃ゛ん゛は゛ど゛こ゛で゛す゛か゛?」

〝え? お、お姉ちゃん? もしかしてユウカの事? ユウカなら知らないよ? 私は来たばかりだから〟

 

 私はついに大粒の涙を流した。声を憚らず喚いた。

 

 

 

 早瀬ユウカと私の姉は全然似ていない。共通点は一切ない。瞳、髪、声、背丈、趣向、気質。何一つ同じものはない。

 あえて探すなら、種族的な【ヒト】という点だけ。それでさえも地球とキヴォトスという異世界で、同等だと言えるかどうかは判らない。詰まる所、【早瀬ユウカ】を【姉】と定義する事は間違いなのだ。

 

 ならば、問うべき問題がある。

 私はなぜ、ユウカと姉を重ねてしまうのだろうか?

 

 

 

~~~~~

 

 

 

 早瀬ユウカはヴェリタス部室に来ていた。

 ヴェリタス。真理を表すラテン語。ここミレニアムでは、非公認のハッカー集団。部長の明星(アケボシ)ヒマリと副部長の各務チヒロがセミナー生徒会長の調月(ツカツキ)リオと犬猿の仲であり、部活動として認められていない経緯がある。

 とはいえ、全員が全員敵対している訳ではなく、リオ以外と関係以外は個人的に仲が良い。本日ユウカは確認をしに朝早くヴェリタスを訪れていた。

 

「なるほど……つまり、システムへの不正アクセスはなかった、と」

「そうなるね。これで満足?」

 

 ユウカは考え込む。チヒロは肩を竦めた。

 

 昨日のカナタの推理。部活動予算の不正申告による横領。あり得る予想ではあったが、一つ欠陥があった。

 部活動手続システム。部活動の創部や廃部、予算申告などをコンピューターシステムで一括統制しているのだ。そのシステムの設定によると予算審議中に申請が受理される事はない。コンピューターの不具合や不正アクセスなどの例外を除いて。そのためシステムを作ったヴェリタスを尋ねたのだが、不正アクセスの証拠はなかった。ということは……

 

「それじゃ、セミナーの正式なアクセスは? 予算審議会中の」

「予算審議会? えっと、それならこの時間内だね。1つあるよ」

 

 やはり、とユウカは溜息を吐いた。チヒロは首を傾げる。

 

「ありがとうございます。チヒロ先輩。おかげで判った事がありました」

「そう? こっちはなんで来たのかすら判っていないのだけど」

「それは、セミナーの問題なので、公にできないです。すみません」

 

 わかった、とチヒロは嫌そうな顔で手を振ってPCに向き合った。画面はすでに違うシステムのソースコード。忙しい中、時間を割いてくれたのだ。後で御礼の品をこっそり送ろう、とユウカは思って、部屋から出た。

 

「あ、ユウカちゃん、やはりここにいたんですね」

 

 ヴェリタス部室から出ると、ノアがいた。余裕そうな笑顔で、ユウカに挨拶する。並んで廊下を歩く。

 

「おはよう、ノア。どうかしたの?」

「昨日カナタちゃんが推理した内容の証拠を集めていました」

「なるほど、それで?」

「4つの部活動の創部・廃部を申請したのは、それぞれ別の人でした。関係性はありません」

「その4人を諭した人物がいるということね」

「はい。しかし、4人共証言として、SNSを通して指示されたと言ってました。バイトとして雇われたようですね」

「指示を出したアカウントは特定できているの?」

「いえ、捨て垢だったらしく、すでに削除されています」

「そっか。それじゃ証拠はないわけか……」

「ただ、4人からアカウント名に関して一致する証言がありました」

「それは?」

「ホワイトバニー、と」

 

 ユウカは呆れた。

 

「コユキね。安直な名前。隠す気あるのかしら?」

 

 黒崎コユキ。セミナー所属の問題児。特殊能力はコンピューターの暗号システムを直感で解いてしまう事。それも驚異的なスピードで。そのため対処ができない。

 ノアが溜息。

 

「しかし、これ以上コユキちゃんをセミナーに所属させる訳にはいきませんね。問題を起こしすぎです」

「詳細な処罰はあとで、会長と話しながら決めるけど、コユキ、セミナーの情報も知っているから、矯正局には送れないのよね」

 

 はぁ、と二人して溜息を吐く。するとユウカのスマホが振動した。

 

「電話?」

 

 発信先を見ると『先生』。そういえば、カナタの件で今日も来てくれる事になっていた。朝早くから来るとは思っていなかったが、それだけカナタの事を心配しているのだろう。

 ユウカは先生がミレニアムにいる事実に喜んで、電話に出た。

 

「先生、おはようごz――――」

『お゛ね゛え゛ち゛ゃ゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ん゛!?』

 

 耳がキーンとした。顔を顰めてスマホを離す。何事? ともう一度耳を傾ける。

 

「カナタ?」

〝ユウカ! ミレニアムタワーに戻ってきて!〟

「え、え、え? どうしたんですか? 先生?」

〝こっちが訊きたいよ!? カナタがユウカがいないと言って泣き出したんだ!?〟

 

 え、と目を白黒させるユウカ。まるで子供だ、と思う。ノアと顔を合わせる。首を傾げるノア。ユウカは慌てる。

 

「で、でも、この後も仕事ですし」

〝お願い!〟

「流石に……」

〝どうにかして!?〟

「はぁ……ちょっとカナタに替わってもらえますか?」

〝うん。わかった。カナタ! ユウカだよ!〟

 

 まるで子守をする父親のような反応。少し溜息を吐く。そう思ってしまう自分の脳が恨めしく感じる。電話がカナタに替わった。

 

「お゛ね゛え゛ち゛ゃ゛ん゛」

「カナタ、どうしたの?」

「おねえちゃんがいない」

「私はミレニアムにいるわ」

「お姉ちゃんの傍にいたい」

 

 それは少し困る。この後仕事だ。それも黒崎コユキを捕縛するための。その他にも仕事がある。カナタがセミナー加入予定としても、どういった立ち位置になるかは決まっていない。それによっては仕事内容を見られてはいけないものもある。

 ユウカはスマホの手を入れ替えた。カナタにゆっくりと話しかける。

 

「カナタ、昨日言ってたでしょ? 自分は大人の男性だって」

「関係ない! もうそんなのどうでもいい!」

 

 まるで子供。駄々を捏ねられた母親の気分でユウカは考える。どうやって諭そうか。冷静に質問する事にした。

 

「どうして、どうでもいいの?」

「どうしてって、どうでもいいものはどうでもいいの!?」

「じゃあ、昨日はなんで成人男性だって、強調したの?」

「そ、それは、……あの時は、恥ずかしくて」

「今は恥ずかしくないの?」

「う、うん!」

「どうして?」

「お、おそらく、精神が肉体に引き摺られているんだよ!?」

「……そう言えるって事は、自分の精神状況を分析できているって事よね?」

「…………………………………………………………………………………………………………はい、そうです」

「じゃあ、我慢できるでしょ?」

 

 カナタは黙った。ユウカは首を傾げた。カナタは控えめな声になって言った。

 

「で、でも、……でも、お姉ちゃんがいないってわかったとき、不安で不安で、どうしようもなくなって、こわくって、制御できなかった、んです。……ごめんなさい」

 

 ユウカは形容し難い感情を覚えた。どう説明してよいのか、わからないが、カナタを一人にさせたのは間違いだったような錯覚に陥る。合理的に考えれば、自分が仕事に行って、前世大人のカナタを一人にさせても大丈夫だというのは充分把握していた。それでもだ。書き置きを残しておいたのだが、カナタは気付いていない様子。

 

 感情を押し殺してユウカは言う。

 

「カナタ、安心して。別に二度と会えなくなる訳じゃないから」

「…………はい……わかりました」

「ええ。…………そうだ。今度カナタのスマホを買う時一緒に行こ? ね?」

「…………はい。約束ですよ?」

 

 

 

~~~~~

 

 

 

 うん、うん、うん。そして最後に、ごめんなさい、して電話を切った。お姉ちゃんの声がしなくなると一気に不安が込み上げてくる。怖い。苦しい。辛い。けれど、約束した。それが砂上の楼閣としても元大人の男性だ。信じる力はある。我慢できるはず。

 

「先生……すみませんでした。ご迷惑をおかけしました」

〝あははは。別に気にしなくていいよ。それが悪意のあるものでないのなら、私は赦すよ〟

「それでも、私は大人の男性だったのに……」

〝そこはあまり気にしなくてもいいんじゃないかな?〟

「ですが、迷惑でしょ?」

〝たしかに、他の人、特にユウカに迷惑をかけるのはいけないね。それはユウカの事情もあるから〟

「はい」

〝でも、ユウカも心配しているから、カナタのこと、理解してくれると思うよ。同じ間違いも次、気を付ければいいから〟

「はい、わかりました」

 

 それでもまだ悲しい。お姉ちゃんがいない辛さは前世も今世も変わらない。

 

〝カナタ、提案なんだけど〟

「はい?」

〝ミレニアムを探検してみない?〟

「え?」

 

 

 

 ミレニアム・スタディーエリア。その名の通り、ミレニアムサイエンススクールの研究地区。前世の学校風に言えば、校舎のある学校敷地、だろうか。ぐるっと一周するモノレール。中央にあるミレニアムタワー。発電所もデータセンターもある。

 

〝売店も品揃えが多いね。頭脳開発キューブパズルだって。カナタやってみる?〟

「いえ、……結構です」

 

 商品に『これが解けたあなたは正にミレニアム!』とポップがある。やはりというかミレニアムは頭の良いイメージがあるのだろう。流石科学の学校。

 

「ところで、……なんで私達はミレニアム観光をしているんでしょうか?」

〝ユウカの仕事が終わるまでの時間つぶしだよ〟

「それは……聞きましたが、先生は? 暇なんですか?」

〝ひまひま。だから気にしなくていいよ〟

 

 正直ホッとする。先生にまでいなくなられたら、寂しさでおかしくなりそうだ。

 

〝それより、カナタ。よく見ておいたほうがいいよ。通うかもしれない学校なんだから〟

「あ、そういえば言ってませんでしたね。私、セミナーに入る事になりました」

 

 そう言って昨日の夜の事を話す。先生は、なるほど、と頷く。

 

〝それじゃ、ミレニアムに決めた訳だね?〟

「はい。言った手前、引っ込める訳にはいかないので」

〝うん。嬉しそうだね〟

「はい。お姉ちゃんと同じ学校に通うのが夢だったので」

 

 先生が首を傾げる。私は向こうから生徒がやってきたので、さっと脇に避ける。その生徒と目が合う。赤髪を二つお団子にした少女。ミレニアム制服の裾にはペイントの跡。

 

「あれ? もしかしてキミは……」

「?」

 

 さっと先生の陰に隠れる。先生は生徒に話しかける。

 

〝こんにちは。私はシャーレの先生だよ。こっちはカナタ〟

「あ!? ならやっぱり!? キミは万引き少女だね!?」

 

 万引き。していた事実に良心が死ぬ。胸を抑えて膝を付く。生徒は首を傾げた。先生は話を変えた。

 

〝キミは?〟

「あたしは小塗(コヌリ)マキだよ!」

〝なるほど、キミがマキなんだね〟

 

 先生も納得顔。私だけが意味を理解していない。先生が説明する。

 

〝カナタを見つけて、私に報告してくれた娘だよ〟

 

 事情を聞くと、どうやら万引きする私の姿を監視カメラで見ていたらしい。その姿が鬼気迫る様子で、心配になり、どこかに相談しようとした。しかし、セミナーは所属の不明な娘を扱う程暇ではない。ヴァルキューレは管轄が違う。それなら、最近噂になっているS.C.H.A.L.Eに話してみよう。となって先生に伝わった。

 

「そうなんですね。ありがとうございます。マキさんのおかげで、私は助かりました。命の恩人です」

「そんな、命の恩人だなんて。あたしはシャーレがどういった反応するか見たくて試してみただけだから」

「それでもです。あなたの行動が私を助けた事実は変わりません」

 

 マキさんは少し照れくさそうな顔で頬を掻く。優しい空気が流れた。そういえば、と先生がマキさんに尋ねる。

 

〝どうして匿名でメールを送ってきたんだい?〟

「それはですね。監視カメラをハッキングしたのがうちの副部長にバレたくなくて」

「誰にバレたくないって?」

 

 横から声。振り向くとメガネの少女がこちらを睨んでいた。怖い。うさぎの形のヘアピンが少し愛嬌がある。

 

「ふ、副部長!?」

「都市部の監視カメラに複数の不正アクセスログがあったから、何事かと思っていれば、やっぱりあなただったのね」

「ナ、ナンノコトカナ?」

「誤魔化しても無駄よ。あなたのPCを調べたら監視カメラの映像が保存されていたわ。とりあえず、理由を聞かせてもらおうかしら?」

 

 とにかくこっちへ来なさい、とマキを捕まえようとする副部長。マキは嫌がっている。私は間に入る。そこで副部長の目が私の方へ初めて向けられる。

 

「? あなたは?」

「帰村カナタと申します。この度はマキさんのハッキングで救われた者です。マキさんを責めるのは止めてください」

「救われた? マキに?」

〝とりあえず、キミの名前を教えてくれないかな?〟

 

 メガネっ娘は自分の事を、各務チヒロ、と述べた。ヴェリタス、要約するとハッカー部の副部長らしい。マキさんの先輩にあたるとか。

 こちらの事情も話した。少しの嘘として私が記憶障害で身寄りがないという設定で万引きしていた事にした。遠くは間違っていないだろう。先生も話を合わせてくれた。チヒロは驚いた顔をした。

 

「マキが人を助けるとは思わなかったわ」

「あたしだって、毎回悪い事している訳じゃないよ!」

「普段の行いが悪いからでしょ」

 

 一件落着。とりあえずマキさんが怒られる心配はなさそうである。一安心。チヒロが笑顔でマキさんに訊く。

 

「ところで、どうして監視カメラをハッキングしていたの?」

「だ、だから、それは、この娘を助けるためで……」

「それは結果論でしょ? この娘を見つける前に、ハッキングをする理由があったはず? 違う?」

「そ、それは……」

 

 なんだか雲行きが怪しい。

 

「あなたのパソコンに入っている監視カメラの映像から、あなたのペインティングした壁が見つかったわ。大家さんや業者が入って、消していたけど、その人達を追跡した画像ばかり保存されている。……どういうことかしら? マキ」

「だ、だって!? 折角の大作だったのに、消されたんだよ! 場所を特定して、嫌がらせの一つもしたくなるでしょ!?」

「マキ!」

 

 チヒロ、いやチヒロ先輩がマキさん、いやマキの首根っこを掴んで引き摺る。マキはこちらに手を伸ばして助けを呼ぶ。

 

「先生! カナタん! 助けて!」

「すみません、自業自得です」

〝反省してね〟

 

 そのままマキは奥へと消えていった。私は助けてもらった恩人を死地へ送り届ける罪悪感と、人に迷惑かけた事を償って欲しいという正義感から少し心が傷んだ。

 

「先生」

〝ん?〟

「私、償いたいです」

〝……というと?〟

「今まで万引きしたお店や人に謝りたいです。謝りに行きたいです。今から」

 

 先生は腕時計を見た。まだ売店が開いたばかりの時間。先生は顔を上げて、いいよ、と言った。

 

 

 

~~~~~

 

 

 

 127回。私が万引き・窃盗を行った回数。被害総額は12,740円。間違いなければの話だが。

 

 最初はやはり露店から。道順は覚えている。いつも盗んでいたキッチンカーのホットドック屋。朝早くから店を出して、準備をしている。パンを焼く所から開始しているのを知っている。犬のおじいさんが店番をしているため、盗んでも追ってこない。そのため頻繁に盗んでいた。数にして38回。

 今日もキッチンカーの竈でパンを捏ねている。

 

「……すみません!」

「まだ、店はやってないよ」

 

 おじいさんがそう言って、顔を出す。私の目を見る。少し驚いたような顔になる。

 

「あの時の子供か……」

「おじいさん、覚えていたんですね」

「ああ、身なりが汚い乞食みたいな子供がいたのはな」

 

 先生が前に出る。お辞儀をして自己紹介。シャーレの先生であることを述べ、私の事情と保護した旨を話す。そして、本題。

 

〝この娘が盗んだホットドックの代金を返させていただきたいです。この娘の記憶によれば3,800円程盗んだという事です。それ以上をあなたは請求する事ができます〟

「……」

「申し訳ありませんでした」

 

 私は頭を下げる。下げ続ける。先生も一緒に下げてくれる。先生は謝る必要がないというのに。

 しばらく沈黙が続いた。

 

「…………ここのホットドックはな、パンからこだわりがあるんだ」

「……」

「朝5時から、その日出す分のパン生地を捏ねて、膨らませて、焼いて、膨らませて、中に入れる材料を準備して、焼いて提供する。一つ取っても手を抜ける作業じゃない」

「……」

「それを……お金だけで解決しようとするのは、虫がいい話じゃないのか?」

「……ごめんなさい」

 

 おじいさんは溜息を吐く。私は肩を震わせる。

 

「厳しいことを言って済まないな。お前さんにも事情があったんだろう」

「……」

「しかし、盗んだ商品を後で代金払っても、罪はなくならない」

「……はい」

「……とりあえず、お金は受け取る。わたしはお前さんがやったことを赦す。けど、他の奴が赦すとは限らないし、これから改めないのなら、わたしもゆるさない。……わかっているね?」

「はい……ありがとうございます」

 

 そうして1件目の謝罪が終わった。

 

 

 

 2件目はエンジェル24のミレニアム都市部の店舗。

 

〝あ、ソラ〟

「せ、先生」

 

 お姉ちゃんと先生と初めて会ったコンビニ。その時の店員さんがちょうどいた。空色の瞳に金色の長い髪。天使みたいな娘。

 

「あの時は、ごめんなさい」

 

 謝罪。ソラさんはオロオロする。

 

「えっと、あの後、先生から伺って、で、事情はわかっているので、大丈夫ですよ? お代も先生からいただきましたし」

「でも、謝らない理由にはなりません。ごめんなさい」

「え、えっと……もう、大丈夫なので、えっと……先生?」

〝ソラもこう言っているし、自分を赦してあげて〟

「………………はい」

 

 赦せる訳がない。

 

 そんな感じで、3件目、4件目、5件目、と謝りに行った。3件目では多額の料金を請求された。4件目は怒鳴られた。5件目は同情された。それらを先生が仲裁してくれた。私は謝罪しかできない現実に歯痒くなった。弱い。甘えている。間違っている。こんな現状、ゆるしてはならない。

 

〝カナタ?〟

 

 先生に声をかけられて我に返った。

 

「はい、なんでしょうか?」

〝大丈夫?〟

「はい、大丈夫です」

 

 大丈夫なのだろうか? 自分で自分がわからない。自分は何をもって大丈夫と言っているのだろうか? でも大丈夫じゃない所で、他人に言って何か変わる訳でもない。大丈夫じゃない現実は変わらない。それなら、「大丈夫」と言っておく方が相手を心配させない。だから、大丈夫なんだ。

 

 先生が顎に手を置いてジッとこちらを見た。首を傾げて自分の服装を見る。ジャージ姿だった。

 

〝チェリノくらいか……〟

「え?」

〝とりあえず、服でも買おっか。ジャージは借り物だしね〟

「しかし、お金がありません」

〝今はシャーレが預かっているから、お金は経費で落ちるよ。気にしなくていい〟

「窃盗の示談をしてくれたのは先生です。お金まで払って頂いて、これ以上迷惑はかけられません」

〝迷惑じゃないよ〟

 

 でも、と先生に言ったが、手を引き摺られるように私はショッピングモールへと連れて行かれた。申し訳なかった。本気の抵抗をしない所に、自分の甘さを感じた。我儘な自分に辟易した。

 

 ショッピングモールは前世のそれとあまり変わらなかった。違う点と言えば、銃器や武器類が売っているお店がある、という事くらいか。その他はミレニアム特有なのか、清掃ロボットや動くデジタルサイネージが行き交う。エスカレーターも前世の時より滑らか。音もない。床は足音が鳴らない。

 

〝カナタ、こういった所は来た事ある?〟

「……はい、何度か」

〝お姉さんと?〟

「いえ、一度も」

〝じゃあ、誰と?〟

「一人で。大きな本屋があったので、そこで最新の教材を閲覧しました」

〝そっか、勤勉なんだね。カナタは〟

 

 そんな事はない、と言いかけて、そのまま3階の量販店の服屋まで着いた。服も備え付けの大きい液晶で選択すると画面内で衣服が替わる。ARとVRの技術が使われているのだろう。一応試着室もある。実際に着てみたい人用なのだろう。

 

〝カナタ、これとかどうかな?〟

「先生、それって、女ものですよね? できるなら男ものの方が……」

〝でも、今のカナタは女の子なんだよ?〟

 

 痛い所を突く。流石先生。生徒の急所も弁えているようだ。笑顔で殴りたくなる。自分は男だからといって余裕なんだ。一度性転換すればいいのに。

 

「……できるなら、スカートじゃない方が」

〝でも、ユウカはスカートが好きだったよ?〟

「それって、着る方ですよね? 着させる訳じゃないでしょ」

〝いや、見る方もだよ〟

 

 ピクリと耳が動いてしまう。先生が畳み掛ける。

 

〝ユウカが使っているゲームのキャラクターは全員、スカートだったよ?〟

「それって、『クラブ・ふわりん』ですか?」

〝そうだよ。ついでに、『クラふわ』ではズボンのキャラクターも半数程度いるから、ユウカの好みであるのは間違いない〟

「な、なるほど」

〝きっと、スカート姿のカナタを見れば、ユウカは喜ぶだろうな~~。きっと、買い物に行くときも、散歩をするときも、その間終始笑顔になると思うな~~〟

「……」

〝でも、カナタが嫌と言うのなら仕方がないね。これは戻しておこう〟

「…………」

 

 先生が服を置いて次のエリアに行く。ハンガーラックの角を曲がり、見えなくなった。私はちらりと、先程の服を見る。ワンピース・スカート。先生が立ち去った方向を確認。いない。葛藤。しかし、誘惑。試すだけなら。いや、男だろ? でも元男だし……。バレなければいいよね? こっそりと服を取り、試着室へと行く。

 

 試着室。カーテンを閉め、鏡を見る。白い長い髪。腰まである。肌も白い。瞳は左が黄色、右が緑の虹彩異色。ヘイローはまるでCPUのチップみたいな形をしている。ミレニアムの浅葱色ジャージを着て、女の子らしさと子供らしさを兼ね備えた姿。

 鏡に背を向けて、ジャージを脱ぐ。下着は固辞したが、お姉ちゃんから押し付けられたものを借りた。どうも保健室に備えているものらしい。ブラジャーではなく、キャミソール。

 その上から、先生が掲げていた服を着る。すみれ色の服。お姉ちゃんの髪と同じ色。ゆるふわな衣装。着替え終わって、くるりと回転し、ふわりとスカートが舞う。可愛い。自分でなければトキメイただろう。いや、自分でさえも一瞬トキメキかけた。

 

 ハッとして首を振る。これでは先生の思う壺だ。誘導されている。戦闘指揮スキルだけでなく、話術も得意とは恐れ入った。

 

〝カナタ! どこ!?〟

 

 先生の慌てた声。あっ、と思い出す。黙って試着室に来たのだった。慌てて返事をする。

 

「先生ここです!」

 

 そしてカーテンを開けた。シャラララー、とローラーの音。完全に開けきると、目の前に先生。ワクワクした顔をしていた。私の姿を見て、ガッツポーズ。ドユコト?

 

〝やっぱり私の目に狂いはなかった。カナタは可愛い〟

「先生」

〝頭も何かヘアピンで留めた方が可愛いかもしれない〟

「先生」

〝あ、カナタん。写真撮っていい? ユウカに送りたいから〟

「それは是非。って、そうじゃなくて、先生。どういうことですか?」

〝? 何が?〟

 

 本当にこの大人、判っていないのか? 素なのか? 素なんだな?

 

「さっき私を探していた風なんですが、どうして目の前でワクワクした顔でスタンバっていたんですか?」

〝……まぁ、そういう事もあるよね〟

 

 確信犯。元男の幼女に自分の好きな服を着させようとする変態だった。そして、それにまんまと乗せられた。甘かった。私は拗ねた。

 

 

 

 ショッピングモールのテラス。イートインコーナー。そこで私は先生に背を向けて座っていた。

 

〝カナタん、ごめんね。私が悪かった〟

「ゆるしません。そもそもカナタんってなんですか!?」

〝えっと、あ、そうだ! アイスクリーム食べない? あそこで移動販売しているから行こう!〟

「そんな甘言に惑わされません。ていうか子供じゃないんで」

〝まぁまぁそう言わず〟

 

 そう言って先生は手を引っ張って私を出店の前へ連れて行く。私は嫌々ながら引き摺られて行く。キッチンカーのショーウィンドウは幼い子でも見やすいように低い位置にあった。色々なアイスを売っていた。どれも美味しそうである。特にチョコミント味は興味を唆られた。

 

〝さて、カナタは何が食べたい?〟

「…………いらない、です」

〝そっか。なら、私だけ買うね〟

「ええ、そうしてください」

〝でも、迷っちゃうなぁ。カナタはどれがいいと思う?〟

「…………先生って子供っぽいですが、とても配慮がうまいですね」

〝なんのことかな? 私はただ自分が食べたいだけだから〟

「…………じゃあ、チョコミント味が良いと思いますよ」

〝じゃあ、チョコミント味ください〟

 

 そう言って店主にお金を渡しているのを見る。私は溜息を吐く。予想通りというか、出てきたのは2人分のチョコミントアイス。追加料金を払っていない所から、最初に2人分渡していた事になる。

 

〝はい、カナタ〟

「…………やっぱり。いりません」

〝でも、もったいないよ? 私は2人分も食べられない。お腹壊すし〟

「………………わかりました。負けました。いただきます」

 

 チョコミントアイスを受け取る。アイスクリーム・コーンにぽかりと載った1つの球体。鮮やかな緑と散りばめられたブラウンのチョコ。美味しそうである。

 ニコニコしている先生を尻目に、一口食べる。爽やかな甘み。そこにチョコのほろ苦い甘さがアクセントとなって調和している。予想以上に美味しい。子供舌になっているのもあるが、前世で食べたどのアイスよりも美味しく感じる。

 

〝食べて良かったでしょ?〟

「…………不本意ながら」

 

 そっぽを向く。先生は笑顔。私は空を見上げる。春。雲一つない。ショッピングモールの特徴的な建物に囲まれ、空が狭い。が、開放感がある。生徒達がお喋りをしている。学校帰りなのだろうか。賑やかな空間。

 

〝カナタは頭がいいね〟

 

 突然なんだ、と思ったが、アイスを断った時の事を言っているのだと予想して肩を竦める。

 

「一応理系でしたので。高卒認定試験を受けて医学部へ。昔で言う大検ですね。しかし、限界を感じて理論物理の研究をしていました」

〝じゃあ、ミレニアムでは安泰だね〟

「まぁ、どんな授業でどんな試験があるのかとか具体的には不明ですが、おそらく生きていけるでしょう。編入試験は過去問があればいいのですが、なくても何とかなるでしょう」

〝さすが〟

「しかし、今回の転生で窮地には非常に弱い事が判りました。ですので、どうなるかは不明です」

〝1年間、頑張った〟

「逆に言うと、1年間も対策立てられず放浪と窃盗を繰り返していました。ただの阿呆です。中退とはいえ医学部にいたのにギ酸についての危険性も実感がなかったですし」

〝分析ができているのなら大丈夫だよ。次はそれを考慮して対策を立てればいいし、窮地に立たされないように努力できるかもしれない〟

「それは……前者はそうですが、後者はなかなかできるものではありません」

 

 ベンチに座る二人。ミレニアム自治区は広い。ミレニアム・スタディーエリアも広かったが、校舎外も発展している。計画都市感があって快い。他の学区は行った事がないので判らないが、おそらく私にはミレニアムが合っていると思う。

 二人してチョコミントアイスをペロペロとなめる。沈黙。犬が犬を散歩させている不思議な光景に既視感を覚えている中、先生が口を開いた。

 

〝カナタ。一つ訊いてもいい?〟

「何でしょうか?」

〝言いたくなかったり覚えていなかったりしたら言わなくてもいいんだけど……〟

 

 少し溜める先生。先生の顔を見る。真剣な表情。身構えてしまう。

 

〝カナタは『前世』って言ってたけど、………………どうしてこっちの世界に来られたの?〟

 

 なるほど、と思う。上手い言い回しだ。

 

「どうしてこの世界に来れたのかは謎です。私にはわかりません」

〝……そう〟

 

 もちろん、先生もその事はわかっていただろう。訊きたいのはそっちではないのだろう。しかし、私は言うつもりはない。アイスを頬張るのに集中する。話は終わりだと暗に示した。先生は黙った。頭がキーンとした。

 

「カナタ!」

「!? お姉ちゃん!?」

 

 呼ばれて振り向くとお姉ちゃんがいた。駆け寄ってくる。私はアイスクリーム・コーンを急いで食べ終え、ベンチを立つ。先生も驚いたようにお姉ちゃんを見ている。

 

〝ユウカ、仕事は?〟

「早めに終わらせました。カナタが心配でしたので」

「お姉ちゃん、ありがとう。心配させてごめんなさい」

 

 ユウカは微笑む。

 

「いいのよ。1年間ずっと独りで頑張ってきたんだから、急に一人になるのは不安だったわよね。そこは配慮に欠けていたわ」

「そんな。これは私のわがままだから」

「いいえ、わがままではないわ。当然の反応よ」

「違う。意志の弱さだよ」

〝なんだか、話が終わらなさそうだから、とりあえず次の場所に移ろうか〟

 

 先生の仲裁で、一旦どちらが悪いか論争は止んだ。絶対に自分が悪いのは判っている。お姉ちゃんは悪くない。しかし、お姉ちゃんは頑として固持している。先生はアイスを食べ終えた。紙のコーンスリーブをゴミ箱に捨てていた。私も捨てた。

 

「そう言えば、カナタ。おしゃれしているじゃない」

 

 指摘されて急に恥ずかしくなった。スカートを抑える。すみれ色の服。お姉ちゃんの色を全面に強調した模様。傍にお姉ちゃんがいる感覚がして落ち着く。

 

「どうかな? 似合う、かな?」

「ええ、可愛いわ」

「う゛。その褒め方は、元男性としては微妙です」

「急に冷静にならないでよ」

〝喋り方も安定していないし、まだ混乱しているのかな?〟

「こ、この喋り方は意識してやってますので、安心して下さい!」

「〝意識してるの?〟」

 

 二人が怪訝な顔をする。私は得意になって説明する。

 

「普段は敬語を意識しています。前世ではお姉ちゃん以外には敬語で話していました」

〝じゃあ、ユウカは特別なんだね。敬語じゃないし〟

「そうです。お姉ちゃんは特別なんです」

「ちょっと待って! お姉さんはわかるけど、私は身内でもなんでもないのよ!?」

〝嫌なの?〟

「いえ、特別に想われているのは嬉しいですけど、恥ずかしいです」

「別に恥ずかしいがる必要なんてないよ。今更だし」

「え?」

 

 ん? 何かおかしかっただろうか? 先生とお姉ちゃんが怪訝そうな顔をしている。どこが変だったか、自分の言葉を反芻する。普段は敬語。おかしくない。前世の時はそうだった。お姉ちゃんは特別。これも事実だ。間違ってはいない。恥ずかしがる必要はない。それも身内なら当然。今更だ。

 あれ? 何か違和感。お姉ちゃんとは昨日会ったばかりのはず。それなのにずっと昔から一緒にいた気がする。いや、間違いはない。お姉ちゃんとは生まれたときから一緒だった。そう、それで合っているはず。おかしくはない。

 

「か、カナタ、大丈夫? 顔色悪いわよ?」

 

 声を掛けられて、意識を戻す。辺りを見渡す。まだテラスのベンチ付近にいた。どこか遠くに行ってしまっていたような気がしたが、気のせいだったようだ。どこか寒い場所は勘違いだったようだ。

 

「だ、大丈夫だよ? それより、次は何を買う?」

〝まだ服しか買っていないから、後は日用雑貨と〟

「スマホ! お姉ちゃんと約束した!」

「そうね。だけど、それより早めに買った方がいいのがあるわ」

 

 先生とともに首を傾げる。ユウカは苦笑い。

 

「キヴォトスに住む以上、銃は必要不可欠よ」

 

 

 

 前世の銃器は『殺』のイメージが強い。殺すのは人だけではなく、鳥獣も対象であり、必要なものだとは解っているのだが、それでも怖い。暗いイメージ。戦争と殺戮と死傷と屍。それを想起する。ニュースだけの知識だが。

 しかし、この世界のガンショップは明るかった。フロア全体が多種多様の店。顧客の中心が女子生徒というのもあり、可愛らしい飾り付けや、煌びやかなイルミネーションが持ち味のスペースもある。実用品というよりもファッションみたいな感覚に陥りそうになる。

 

「これとか良いんじゃない。銃身が短く、口がまるくて可愛いわよ」

 

 ユウカが指し示した銃は確かに小さくそれでいて銃らしい銃だった。値札には6桁の数字と『Jimenez』の文字。

 

「……これって、円ですよね?」

「? そうよ」

 

 10万円以上。こんな小さな物が高価過ぎる。銃ってこんなに高いのか?? 前世日本に住んでいたから判断基準がない。どうすればいいんだ? 確かに高いイメージはあったが、それは普段手にしない物という先入観があるだけだと思っていたが、そうでもなかったようだ。

 ユウカを見る。軽く手にとって構えたり回したり好き勝手している。落として壊したり破損したりしないか不安になる。先生も少し緊張しているのが判る。

 

「先生もこれでいいと思いますよね?」

〝そうだね……カナタはどれがいい?〟

「わ、私は……」

 

 何気なくフロアの端を見る。すると大きな銃があった。『USED&SECONDHAND』と書かれた表札があるスペース。中古品。お姉ちゃんの静止も聞かず、駆け寄る。中古品ならある程度安いだろうと安直に思った。

 銃は重機関銃とあった。『Browning Machine Gun,M2』。中古品のためか、5桁円。高いが、それでも拳銃よりも安いし、威力も強そうだ。ついでに他の銃を見てみる。どれも先程の銃より安い。しかし、一番安いのはこの重機関銃だった。値段と見た目が釣り合っていない。

 

「わ、私はこれがいいです!?」

「それって、……中古品でしょ? 安全性が心配よ?」

〝それに、重そうだけど、持ち上げられる?〟

「それは大丈夫です」

 

 私は軽々と重機関銃を持ち上げた。小さい身体で大きな銃を取り回しできるのはロマンがある。先生も心做しか目をキラキラさせている。

 

「安全性が心配なのは変わらないわ」

「べ、勉強します」

「素人がいたずらに扱っても、痛い目を見るだけだわ」

 

 理に適っている。ぐうの音も出ない。

 

「せ、先生……」

〝ま、まぁ、カナタの想いも汲み取ってあげてね、ユウカ〟

「だからと言って、明らかに危ない事はさせられません」

「先生……」

〝……生徒に危ない事はさせられないよ〟

 

 残念そうな顔で言うな! もっと毅然と抗議しろ! 私が困るだろ! 大人だろ? 先生だろ?

 

「お姉ちゃん、……ダメ?」

「う゛……」

 

 効果がある。もう少し媚びたように言い寄れば押し通せるか? 甘え方ってどうするんだ? 上目遣いが一番効果的と聞いた。よし、それで行こう。

 

「お姉ちゃん、……おねがい」

「だ…………ダメよ」

 

 チッ。あと少しだったのに。

 

「お姉ちゃんのいじわる」

「いじっ!? いじわるじゃないわ!」

「これ買って!」

 

 駄々を捏ねる。

 地団駄を踏む。床を転がる。嫌々する。とまではいかないが、それでも対立する。それがワガママだと解っていても、いやワガママだからこそ、相剋状態を保つ。

 そもそも、お金がかかる小さい拳銃よりも、いくらか廉価なロマンのある重機関銃の方が良いに決まっている。お姉ちゃんはわかっていない。

 

「おや、ユウカじゃないか」

 

 言い争っていると、第三者の声がした。振り向くと紫の長い髪を流した少女がいた。ヘイローは六角形の中に四角形。そして左右にウサギの耳のような機械パーツがふよふよと浮いている。制服はミレニアムのもの。お姉ちゃんの知り合いか。

 ハッと気が付くと、お姉ちゃんの陰に隠れていた。恥ずかしくなる。パッと陰から出る。

 

「ウタハ先輩。こんにちは」

「こんな所でどうしたんだい? 目立っているよ」

「「え」」

 

 確かに周りのお客さんや店員さんがこちらを見ている。大半が微笑ましいものを見る目だが、騒々しくて申し訳なかった。恥ずかしい。

 

「さて、そちらの二人とは初対面だね。私は白石ウタハ。マイスターをしているよ」

「補足すると、ミレニアムの3年生で、エンジニア部の部長をしている方です」

〝私はシャーレの先生だよ。よろしくね〟

「わ、私はカナタです。今度ミレニアムの編入試験を受けようと思っています」

「で、どうして店頭で騒いでいたんだ?」

 

 それは、と三人で顔を合わせる。お姉ちゃんが先に口を開く。

 

「カナタの銃を選んでいたんです」

「? それがどうしたんだ?」

 

 騒ぐことでもないだろう、と言いたげな表情でウタハが首を傾げる。私が詳しく説明する。

 

「私はこちらの重機関銃が良いと言っているんですけど、お姉ちゃんはあっちの拳銃の方が良いって言うんです」

「なるほど、それで言い争っていた訳か。ユウカの主張は?」

「こっちの拳銃の方が最新式で新品。安全性も保証書から確認できます。対して、こっちは中古品。銃種も取り扱いの悪い機関銃です。保証書なんてありません」

 

 なるほどね、とウタハ。私は何も言えないでいる。攻め入る隙がない。理路整然とした説得は不可能である。

 

「それじゃ、君の主張は?」

「主張は……3つあります」

「1つ目は?」

「まず値段。私は諸事情あって、お金がありません。つまり、先生とお姉ちゃんに払ってもらうしかありません」

「なるほど。遠慮している訳か」

「遠慮しなくてもいいのに……」

「2つ目は、見た目です。威力が強そうで、敵が怯みます。戦わずして人の兵を屈するは、善の善なる者なり」

「なるほど。兵法の基本だね」

「けど、キヴォトスで銃の見た目から戦いを止めようとする人は少ないわ」

「でも、一定数はいるんじゃないですか? 少しでも効果があれば試してみるべきです」

「……で、3つ目は?」

 

 それは、と目を瞑る。そして、目を見開く。勢いで押し切ろう。

 

「ロマンです!」

「!?」

「ほう、ロマンか」

「はい! よく考えて下さい。小さい娘が大きな武器を扱う。これってロマンじゃないですか? いやよく考えなくてもロマンです! アンバランスやアンビバレンスを調和させる技術や能力。さらに、それを試みる冒険的な探究心! どれをとってもロマンです!!」

「か、カナタ……?」

「先生もそう思いますよね!?」

〝うん! 巨大武器っ娘サイコー!〟

「先生!?」

「ウタハさんは!?」

 

 ウタハは沈黙している。お姉ちゃんがおそるおそる反応を伺っている。

 

「ウタハ先輩?」

「君は……」

「はい……」

「よくわかっているじゃないか!」

「!?」

 

 私とウタハ、いやウタハ先輩は固く握手した。お姉ちゃんは、やっぱりかぁ、と溜息。

 

「ちょっと待ってください。どれだけ言っても私は認めません。安全性が問題です。こちらの拳銃のほうが良いです」

「ん? Jimenezか……落とした時、暴発のおそれがあったな」

「え!? そんな話聞いてませんよ!?」

「それもそうだ。昨日エンジニア部でシミュレーションしたからね。その結果は明日報告する予定だよ」

「確かに、言われてみると、会社も不正取引の気配があったわね……。気のせいかと思ったけど、今度監査を入れるべきね」

「そして、こちらのブローニングMark2重機関銃は、ロマン、もといエンジニア部でも扱ったことがある。こちらで整備してもいい」

「ホントですか!?」

 

 これで安全性も担保された。エンジニア部でマイスターで賢そうなウタハ先輩なら、任せられる。お姉ちゃんも言い返せないだろう。

 

「それが一番不安なんですが……」

「えぇ、お姉ちゃん、強情過ぎ」

「私はカナタの事を思って……」

「それは嬉しいけど……」

〝気持ちは解るけど、過保護に育てすぎると失敗を恐れてしまうから。可能性の芽を摘んでしまう。子供にはのびのびと成長して欲しいでしょ?〟

「あの……元成人男性ですけど……」

 

 先生に無視された。お姉ちゃんもそれもそっかと先生に同意して購入を決意してくれた。解せぬ。そのまま先生が会計に持っていった。重そうである。お姉ちゃんがウタハ先輩に質問する。

 

「そう言えば、ウタハ先輩はどうしてここに?」

「ん? そうだった。タバスコ発射銃を開発したくてね。失敗用に中古の商品を見ようと思ってきたんだ」

 

 タバスコ発射銃? なんか一気に不安になってくる用語が聴こえてきたのだが。

 

「また変なのを……。この間はWi-Fiを付けようとしましたよね?」

「いや、Bluetooth機能だ」

「より意味不明ですね……」

 

 エンジニア部と言ったか。ここに銃の整備を任せても大丈夫なのだろうか? 心配になってきた。

 

〝はい、カナタ。購入したよ〟

「ありがとうございます!」

〝肩紐はサービスで付けてもらったよ〟

 

 そう言われ、背負う。ずっしりとした重み。けれど、苦しくはなく軽々と持ち上がる。不思議。この身体は前世と比べると違和感だらけだ。物理的な質量を感じるのに、辛くないという二つの矛盾した感覚がある。

 

「そういえば、今更なんだが……」

「はい?」

「ユウカ、君には妹がいたのか」

「えっと」

「はい! お姉ちゃんはお姉ちゃんです! 私のお姉ちゃんです!」

「えっと、これには深い訳があって……」

「だいたい分かったよ」

「理解が早くてたすか」

「つまり、隠し子、ということだね」

「違いますが!?」

「違うことないよ! お姉ちゃんは私のお姉ちゃんで、唯一の肉親でしょ!」

 

 先生とお姉ちゃんが変な顔をした。ウタハは首を傾げる。お姉ちゃんが慌てて私の前にしゃがみ込む。

 

「カナタ、違うでしょ? あなたには本当のお姉さんがいて、私は姉じゃないわ」

「え」

 

 何かおかしい。違和感。お姉さんとお姉ちゃん。姉と目の前の少女。

 あれ? 確かにお姉ちゃんはお姉ちゃんじゃなくて、でもお姉ちゃんはお姉ちゃんで。代わりのお姉ちゃんで、でもそれならお姉ちゃんはいなくて、…………………………………………………………………………………………………………どうだっけ?

 

「カナタ?」

「……ちょっと、よくわからない」

「カナタ……」

 

 

 

 そのまま手を引かれて日用雑貨などを買い漁って行く。ウタハとは銃のお店で別れた。また後日銃の整備に来て欲しい、と言われた。それをぷかぷかと浮いた膏の上で聞いていた。

 

「それじゃ、カナタ。帰るわね」

 

 そう言って、お姉ちゃんが手を離す。え、と思い、顔を上げる。いつの間にか俯いていた。いつの間にかシャッピングモールから出ていた。

 

「言ったじゃない。あなたはシャーレで暮らすのよ? 今日の購入品だって、銃とスマホ以外はシャーレに送ったって言ったでしょ?」

「え」

 

 そう言えばそんな話をしていた気がする。編入学までシャーレで過ごし、学校が決まったらそこの寮や下宿などで暮らす。でも、結局、お姉ちゃんとは別れる。今ここでも、そして、これからも。

 

「いやだ」

「カナタ」

 

 銃を背中から前に抱える。お姉ちゃんが身構える。先生が私に優しく語り掛けてくる。

 

〝カナタ〟

「……はい」

〝カナタは、どうしたいの?〟

「お姉ちゃんの傍にいたいです」

〝四六時中?〟

「はい」

〝でも、ユウカにはユウカの事情があるんだよ?〟

「わかってます」

〝それなら、ユウカを困らせてはいけないよ〟

「わかってます」

「大丈夫よ、カナタ。会おうと思えば、会えるんだから。私も時間を作ってなるべくカナタに会いに行くから」

「……」

「カナタ?」

「うそ」

 

 それは嘘だ。生きていても会う事はできない。生き続けていても会う事はできない。会う事ができないまま、どちらかが死ぬ。そういった可能性もある。いや、実際あるのだ。

 

 私は駆け出していた。

 




閲覧、お気に入り登録、ここすき、評価付与、感想、しおり、ありがとうございます

銃の値段に関しては、想像です
一応、調査した所
Jimenez JA-25拳銃が、149ドル
ブローイングM2重機関銃が、約547万円
とのことでした……
はい、全然違います
まぁ、そこは、ゆるして
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