ユウカお姉ちゃんって、ロリコンさんなの? 作:ユウカの太腿に初恋を捧げた者
私は駆け出していた。後ろからの静止の声にも足は止まらず、走る。こんな時、身体能力の高さが恨めしい。無理矢理に捕まえられる事が少ない。ない訳ではないが、今回は追ってくるのが困難だろう。路地裏を精巧に逃げ、大通りを駆け抜け、壁を攀じ登る。追える方がおかしい。それも先生を連れては無理だ。
いつの間にか知らない空き地にいた。
座る。叢の上。機関銃を抱えたまま。
戻る気はなかった。そもそも戻り方を覚えていなかった。所謂迷子。
「………………何、やってんだろ」
これに尽きる。駄々を捏ね、我儘を言い、逃げた。現実から。
知っている。姉はいないし、お姉ちゃんもいない。彼女はお姉ちゃんではない。
じゃあ、彼女は誰だ? 知っている。【早瀬ユウカ】だ。姉でもないし、お姉ちゃんでもない。自分が姉の代わりに作り上げようとした偶像だ。アイドル。
これじゃ完全に厄介オタクのそれじゃないか。
溜息。人の声がする。風の囁きがある。街の喧騒が聴こえてくる。
「あ゛!? お前!?」
大声に顔を上げる。ヘルメットを被った三人娘。どこかで見たことがある。
「てめぇーは万引きしたガキじゃねーか!?」
そこで思い出した。私が先生に拾われる前に万引きを行ったお店のバイト。そういえば、お店に謝罪をする時いなかった。辞めたと聞いた。どこかで会えたらシャーレに送った銃器やお金を返そうと思っていたのだ。
リーダーらしき赤髪の少女が前に出る。
「てめぇー!? あの後ひどかったんだぞ!? 財布は盗まれているわ、バイト先から給料天引かれるわ! 銃もないし、他の不良共に襲われるわで!」
「ご、ごめんなさい」
「謝って済む話じゃねぇ!?」
バコンと地面が弾けた。銃弾。真横を撃たれた。
「ちょうど、新しい銃を買ったばかりだ。試し打ちと行こうか。なぁ! お前達!?」
「「おう!」」
私は慌てて立ち上がって、機関銃を構える。今は対抗する手段がある。逃げるだけじゃない。引き金を引いた。
無音。
何度も引き金を引く。カチャカチャとは鳴る。しかし、弾が発射されない。
「お前……それってマシンガンだろ?」
「そ、それが、なにか?」
「見た感じ、ベルト給弾の銃みたいだな。一発も弾が入っていないようだが」
「そ、そうなんですか?」
「いや、お前の銃だろ?」
知らないものは知らない。
走る。逃げる。が、脛を撃たれて転ぶ。痛い。
「まぁ、いい。とりあえず、腹癒せができてこっちは嬉しいぜ」
ゆっくりと迫る三人。リーダーらしき人物のショットガンが額に照準される。
「まぁ、一撃で終わるなよ?」
引き金が動いた。銃声。しかし、私の身体には当たらなかった。ちょっと離れた場所が蜂の巣になっていた。一発も当たらなかった。
「誰だ!?」
建物の陰から出てきたのは、一人の少女だった。赤髪。二本一対の角を生やした少女。春の気候とはいえ、暑そうな分厚いコート。見知らぬ制服を着ている。
「まったく、三人で寄って集って、恥ずかしくないの?」
「う゛。確かに、そんな気もするが、外野は黙ってろ!」
「そうだそうだ! これはこいつとあたし達の話だ!?」
はぁ、と少女が溜息。色気がある大人の女性みたいな雰囲気がある。
「そう言っているようだけど、あなたはどうなのかしら?」
威厳のある言い方。コートを翻して斜め上に顔を向ける。そして目線だけこちら。黄金の瞳が射抜く。
「……助けて欲しいです」
「対価は?」
「た、対価……」
「そうよ。無償で助けるなんて割に合わない事はしないわ。助けて欲しいのなら、それだけ自分が有用である事を示しなさい」
冷静になる。どこかでしたような遣り取り。先程までの甘えた考えがどこかに行く。それが心地良かった。
「私はフラッシュ暗算ができます」
「ふらっ!? ……んん!? なるほどね。でも、私の課長ならそれぐらいできると思うわ……できたかしら?」
「それでしたら記憶力が良いです。特に遺伝性疾患の症例はほとんど網羅しています」
「いでっ!? ……そ、そう。かなり優秀なようだけど、私が必要とする人材ではないわ」
「ならば、ハッキングができます。まだ基本的な事しかできませんが、将来性はあると思います」
「ハッキング!? 凄いわね、あなた! ……ハッ!? んんっ!? ま、まぁなかなかやるじゃない」
「えっと、ありがとうございます」
「ちょっと待ちなさいよ!? 何あたし達放っておいて、勝手に話すんな!?」
「「そうだそうだ!?」」
煩いわね、と少女が呟く。すっと少女の脇からもう一人少女が現れた。紫色を基調とした少女。まるで軍服を纏っている軍人少女。帽子もドイツ陸軍を想像する。
「アル様、消しましょうか?」
「そうね……そこの子供の有益性は示されたわ。ハルカ、やってしまいなさい」
「! はい、アル様!」
「何をごちゃごちゃ――――ぶべらっ!?」
「死んでください死んでください死んでください!」
「な、なんだこいつ!?」
「リ、リーダー逃げましょう!? こいつ怖い!」
「た、ただで引けるかぁ!? このまま尻尾巻いて逃げたら今後一切ナメられてしまう!?」
そう言って私を無理矢理立たせて、銃口を押し当てる。
「おい!? 撃つの止めろ!? こいつの柔肌に、赤い痣ができてもしらないぞ!?」
「クッ! なんて卑怯な!」
卑怯なのか? 痣ができるくらいなんとも思わないのだが。前世なら死ぬような行為でもこちらで死ぬことはない。まぁ、痛いのは嫌なので、それを配慮してもらえたと思えばいいのかもしれないが。
すると、カラン、と手榴弾みたいな物が転がってきた。いや、もしかして手榴弾!? 咄嗟に目を瞑る。鼓膜を守るために耳も塞ぐ。衝撃に備える。が、痛みは訪れなかった。逆に拘束が外れた。
目を開け、辺りを見渡す。不良少女三人が目や耳を押さえていた。そこでスタングレネードだったと思い当たった。
「おおぅ! すごいね、キミ! あの状況で咄嗟に目も耳も防げるなんて! 判断が早い!」
気付いたら、もう二人少女が増えていた。愛想の良い可愛らしい少女と、目付きの怖いイヤリングをした少女。前者は白い長髪を左サイドテールにしている赤目で、後者は白髪に黒い前髪。
「カヨコ課長、そちらはどうだったかしら?」
「全然。見当たらなかったよ」
「それよりアルちゃん、この娘だれ?」
ムツキ! 外では社長と呼びなさい、とアル。ムツキは素知らぬ振り。不良少女三人は、おぼえてろ、と逃げた。よろよろとしていた。哀れな逃げ方に、こちらが悪かったのに申し訳ない、と思う。
「その娘は、先程の三人に襲われていたのよ」
「助けたんだ?」
「たす!? いいえ、有益な人材だから、一時的に雇おうかと思っていただけよ」
「有益?」
「雇うって、うちは人を雇えるほどお金はないよ、社長」
「グッ!?」
アルが膝を折った。私はとりあえず落ちていた機関銃を抱え、お辞儀をする。
「ありがとうございました。助けていただいて」
「だから、助けた訳じゃないのよ。あなたのハッキングの力が必要なの」
怖気付く。ハッキングと言っても、初歩しかできない。監視カメラの映像を取ってくるくらいだ。それもセキュリティレベルが高ければ無理。精々、民家の防犯用のみだ。
そう説明するが、アルは余計に笑みを深めた。ムツキも嬉しそうな顔。カヨコも驚いたような表情。
「社長にしてはナイス判断だね」
「アルちゃん、珍しいファインプレーだよ」
「流石アル様です」
「ちょっと普段はできない娘呼ばわりは止めて!?」
「え、えっと、あの、その!」
私が声を張り上げる。みんなが注目する。
「えっと、とりあえず、自己紹介しませんか?」
そうして自己紹介をする。自分は帰村カナタ。社長の陸八魔アル。室長の浅黄ムツキ。課長の鬼方カヨコ。平社員の伊草ハルカ。この四人で構成する会社・便利屋68。どんな依頼も金さえ払えば遂行する凄腕のアウトロー。まるでハードボイルド映画の設定みたいだ。実在するとは。格好良い!
「そ、それで、私は何をすればいいのでしょうか?」
「ここら一帯の監視カメラをハッキングして欲しいの」
「一帯って、どのくらいですか?」
「……猫が行動できる範囲、くらいかしら?」
「猫?」
「カナタちゃん。今回の依頼は、迷い猫の捜索なんだ」
ハードボイルドとは? アウトローとは? 金さえ払えばどんな依頼も遂行する、というのはそういう……
「ちょっと! 呆れた顔で見ないでよ! こっちとら、借金で火の車なのよ! 少しでも足しになるような仕事を熟さないといけないのよ!」
「い、いえ、別に呆れては……みんな大変なんだな、と」
「とにかく、手伝うの? 手伝わないの?」
「手伝いたいのは山々なんですが、私は手持ちのPCがなくて……」
「PCがあればできるの?」
そう言って、ムツキが荷物から型落ちのPCを取り出した。表面は剥がれ落ちて金属が顕になっている。大きく壁にでも擦ったように塗料が付いている。電源入れた途端、爆発しないか不安。
「中身を見ないとわかりませんし、PCが最新式でも、猫が見つかるかどうかは……」
「と、とりあえず、試してみてよ! お願いだから!!」
立ち場がいつの間にか逆転している気がする。助けてもらう立場から、助ける立場に……。世の中不思議だ。
PCは型落ちだった。電源は盗電して起動し、中身を確認するとUNIX系っぽい。シェルはbashに似ている。コマンドはほとんどが同じで助かる。なぜか初期化されパスワードもこちらで設定した。これならある程度はできそうである。
とはいえ、広範囲のハッキングは無理である。
「できて、家一軒を一つずつ回らないと意味ないですよ?」
「いいのよ。今までは手掛かりもなく闇雲に探していたの。ある程度過去を遡れるのなら嬉しいことはないわ」
詳しく訊くと、猫は1ヶ月帰っていないらしい。便利屋は3週間探して手掛かりすら掴めていない。そんな中で、私に出会ったという。
幸い、雇い主は期限を設定していないため、他の仕事と並行しながら、進めているらしいが、この仕事は難易度の割に払いがいいという。だから、絶対に猫を探したいと。他の仕事もほとんど依頼がこないらしいし。
「切実ですね」
「う、煩いわね!」
十数件目をハッキングして、手掛かりなしであった。民家の路地裏。自転車の防犯用。などなどを近くに行ってハッキングして、防犯記録を確認する。今は少し無理して、マンションのカメラをハッキングしている。ミレニアムでは郊外だから防犯意識も低い。ハッキングできそうだ。
暇な時間ができた。
今頃、おね、……ユウカさんはどうしているのだろうか。先生も心配しているかもしれない。いやしているだろう。あれだけ親切にしてもらっていたのに、それを裏切る形になっている。情けない。
「カナタ?」
「……あ、はい、なんでしょうか?」
「えっと、急に浮かない顔をしているから、どうしたのかなと思っただけよ」
アルが困惑顔で言う。今日会ったばかりの人。お節介な人。
そう言えばユウカさんも会ってから2日しか経っていない。そう思えないほど、依存しきっていた。恥ずべき事だ。親切にされているからと言って甘え過ぎてはいけない。当然の事実に今更気が付く。
「ちょっと、ありまして」
PCがハッキングをしている間、私はアルと話す。ムツキとハルカとカヨコは別行動。今は二人だけ。
「友達と喧嘩でもしたのかしら?」
「喧嘩、と言えるのでしょうか?」
「ああ、そういった事あるわよね」
「私の場合は、自分で自分がわからなくなって、逃げてきた感じですね」
「それで、あそこにいた訳ね」
「はい」
ハッキングが完了した。これからストレージに溜まっている映像を一から見る作業。早送りだから、ある程度は時短できる。映像を流す。話を続ける。アルは一所懸命に見ているが、私は滑るように目で追う。
「私、その相手の事を他の人と重ねて、しまって」
「重ねる?」
「はい。亡くなった人と生きている人を重ねて、その人に依存してしまったんです」
「な、なるほど……思ったより重い話だったわ……」
「それで、その事実に気が付いて、自分でもどうしたいのかわからなくなって、逃げてきたんです」
今度の監視カメラは結構なボリュームがあった。まだまだ続く。
「私は、どうすればよかったんでしょうか?」
「そ、そうね……」
うーん、とアルは唸る。しまった、と思う。初対面でして良い話ではなかったと思い直す。
「ご、ごめんなさい。今のは聞かなかったこ――――」
「ストップ!?」
急にアルが叫ぶ。びっくりして監視カメラの映像を止めてしまった。
「ど、どうしたんですか? 急に」
「巻き戻って!」
「え?」
「映像よ!」
言われた通り、映像を巻き戻す。そこでとある所に来て、アルがストップと言う。アルが懐から写真を取り出す。
「猫よ! 猫! 見つけたわ!」
「あ、本当ですね。良かったです」
「あなたのおかげよ! 助かったわ! とりあえず、みんなを呼びましょう! これで手掛かりが掴めたわ!」
アルはウキウキ顔。私は不完全燃焼。どこか心がまだ離れている感じ。
「あ、そうそう。カナタ」
「? はい?」
「ウジウジ考えているくらいなら、一度当たって砕けた方がいいわ」
「当たって砕ける……」
「ええ、それくらいが、ちょうどよいのよ」
アルのその言葉がどこか心に沁みた。
猫は見つかった。日が暮れる前でよかったとはみんなの総意。雇い主は大喜びで、予定の金額の倍くれたらしい。便利屋68にとっては久し振りの大金ではしゃいでいるとか。ムツキ談。
私はこれからどうしようか、と思っていると、アルが呼んだ。
「カナタ、これ」
「?」
手を差し伸べられたので、受け取ると、お札があった。60万円とある。
「えっと、これは?」
「今回の報酬よ! 一番の功績はカナタだから、稼ぎの半分をあげるわ」
「え、でも、これって貴重なお金なんじゃ……」
「いいのよ。これで好きなものでも買いなさい」
アルは後ろを向いた。ムツキは、あはは、と笑う。
「アルちゃん、無理してる顔!」
「う、煩いわね」
「でも、他の方は了解しているんですか?」
「心配しなくても、社長から相談されているよ。私達も了承している」
「アルちゃん、こういった所、社員想いなんだ」
「アル様は懐が広いんです」
でも、と固辞する私に、アルが溜息。
「それはあなたが勝ち取ったお金。遠慮はいらないわ」
「……わかりました。このお金は私の行った罪に対する償いに使います」
「真面目ね。子供なんだから、好きに使いなさい」
本当は中身成人男性です、とは言えなかった。言ってもよいが、混乱させるかもしれないので、言わなかった。
「それに、カナタの迎えも来ているようだしね」
そう言われて、カナタぁー、と呼ぶ声がした。ユウカの声だ。先生の声もする。強い想いが流れてくるような呼びかけ。申し訳なくなった。
「最後に、言っておくけど」
アルが、顔を見合わせる。私は控えめに目を合わせる。
「信頼は、これから作ればいいのよ。今はない、と思うのなら尚更、ね」
そう言って、便利屋は歩き出した。ムツキが笑い、カヨコが溜息を吐き、ハルカが目をキラキラさせ、そして、アルが格好良く、立ち去った。その後ろ姿が印象的だった。
閲覧、ありがとうございます
猫探しの代金は探偵業から考えて計算しました
いよいよ次でラストです
ここまで読んでいただき、感謝です