「マーリン様、メリダ様、シーナ様。王宮から馬車の迎えが来ております。出立の準備はよろしいでしょうか」
スティーブさんの確認に「問題ないです」と返してからお爺ちゃんとお婆ちゃんの方に振り向く。
「制服も着たし……準備は出来たから……お爺ちゃん。お婆ちゃん。行こう」
私とお爺ちゃん、そしてお婆ちゃんの3人で馬車に乗り込んで学院へと向かう。
今日は学院の入学式の日だ。
そのまま何事もなく学院に到着したところまでは良かったんだけど……
学院の校舎に向けて3人一緒に歩き出した辺りで嫌な予感はしていた。
「あれは国から勲一等と共に送られるマント……二人共それを纏っている……という事は!」
そのヒソヒソ声が聞こえた時点でお爺ちゃん達から離れる事にした。ごめん。スケープゴートになって……入学式に遅れるのはマズいから……
「賢者マーリン様!導師メリダ様!」
予想通りに周りの新入生、挙句の果てはその親までもが殺到していた。南無三。
私はそのまま校舎へと入り、既に集まっていた新入生達に合流した。
お、知った顔がいる。
「やぁ。オーグ。元気?」
見てみると今日のオーグは変装なしの制服姿だった。流石に在学中ずっと変装するわけにもいかないよね。
「あぁ、シーナか。体調は万全だ。そちらこそ、緊張していないだろうな」
「このぐらいではまだ緊張しないよ。あぁそれと先日は茶化した話だけれど、エリーにも近いうちに会いに行くよ」
「あぁ、楽しみにしている」
さてと、周りを見ると……知ってる顔をまた見つけた。
「マリア。おはよう。シシリーも」
「シーナ!顔見ると少し悔しくなってきたわね……首席合格持ってかれたわ」
「それはまぁ、真剣勝負だからね。だけど、ここに居るって事は……」
「えぇ、私達も“Sクラス”よ。首席さん。」
Sクラス……学院の最優秀者が集められたクラスであり、下にA、B、Cと続く。
「よろしくお願いしますね」
シシリーの挨拶にも返事を返していると置いていったオーグがこちらに来ていた。
「シーナが話していた二人は君たちか」
「ご無沙汰しております。アウグスト殿下。メッシーナ伯爵家のマリアでございます」
「クロード子爵家のシシリーでございます」
二人が挨拶を終えてからまた話しかけた。
「言わなかったのは、ゴマすりを避けるため?」
「その通り、そういうの結構厄介なのよ。」
「なるほどね……」
私も商人の名義では結構ゴマすりを受ける事がある。
その時は私も変装しているから“シーナ=ウォルフォード”との繋がりを勘づく人は殆ど居ないから安心できるけどね。
「静かにしろ!入場だぞ!」
では、代表挨拶頑張ります。
≪≫
会場への扉が開いた。
来賓と新入生の親族からの拍手に包まれて入場していく。
お爺ちゃんとお婆ちゃん、陛下の姿も確認できた。
続々と入場が進み、音楽が止むと着席の合図で一斉に座る。
開式の言葉。そして……新入生代表挨拶。
「それでは続きまして新入生代表挨拶です。今年度入学試験首席合格者。シーナ=ウォルフォードさん」
「はい」
「ウォルフォード……?」
「という事は彼女が……!」
「賢者マーリン様の……!」
マリアとシシリーだけでなく、周りが一様に驚愕している。これ以降はシーナ=ウォルフォードとしてでもゴマすりを受けるのか……ちょっと億劫かな。
それでも、今はやるべきことをやるだけ。
私は多くの視線を集める中で登壇した。
「ご紹介に与りました。新入生代表、シーナ=ウォルフォードです」
「今日、この良き日に皆様に見守られ、このアールスハイド高等魔法学院に入学できた事を大変嬉しく思います」
「私は首席に相応しい魔法の技量があると自負していますが、その反面、人付き合いは苦手です。お爺様に田舎で育てられからかもしれません」
「だからこそ共に過ごす仲間たちと絆を紡ぎこの学院での三年間を実り多いものにしたいと考えています」
「では、最後に……人間が、一人で出来ることには限界があります。学べる事にも勿論限界があります。それは“英雄の孫”と言えども変わりません。故にこれからの三年間、保護者及びご来賓の皆様。そして在校生、教師の皆様。ご指導ご鞭撻の程、宜しくお願い致します」
「新入生代表、シーナ=ウォルフォード」
最後に一礼する。
するとそこかしこから拍手が降り注いだ。
こういうのを万雷の拍手とか言うのだろうと思って小さく苦笑した。
しかしむずがゆい……早く降りよう。
降壇して席に戻るとオーグに軽く笑われた。いや、笑わないでよ。結構真剣に考えたんだから。
「で!なんでマーリン様とメリダ様の孫だって教えてくれなかったのよ!」
話をぶった切ってくれてありがとうマリア。
「入学前に目立ちたくなかったんだよね……」
「ま、シーナがマーリン様の孫っていうのは言われてみれば納得だけどさ。」
私を変わらずに見てくれるマリアの言葉に安心しつつも、会は進行していく。
「今年は英雄の孫という規格外が紛れ込んでいる。同級生たちは彼女から色々と学んでみるといい。きっと皆の常識を吹き飛ばしてくれるだろう。それを糧にして皆が大きく成長してくれることを切に願っている」
陛下の挨拶に軽い冗談が挟まった。昔言った時は冗談で場が凍る事を心配なさっていたのに、今では慣れたもので自然と挟み込んでいる。
こうして入学式は終わり、私たちはSクラスの教室へと向かった。
「ここがお前達Sクラスの教室だ」
入学式を終えた後、引率の先生について行くと着いたのは教室だった。これからはここで勉強していくらしい。
Sクラスの定員は10名。ちょうど私含めここにいる生徒も10人だ。
次席 アウグスト=フォン=アールスハイド
三席 マリア=フォン=メッシーナ
四席 シシリー=フォン=クロード
五席 アリス=コーナー
六席 トール=フォン=フレーゲル
七席 リン=ヒューズ
八席 ユーリ=カールトン
九席 トニー=フレイド
十席 ユリウス=フォン=リッテンハイム
そして、首席シーナ=ウォルフォード
≪≫
「入学おめでとう。担任のアルフレッド=マーカスだ。元魔法師団所属だ。宜しくな」
知り合いにも魔法師団の魔法使いがいるけど、この人はあんなにおちゃらけた感じでは無い。真面目そうな人で安心した。
「今日は授業もないから、学院を見て回るなり、他の生徒と交流するなり好きにしろ。明日の午前中は学院の案内。午後からは実技指導に入る。……では解散!」
始業の日はこんなものか、と思っている帰る準備をしているとマリアが肩を叩いてきた。
「ねぇ、シーナ。ちょっといい?……シシリーの事で相談があるの」
マリアが相談事……しかもシシリーについて……
「なにか困り事?」
マリアがコクリと頷いた。
……よし。
「分かった。今行くね」
マリアについて行く形で私は廊下に出た。
すると、マリアが少しずつ話し始めた。
「実は……シシリーに付き纏っている男がいるの」
それがマリアの言う“困り事”。
初めて会った時のナンパ然り、シシリーはかなり整った顔立ちをしている。
それを見て狙われた、ということかな……?
「シーナに初めて会ったすぐ後くらいかな……ずっと言い寄って来て……シシリーは何度も断ってるのに、そいつ、実家の権力を傘に着て脅しまで掛けて来てるの」
……話を聞く限り、クロード子爵家より格上の爵位を持つ家の嫡男……か。しかもかなり横柄な性格と見える。
「シシリーが自分の思い通りにならないのが相当頭にキテるらしくて、そろそろ無茶な手段に出て来そうなのよ。しかも、その男がこの学院に居るの」
だとしたらシシリーはこの学院に安心して通えないことになる。
私は顔を顰めた。
すると、シシリーとマリアの後ろから声がした。男の、しかも聞いた覚えのある声。
「おい!シシリー!帰るぞ!」
「彼は……」
シシリーに向けて怒鳴り声をあげていたのは入試で私に突っかかってきた少年だった。
ふと見たシシリーの様子が尋常では無い。そうか、彼女に付き纏っている男というのは……
「シーナ!あいつよ!あいつがずっと付き纏って、勝手に自分の婚約者だって言いふらしてるの!」
なるほど……シシリーのストーカーは彼か。
今も般若の形相でこちらを見ている。
「久しぶりですね。あの時は伺えませんでしたが、お名前は?」
「ふん、俺はカート=フォン=リッツバーグだ!そして貴様あの時の女か、いい機会をやる。そこを退け!」
リッツバーグ……?でも、だとすると。
考えをまとめる前に思考を打ち切る。それは何故か。
私の横にいるシシリーの手が震えているからだ。横を見ると、シシリーは少しづつ後ろに下がっていた。
直ぐさまシシリーを私の後ろに庇った。
「お断りします」
カートは、それを見て激昂した。
「貴様ァ!シシリー!こっちに来い!」
怒りの形相でシシリーに伸ばした手は私がカートの腕を掴んで阻止する。
「やめてください。貴方の行いは自らと家の品位を損なうだけです」
「知るか!無礼者が……!いいか……!そこの女はオレの婚約者だ。貴様なんぞに話をする権利はない!」
「無茶苦茶ですね」
後ろのシシリーは酷く怯えている。私とマリアが庇わなかったら崩れ落ちて泣きそうな程に。
「シシリーはどうしたい?」
「え……?」
「君は何を望む?私は、シシリーの本音が聞きたい」
追い詰めるようで悪いけど、結局ここに尽きる。
「大丈夫。私を信じて。絶対守る」
「シーナ……」
カートを見るシシリーの瞳は決意を固めていた。
「私は貴方からの求婚はお断りしました。……勝手に婚約者と言われるのは迷惑です!」
これがシシリーの本音。
彼女が震えながら、それでも絞り出した本音だ。
「貴様、このオレに逆らうというのか……!」
「さ、逆らいます!私は貴方の言いなりになるつもりはありません!」
このシシリーの言葉にカートの怒りが一段上がった。
「……何様のつもりだ……!貴様ら女は男の側で愛嬌でも振りまいてりゃいいんだ!しかもこの俺の傍に侍らせようというのに……!ふざけるな馬鹿女が!」
「……そういえば、シシリー。お前の父は財務局の管理官だったなぁ。オレの父は財務局の事務次官だ。オレが父に掛け合えばどうなると思う?」
脅迫……!そうか、君は……
カートの言葉に自分の心が冷えるのを感じた。
奴の顔面に直接手で触れようとして、
「そこまでだ」
その言葉で、我に返った。
「助かったけど、遅すぎない……?オーグ」
「ア、アウグスト殿下……」
言葉を発した先にいたのは扉の縁に寄りかかってこちらを見ているオーグだった。
「シーナ。分かるだろう。学院において権威を使ってはならないのは、王族の私といえども同じことだ。“貴種が動くには言い訳が必要”というのは、昔のお前の言葉だぞ?」
「そして……カート=フォン=リッツバーグ。今の発言は、何を意図したものか、是非私に教えて欲しい。」
「私は、王国貴族にあるまじき発言であると認識したが……そうでないと弁明してみせろ。貴様がこの国の貴族としての、矜恃と誇りがあるのならばな」
「う……ぁ……」
完敗だ。カートが拠り所にしている権力という土俵においてオーグに勝てる同年代などいる訳がない。
「貴様のお父上は財務局の事務次官であったな。この一件は財務局長を通じて伝えておく。頭を冷やせ」
「そ、それは!」
「異論は認めん。行け」
カートは悔しそうにこちらを睨んだ後、走り去った。
危なかったぁ……
「ごめんオーグ。助かったよ」
「お前がキレると学院が崩壊するのでな。事前に手を打ったまでだ」
「素直じゃないなぁ……まぁ、そういうことにしておくよ」
「一応礼を言っておこう。ただ、気掛かりなのは……」
オーグの懸念は分かる。
「そうだね。あそこまでシシリーに執着していたのに、この程度で諦めるとは思えない。まだ、何かしてくる前提で動きたい」
シシリーとマリアが苦い顔をする。
それもそうだろうと思う。本来、王族の言葉はかなりの強制力を持つ、それを突き抜けて未だ諦めないなんて、並の執着では無い。
「そこで、1個思いついた事があるんだ。シシリー、マリア、私の家に来ない?」