あまねく奇跡の怒髪天   作:ひねもす@HAMELN

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第3/3話

先生は、コードネームを持っていた。

所属機関はHHH。トリプルエッチと読む。

新参者だがCIA・CSIS・MI6と並ぶスーパーエージェント集団で、今回のミッションは過去の負債を一掃する大逆転のチャンスと期待されていた。

先生はそのためにキヴォトスへ派遣されたのだ。

 

絶海の孤島で純粋培養された、男を知らない少女たち。いったいどれほど高値で売れるか。

顧客は男ばかりではない。世間には、無辜な幼女の陵辱を心から愉しむ女社長というのも星の数ほどいるものなのだ。HHHはそんな販路も持っている。

とっておきの娘は、朕に進呈してやんなきゃなあ。ごめんよ。

先生はいま、そんなことを考えていた。

 

最初に上陸したのは、もこパイだった。

サラパイは、軍事教練の先生だと娘たちに紹介する。

重火器の扱いが得意で体力にも自信のある者が選抜され、赤錆だらけの貨物船に乗せられキヴォトスを離れた。国連の洋上監視を抜けながら大陸を目指すらしい。

出立の夜は、旅立つ側も見送る側も号泣し、バンドは同じ曲を何度も何度もアンコール演奏した。いつか覚えきれないほどの楽譜を手土産に凱旋してやるよ、と屈強な筋肉少女隊は町の外壁を最終点検しながら笑う。

サラ先生との別れは誰にとってもつらいものだったが、もこパイはすぐに出征者たちの心を掴み、その信頼を引き継いだ。

十数年も経っていれば外の世界には更に進化した武器が登場しているのだ。ちょっとその話をするだけで、娘たちは一日も早く触りたいぜと鼻息を荒くするのだった。

ここまで純真だと覚えも早いことだろうよと、もこパイも期待に瞳を輝かせる。

 

サラは冷静を装って、最近の世界事情を尋ねた。

 

「ウクライナはまだまだ終わる気配が見えないし、パレスチナでも傭兵の価格は天井知らずだよ。ただ零細企業ばっかりなんでね。この娘たちをまとめて引き取ってくれる軍事組織なんて、ありゃしないね。

戦闘能力が高いから、まずは最前線で酷使されると思う。そんで負傷したら、女だからなるべく生かしてとことん働かせるだろうとは思うんだが、HHHはそこまで関与しないからね。

それにしても、献身と奉仕のスキルもここまで高いとは畏れいった。あんたが教育したのかい?サラパイ」

 

次に来たエージェントは、あまパイだった。

狐をトレードマークにしており、呪術の使い手。

野暮だけど解説しておくと、物理的な攻撃・防御ではなく心理戦に特化した策略家だ。相手の虚を憑くのである。

基本姿勢は素人ぽくて引っこみ思案。この第一印象で相手を罠にかける。気持ちよくなっている隙に全財産を抜き取られているからな。要注意だぞ、そこの君。

キヴォトスには陰陽道とか百鬼夜行などと呼ばれる独特の伝統芸能があり、少女たちの一部でもこの道の愛好家が集団を形成していた。あまパイはたいへん興味を抱き、彼女たちをまとめて連れていきたいと所望する。

今回も志願者が殺到し、潜水輸送艇はギュウ詰めになった。

私たちは歌と踊りでキヴォトスの文化を世界に広めてまいります、と誇らしくスピーチして、出征者たちは旅立っていく。

芸の道は暴力よりも熾烈だよ。とサラは言いたいが言えなかった。どのみち伝えきれないし、生き続けていくかぎり彼女たち自身が現実を思い知り解決していかなくてはならない課題なのだ。そのとき自分は傍にいてやれない。ヒントにつながる処世訓は何度も教えてきたつもりだが、思い出してくれるかしら。

考え始めるとキリがない。つらいよ。とてもつらい。あまパイ、あとはよろしくね。とはいえあんただって自分以外のことになんて構っちゃいられないだろうけどさあ。

 

爆音をひっさげて、ふゅパイが参上した。

態度のでかい後輩だ。チヌークか、これ。150人乗せて300km/hで巡航できるんだっけ。国連のレーダーならジャミングで躱すとか言ってる。ミサイル攻撃されても3発までならチャフとデコイで逃げきってやるそうだ。使いたがってるだろ。自分からの挑発はやめときな。あたし、まだこの島で仕事しなきゃなんないんだからね。

ふゅパイは、とりわけかわいい娘を選抜し、かどわかして、いらんこと教えまくりながら島で数日を過ごし、可能な限り薄着にさせて300人乗せて飛び去っていった。

おまえもネームドなんだからさあ。もう少しエージェントらしくしてろっての。HHHが潰れたら、もうどこも雇っちゃくれないぞ。だいたい前の会社を畳んだのもあんたのせいなんだからね。って何度も言ってきたんだけど、3年前より更にこじらせちゃってるな。はあ。タメイキが出ちゃう。

 

静寂が訪れた。サラ先生は、ある少女の訪問を受けた。

 

ツーリングでキヴォトスの北から南まで1500kmを縦断したレガシーを誇る、シロコという娘だ。三度の選抜にはいずれも名乗り出ず、それどころか身を潜めていた。かなり勘のいい子だなと、サラは内心警戒していた。

 

「先生。包み隠さず教えていただきたいんです。いったい、私たちをどこへ売りとばしているんですか?」

 

ああ、やっぱり気付いていたか。これだからガキは嫌いだよ。下手に出られてるかぎり、こっちから本気で殴りつけるなんてできやしないじゃないか。

 

「先生を責めるつもりはありません。私たちよりもつらく苦しい御事情を抱えておられるのではと考えていますし、3年半にわたって大切なことをいっぱい、山のことも海のことも教えていただいたことは、どれだけ感謝してもし尽くせるものではありません。

だから率直にお尋ねしますし、誠実に答えていただきたいんです。いったい、私たちをどこへ売りとばしているんですか?」

 

困ったなあ。ここまで理知的にオフェンスされると嘘つきにくい。ほんとマジ勘弁。あたしだって正直に答えられるものなら答えたいよ。

ここから今すぐ逃げ出して、休暇もらってゲーム一本クリアするまで引きもって暮らしたいぐらいだよ。ってこの娘の瞳見て考えてるだけでも自己嫌悪。

どう答えたものかなあ。うじうじうじうじ。

 

「どうしても答えてもらえませんか。オトナの事情ということですか。

外の世界では守秘義務という掟があるそうですね。ここはキヴォトスですから、そんなもの適用されないと思うのですが。

つまり先生は、私たちとは、どうしても共通の夢を抱くことなどできない。……そう解釈しても構いませんか?」

 

死にてー。まじ死にてー。ごめん、ごめんよシロコ。他のみんなも。そうさあたしは人買いだ。あんたたちを奴隷として育て、適齢期になったら出荷して稼ぐ穢らわしい仕事に従事してるオバサンだよ。ごめん、ほんとごめん。

いまさら謝ったってゆるされることじゃないとわかってる。あたしを八つ裂きにしてくれ。あとは、次のエージェントが来るから、戦うなり逃げるなりして、君たち自身の余生を大切にしてほしい。こんなことあたしが言える義理じゃないんだが。ほんと、マジごめん。あー死にてー。ほんっと、今すぐ死にてー。

 

サラ先生は、ぼろぼろ泣きはじめた。キヴォトスで初めて、底知れず号泣した。止まらなかった。シロコが慌てて救急班を呼びに行った。ベッドに寝かされ、枕とタオルを何度も取り替えた。疲れ果て、眠りにおちた。

 

目覚めると、隣にシロコが座っていた。ずっと手を握りしめてくれていたらしい。また泣いた。まだまだ泣いた。

ご飯を食べさせてもらった。血圧が安定してきたので、少しの間だけひとりきりにしてもらった。そのあと覚悟を決めて、告白した。

すべて話した。包み隠さず。

サラは、HHHを裏切り、キヴォトスの皆のためにこれからは戦うと誓った。

 

何をどうするかは、これから徹底的に議論して考えよう。ただとにかくこれから先、自分は絶対に君たちを悲しませるようなことはしない、何があろうと君たちの盾になる。そのことを、キヴォトスでいちばん高い山にかけて誓います。

 

「先生以外誰も登ったことのない、あの山にですね。いいでしょう。

約束してください。のこされた私たち全員を、あの山頂まで連れていってくれること。今いる誰ひとり、欠けさせずにです。それを私たち共通の最終目標にしたいです。いいですね、先生。

ひとりだけ抜け駆けして、あの世へ逝っちゃうなんて、絶対にゆるしませんからね」

 

新しい負債ができちゃったよ。

これ返せるのは、何年先になることかなあ。

先生は、途方に暮れた。

 

 

(おしまい)

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