「あ」
「おう」
夏休み。自宅のリビングで後輩と鉢合わせする男、比企谷八幡。まあ、こいつは小町と遊ぶために来ているんだが。
最初の頃は同族嫌悪なのか微妙に噛み合わない雰囲気を見せていた小町と一色だが、いざ本格的に交流しだすとあっという間にその仲を進展させた。おおよそ予想していた通り趣味も近いから、仲良くならん道理はないと思っていたが。
今ではこんな風に人んちの冷蔵庫に飲み物を取りにくる程度にはくつろいでいる。なんならそのジュース、お前しか飲まんからな。俺? 俺には千葉の水マッカンがあるから。欲しがったとしてもやらんぞ! え、いらない? そっかー……。
「…………」
で、その一色いろは。なぜか立ち止まってこちらをじっと見つめている。なんで? いや、ソファに寝転がっている現状は傍から見ると少々みっともないかもしれないが、そもそもここは自宅なので、犯罪以外なにをしても俺の自由なのである。
と、来てもいない批判に勝手に反論をしていると、一色がこてんと不思議そうに首を傾げた。
「せんぱい、勉強もせずにゲームなんて、暇なんですね」
「休憩中なんだが!?」
めちゃくちゃ心外な勘違いをされている!
学生の本分とは勉強。俺はこの言葉の全面的に同意する。
こういうことを言うと由比ヶ浜あたりは子供は遊ぶのが仕事とかのたまうのだが、残念ながら「遊ぶのが仕事」は「学業が本分」で上書きできるのである。おそらく由比ヶ浜はその上書きコードが間違っていてエラーを吐いているのだろう。まあ、文系一辺倒である俺はプログラミングとかよく知らないのだが。
何はともあれ、学生といえば勉強である。しかも俺は現在高校三年生。受験生というテクストも付与されている現状。ところでキヴォトスの生徒は卒業後どうなるんだ。あのクソ忙しそうなヒナとか絶賛失踪中のリオとかも受験勉強とかしていたりするのか。どうしてOGが出てこないんだ。教えてくれヨスター! 俺はまだ全然世界観がわかっていない!
閑話休題。
つまるところ一色が言いたいのは、俺が受験生にしてはのんびりしてんな、浪人志望か? ということだ。や、流石に浪人志望とかまでは思っていないだろう。思ってないよな? 思ってないんです。
これに関してはまじで誤解で、なんならちょっと前まで自室で勉強していたし、日によっては予備校にも通っている。ぶっちゃけ一日の大半は受験勉強だ。流石に二年連続林間学校ボランディアに参加することもなく、今年の夏は予備校へ行く以外で外に出た回数なんて片手で数えられるレベルだったりする。
最後の夏だしはっちゃけるべきではとか思ったか? そういうのは別に今やらなくても大学に入ってからでもできる。なお、そもそも大学に入ったからって夏にはっちゃける予定はない。俺は陰の者ゆえ……なんとなく脳内の舌が回る勢いで陰の者って使ったが、これ普通に侮辱表現では?
まあそうして名目上勉強漬けな夏休みを送っているわけだが、文系科目の成績が常に学内で上の方な私立文系志望の俺からすれば、ケツに火がついているような生徒――誰とは言わないが――よりも幾分余裕がある。多少休憩と称して遊ぶ程度なんの問題もないのだ。え? どうせ由比ヶ浜を比較対象にしているだろうって? バカ言え。ガハマさんはそろそろこの手の話題に出すにはガチ感強くてかわいそうなんだ。だからここでのケツに火がついた生徒とは戸部である。あ、言っちゃった。まあいいか、戸部だし。
なんか脳内で二人分の悲鳴が聞こえた気がしたが、気の所為ということにして。
そもそも頭の中に夢は詰め込めるが、勉強は詰め込みすぎてもよろしくないのだ。結局毎日コツコツメリハリ持ってが一番ってこと。
なのでこうして俺がだらけてるのも受験生として正当な姿なのである。
という卒業論文にすれば今からでも単位を貰えそうな――や、卒論ってどういうものかよくわかってないんだが――俺の論理をこいつに説明しても三白眼で返されるだけだろうなぁと現実の舌を回すことなく考えていると、当の一色はにんまりとあからさまになにか企んでいそうな顔を作ってきて、思わず身構える。
「ねえせんぱい、知ってますか?」
「……なにが」
「わたし、今年はまだ海に行ってないんですよねぇ」
それがどうした。連れてけと?
「俺が受験生なの知ってる?」
「知ってまーす!」
こいつ……。
「はあ、却下。勉強しなきゃだし、面倒くさいし面倒くさいし、あと面倒くさい」
「ほぼ面倒くさいからじゃないですか……」
当たり前だろ、とぼやきながら起き上がり、ソファに座り直す。
そもそも夏だから海! なんてあまりにも安直すぎる。安直すぎて前時代的ですらある。天気予報見てみろ。あまりに暑すぎる。そんな中好き好んで外に出た上、日光に肌を晒すなんて正気の沙汰ではない。SPF50、PA++++の日焼け止めすら貫通するんじゃないだろうか。なんか知らんうちに日焼け止めの謎数値が爆上がりしている件。数年後にはプラスが十個くらいになってそうだ。パッケージのレイアウト大変そう。
それだったらまだ山でキャンプの方がマシまである。マシなだけで絶対、ぜっったいに了承しないが。
こんな暑い中、なぜ昼間っから外に出なければならないのか。もっと文明の利器を頼って屋内の良さを噛みしめろ。
というか。
「そういうのは友達誘えよ……な……あっ……」
「おい、今の『あっ』はなんだ」
「ごめんな……」
「謝んなこら」
大変よ一色さん、口調が変わってますわ。
そうなんだよな。こいつ、去年の立ち回りのせいで同級生の友達って書紀ちゃんくらいなのだ。雪ノ下たち先輩や小町含めた後輩には仲が良いのもそこそこいるっぽいのだが、曲がりなりにも先輩としては少々心配なところだ。他人の心配より自分の心配をしろ? ははは、ぬかしおる。
「はあ、まあいいです」
俺が完全にボケに回ったことで諦めたのか、盛大に溜息を吐き出した一色はポスンと隣に腰を下ろす。缶ジュースのプルタブを開けてクピリと少しだけ口をつけると、じゃあ、と言葉を紡ぐ。
「月末に夏祭りがあるじゃないですか。そっちに行きません?」
「夏祭り……」
月末の夏祭りとは、去年由比ヶ浜と一緒に行ったあれだ。毎年恒例晩夏の風物詩。
しかし、そういうのこそ友達と――なんて話を掘り返そうとして、やめる。
「まあ、それくらいなら……なんだよ」
提案を了承したというのにきょとんとした顔をされて、思わず眉をひそめる。
「いえ、どうせ断られると思ってたんで、せんぱいですし」
「その付け足し必要か?」
いやまあ確かに? 俺がこの手の誘いを断る頻度は、自分が受験勉強真っ只中であることを差し引いても多いほうだが?
とはいえ、その提案なら先の海水浴の提案に比べれば意固地になって拒否するほどでもない。
まず第一に夏祭りは夕方から。日も傾いて夏とはいえ幾分過ごしやすくなる。最大火力の直射日光からダイレクトアタックを受ける海水浴に比べ、不快指数は雲泥の差と言っていい。
あとまあ、適当に露店を回って花火を見るだけの大人しい行事に比べ、海とか一日中動き回るアウトドアイベントだ。水辺のアクティビティが体力を消耗するのは水泳の授業後の睡魔からして自明の理であるから、体力的なコスパもまるで違う。え、動かなければいいじゃんって? パラソルの下でずっと体育座りしてるならそれこそ行く意味皆無だろ……家でテレビの砂嵐画面見てるほうがマシじゃん。
それに――
「……夏祭りは、地元のイベントだからな」
「…………せんぱい、わんにゃんの時も思いましたけど、地元愛えぐくないですか?」
「だろ?」
「や、褒めてないんですけど」
「は?」
「あ?」
「ごめんなさい」
すぐそうやって威圧してくるんだから、そんなんだから同級生の友達が増えないんだ――あ、待ってやめて脇腹に連続フックしないで。
いやしかし、これは俺悪くなくない? 地元愛という普通の理由を挙げたら呆れられるのがおかしいじゃん。どうして俺が謝っているのか……理解できぬ。
ちなみに今年のわんにゃんショーは奉仕部+一色で行きました。やはりあのイベントは神。年一じゃなくて毎月やってくれても参加するレベル。やっぱワシとかタカ、お迎えしたいな。大型猛禽類は存在そのものがロマンの塊すぎる。まあ、小町から却下されたんで無理なんだが。
なにはともあれ、今年の夏祭りは一色と行く、で決定しそうである。あ、花火どこで見よう。席取りは絶望的だしなぁ。陽乃さんに連絡したら去年みたいに有料席に入らせてもらえないだろうか……ダメだな。絶対変な借り扱いされそうで怖いし。ああ、ワシお迎えしたい。
「とにかく、月末ですからね! せんぱいも浴衣の用意してくださいね!」
「えぇ……」
猛禽類に後ろ髪を引かれながら禄に埋まっていない脳内予定表に夏祭りを書き込んでいると、服装指定の注文をつけられた。そんな……去年の夏祭りはドレスコードなんてなかったのに……。こうして世の中から自由はなくなっていくのね。
という冗談はさておき、ここはその注文に難色を示させていただく。
「やだよ金の無駄じゃん」
「知らないんですか? 風情はお金より重いんですよ」
「風情からのパワハラでは?」
したり顔でとんでもないことを言い出すこの後輩怖い。
しかしなぁ。ぶっちゃけ浴衣なんて現代社会において普段遣いできない、夏祭り専用装備みたいなものだ。買ったとしても以降タンスの肥やしとなることは確実。ただでさえ新刊とか新作ゲームでまあまあ出費がある俺にとっては無駄としか思えん。年に一度着るかどうかの布と飽きるまで遊べるゲームなら、圧倒的にゲームの方がコスパがいいのだ。
あと……自分の浴衣姿って全く似合っている気がしないんだよな。八幡と浴衣、平塚先生とゴスロリ衣装くらい相性の悪さを感じる。
「そういうのは見てくれのいいお前だけで良くないか?」
それに対して、一色は確実に似合うよなという確信がある。いやまあ一色に限らず、俺の周りの女性陣は全員例外なく似合うと思うが。あと戸塚。
「ぅ……」
やっぱシャツに短パンとかで良くなーい? なんて考えている俺に対して少し頬を染めた一色は……なんでちょっと照れてんだ。あれか? 見てくれがいいとか褒められて恥ずかしくなっちゃったのかな? それよりもっとストレートな褒め言葉で慣れてるだろ――っておいこら! だから脇腹にフックしてくんな腰入れんな! やめ、やめろー!
「もうっ! と・に・か・く! 一緒に行くんだからせんぱいも浴衣! これ絶対です!」
「おうぼー……」
どうして服装一つでここまで頑なになれるのか。私服の大半がかーちゃん購入品の俺にはわからん……。
「ふーん! あ、なんなら今度一緒に買いに行きましょう!」
「俺が受験生なの知ってる?」
結局、浴衣からは逃げられないらしい。未だに機嫌が治らない後輩をいなしつつ、脳内スケジュールに新たな予定を書き込むのであった。