三月一日。俺達は総武高校を卒業した。
卒業式とは不思議なもので、始まるまではなんとも思っていなかったはずなのに、卒業証書を受け取ると目頭が熱くなり、一色による送辞を聞いて鼻をすすり、先代生徒会副会長による答辞――従来はめぐり先輩のように先代生徒会長が代表になるのだが、今年は該当者がいないため彼になったらしい――で奥歯を噛みしめる。一応明言しておくが、決して泣いてはいない。隣の席の葉山が慣れた手つきで大量のティッシュを渡してきたが、これは花粉症対策だから。マジでマジで。
「いや、送辞の時点で大号泣だったじゃないですか。三浦先輩と同じくらい泣いてましたよ」
「それはお前の見損ない間違いでは?」
「謎の造語で対抗してこないでくださいよ……」
いやマジで泣いてねえし。しかもあーしさんと同レベル? 雪ノ下と川崎に去年二デスかまされた奴と同レベルなんて流石に先輩に対して失礼では? 間違いなくうちの学年で一番涙もろいのあのおかんだから。あーしさん、あの強烈キャラなのに泣いてる姿が想像しやすいのバグだよ。萌えキャラかな?
内心もう会うことのなさそうな同級生を盛大にディスりながら、最後になるでああろう校内を一色と歩く。
まあ、目的はただのゴミ出しなんですけどね。
卒業式後、奉仕部でプチ送別会が行われた。雪ノ下の入れた紅茶と持ち寄ったおやつで駄弁る、今までの部活風景と大差ない、そんな悪くない送別会。その片付けというわけだ。
敷地の片隅にあるゴミ捨て場にゴミ袋を放る。ただそれだけなのに、また一歩この学校から身体が離れたような気がした。
「いやー、雪乃先輩や結衣先輩も卒業ですか。さみしくなりますねぇ」
隣で菓子ゴミをまとめた袋を捨てた一色がふう、と息をつく。改めて言葉にすると、もう俺達三年生があの部室で過ごすことはないことを実感する。なんというか物悲しい、とでも言えばいいのか、不思議な気分だ……って。
「なんで今俺省いたんだよ」
「え、せんぱい卒業するんですか?」
とんでもないこと言い出したぞこいつ。
信じられない、と大げさなリアクションをする一色。俺の方が信じられんわ。留年しておいて大号泣してたらそれ完全に別の意味の涙じゃん。や、泣いてはいないんだけどね?
「するよ、しただろさっき」
「てっきり亡霊の類かと……」
「久しぶりにお化け弄り聞いたわ」
死んだ魚の目とかゾンビとか言われていた頃が懐かしい。文字にすればただの悪口だというのに、懐かしいと思ってしまう自分に思わず苦笑してしまう。
仕事も終えたということで部室に戻ろうとして、ふと自販機が目についた。
「…………」
なんとなくこのまま戻る気になれず、ふらりとその自販機へ近づく。一色は特に何も言わずについてくる。
「なに飲む?」
「じゃあ、マックスコーヒーで」
「珍しい」
「そういう気分なんです」
いつもはこっちから渡しても飲みやしないというのに、こういうときだけ殊勝なことをのたまうこの後輩……こういうところ世渡り上手よね。そんなこと言われたら嬉々として奢ってしまうのも無理ないと思います。
「ほれ」
「ありがとうございまーす。あちちっ」
なのでホットのマッカンのボタンを押し、手渡す。やけどしないように冬服の袖で缶に触れ、しばらく転がしていた一色はカシュ、とプルタブを開け、一口喉へと流し入れた。
「あまぁ……」
ケラケラとなにがおかしいのか笑い、もう一口飲む。そんな後輩の姿を横目に、俺も自分の分を口へ含んだ。熱の影響で冷たいそれより強く感じる甘味を味わい、ほう、と息をつく。温められた吐息がかすかに白い跡を残した。
「せんぱい」
「ん?」
「卒業、おめでとうございます」
突然のそれに、知らず動きが止まる。
卒業おめでとう、今日だけで何度も聞いた言葉だ。一色からも、送辞や送別会で聞いた。
けれど、それが俺個人に対して向けられたのは初めてで、それだけで思わず涙腺が緩みかける。しかし、そんな情けない姿を見せるわけにはいかないので、ぐ、と奥歯を噛み締め平静で覆い隠した。
「どうした、改まって」
「なんだか改めて言いたい気分だったんですぅ」
「さよか」
たはー、と気恥ずかしげに缶に口をつける一色に倣い、自分もまた一口甘いコーヒーを飲む。次に吐いた息には色が乗ることはない。
そのまま会話が止まる。聞こえるのは風で桜の花が擦れ合う優しい音だけ。それがなぜか無償に名残惜しくて、その正体が知りたくてその場に留まり続ける。
しかし、そのうちすぐに手の中のアルミ缶の中身がなくなってしまう。留まる理由がなくなってしまう。
「…………」
後ろ髪を引かれるが、仕方ないと隣に視線を向けて――
「ぁっ……」
一色と目が合った。
上気した頬、薄く濡れる目尻。
そして、数瞬の逡巡の後、何かを決意したように見つめてくる双眸。
「ねえせんぱい、知ってますか?」
「なに? 豆しば?」
何度目かのやり取り。今回は威圧してくる返答はなかった。
一度大きな深呼吸を挟んで、でもそれが逆に抑えていた感情を決壊させてしまったようで、言葉尻が震えている。
俺は鈍感ではない。むしろ敏感で過敏だ。だからわかる。わかってしまう。その次の言葉を。気づく。気づいてしまう。名残惜しさの正体を。
けれど、歳上のプライド故にそれを心の中に押し隠す。なんでもないような顔のまま、腹の底で惨めったらしく暴れて、覚悟を決める。
「わたし、せんぱいの、こと……ずっと好きだったんですよ?」
「知ってるよバーカ」
――――。
口にしたマッカンの味は、今までで一番甘いような気がした。
くぅ、疲れました。これにて完結です。
最初の構想では4月から12ヶ月12話で考えていたんですが、半年くらい受験ネタで埋まりそうだなと思って四季に変更しました。今ではこっちのほうがまとまってて良かったと思っています。
こちらのシリーズは多少修正して夏コミの新刊として頒布します。実は既に入稿自体は終わっていたり。
表紙はポケモン俺ガイルクロスや俺ガイルの先生シリーズなどを描かれているライト様に描いてもらいました! かわいい一色が目印!(pixivで投稿している方ではそちらを表紙にしています。)
スペースは1日目東T-27a「やせん」です。ご興味があればぜひぜひ。
それでは今日はこの辺で。
ではでは。