ゴブリンスレイヤー×ブラッドボーン 聖杯ダンジョン探索   作:まるっぷ

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第2章『夢に迷う』

 

水薬(ポーション)良し、糧秣(りょうまつ)良し。そして、出かける時は忘れずに―――自身の冒険者キットを確認した女神官は、すでに準備を終えた一党のもとへと駆け足で急ぐ。

 

「準備、終わりました!」

 

「よし。では行くぞ」

 

短くそう言い、ゴブリンスレイヤー一行は辺境の街を後にする。

 

とは言っても目的地、依頼書にあったゴブリンたちの住み付いたとされる洞窟はさほど遠くはない。途中で休憩を挟んだとしても、太陽が昇り切るまでには到着できる見込みだ。

 

「洞窟ってことは、もしかしたら奥に何か面白いものでもあるかも。大昔の遺物とか!」

 

「んな訳なかろう。もしあるってんなら、とっくにどっかの誰かが見つけとるわい」

 

「ふむ。神代の頃とは言いませぬが、この辺りは昔から戦などとは無縁の地。野伏殿の期待するようなものはないでしょうなぁ」

 

「えー、そんなぁ」

 

妖精弓手、鉱人道士、蜥蜴僧侶は出発してからそんな調子で駄弁りつつ、のんびりと歩いていた。とてもこれからゴブリン退治に赴くようには見えないが、そこは銀等級冒険者の貫禄というもの。

 

一方でゴブリンスレイヤーは、いつもと変わらずにずんずんと先頭を歩いている。無視している訳ではない。話を振られれば、彼は言葉少なにも返事をしてくれるだろう。

 

そんな事を考えていた女神官の頭にふと、些細な疑問が降って湧いた。

 

(ゴブリンスレイヤーさんも、焦る事があるんでしょうか?)

 

常に冷静沈着。二手先、三手先を見通し、その時々の最善策を実行する。それなりに長い間行動を共にしてきた彼女がゴブリンスレイヤーに抱いているイメージは、おおよそそんな所だ。

 

だからこそ、そんな彼でも焦る事があるのかと疑問に思った。そしてその疑問を投げ掛けた時、彼はどう反応するのか、とも。

 

(怒り……はしないと思うのだけれど。じゃあ口ごもる?それとも……)

 

あれこれ頭の中でその反応を思い浮かべる女神官であったが、結局答えは出なかった。

 

どうにも胸の内がもやもやするので、いっその事、素直に疑問をぶつけてみようと口を開きかけた、その時である。

 

「見えたぞ」

 

と、ゴブリンスレイヤーの静かな声が、女神官に言葉を飲み込ませた。

 

妖精弓手たちものんびりとした空気を一変させて、さっと身を屈める。一拍遅れて姿勢を低くした女神官も彼らに(なら)って近くの草むらに身を隠せば、少し離れた所には草原に囲まれた、件の洞窟が見えた。

 

見張りはいない。昼にもなっていない今の時間帯は、ゴブリンたちにとっての夜だ。それなりの規模の群れでもない限り、勤勉でない彼らがそこまで警戒する事はない。

 

「ふむ。巣穴の奥にでも籠っておるのでしょうかな」

 

「ああ。見張りもなく、洞窟の規模も小さい。やはり『渡り』のゴブリンどもだろう」

 

蜥蜴僧侶とゴブリンスレイヤーの会話を小耳に挟みつつ、女神官は錫杖をきゅっと握る。

 

恐怖がない、という訳ではない。しかし恐れ過ぎては動けなくなる事を知る彼女は、洞窟の動きに警戒しながらも、自らの役割を全うしようと気を入れ直した。

 

「奴ばらも気が抜けとるわい。畳みかけるなら今じゃねぇか?」

 

景気づけか、鉱人道士が酒瓶を呷りながら奇襲するのはどうかと提案する。が、それに妖精弓手が待ったをかけた。

 

「……物音が聞こえない」

 

え?と目をぱちくりとさせる女神官。

 

視線の先にある年上の友人の顔は真剣で、真っすぐ洞窟の方を向いていた。耳の良い森人にしか感じ取れなかった異変に、ゴブリンスレイヤーは僅かに警戒を高める。

 

「寝息もか」

 

「うん。でも何か……風が流れるような音が聞こえる」

 

「ふむ……」

 

新たな情報をもとに、ゴブリンスレイヤーは兜を下に傾かせて思案する。数秒の間を置き、彼は妖精弓手に指示を出した。

 

「矢で、洞窟の中を狙えるか」

 

「出来るけど、何で?」

 

「ゴブリンどもが中に居れば騒ぎ立てるはずだ。飛び出して来たとしても、この人数なら対処できる」

 

「もし居なかったら?」

 

「足跡を調べる。どの方角へ行ったかくらいは分かるだろう」

 

冷静に策を告げるゴブリンスレイヤー。その姿に、やはり焦るところなんて想像が出来ない、と女神官は笑みを零した。

 

妖精弓手もそんないつも通りの彼の様子に、はいはいと苦笑しながら弓を取り出した。イチイの枝に蜘蛛糸の弦を張った、森人の大弓だ。

 

そして腰の矢筒から木芽(やじり)の矢をするりと抜き取り、番える。少し風が吹いているものの、的が見えているのならば森人の弓が外れる道理などない。

 

音もなく放たれた矢は洞窟の奥へと吸い込まれていった。次いでカァンッ、という硬い音が木霊する。出方を窺う一党は息を殺し、洞窟の奥に広がる暗闇を凝視した。

 

一秒、二秒、三秒……十秒経っても変化のない様子に、ゴブリンスレイヤーはゆっくりと立ち上がる。

 

そして腰に佩いた中途半端な長さの剣を抜き、警戒しながら歩き出した。

 

「行くぞ」

 

 

 

§

 

 

 

洞窟の中はもぬけの殻だった。掘り返したばかりの土がそこかしこに無造作に積まれており、巣穴を広げようとしていた事が分かる。

 

洞窟に住み着いたどのゴブリンも考え付く事だ。そこにおかしな点はない。しかし、明らかな異変……否、()()がそこにはあった。

 

「何でしょうか、これ……」

 

ぽっかりと口を開いた扉。

 

片開きでも両開きでもない、下から持ち上げて開くもの。村からほど近い洞窟の中にしては明らかに場違いな、遺跡にも見える入口が、女神官の目の前には広がっていた。

 

「あの風の音は、ここから聞こえてきたのね」

 

入口近くに落ちていた木芽鏃の矢を拾い上げ、女神官の隣に立った妖精弓手は納得したようにそう零した。しかし、だからといって疑問が全て解消した訳ではない。

 

「一体なんだっつうんだよ、こりゃ」

 

「術士殿にも分かりませぬか」

 

鉱人道士の背後に立つ蜥蜴僧侶からの問いかけに、彼は眉をしかめながら返答する。

 

「いんや。見たとこ地下遺跡だわな。分かんねぇのは何でわざわざ洞窟の中に造ったのかってのと……」

 

「……何でこの場所に、って事ね」

 

鉱人道士の言葉を引き継いだ妖精弓手の顔が、僅かに険しくなる。

 

道すがら『何か面白いものでもないか』などと言っていたものの、こんなあからさまに場違いで不可解な遺跡を前に好奇心の虜になるほど、彼女は呑気ではないのだ。

 

蜥蜴僧侶が言っていた通り、この辺りは過去に戦の場となった事はない。であればこれは砦や塹壕ではなくやはり地下遺跡なのだろうが、そんな大層なものが、こんな辺鄙(へんぴ)な場所にあるのもおかしい。

 

謎が謎を呼ぶ遺跡の存在に誰もが口を閉ざす中……ゴブリンスレイヤーだけは、いつもと変わらぬ調子でいる。

 

彼は洞窟の入り口付近で片膝を突き、草原と、土が剥き出しになった洞窟内の地面とを注意深く見比べていた。

 

「あの、何をしているんですか?」

 

「言っただろう。奴らの足跡を確認している」

 

地下迷宮など眼中にないとばかりにバッサリ言い切った彼の様子に、女神官を始めとした一党は思わず苦笑してしまう。

 

そうだ。いつもゴブリンゴブリンばかり言っているこの変なのは、こうなったら止まらない。だからこそ、彼は小鬼を殺す者(ゴブリンスレイヤー)と呼ばれている訳なのだが。

 

「どうやら連中、外へは出ていないらしい」

 

洞窟内に残るまだ新しいゴブリンたちの足跡。そして草原に残る草の倒れ方からそう判断したゴブリンスレイヤーは立ち上がり、洞窟の奥でぽっかりと口を開いている地下迷宮の入り口を睨んだ。

 

「巣穴を広げようと奥へと掘り進め、その扉を見つけたのだろう。ならば、奴らはあの中だ」

 

抜き身の剣で指し示した入り口からは、今も冷たい風がこちらへ漂って来ている。

 

不気味な冷気にぶるりと身を震わせた女神官であったが、その背を妖精弓手がぽんと優しく叩く。首を回してみれば、片目を瞑って微笑む年上の友人の顔があった。

 

得体の知れないものに対する緊張で強張りかけていた身体が、少しだけ和らいだ。

 

「じゃあ決まりね。先頭は私とオルクボルグで良いかしら?」

 

「ああ。呪文遣いは後方に据える。定石(セオリー)通りだ」

 

「ほんだら最後尾は鱗のが良いかの。一番でけぇ奴のが全体を見回せっだろ」

 

「では術士殿の言う通り、拙僧は最後尾に。小鬼どもが現れれば野伏殿と入れ替わりでよろしいか?」

 

「構わん。それでいこう」

 

着々と進んでゆく進攻(アタック)の準備。

 

地下迷宮であろうと関係ない。そこにゴブリンが居るのであれば、やるのはいつものゴブリン退治だ。であれば、怖気づくなぞ今更だ。

 

いつの間にか身体の強張りが完全に解けた女神官はぺちんと自らの頬を叩き、気合いを入れ直した。

 

各々の配置を確認し終えたゴブリンスレイヤーは、最後に女神官に語りかける。

 

「お前が中央だ。罠などには用心しろ」

 

「はいっ!」

 

松明に火打ち石で火を付けつつ、彼は罠の存在に気を付けるよう忠告した。

 

それが嫌味でも何でもない、不器用なだけだという事は、ここにいる全員が知っている。

 

「ちょっとオルクボルグ。そんなの私が見逃すとでも思ってるの?」

 

「万が一という事もある。用心するに越した事はない」

 

「ほっ、かみきり丸の言う通りだわな。儂らも耳長娘が蛇の目(ファンブル)を出さんよう、せいぜい祈っとくとするかいの」

 

何ですって、この酒樽!と妖精弓手が言えば、これだから金床はキンキンうるせぇんだから。と鉱人道士が茶化す。

 

やがて蜥蜴僧侶が、シャアアアアッ!!と二人を一喝。うむ、これで良いと腕組みしながら彼は頷き、ようやく一党の準備が整った。

 

「では、行くぞ」

 

ぽっかりと口を開いた地下遺跡への入り口を、武骨な靴が踏み締める。

 

そうして一党は、広がる暗闇の中へと姿を消していった。

 

 

 

§

 

 

 

ゴブリンスレイヤーたちが踏み込んだ先に待っていたのは、広く長い回廊であった。

 

入り口からしばし降った先にあったその空間は薄暗く、冷たい。天井はそれなりに高く、横幅も十分。蜥蜴僧侶も余裕を持って歩ける、つまりは一党が固まって歩いても問題がない程の広さであった。

 

広いだけではない。壁には明かりの灯された燭台や、人の彫像までもがあった。漂うカビの匂いや蜘蛛の巣さえなければ、どこぞの城の中と言われても信じただろう。

 

「洞窟の中にこんな空間が……」

 

「随分と古い造りにも見えますな」

 

罠を警戒しながらも、その並々ならぬ造りに目を奪われる女神官。最後尾を歩く蜥蜴僧侶は建築について明るくないが、そんな彼にも分かる程に、内部は寂れ切っていた。

 

「でも変じゃない?こんなに古いのに、蝋燭に火が付いてるのよ?」

 

「小鬼どもが灯した……訳ねぇな」

 

「ああ。奴らは明かりを必要としない」

 

妖精弓手、鉱人道士、そしてゴブリンスレイヤーと言葉が続く。各々の声には不審の色が濃く出ていた。

 

先に入ったのはゴブリンたち。しかし彼らは夜目が利き、明かりを必要としない。だのに、火が灯っている。

 

この遺跡がいつ頃に出来たのか一党には見当が付かないが、少なくとも燭台の明かりなどは何者かが管理していなければ、とっくの昔に消えているはずなのだ。

 

「おかしいとくらぁ、この造りもだ。どこの様式にも当てはまらんぞ、こりゃ」

 

「ふむ。石に親しき術士殿も知らぬと来れば、いよいよきな臭くなって来ましたなぁ」

 

「ま、あんな洞窟ン中にあったって時点で、今更だがな」

 

年代すらも掴めない地下遺跡。一党は警戒心を最大まで高め、それでも先へと進んでゆく。

 

長い、長い回廊を歩き続け―――不意に、女神官は気が付いた。

 

(あれ?)

 

目の前に、誰もいない。

 

後ろを振り返っても、誰もいない。

 

明かりの灯された燭台も、人の彫像も、壁も天井も。霧掛かったようにぼやけて見えるのだ。

 

「―――え?」

 

急速に喉が干上がる。

 

呼吸の仕方を忘れてしまったかのように、浅い息しか出来ない。心臓は早鐘を打ち、脳内でがんがんと警鐘の音が鳴り響く。

 

「み、皆さんっ!どこに……!?」

 

どうにか彼女が声を絞り出した、その時。

 

「きゃあっ!?」

 

鋭く上がった妖精弓手の悲鳴。

 

「これは……!?」

 

低く、しかし困惑した様子の蜥蜴僧侶の声。

 

「なんじゃ、こいつらは!?」

 

鉱人道士は驚きに満ちた怒鳴り声を上げ。

 

そして、ゴブリンスレイヤーは。

 

「ぬ、うっ……!」

 

驚愕、そして静かな焦りを感じさせる呻きを漏らした。

 

「ゴブリンスレイヤーさんっ!?」

 

咄嗟にそう叫んだ女神官。

 

その声が届いたのか、今にもかき消えてしまいそうな程の小さな声が、彼女の耳を震わせた。

 

「身を低くして……備えろ……!」

 

今の状況では、まるで遺言のようなも聞こえてしまうその呟き。

 

一体何に備えろと言うのか、彼は何を伝えたかったのか。焦燥に身を焼かれながらも、女神官はゴブリンスレイヤーの声に従った。

 

身を低くして、備える。すでに地面すらも見えないこの状況で、彼女は必死に目を瞑って耐える。

 

「………っ!」

 

その行動は功を奏したと言って良いだろう。

 

彼女は、自分の身体に這い上る()()()()たちを見ずに済んだのだから。

 

「OOAAAAA……」

 

代わりにゴブリンスレイヤーが残した呟きを塗り替えるような、怖気の走る呻き声を最後に、彼女の意識は闇に消えた。

 

後に残ったのは、誰もいない回廊のみ。

 

カビの匂いが漂い、蜘蛛の巣だらけの回廊で、燭台の明かりがゆらゆらと揺れていた。

 

ゆらゆらと。

 

ゆらゆらと。

 

ゆらゆらと。

 

 

 

§

 

 

 

彼らは何も間違えていなかった。

 

経験があり、実力があり、機転も利く。これまで様々な苦難を乗り越えてきたこの一党には何の落ち度もなかった。

 

だから。

 

だからこれは―――運命の悪戯だと、そう片付けるしかないのだ。

 

 

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