ゴブリンスレイヤー×ブラッドボーン 聖杯ダンジョン探索 作:まるっぷ
血の海。女神官が目にしたものを言葉に言い表すのならば、そうとしか言いようがなかった。
転がっているのは幾つかの鉄籠と、よく分からない生物の死骸。そして腐敗した人の亡骸が一面の血の海に沈んでいる。内より響く己の心臓の鼓動を感じられなければ、きっと彼女はここを地獄と認識していた事だろう。
そんな赤黒い光景の中に、男は立っていた。
冒険者か否か。ちぐはくな印象を与える出で立ちの男であったが、全身に付着させた血が、彼がただならぬ人物であるという動かざる証拠となっていた。
なにより、その手に握られた……武器と言って良いのかすら分からない凶悪な外見をしたものが、女神官の心を更にざわめかせていた。
「……君たちは?」
そんな物騒な出で立ちをした男が、不意に語りかけてきた。
突然に口を開いたその男に一党が警戒心を露わにする中、彼らの先頭に立つゴブリンスレイヤーは油断なく―――いつでも腰の刃物を投擲できるように―――返答する。
「ゴブリンを殺しに来た」
「ゴブリン?」
ゴブリンスレイヤーの言葉に、男は疑問で返した。
『ゴブリン』と反復するその姿は、まるでその単語を知らないかのようである。しかし四方世界に住まう人々であれば、幼子でも知っている小さな怪物だ。果たしてそのような事があるのだろうか?
しばし沈黙していた男は、やがておもむろに口を開いた。
「そのゴブリンとやらについて、詳しく教えて貰っても構わないか?」
その言葉に一党は、思わず顔を見合わせてしまうのであった。
§
場所は変わり、一党と男は最初の部屋へと集まっていた。
念のため、と言ってこの空間を指定したのは男の方であり、彼を先頭に一党はもと来た道を引き返していった。
罠という事も無くはないが、最初の部屋にそれらしき仕掛けがない事はすでに確認済みであり、それに数の利はこちらにある。故にその可能性は低いと判断し、素直にその背に続いていったのだ。
そして現在、男は
「なるほど……そんな獣が存在するのか」
「ああ」
男との会話は終始ゴブリンスレイヤーが一任していた。話がぶれず、伝えるべき事だけを簡潔に語る彼が適任であると誰もが知るからだ。
そんな彼から語られるゴブリンについての情報に、男はただ頷き、素直に咀嚼した。
「非力で低能、しかし悪意に長けた獣。女を攫い、孕ませ、増殖する……ああ、何とも度し難いな」
男は視線を落とし、手にしているもの……未だ乾いていない血の纏わりついた凶器をなぞりつつ、呟きを落とす。
その仕草は危険人物のそれであるが、言葉の端々からはゴブリンという生物に対する嫌悪と殺意が感じ取れる。
そしてそれは、四方世界に住まう人々が共通して抱くものより遥かに強い……女神官は、本能的にそう感じ取った。
「そして君たちは、そんな獣を追ってここまで来たと」
「ああ、そうだ」
「そうか……」
簡潔に頷くゴブリンスレイヤーに、男はしばし沈黙する。
どこか重たい空気が漂い始めたのを感じ取った女神官であったが、それは妖精弓手の高らかな声により払拭される。
「じゃ、次はこっちの番ね!貴方には聞きたい事が山ほどあるんだから!」
「なーにいきなり仕切っとるんじゃ、耳長の。説明してたのは全部かみきり丸じゃろうに」
「あら、別に良いじゃない。オルクボルグに任せたらここが何処なのか、くらいしか質問しなさそうなんだし」
「む……」
妖精弓手の言葉が的を射ていたのか、ゴブリンスレイヤーからくぐもった声が漏れる。
確かに、そうかも……?と、女神官も頭の中で彼女に同意した。ゴブリン以外の事を積極的に尋ねる姿は、なるほど確かに想像しにくいものがある。
地形の把握は冒険の基本だが、ゴブリンスレイヤーは大抵の場所ならそれに対する手段を常に複数は持っている。入り組んだ洞窟であれば毒気や火を、逆に開けた場所なら囲まれないよう注意しつつ、確実に各個撃破してゆくといった具合に。
しかし、今回ばかりはそう簡単な話ではない。何故ならここは一党の誰もが知らぬ場所であり、地上へ戻る手立てすら皆目見当が付かないからだ。
だからこそ、少しでも多くの情報が要る。
不要に思えるものであったとしても、それが邪魔になる事など、そうありはしないのだから。
「ここが何処なのか、何が潜んでいるのか。そして何より、貴方は何者なのかを聞かせて頂戴」
「……そうだな」
妖精弓手は開示できる情報の全てを要求してきた。
対する男は別段機嫌を損ねた様子はなく、しかしどう切り出せば良いのか考えているようだ。
「自己紹介から始めるべきなのだろうが……まず君たちは『獣の病』という奇病を知っているか」
「『獣の病』、ですか?」
男の問いに真っ先に反応したのは女神官であった。
傷付いた者を癒す神官職に就く彼女は、経験上多くの人々を看護してきた。中には不治の病に罹った者たちも見てきたが、男の言う奇病については初耳であった。
「すみません、私には心当たりが……」
「やはりな」
申し訳なさげに返答する女神官に、男はさして落胆した様子もない。
期待していなかったというよりも、何らかの確信を得る為の質問であったのだろうか。男はその後、淡々と話を進めていった。
「俺の居た場所ではそれが蔓延していた。人の形を歪ませ、血を求める獣へと変貌させる。まともな生き残りは家に引き籠り、息を殺し、事態の終息を待つばかりだった」
「なんと……!」
蜥蜴僧侶だけが辛うじてそう呟いた。
黙って話を聞いているゴブリンスレイヤー以外、女神官たちはその恐ろしき病の存在に戦慄し、言葉を失ってしまう。
人を獣に変える。
ゴブリンを始めとする
死して亡者として蘇るのならばまだ分かる。しかし生きながらにしてその性質を変えてしまうなど、なんと恐ろしい事か。
「俺はそんな獣どもを狩っていた。人を襲い、血に酔うものは何であれ殺し、殺し、殺し続けてきた。それが俺という存在、つまりは狩人だ」
狩人。
男は、いやさ狩人は、自らをそう定義した。
「狩人」
彼の言葉に反応したのは、意外な事にゴブリンスレイヤーであった。
ゴブリンに関連しそうな単語以外に反応するとは珍しい、と感じた女神官であったが、そう言えば以前に父親が猟師だったと言っていた事を思い出す。
目の前にいる狩人が、一般的なその印象からかけ離れている故に出た言葉なのだろうか、と彼女は心の中でそっと思う。
「罠なりを仕掛けたりするのか」
「いいや、そんな悠長な事はしないさ。俺たち狩人は手当たり次第に探し出し、そして殺す―――まぁ、中々終わりの見えない作業ではあるがな」
ふ、と笑い、そう締め括った狩人。彼は言い終わると、左手に携えていた筒状の物体の表面をそっとなぞった。
そんな動作が契機となったのか、妖精弓手が話しかけてくる。
「ねぇ、最初から気になってたんだけど」
「む?」
「それって何なの?武器よね、多分」
ぴっ、と彼女の白魚のような指が指し示したのは、狩人がなぞった筒状の物体であった。
それは金属と木材で構成されており、持ち手と思しき部分にはぼろぼろの革が巻かれている。出会った時に狩人はこれを左手に携えており、なんとなく武器なのだろうとは勘付いていたものの、具体的には分からずにいたのだ。
「何か火の匂いがするけど、どうやって使うの?」
「なんじゃい耳長、知らんのかえ」
興味津々とばかりにそれを凝視する妖精弓手。
彼女が抱いた疑問に答えたのは鉱人道士であった。
「こりゃあ単筒っちゅうての。ま、簡単に言やぁ飛び道具の一種よ」
「飛び道具って、
「いんや、そんな生易しいもんじゃねぇよ」
鉱人道士は両手をせわしなく動かし、手元にそれがあると想定した動作を交えて得意気に説明する。
「単筒の口に火の秘薬と弾丸……あぁ、鉛玉の事な。その二つを落とし込んで押し込んで、んで引鉄を引いて撃鉄で火の秘薬を爆発させっと、弾丸が飛び出すって寸法よ」
「うわ、野蛮な武器」
「ふむ。森人たる野伏殿には性に合わぬのでしょうが、狩人殿の武器をそのように言うのは如何なものかと」
狩人の持つ
ぽろりと零れ出てしまった本音に今更ながら口元を押さえ、彼女はばつが悪そうに狩人へと謝罪を述べた。
「あ……えーと、ごめんなさい」
「構わんさ。それに確証も得られた事だしな」
「確証、ですか?」
狩人の言葉を女神官が反復する。
そしてゴブリンスレイヤーが、彼女の言葉を引き継いだ。
「何の確証だ」
「ああ。君たちにとっては都合の悪い事だろうが、諦めて聞いてくれ」
不穏な前置きを挟み、狩人は言い放つ。
「この場所、というよりは『この世界』と言った方が良いか……ここは、君たちが居た世界ではない」
§
初めて出会った時からそのような気はしていたのだ。
五人もの
獣を相手取るにあたり、鎧など己の動きを阻害するだけでしかない。これ見よがしな弓も工房の作品ではないだろうし、簡素な手斧など言わずもがなである。
筆記者の見出した文字を脳裏に刻み込み、その身を獣化させたにしては物静かな雰囲気を纏う蜥蜴面の男もいる。そして極めつけは錫杖を握った、まだ年端もいかぬような幼い少女。
どう見ても狩人ではない。
異形がひしめくこの聖杯ダンジョンに現れた彼らの存在に、狩人は密かに獣狩りの短銃の引鉄に指をかけていた。
敵意、害意を欠片でも見せれば即座に撃つ。そんな冷たい覚悟を決めた狩人は、相手の出方を窺う意味で言葉を投げ掛けた。
君たちは?と。
その問いが、結果として両者を歩み寄らせる契機となった。
聖杯ダンジョンに現れた奇妙な五人組。
狩人の知らぬゴブリンという獣。
『獣の病』、そして銃すら知らぬ者がいるという事実。
これらの異常事態の原因を、狩人はこのダンジョンを形作っている核……醜悪な形をした、あの奇妙な聖杯によるものであると考えた。
元より無限に形を変えるのが聖杯ダンジョンというもの。であれば、このような事もあるのだろうという、酷く曖昧な理由に基づく結論ではあるが。
「ともかく、まぁ、そういう訳だ」
「そういう訳だ、じゃないわよ!」
そんな重大過ぎる事をさらりと話されてしまい、妖精弓手は立ち上がってぎゃんと喚いた。
とは言え、自分たちの境遇を認められないという訳ではない。以前に依頼で訪れた水の都の地下では、何処やらに繋がっているであろう巨大な鏡を目にした事があるのだから。
だから、妖精弓手が喚いたのは、狩人のその軽い語り口によるものだったのだ。
「別の世界!つまりは冒険!!……なのに、またゴブリンかぁ……」
「……俺が言うのも何だが、彼女にとって何か都合の悪い事でも?」
「あ、いえ、あなたは何も悪くは……」
ともかく、である。
ここは自分たちがいた四方世界ではなく、聖杯ダンジョンと呼ばれる巨大な未知の地下遺跡であると理解したゴブリンスレイヤー一行は、狩人にある提案をする事にした。
それは、自分たちのゴブリン退治に同行してくれないか、というものであった。
これが常であれば、自分たちが受けた依頼に他の者を同行させるなど、決してしなかっただろう。しかしここは四方世界ではない、未知の世界に存在する地下遺跡の中なのだ。どんな敵がいるのか分かったものではない。
だからこそ、同行の依頼だ。勿論こちらから依頼するのだから、当然報酬の話になると思っていた一党であったが、狩人はそれを否と断った。
獣狩りこそ俺の使命。ならばゴブリンも、俺が狩るべき獣であると言えよう。
しかし俺もゴブリンについて詳しくない。故に、同行させて貰えるのならば願ってもない話だ、と。
こうして狩人と、ゴブリンスレイヤー一行の利害は一致した。
狩人は獣を狩る為。
ゴブリンスレイヤーはゴブリンを殺す為。
異なる世界、異なる対象であるとはいえ、それらを殺し尽くす事を使命とする者同士による、たった一度きりの
§
空腹。空腹。ひたすらに、空腹。
元より濁っていた瞳を更に蕩けさせ、一心不乱に咀嚼を続ける。ゴリゴリ、ゴリゴリと噛み砕くそれに味など無く、しかし空腹を満たす為に、
そして、気の遠くなるような時間が経過した、その時であった。
ボコリ、と壁が抜けたのだ。黙々と掘り続けた……否、喰らい続けた岩と土、そして木の根を貫通し、遂に己を閉じ込めていた玄室から、
鼻腔に感じるのはカビと埃の匂い、それに混じった腐臭……つまりは肉の匂いだ。
虚ろだった瞳を見開いた
「GOOORBRBBOOORRBBRBB!!!」
耳朶どころか、大気さえも震わせる雄叫びを上げた
岩の壁を粉砕し、腐臭の元へと駆け出した。
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