ゴブリンスレイヤー×ブラッドボーン 聖杯ダンジョン探索   作:まるっぷ

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第6章『拠点へ』

「毎度、こうも楽なら良いのだがな」

 

びしゃっ、と、赤黒く(ぬめ)った右腕を振るう狩人。

 

冷たい石畳を染めるのは、今しがた小鬼巨大豚(ゴブリングラッドン)を絶命させた証。つまりは内臓の欠片がへばりついた、温かな血の塊である。

 

己の片腕を敵の肛門に突き立て、内臓を引きずり出す。それは四方世界において、斬った張ったで戦う冒険者にとっては、あまりに衝撃的過ぎた。

 

「……?どうした」

 

「どうした、じゃないわよ!」

 

ぎゃんと叫ぶのは、やはり妖精弓手であった。

 

先程までの緊張感はどこへやら。彼女は狩人へ詰め寄り、しかし、うっ、と躊躇した。

 

「汚い!もっとこう、やり方があるでしょ!?」

 

「豚の脂肪は分厚く、内臓に最も近いのは肛門だ。それだけだが」

 

「それだけだが、って……!」

 

「おぉ、耳長が見た事ない顔しよる……」

 

何を咎められているのか分からない血塗れの狩人。その答えに悶絶する妖精弓手。それなりに長い―――只人(ヒューム)にとっての時の流れではあるが―――付き合いの森人が見せる表情に、鉱人道士は思わず声を漏らした。

 

とは言え、彼も内心は同じ思いであった。狩人のしでかした行動は、それだけ常識から外れていたのだから。

 

「ともあれ、天晴(あっぱれ)な一撃でしたな。我が爪爪牙尾でも、ああはいきませぬ」

 

「君のその爪ならば、或いはそのまま(はらわた)を引きずり出せるだろう」

 

「おお。狩人殿からのその言葉、恐悦至極に存じまする」

 

「おい、鱗の。お前さん面白がっとるだろ」

 

狩人の戦いを称賛する気持ちは本物であろう。しかしそれと同等に、妖精弓手をからかう思いも含まれている。

 

彼女の思い描く冒険と、狩人の戦い方には差があり過ぎた。具体的には突き立てるものが剣ではなく腕、場所は心臓ではなく肛門である、という具合に。

 

現に彼女は更なるしかめっ面で『ギイッ!ギイイッ……』などと呻いている。

 

「ふむ……」

 

「ちょっと、オルクボルグ?」

 

と。

 

安っぽい鉄兜が漏らす声を、妖精弓手は呻きながらも聞き逃さなかった。

 

「なんだ」

 

「火と水と毒と爆発と、あと()()もなしよ」

 

「……そうか」

 

最近、何かと巨大な敵との戦闘が多くなった。

 

その際の対抗手段を学ぶ機会を潰されたゴブリンスレイヤーは、兜の奥で低く唸った。

 

「あはは……」

 

女神官は、もう笑うしかない。

 

この戦闘の最中(さなか)、彼女は蜥蜴僧侶の腕の中で抱かれているだけだった。しかし、それに対しての負い目は感じていない。

 

やるべき事は、やるべき者がすべきなのだ。

 

全てに首を突っ込んでは邪魔にしかならず、どころか致命的な問題に繋がりかねない。何もかも自分一人で出来るなどと思い込んでいる内は、半人前ですらない。

 

地母神に仕える身ゆえ、他者を嘲る事など決してないが、己の力量くらいは見定められる。

 

故に彼女は、全員が生き延びたこの状況に笑ったのだ。

 

「……?」

 

その時。女神官は、ふと天を仰いだ。

 

見えるのは、変わらず石造りの天井。暗く、空は見えない。

 

「どうされましたかな?」

 

「あっ、いえ、えっと……何でもありません」

 

するりと地面へ降ろされた女神官は、蜥蜴僧侶にそう返答した。

 

「では、先へ進むとしよう」

 

未だにふくれっ面の妖精弓手を鉱人道士がなだめる中、狩人はごく自然に一党を先へと案内する。

 

その傍ら、地面に落ちていた何かを拾い上げるも、すぐに興味を失ったかのように、狩人はそれを放り投げた。

 

「何だ」

 

「ああ、いや」

 

暗い玄室の中、手にした松明の明かりが及ばない範囲は視認が難しい。故に、ゴブリンスレイヤーは狩人に問うたのだが。

 

「何でもない」

 

「そうか」

 

そう言われれば、そうとしか返せない。

 

そうして狩人と一党は、この空間を後にするのであった。

 

 

 

§

 

 

 

破壊された扉を抜ければ、そこにあったのは、またも破壊された回廊であった。

 

小鬼巨大豚がその巨体をぶつけて突進した痕跡は生々しく壁に刻まれており、それは最奥に見える空間から続いていた。

 

「あいつはここから出てきたって訳ね」

 

内部へ踏み入った妖精弓手が、周囲に目をやりながらそう呟く。

 

広さの割に天井は低く、柱は太い。床には金属の器や装飾の布などが散らばり、小鬼巨大豚が動きまわった形跡が見て取れた。

 

「邪神の儀式でも行う広間かの。ここは」

 

「であれば、あの異様な小鬼めはその召喚物といったところか」

 

「それなら儀式をした奴らはどこに行ったのかしら」

 

「己を供物としたのか、はたまた食われたのか……いずれにせよ狩人殿の言葉通りであれば、ここは四方世界とは異なる世界。我らの常識が通用するとは思えませぬなぁ」

 

鉱人道士、妖精弓手、蜥蜴僧侶が思い思いに口走る。

 

隣から聞こえてくる会話を耳にしながら、女神官はゴブリンスレイヤーへと視線を移す。寡黙な後ろ姿はいつも通りだが、その雰囲気はどこかいつもと違っているように思う。

 

「常識が通じん、か」

 

むっつりと黙っていた兜の奥から、くぐもった声が漏れる。

 

その声色に何かを察した女神官はそっと、安心させるような声で、彼へと語りかけた。

 

「大丈夫ですよ、きっと」

 

「む……」

 

例え常識が通用しなくとも、これまで積み上げてきたものがある。

 

若輩者である自分が言わずとも、彼はそれを理解している。どんな状況であれ渡された手札のみで勝負しなくてはならないという事も、自分以上に。

 

「……そうか」

 

「そうですよ」

 

女神官はそれ以上を言わず、にっこりと笑顔を浮かべた。

 

彼が兜の奥でどんな表情を浮かべているかは分からないが、少なくとも、いつもの雰囲気に戻ったのだから。

 

と、ここで、一党を先導していた狩人の歩みが止まる。

 

何事かと身構える彼らに、狩人は手を振って答えた。

 

「警戒しなくて良い。ただ、拠点に戻るだけだ」

 

「拠点、ですか?」

 

「ああ。先の獣……ゴブリンと言えば良いのかは分からないが、そこも含めてもう一度、君たちと詳しく話をしたい」

 

武器の点検も兼ねて、と言う狩人。

 

そんな彼に、鉱人道士が当然の疑問を投げかけた。

 

「なんじゃい、またさっきの玄室まで戻るんか?」

 

「いいや、戻るのはそこじゃない」

 

そうして狩人の視線が地面へと落ちる。

 

一党がそれに釣られて下を見れば、そこにあったのは小さな提灯(ランタン)であった。同時に、パチンと狩人が指を鳴らす。

 

すると、どうだろう。

 

あの恐ろしげな顔をした白い小人たちが、泡立った地面から現れたではないか。

 

「OOAAAAA……」

 

「ぅひっ……!」

 

珍妙な悲鳴を漏らす妖精弓手。

 

女神官は驚きつつも、どうにか悲鳴を押し殺す。少なくとも、彼らに敵意がないのは分かっているのだから。

 

「この者らは……」

 

「使者たちだ。可愛げのある奴らだろう?」

 

「可愛げ、って……」

 

蜥蜴僧侶の呟きに、狩人はマスクの中で小さく微笑む。その言葉に引き攣った笑みを浮かべるのは、やはり妖精弓手であった。

 

「それで、拠点とは」

 

「口で説明するより、実際にやる方が早いだろう。俺の考えが正しければ、君たちもそこへ行けるはずだ」

 

言うや否や、狩人が白い小人たち……使者たちへ向けて手をかざす。

 

すると、一党は急激な眠気に襲われた。

 

自身の身に何が起こったのかも分らぬまま、彼らは微睡みに飲まれてゆく。

 

やがて目の前が暗くなり、意識が完全に落ち―――次の瞬間には、唐突に覚醒した。

 

「……?」

 

目を開く女神官。

 

その視界には石畳が見える。どうやら、地面に倒れているらしい。

 

そのままの格好で首を動かすと、同じく倒れているゴブリンスレイヤーたちの姿があった。彼らも女神官と同様、この突然の出来事に困惑している様子だ。

 

「ここは……」

 

「ようこそ、君たち」

 

一党の頭上より降ってきた声。

 

この場で唯一、しっかりと地面に立っている狩人は、続けて口を開いた。

 

「俺たち狩人の安息地―――『狩人の夢』へ」

 

 

 

§

 

 

 

「狩人の夢」

 

立ち上がり、素早く装備の確認を終えたゴブリンスレイヤーが、狩人に問う。

 

「とは、なんだ」

 

「その辺りも含めて説明しよう」

 

狩人はそう言うと、こっちだ、と促すようにして歩き出した。見れば、目の前には一軒の家がある。

 

女神官は慌てて後を追おうとするも、彼女以外の一党は未だ動かない。

 

「あの……行かないんですか?」

 

不思議に思い、おずおずと声をかけてみる。

 

彼らは神妙な顔つきで一点を見つめていた。釣られて女神官もその方向を見てみると……。

 

「っ!?」

 

そこには月があった。

 

いやに大きく、たった一つだけの白い月が。

 

「本当に別の世界なのね。ここって……」

 

「月が一つだけっちゅうのは、何とも落ち着かんもんじゃな」

 

四方世界とは異なる月明かりに照らされながら、言葉を交わす妖精弓手と鉱人道士。

 

否応なしに叩きつけられた別世界の揺るがぬ証拠に、一党は改めて気を引き締める。そうして、彼らは狩人の待つ家へと向かって歩き出した。

 

「……」

 

一瞬だけ、ゴブリンスレイヤーの歩みが止まる。

 

彼は無言のまま、再び月を見上げる。思い出されるのは、記憶の奥にある姉の言葉。

 

(……だから、何だというのだ)

 

ゴブリンがいるのならば殺す。それは何も変わらない。

 

月の色は関係なく―――彼もまた、それだけは変わりはしないのだから。

 

 

 

§

 

 

 

一党が家の中へと入ると、そこには狩人ともう一人、女性らしき姿があった。

 

らしき、というのは、その人物が背を向けていたからである。それともう一点。装いは女性のそれなのだが、異様に背が高いのだ。

 

目算だが、恐らくは蜥蜴僧侶と同じくらい。帽子を被っているため、その顔を見る事は出来ない。

 

「揃ったようだな。(くつろ)ぐには少々手狭(てぜま)だが、楽にしてくれ」

 

狩人はその人物をさして気にする様子もなく、手近な物入れの上にノコギリ鉈を置いた。

 

そこで、ふと女神官は気が付いた。あれほどまでに血に塗れていた狩人の服が、その痕跡すらも見られないほどに綺麗になっているのだ。

 

着替える時間もなかったはず。そういった奇跡か魔法かを使ったのだろうか、と考えていると、背を向けていた人物が動いた。

 

「狩人様、紅茶が入りました」

 

「ああ、ありがとう」

 

囁くような、澄んだ女性の声がした。

 

しかし、それは人ではなかった。

 

陶器のような肌……ではなく、陶器そのものの肌。狩人に差し出したティーカップを握る指は、球体関節によって出来ている。服に隠れた全身も、恐らくはそうなのだろう。

 

差し出された紅茶を受け取る狩人。彼を見つめるその横顔は、灰色の髪の隙間から覗くその眼差しは、まさしく生きた人形としか言えない。

 

言葉もなく驚く一党をよそに、狩人は物入れの上に腰掛け、彼らを促す。

 

「生憎と、茶菓子はなくてな。それでも良ければ飲んでくれ」

 

「あ、えっと……」

 

女神官はどうすれば良いものかと、きょろきょろと視線を彷徨わせる。

 

そうしている内にも、女性の姿をした人形は滑るような動きで、盆に乗せた五人分の紅茶をこちらへと運んできた。

 

「どうぞ」

 

「あぅ……」

 

差し出されれば、断るのも忍びない。おっかなびっくり、女神官は人形の手から紅茶を受け取った。

 

その後は妖精弓手、鉱人道士、蜥蜴僧侶、そしてゴブリンスレイヤーの順で紅茶を手渡すと、人形は盆を片付けて外へと出て行ってしまった。

 

これで家の中には彼らだけ。

 

つまりは、狩人の言っていた『詳しい話』とやらをする準備が整ったという訳だ。

 

「では、始めよう」

 

「ち、ちょっと待って」

 

口を開きかけた狩人だったが、そこに妖精弓手から待ったがかかる。

 

「色々と聞きたい事だらけなんだけど……まず、あの子は?」

 

「あの子?……ああ、彼女の事か」

 

狩人はマスクをずらして紅茶を啜りつつ、妖精弓手の疑問に答える。

 

「彼女は人形。ここで俺の身の回りの世話をしてくれている。俺も狩り以外はさっぱりでな」

 

「聞きたいのはそこじゃないんだけどなぁ……」

 

前提としての共通認識が働いていない返答に、妖精弓手はげんなりとした顔で引き下がる。

 

常であれば、ここで鉱人道士が彼女をからかうまでが一通りの流れなのだが、今回ばかりは黙る事を選んだ。彼もまた、妖精弓手と同じ思いであったからだ。

 

何より、今すべきはそんな事ではない。

 

「さて。まずは確認しておきたいのだが、あの獣……いいや、ゴブリンか。あのような姿のゴブリンは、君たちの世界には居なかったのだな?」

 

「ああ」

 

即答するのはゴブリンスレイヤーだ。

 

彼は湯気の上るカップを手にしたまま続ける。

 

「ゴブリンにも上位種は存在する。体躯が成長し、膂力(りょりょく)や統率力に秀でた個体となる。だが、どれも人の形は保っていた」

 

「それが今回、豚に似た姿に変貌を遂げていた」

 

「無論、俺の知らない上位個体という可能性もある。だが少なくとも、俺はあのようなゴブリンを見た事がない」

 

ギルドの怪物名鑑(モンスターガイド)に目を通した事のある女神官も、彼の言葉を裏付けるようにこくこくと頷く。

 

四方世界広しと言えど、ゴブリンは最もありふれた怪物である。古くより人々を苦しめ、その度に討伐されてきた。

 

であるならば、この異常事態に見計らったかのようにして現れたという事実は、単純に未知の上位種、或いは突然変異として片付けるには無理があるようにも思える。

 

「そう言えば、お前はあのゴブリンを見て心当たりがあるように見えたが」

 

「ああ。ある」

 

獣の方だがな。

 

そう言って、狩人は僅かに中身の減った紅茶を置き、膝の上で手を組む。

 

一連の動作はごく自然なもので、しかし、どこか芝居がかっているいるようにも見えた。

 

「あの挙動は間違いなく人喰い豚のそれだった。獣の病の罹患者ではないが、俺の知る獣の中ではありふれたものだ」

 

「なんと。狩人殿の世界はそのような者どもが蔓延っているのか」

 

蜥蜴僧侶が瞬膜を瞬かせる。

 

それは四方世界に置き換えれば、そこらを魔族がうろついているようなもの。ただの村人であれば抵抗すら出来ずに、たちまち食われてしまうだろう。

 

しかし、一党の感じた戦慄を、狩人は否定する。

 

「どこにでもいる訳ではない。これは俺の言い方が悪かったが……厳密に言えば、君たちは俺たちの()()に来てしまった、という事ではないのだろう」

 

そう。言い方が悪かったのだ。何しろ彼らと出会ったのは、聖杯ダンジョンの中なのだから。

 

そこには定まった形というものが存在しない、悪夢のようなもの。そんな迷宮で出会った彼らもまた、気が付けば迷い込んでいたのだと言う。

 

であれば、やはり『世界』という言い方は正しくない。

 

「君たちがやって来たのは、迷い込んでしまったのは、俺の夢の中だ」

 

今一度、狩人は語る。己という存在を。

 

そして、この身は何が起ころうとも―――全ては悪い夢として片付けられてしまう、という事を。

 

 




会話パート、もう少し長くなりそうです。
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