ゴブリンスレイヤー×ブラッドボーン 聖杯ダンジョン探索   作:まるっぷ

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第7章『挑み、狩りを成せ』

 

獣狩りこそが己の使命。そう語った狩人はしかし、そうなるまでの記憶を持ち合わせてはいなかった。

 

目が覚め、獣に殺され、気が付けば狩人の夢へ。そこで助言者と出会い、言われるがままに獣を狩り続けた。

 

そうしている内に、馴染んでいった。

 

言われるがままに始めた狩りは、いつしか己の使命へと変わっていた。それをそのままに受け入れ、今の狩人がある。

 

獣は殺す。

 

何であれ、どんな姿であれ、獣は殺す。

 

無論、返り討ちに遭う事もあった。引き裂かれ、引き千切られ、貫かれ、喰い殺された。それが幾度目かも分からぬほどに。

 

しかし、その度に狩人は蘇った。

 

否、目覚めた。まるで全てが、悪い夢であったかのように。

 

もはや狩人には夢と現実の区別はつかず、しかし、己の使命を全うする為に獣を狩り続ける。

 

その先に、夢の終わりに、何かがある事を信じて。

 

 

 

§

 

 

 

「そんな男と君たちは出会った。こうして狩人の夢へと来る事も出来た。故に君たちが迷い込んだのは、俺の夢の中という訳だ」

 

「えっと……」

 

困惑の色を見せるのは女神官。彼女だけでなく妖精弓手、鉱人道士もまた眉にしわを寄せ、狩人の語った内容をどうにか嚙み砕こうとしている。

 

「つまりは、こう言いたいんか?ここは実際にあるどこかの場所でなく、お前さんの頭ん中にある空間だと。んでお前さんは不死身だと」

 

「後者については少し違う。ただ、目覚めをやり直す事ができるんだ。死んだという事実を悪夢とし、再び狩りを行う為にな」

 

「どっちにしたってとんでもねぇ話だが……いや、今更か」

 

あまりに突拍子もない事だと言いかけるも、鉱人道士はやめた。

 

既に四方世界(自分たち)の常識からかけ離れた事が起きているのだ。であれば、常識的に考えるだけ無駄というもの。

 

「では次に、あの獣……ゴブリンについてだが、あれが君たちの世界に存在し得ないものだという前提で進めよう」

 

人喰い豚の如き貪食さ。それを突き詰めた挙句の進化の産物でないとすれば、原因は()()()()に由来するものであろう。

 

紅茶で喉を潤しつつ、狩人は話を次の段階へと進める。そうして語られるのは、彼の持論である。

 

「俺が思うに、あれは聖杯ダンジョンにゴブリンの悪意が混じり合って生まれたものだ」

 

「ゴブリンの、悪意」

 

それを最も理解するゴブリンスレイヤーが、兜の奥で呟いた。

 

「ああ。俺の夢と、君たちの住まう世界が何らかの要因により繋がった。そこへゴブリンどもが入り込み、あの歪んだ聖杯ダンジョンが生まれたのだ」

 

「ちょっと待って。そもそも、その聖杯ダンジョンって何なのかしら」

 

「む……ああ、そこから話すべきか」

 

当然のように出てきた『聖杯ダンジョン』という単語に、妖精弓手が代表して疑問を投げかける。

 

ダンジョンと聞いて彼らが真っ先に思い浮かべるのは、かの悪名高い死の迷宮(ダンジョン・オブ・ザ・デッド)だ。十年前、剣の乙女を含む六人の英雄(オールスターズ)によって打ち倒された、かつて魔神王が支配していた恐るべき迷宮である。

 

しかし狩人が語る『聖杯ダンジョン』とは、それとは全く異なるものであった。

 

「文字通り、聖杯を捧げて形成される迷宮の事を指す。現れる獣も都度異なり、多くの罠も張り巡らされている。まさしく悪意の巣窟と言って良いだろう」

 

何故(なにゆえ)、そのようなものを?」

 

「そこでしか、得られぬものがあるからだ」

 

蜥蜴僧侶からの問いに狩人は傍らにあったノコギリ鉈を手に取り、その刀身がよく見えるように一党へと(かざ)す。

 

「んん?……なんじゃい、これは?」

 

無骨な刀身に怪しく光るのは、毒々しい見た目の鉱石だった。無機物でありながら腫瘍にも似た(こぶ)が幾つもあり、それらは合計三つ、強引に捻じ込まれたかのように刀身に嵌め込まれている。

 

「これらは血昌石と言い、仕掛け武器に捻じり込み使うものだ。得られる効果は様々だが、簡単に言えば武器そのものの威力を底上げする為の代物だな」

 

付与(エンチャント)みてぇなもんか」

 

「その認識で構わない。そしてこの血昌石とは、より悍ましい迷宮で得られたもの程、稀有な効果を有する」

 

捧げた聖杯に対して行われる追加儀式。

 

冒涜的な儀式素材を捧げ、『死臭』『腐臭』『呪い』と呼ばれるそれらの儀式を行なった迷宮は、通常のものより遥かに悪辣で、悍ましいものとなる。

 

「一筋縄ではいかないが、それ故に挑む価値がある。得られた血昌石が稀有なものである程、より多くの獣を狩り、殺せるのだから」

 

ぞり、と、刀身をなぞる狩人。

 

薄く開かれた双眸と、微かに吊り上がった口元。獣狩りを己の使命とする者の宿した尋常ならざる決意、或いは執着の片鱗を垣間見た女神官が、思わず身を固くする。

 

その弾みで、彼女の持つ錫杖の装飾が小さく擦れた。

 

響いた金属音に我に返った狩人は、小さく咳払いをして続ける。

 

「すまない、話を戻そう……それで今回のダンジョンだが、俺には覚えのない聖杯が捧げられていた」

 

件の、人の頭蓋骨を醜悪な形で歪めたような聖杯である。

 

彼自身に捧げた覚えはなく、気が付けばそこにあった。一体どのような理屈で現れたのかは不明だが、それが今回の一件の元凶であると見て間違いはないだろう。

 

「不明な点が多いが、聖杯ダンジョンは踏破してしまえばそれまでだ。最深部まで行けば、君たちも元いた世界に帰れる……かも知れん」

 

「そこはきちんと言い切って欲しかったわね」

 

ダンジョンを攻略したとして、それで帰れる確証は無い。

 

故に狩人は言葉を濁したのだが、妖精弓手は苦笑いを浮かべただけ。彼を責めるような事はしなかった。

 

「進むしかないのなら、進むしかないじゃない。それが冒険ってものでしょう?」

 

「全く。お前さんの冒険好きは筋金入りじゃの」

 

「ふふん。好きな事は全力で楽しまないと、長生きなんて出来ないわよ」

 

森人(エルフ)の得意げな様子に鉱人(ドワーフ)は呆れ、定命の蜥蜴人(リザードマン)只人(ヒューム)の少女は顔を見合わせて笑い合う。ゴブリンスレイヤーの沈黙も、それらを受け入れての事だ。

 

このような状況にあってなお、朗らかな様子を忘れない彼らに、狩人は小さく笑みを浮かべる。

 

(ああ、やはり、良い一党だ)

 

狩人は最後の一口となった紅茶を飲み、立ち上がる。

 

「少々長くなってしまったが、以上の点を踏まえた上で再び迷宮に挑もうという訳だ」

 

何が待ち受けているかは不明。

 

その先に何があるのかも不明。

 

その上で迷宮に潜る。異を唱える者など、一人としていない。

 

「無論、目覚めをやり直せるとは言え、俺も死ぬつもりはない。その場合に残された君たちがどうなるのか、見当もつかないからな」

 

「それは心強い。拙僧らも、夢から目覚められぬは勘弁願いたいですからな」

 

「ちょっと、縁起でもない事言わないでよ」

 

狩人の言葉に蜥蜴僧侶が呵々と笑い、妖精弓手が小突く。

 

「つまりは、何も変わらん」

 

途中から沈黙していたゴブリンスレイヤーは、渡された紅茶を一息で飲み干し、きっぱりと言い放った。

 

「ゴブリンどもは皆殺しだ」

 

「その通り。結局は、それこそが君たちの目的に叶うだろう」

 

そして、マスクを上げた狩人が一党を見渡し、こう締め(くく)った。

 

「立ち塞がるものは全て、狩れば良いのだ」

 

 

 

§

 

 

 

休息は取れる時に取るものだ。

 

全員が紅茶を飲み終えるまで。束の間の休息ではあるが、こうしていつも以上に気を緩められるというのは、実に貴重な時間である。

 

女神官は両手で持ったティーカップに口をつけ、ほう、と温かい息を漏らす。

 

「でも本当に、不思議な事もあったものね」

 

そんな彼女の傍ら。

 

適当な木箱に腰を下ろした妖精弓手が、抱いていた疑問を口にする。

 

「あの地下遺跡がここに繋がっているとして、なんでそんな物があそこにあったのかしら」

 

「そりゃあ考えるだけ無駄ってもんよ。四方世界には摩訶不思議な事がごまんとあるんじゃから」

 

謎かけ(リドル)を迫られる展開もあるが、今は気にするべき時ではない。

 

気の緩急が(かなめ)の術師である鉱人道士は、自前の火酒を垂らした紅茶を啜りながらそう答える。

 

「ともあれ小鬼殺し殿の言った通り、すべき事は決まっておるのです。何が原因であるかは、その後にでも考えれば良いでしょうや」

 

「んー……それもそうね」

 

懐から取り出したチーズの欠片を味わう蜥蜴僧侶の言葉に、彼女は紅茶を口にしつつ頷いた。

 

そんな彼らとは対照的に、狩人は黙々と次の狩りへの準備を行なっていた。

 

準備と言っても、それは武器の修理である。先の戦闘で振るったノコギリ鉈は、無骨な外見に反して『仕掛け』の部分は繊細なものだ。

 

獣を狩るための武器ゆえ、生半可な事では壊れはしない。しかしこうして拠点へ戻るたびに修理、点検を行うのは、彼に染み付いた習慣となっていた。

 

「しっかしお前さん、妙な武器を使っとるの」

 

そんな作業の途中である狩人に、鉱人道士が横から顔を覗かせる。

 

「儂が思うに、ノコギリと鉈とで使い分けできるようになっとるんじゃろ。これ」

 

「その通り。よく見ているな」

 

「見事なモンだが、実戦にはちと不向きじゃねぇのか?」

 

狩人が扱う武器には、等しく変形機構が備わっている。それは様々な局面に対応できる一方、取り回しには細心の注意と冷静な判断力が求められる。

 

ただの剣でさえ血脂に塗れれば切れ味は落ち、無理に振るえば刃は(こぼ)れるものだ。獣という異形の存在を狩るにあたり、そのような複雑な機構は、傍目からは不合理のようにも思える。

 

しかしそれこそが、狩人たちがこの武器を振るう理由でもある。

 

「力任せに振るうだけでは、獣と何も変わらん。俺たち狩人は人である事を忘れない為にも、このような武器を使っているという訳だ」

 

血に酔えば、誰であれ容易く獣に堕ちる。

 

その末路を辿った者たちを幾度も目にしてきたからこそ、己は決して獣にはならない。そんな覚悟の表れでもあると、狩人は語る。

 

「まぁ、時には力任せに叩きつける事もあるが」

 

「おい」

 

「時と場合による、という事だ」

 

鉱人道士の突っ込みに、小さく笑う狩人。

 

「……よし。終わったぞ」

 

そうこうしている内に、修理が終わる。

 

小鬼の悪意が入り混じった聖杯ダンジョンへの、進行(アタック)の再開だ。

 

「それでは、行くとしよう」

 

「ああ」

 

狩人の声にゴブリンスレイヤーが頷き、女神官たちも立ち上がる。その時、扉のない入り口から、人形が姿を現した。

 

「行かれるのですか、狩人様」

 

「ああ」

 

「それでは、茶菓子(クッキー)を焼いて待っています」

 

「ああ。客人もいるからな、多めに頼む」

 

そんなやり取りを残し、狩人は人形の傍らを通り過ぎる。

 

一党も彼に続き、彼女の傍らを通り過ぎてゆく。

 

「行ってらっしゃい、狩人様。そして、外の世界の方々」

 

異形の聖杯が捧げられた墓石の前に立つ狩人たちの背に向けて、人形が小さく一礼する。

 

貴方方(あなたがた)の目覚めが、有意なものでありますように」

 

 

 

§

 

 

 

第一層の最奥にある昇降機を動かし、狩人と一党は続く第二層へと向かう。

 

独特な振動と共に昇降機が動きを止めると、そこには一直線に続く回廊があった。

 

「横道は無し、か」

 

松明を掲げ回廊を見やる狩人が、マスク越しにくぐもった声で呟く。

 

「ならば、壁抜きの恐れはあるまい」

 

「壁抜き?」

 

同じく松明を掲げたゴブリンスレイヤーの言葉に反応する狩人。知らぬ単語ではあるが、意味は分かる。それがゴブリンが使う手段であろう、という事も。

 

「ゴブリンとは、そこまで知恵が回るのか」

 

「自分たちも崩落に巻き込まれる、という事まで考慮はしないがな」

 

成程(なるほど)。正しく、悪意に長けた獣という訳だ」

 

ゴブリンに対する脅威の度合いを引き上げた狩人は、回廊の奥にある閉ざされた扉を鋭く睨みつける。

 

その瞳は、この迷宮に潜んでいるであろう数々の獣、そしてゴブリンへと向けられていた。

 

「ならば、より一丸となって動くべきだな。聖杯ダンジョンには昇降機や、その他の罠が多くある。ゴブリンどもがそれを悪用しないとも限らん」

 

「罠とは?」

 

「踏む事で作動する断頭刃(ギロチン)や、矢が仕掛けられた彫像といったものだ。注意して進めば何ら問題は無いが、そこで戦うならば話は別だ」

 

「ふむ……だが上手く使えば、ゴブリンどもを一網打尽に出来るやも知れん」

 

「勧めはしないが、それも手だな。獣を罠に嵌めるなど、これほど痛快な事もあるまい」

 

囲まれた場合はどう動くか。集団をどのようにして罠へ誘導するか。

 

奴らの動きを予測するのは難しくない。獣もまた、獲物を前にすれば動きは単純になる。

 

ゴブリンと獣。双方の専門家は視線を前方に固定させ、言葉のみを交わし、脳内であらゆる戦法を思考する。

 

「……どうしよう。『何か変なの』が増えた気がするんだけど」

 

「珍しく気が合うの、耳長。儂もだわい」

 

「ふむ。神官殿はどのように思われますかな?」

 

「私はもう、慣れてますので……」

 

二人の会話を耳にしながら、妖精弓手と鉱人道士はげんなりとした顔で呟きを落とし合う。

 

蜥蜴僧侶からの問いに女神官は困ったように笑い、二人の方針が決まるまで待つしかないと結論付けた。

 

そうして数分の思考の後。

 

狩人と一党は、第二層の扉を開くのだった。

 

 




今話が年内最後の更新になると思います。

来年も、よろしくお願いします。
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