ゴブリンスレイヤー×ブラッドボーン 聖杯ダンジョン探索 作:まるっぷ
そのゴブリンは常に不満だった。
元々住んでいた巣穴での扱いは悪く、せっかくの虜囚もお楽しみにありつけるのはいつも後。新鮮な反応を楽しんだ事など一度もない。
そんな糞食らえな境遇であっても、安全だけは確保された住処だった。そうであったはずなのに、ある日突然、あの憎たらしい冒険者どもがやってきた。
己より良い思いをしていた奴らが情けない悲鳴を上げて死んでいく光景は、見ていて気分が良かった。しかし奴らの刃がこちらへ向いた時から、今の今まで記憶が飛んでいた。
気が付けば同胞はたったの二匹。そして己の手には、刃こぼれした剣が一振りのみ。
それからはもっと惨めになった。
不満はありつつも食い物にも娯楽にも不自由のなかった生活から、子山羊一匹を盗む事さえ命懸けな日々。同胞の二匹も全く役に立たず、剣を振り上げて脅さねば動こうともしない。
どうして己ばかりが、こんな惨めな思いをしなくてはならないのか。不満は鬱憤へと変わりゆく。
そうして溜まり溜まった鬱憤は、いつか弾けて同胞殺しにまで繋がる―――このありふれた小鬼がそうならなかったのは、
「GOB……!」
目に付いたものから斬っていく。片端から。
青白い肌の人らしきものも、獣も、鼠も蜘蛛も、何もかも。
「BRU……GORB……!」
食欲も性欲も感じない。ついさっきまでは、あったと思うのだが。
しかしそれも、もうどうでも良い。
非力だったゴブリンは臓物がへばりついた得物を引きずりながら、薄暗い空間を歩き続ける。
その瞳は、曇った
§
階段を下った先には、小さな空間があった。
狩人と一党が入れば窮屈に感じるほどの小部屋には扉があり、この先にも空間が広がっているであろう事が分かる。
「こんな奥まった場所に扉かえ」
「開けた途端にさっきみたいのが、とかじゃないわよね」
「そういう場合も無くはないが……今回は大丈夫らしい」
訝しむ鉱人道士と、警戒する妖精弓手。
警戒する一党を下がらせた狩人は、閉ざされた扉をノコギリ鉈で軽く叩く。鉄の反響する音が木霊し、しかしそれ以上の変化は起こらない。
「……待ち伏せはない、か」
「分かるので?」
「物音を立てれば奴らはすぐに群がってくる。その兆候がないという事は、つまりはそういう事だ」
一先ず、この先に広がる空間の安全を確認した狩人が扉に手をかける。
ゴゴゴ、という重たい音と共に扉が開け放たれた。
途端に吹き込むひんやりとした空気。同時に狩人の傍らをすり抜け、ゴブリンスレイヤーと妖精弓手が薄暗い空間へと踏み込む。
「何か見えるか」
「ちょっと待って」
斥候でもあるゴブリンスレイヤーの問いに、妖精弓手が周囲へと視線を配らせる。
前方、問題なし。左右、枯れた小さな木が数本。何かが隠れられるほどの大きさではなく、こちらも問題なし。
不気味に静まり返っている部屋の形は、長方形。彼女たちから見たその最奥の右手側にはまたしても扉と、そして一つの棺が安置されていた。
「天井はどうだ」
「天井?」
「蜘蛛はいるか」
背後から投げかけられた狩人の問いに、妖精弓手は上を見る。これまでの道中でも散々目にしてきた、埃のような蜘蛛の巣が至るところに張ってあった。
「そんなの今更じゃない。なぁに、蜘蛛が嫌いなの?」
「少なくとも、好きという狩人は居ないだろうな」
「あなたに何があったのよ……」
糸もくれるし、可愛いじゃない。妖精弓手は自分の弓を軽く持ち上げつつ、訳が分からないといった様子で狩人を見る。
ともあれ、一応の安全は確認された。ゴブリンスレイヤーが構えを解いたのを合図に、残る一党たちも開け放たれた空間へと足を踏み入れる。
「なんじゃ、拍子抜けじゃの」
「でも、良かったですね。何もなくて……」
張り詰めた緊張の糸が緩んだのか、女神官は微笑みを浮かべつつ鉱人道士と言葉を交わす。
一方で、蜥蜴僧侶はこの部屋で唯一置かれた人工物である棺を見つつ、狩人へと尋ねた。
「あの中に先ほど戦った者がいる、という線はおありで?」
「守り人の事か?経験上はないが、どうだろうな」
成り立ちからして異常なダンジョンだからな、と言い、一党を率いて狩人は真っすぐに棺へと歩を進める。
「まあ、中身を
「え、あっ、あの……!?」
棺の前までやってきた狩人は、何の躊躇もなくその蓋へと手をかける。その冒涜的とも言える行為に、女神官は堪らず声を漏らした。
死者の眠りを妨げるかのように、豪華な装飾が施された蓋が音を立てて地面に転がる。
立ち込める埃と腐臭。
ゴブリンスレイヤーと蜥蜴僧侶を除く一党が顔をしかめる中、狩人は僅かに、その表情に疑問を色を浮かべた。
「これは……」
そこにあったのは、一振りの剣であった。
何の変哲もない、ただの剣。しかし見覚えがある。
それはゴブリンスレイヤーが先程折ってしまった、あの剣と同じ作りをしていた。
「小鬼殺し殿の得物と同じものに見えますな」
「そのようだ」
蜥蜴僧侶の言葉に、ゴブリンスレイヤーは肯定で返す。
彼は罠を警戒しつつそれを手に取り、確かめるように数回振ってみせる。
「手に馴染む。不自然なほどだ……む」
剣そのものに仕掛けの類がない事を確認したゴブリンスレイヤーは、ここで訝しんだ。
「どうした」
「柄頭がへこんでいる」
「なんじゃ、それがどうかしたのかえ」
狩人の問いに、彼は剣の柄頭を見えるように差し出した。
見れば、確かに僅かなへこみが見て取れる。おおかた前回の依頼でゴブリンの頭を打ちのめした際のものだろうが、問題はそこではない。
「この傷は、今回の依頼を受けた時にはすでにあったものだ」
「それって……」
「……ふむ」
ゴブリンスレイヤーの言わんとしている事を理解した一党は、揃って困惑の色をその顔に浮かべた。
それが正しいとすれば、彼の手にしている剣はまさしく、先程折れた剣そのものである、という事なのだから。
量産品とて、ある程度使えば無二の形となる。使い捨てる事を前提としているゴブリンスレイヤーとて、先程まで握っていた剣を見間違える事などあり得ない。
折れた剣と全く同じ代物が棺から出てくる。常識ではあり得ない事態を前に、狩人はここである仮説を立てた。
「全ては憶測の域を出ないが、恐らくこの聖杯ダンジョンで出土する武器や消耗品の類の中には、君たちに
「私たちに、ですか?」
「ああ。元より聖杯ダンジョンは一部を除き、決まった形を持っていない。そこに今回の異常事態が加わり、このような本来あり得ない事象も起きたという事だろう」
本来であれば狩り武器や儀式素材などの狩人にとって助けとなるものに代わり、ゴブリンスレイヤーたちにとっての助けとなるものが出てきた。
先程まで振るっていた武器と全く同一の武器であるという一点を除けば、同じ聖杯ダンジョンを共有している以上、あり得ない話ではないのかも知れない。
狩人の言う通り憶測の域を出ないが、そう考えるのが一番自然であるように、一党も感じていた。
「ま、ええじゃろ。別にかみきり丸にとって損な事じゃああるめぇし」
「ああ」
元より、理解不能なところが多いのが聖杯ダンジョンである。
鉱人道士の言う通り、ゴブリンスレイヤーは手に馴染んだ武器を得た。そう判断し、空席だった鞘に剣を叩き込んだ。
その時である。
狩人と一党の鼓膜を、突如として鈍い音が打ち揺らした。
「!」
反射で構える狩人と、ゴブリンスレイヤー一党。
全員の視線が真っすぐに突き刺すのは、扉。正確には、その扉を一心不乱に叩く、その奥に潜む者である。
「……蜘蛛が嫌いかと聞いたな」
「えっ、なに?」
ガンガン、ガンガン、と叩く音が酷くなる。
鉄の扉が歪み、軋み、神経を逆撫でる。
扉の奥に潜む者……否、者どもが、ギィギィと牙を打ち鳴らす。
「答えよう―――大嫌いだ。特に、赤いのはな」
狩人がそう答えたのと、扉が吹き飛ばされるのは同時であった。
瞬間、赤黒いもやを纏った巨大な蜘蛛の群れが、狩人と一党目掛けて襲い掛かる。
「GYUGIIIRIIII!!」
体躯に見合った巨大な牙から消化液を滴らせて襲い来る蜘蛛の群れ。
その先頭にいた一匹を、狩人のノコギリ鉈が真横に薙いだ。
「GYUGI!?」
突き出した前脚を切り落とされ、悶え苦しむ蜘蛛。その悲鳴など無視し、狩人は振り抜いた勢いのままに強烈な回し蹴りを放つ。
まともに食らった蜘蛛は体液をまき散らし、背後にいた同胞へと突っ込む。これにより、群れの勢いが僅かに止まった。
「伏せろ!」
僅か数瞬のうちの出来事に一党は混乱するも、狩人の鋭い指示に身体が動いた。ゴブリンスレイヤーと妖精弓手は即座に身を屈め、蜥蜴僧侶は女神官と鉱人道士の上から覆いかぶさるように、その巨体を低く沈めた。
そして狩人はコートを翻し、腰を落として武器を構える。
手にしていたノコギリ鉈はいつの間にやら消え去り、その手には違う狩り武器……獣狩りの斧が握られていた。
狩人の身の丈と同じか、それ以上の長物。それを死神の振るう鎌のように構える狩人の姿は、相対する獣にとっては同一のものに映るに違いない。
「ふッ!」
息を吐き、獣狩りの斧を振るう狩人。
腰を捻って振るわれた一撃目と、その勢いをそのまま利用した第二撃。重厚な刃は再び動き出そうとした蜘蛛たちを一緒くたに切り刻み、背後の壁に肉片として叩き付けた。
「君たち、無事か」
「……ああ」
呆気に取られていた一党に代わり、ゴブリンスレイヤーが立ち上がりつつそう返す。
あの蜘蛛は何なのか、その武器はどこから取り出したのか。聞きたいことはあったものの、生憎と今の狩人にはそれらに返答する余裕はなかった。
「すぐに移動しよう。一刻も早く
「あの異様な姿に、その言い様……とすれば、あれは召喚物の類で?」
「その通りだ。奴らは『鐘を鳴らす女』がいる限り、際限なく湧き続ける」
ギャリン、と火花を散らし、獣狩りの斧の柄を縮める狩人。
蜥蜴僧侶の言う通り、あの蜘蛛は『鐘を鳴らす女』の召喚物。元を断たない限り無限に現れ、いつまでも付き纏ってくるのだ。
「そいつはどこにいる」
「この階層のどこかには居るはずだが、見つかるまでは
「待って」
殺すべき対象は決定した。
問題はその居場所であるが、ここで妖精弓手が長耳を揺らして声を上げる。
「鐘の音が聞こえる」
「……素晴らしい。では、君の指示に従おう」
マスクに覆われた口元に、狩人は僅かな笑みを浮かべた。
「閉所であの蜘蛛どもに押し寄せられては面倒だ。走る事になるが、良いか?」
「構わん」
「であれば、神官殿は拙僧の背に」
「はい。ありがとうございます」
「あなたは掴まらなくて良いの?」
「うっせうっせ」
方針は決まった。
狩人、そしてゴブリンスレイヤーを先頭に据え、妖精弓手をその後ろに。耳の良い彼女が鐘の音を探り、最短距離で叩く。
息を整え、武器を構えた狩人と一党は、血と肉片に塗れた扉の奥へと身を躍らせた。
§
「GYUGIII!!」
一直線の通路の奥から蜘蛛が現れる。
狩人は視認すると同時に、獣狩りの斧でもってその頭部に重打を叩き込む。
「GI!?」
即座に絶命させるも、更に二匹の蜘蛛が現れた。
狩人を貫かんと鋭い前脚をもたげるも、それよりも早く妖精弓手の放った矢が二匹の頭部に命中した。
「ふん!」
仰け反る蜘蛛たち。その内の一匹にゴブリンスレイヤーが襲い掛かる。
先程奪った鉈が蜘蛛の身体に半ば埋まる勢いで振るわれ、絶命する。その頃にはすでに、狩人が振り抜いた獣狩りの斧が、もう一匹の蜘蛛を両断し終えていた。
「音は!」
「この先!」
妖精弓手の声に従い、ゴブリンスレイヤーは鉈を手放し通路の奥へと足を踏み入れる。
広がる光景は、下へと伸びてゆく螺旋階段のある空間。ろくな明かりなどなく、怪しげな装飾からは紫色の香が漂っている。
「GOARAAA!!」
「っ!」
周囲の地形を把握しようとしていたゴブリンスレイヤーに、大柄な影が襲い掛かる。召喚された蜘蛛ではない、剛毛に覆われた獣である。
彼は先ほど使い潰した鉈の代わりに、腰に佩いた剣を引き抜いた。
巨体に鋭い爪と牙は脅威だが、その出方は狩人の戦闘から理解している。
(要は、
否。どちらかと言えば、熊か。
巨体で獲物に覆いかぶさる動作、それは熊にも似ている。そしてその対処法も、無いことはない。
その巨体を利用した反撃。つまりは剣の切っ先を構え、獣の
「GO、GEA……!」
果たして、彼の戦法は上手くいった。
獣の身体はびくりと震え、その内臓には深刻な損傷が刻まれている事だろう。
「君、あまり先走るなよ」
びたびたびた、と吐血する獣。その頭を、狩人の手が容赦なく鷲掴む。
獣狩りの斧を振るうまでも無い。そう断じた狩人は、無慈悲に獣の頸椎を捩じり折った。
鈍い音と共に躯となった獣には一瞥もくれず、狩人はゴブリンスレイヤーに手を差し伸べた。
「獣はどこにでもいる。蜘蛛だけがこの聖杯ダンジョンの敵ではないのだから」
「ああ……すまん」
「良い。死にさえしなければな」
僅かに遅れ、妖精弓手たちが合流する。
「ゴブリンスレイヤーさん!」
「ちょっと、大丈夫なの!?」
「彼なら無事だ。良い狩りだった」
ゴブリンスレイヤーの身を案じる女神官と妖精弓手に、狩人が答える。
強襲する獣の出方を窺い、それを理解した立ち回り。血の遺志により強化された肉体を得た狩人であればどうとでもなる状況を、そうではない者であるゴブリンスレイヤーが実行して見せた最適解。
獣とゴブリン。
異なる対象ではあれ、それを根絶やしにする事を使命とする者同士として、狩人は彼の”狩り”への姿勢への賛辞を送ったのだ。
「おう、耳長よ。鐘の音はどうよ」
「ええ……この下から聞こえてくるわ。きっともうすぐね」
妖精弓手には聞こえているのだろう。
この螺旋階段の下。そこから聞こえてくる『鐘を鳴らす女』の響かせる鐘の音色が。
そしてその音色は聞こえずとも、狩人たちの耳にも蜘蛛たちがこちらへと押し寄せる音が、遠く響く雪崩のように漂ってきている。
「またあの蜘蛛の群れが来るわ」
「近いか」
「ええ。もうすぐやって来る」
螺旋階段の底は薄暗く、奈落へと繋がっているようにさえ感じられる。実際にはそんな事は無いのだが、少なくとも一党にとって、このような地形での戦闘は初である。
そこへ押し寄せる蜘蛛の群れ。遠からずこの螺旋階段を上り、こちらへとやってくるだろう。
「が、問題はない」
ここで、狩人が前へ出る。
獣の亡骸に視線を落としつつ、狩人は静かに言い放った。
「痛快に行こう」