「……知らない天井だ」
目を覚ますと薬品の匂い、見慣れない天井、そして痛みを訴える身体。
思わず頭に中に浮かんだ言葉を呟いてしまったが、ここが何処かは知っている。
わざわざ普通に生活している中で天井を見慣れるほど見ることもないので見慣れないのも当然だろう。
そう、ここは闘技場で敗れた者が運ばれる救護室だ。
実のところ私の記憶は曖昧なのだが、あの試合で負けてしまったのだろう。
救護室の硬くて寝心地があまり良くないベットから身体を起こし、自身の状態を確認する。
片腕は添え木と三角巾、そして包帯で巻かれた腕を首から吊り下げている。
運び込まれる際に着替えさせられたのか、いつもの鎧からゆったりとした服に変わっており、服の隙間からも包帯が見えた。
包帯の上から身体を触ると痛みが染みるので、おそらく全身を打撲していることが分かる。
あの試合だけで鎧の上から何回も叩きつけられたのだ、いくら鎧が丈夫でも中身は据え置き、内出血などが起こらない方がおかしい。
「…………ん」
すぐそばではイリーゼが椅子に座って寝ていたようだ。
ベットに上半身を預けて寝ている姿を見るに、おそらく寝落ちしてしまったのだと予想できる。
まさかイリーゼが椅子で寝る趣味を持っているのでなければ、私が起きるまで待っているうちに寝てしまったと言うところか。
「起きたか、おはよう」
「おはよう……ございます?」
身体を起こした際に揺らしてしまったのだろうか、イリーゼが目を覚まし、眠たそうな声で返事をする。
実際、今起きたのだから眠たいのだろう。
目元がやや赤い気がする。
「大会はどうなった?」
「……大会は寝ている間に終わりましたよ、今すぐ会場に行けば閉会式に間に合うとは思いますが……あと、アルトリア様と倒した人は途中で負けてましたね」
イリーゼは続けて言う。
「……閉会式は開会式と同じで、参加しなくても良いそうです。なのでアルトリア様はもう少し寝ましょう?」
なんと! 寝ている間に大会が終わっていた。
確かに窓から差し込む光が夕焼け色で、夕方であることが見て分かる。
そしてヴィーラはあれほど強かったのに一位を獲れなかったのか……一体どんな人が勝ったのだろう?
イリーゼもこう言っていることだし、閉会式には別に参加しなくて良いだろう。
だが、別に寝るわけでもない。
気絶して起きたら夕方、つまり昼ご飯を食べれていないのだ。
ならやることも決まっている。
そう、食事だ!
お腹が空いたので食堂へ行くことにする。
早めの晩ご飯と言ったところだろうか。
「アルトリア様、身体は大丈夫なのですか? アルトリア様は救護室か自室で療養してもらって、私が食事を持って行きましょうか?」
「いや、大丈夫だ。気遣いありがとうイリーゼ」
イリーゼを連れて食堂へ向かう。
ゆったりとした服は少しゆったりとし過ぎていたので、制服に着替えた。
やや寒くなってきた風を肌で感じながら食堂へ向かう。
利用者は夕飯にするには少し早い時間帯のためかまばらだ。
なんと朝と夜では、注文できる料理が違う。
具体的にはチーズがあるのだ。
そのため朝食の時とは異なり、夜は中々美味しい料理が多い気がする。
なぜチーズが夜にしかないのかは分からないが、とにかく貴重なカルシウムを摂取することができる。
腕を骨折している私には必須と言えるだろう。
カルシウムと摂りつつ、美味しい料理を食べる、まさしく一石二鳥だ。
「……そういえば、フェルネはどこだ?」
「特に何も聞いてませんね……探してきますか?」
「いや、先に食べる」
注文した品が机に運ばれ、それぞれ食事をとり始める。
前世の癖で食べ始める前につい手を合わせてしまうのだが、それを真似してイリーゼとここには居ないがフェルネも手を合わせるようになってしまったのは完全な余談だろう。
「イリーゼ、試合を見て感じた改善すべき点はどこだ?」
思ったよりも肉の量が多かったので、フォークで肉を突きながらイリーゼに適当な会話のボールを投げる。
「ん……そうですね」
こんな適当な話題振っても、しっかりと考えてくれるのはイリーゼの凄いところの一つだろう。
野菜を口に運びながらも私の試合を思い出して考えている。
やがて考えがまとまったのか、野菜を口に運ぶのをやめた。
「アルトリア様は全体的に、攻撃方法の引き出しが少ないように思えます。奇襲で速攻をかけるか、身体能力で押し通すかの二通りでしたので」
確かに、考えるのが面倒くさくて一撃で倒そうとしているのでそのように見えるのだろう。
まあ、本当のところ引き出しが少ないのは事実だ。
これは明確な弱点になりうるため引き出しを増やさなければならない。
今後の課題と言えるだろう。
「……他には、防御面は鎧に頼り過ぎな気がしますね。四戦目では鎧の意味が無い打撃重点で負けてしまったので……」
盾を持っていなかったのもあるが、鎧を過信し過ぎていたのはあるかもしれない。
鎧で防ぐ技と、避ける技を見極める必要がある。
また鎧を打撃も防御できるように改造するのもありだろう。
ゼラチンやゼリーで鎧を作る、とかだろうか。
「そのぐらいでしょうか……すみません、これぐらいしか思いつきませんでした」
「十分だ、私もいくらかイメージが湧いてきた。ありがとう」
突いていた肉も全て食べ切り、最後のチーズの一欠片を口に入れる。
またイリーゼも食べ終わったようだ。
食堂に段々と人が増え、混んできたので席を立ち、再びイリーゼと共に寮へと戻る。
その日は気絶するようにベットに吸い込まれた。
●
無事大会も終わり、学園全体に広がっていた熱は嘘のように消えて学園はいつもの授業風景に戻った訳だが、あまりの変わりようにまるで闘技大会が夢であったかのようにも思える。
しかし、学園内にポイ捨てされたゴミが現実であったという確かな証として残っていた。
ポイ捨てされたゴミは食べ物やチラシなどが大半で主に観客が捨てたものだろう、結構汚い。
「えー、では事前に課題について自分なりに考えてきてもらったと思うので、この場合はどう対処すべきかイリーゼ、答えてみろ」
闘技大会の後に変わったこともある。
「仲間が負傷した際、軽度であるなら方角を見定めて人里などに移動することを最優先にすべきだと思います。何故なら──」
一番大きく変化したこととして模擬戦の授業が減り、代わりに座学が増えたことだろう。
「うむ、良い考え方だ。では、その考えを念頭に置いた上で長期間野営する際に必要なことについて学んでもらう」
座学の授業では、野営の際の注意点やテントの設置の仕方、自然の厳しさに野生動物や魔物に遭遇した際の対処法などについての知識が大半だ。
「過酷な自然の中で生き延びるためには、その時の現状に適した優先順位を決める必要がある訳だが──」
おそらく、次の行事である長期遠征を見据えての授業であることが予想できる。
「過酷な環境で一番求められるものとして、忍耐力がある。騎士団に所属するためにこの学園に入った者なら皆、持っているとは思うが──」
私は冒険者として既に野営に関して知識を持っているし、数えるほどだが実際に野営をしている。
そして前世のキャンプ知識も合わされば、他の人よりも遥かに先を歩んでいると言えるだろう。
しかし、たったそれだけで慢心したり、野営を軽く見てはならないことを私は知っている。
自然は様々な要因が絡み合い、影響し合っており、思わぬ出来事で命を落とす可能性があるのだ。
他よりも一歩進んでいる、だからこそ改めて学ぶ必要があると私は考えて真面目に座学に取り組んでいる。
それとは別に、普通に学んでいて新たな発見があって楽しいというのもある。
具体的には、魔術を使った野営の構想や魔物の生態などだ。
先程言った通りに模擬戦の授業は減少した。
……のだが、模擬戦も授業と同様に減少するはずが、多少は減るものの以前とあまり変わりない。
なぜなら、放課後にわざわざ場所を借りて模擬戦をしている物好きがいるからだ。
「では、本日の座学はこれで終わりにする。質問や疑問が無ければ寮に帰っても構わない」
ご存知だと思うが改めて、私のクラスでは大体四つの派閥に分かれている。
派閥内でいつまでもドロドロとした腹の探り合いをしている貴族派閥、なぜか粗暴な者が多く問題を起こしがちな平民派閥、ずっとこちらを観察してきて気味が悪い奴がいる中立派、そしてどうしてか私がトップの戦闘大好き派閥。
「アルトリアさん! 今日も第二広場を借りることが出来たので模擬戦をするんですけど来てくれませんか?」
「分かった、今日は行こう」
「本当ですか! ありがとうございます! 皆! 参加してくれるってよ!」
当然というべきか放課後に模擬戦をする物好きは私の派閥であり、そしてなぜか妙に気合が入っていて私も度々誘われるのだ。
なんでも私が闘技大会で負けてしまったのが悔しいかららしい。
私が負けようと勝とうとお前たちに関係なくないか? と思ったが水を差すのも悪いと思い心の内に秘めておいた。
やや離れた所から模擬戦をしている様子をイリーゼと一緒に観戦している。
今戦っているのはフェルネで、かなりの激戦を繰り広げていた。
イリーゼがふと、思い出したかのように話し始める。
「そういえばアルトリア様、知ってますか? 現在私たちの派閥は他の派閥の人が入ってきている影響で最初より大きくなっているんです」
知らなかった……だが、話にはまだ続きがあるようだ。
「そこで、そろそろ派閥の名前を決めるべき、という意見が出ているのですがどうしますか?」
派閥が大きくなり、他の派閥の者が合流し始めたのも合わさり、派閥全体の統率が取れにくくなっている。
だから、派閥に名前をつけて一体感と団結力を高め、コントロールしやすくするという考えなのだろう。
だが、その前に何故他の派閥の人が、今になって私の派閥に合流しているのだろうか。
最初期、それこそ入学直後は私の派閥は小さく、貴族、平民、中立のどれよりも遥かに数が少なかった。
しかし今では四つの派閥、と分けられるほど私の派閥は大きくなっているのだ。
「んん……増えてる理由は?」
「……ここ最近、よく放課後に模擬戦をしているからだと。それで模擬戦に参加した他派閥の人の大半が鞍替えしてるんだと思います」
「なるほど」
分からん。
なんで? なんで模擬戦に参加したくらいで派閥を変えてるんだ。
派閥はどうした、派閥は! 自身が所属している派閥への誇りはないのか!
そのうちクラスが私の派閥一色に塗り替えられそうで……なんだか鳥肌が立ってきた。
「……派閥で思い出したんだが、このまえ勇者候補のゼロに話しかけられたんだ」
「ふむ?」
──あれはゼロに人気の無いところで話したいと言われたことから始まる。
その時はまだ大会が終わって片腕に包帯がまだ取れてないぐらいの時期、大会が終わってすぐだ。
指定された場所に向かうと、彼は一人で指定した場所に佇んでいた。
「君の普段の行動を見ていると正直、来てくれないと思ってたんだけど……来てくれて感謝するよ」
「わざわざ呼び出して何のようだ」
人気の無いところで、秘密裏に話したいと言われて普段関わりがない人の話を聞きに行く気分にはならなかった。
だが、その日予定が何も入ってない日を指定された上に、イリーゼとかフェルネも予定があって丁度居ない。
断る文句もその時は思い付かず、行くことになってしまう。
碌に話したことがないのもあるが、遠くから観察するように見てきた人としか印象はない。
また噂などもゼロには全くなく、勇者候補であるという情報ぐらいしか特徴的なものはなかった。
「知っているかもしれないが、一応自己紹介をしておこう。僕の名はゼロ、この王国から任命された勇者候補であり、勇者に最も近い存在だ」
「……」
彼は仰々しい身振り手振りで、心の底から自分が、偉大な存在であるかのように自己紹介をする。
私は勇者候補というものをよく知らないが、それでも国王から任命されるということが凄いことは理解可能だ。
しかし、それ以外に尊大に振る舞える理由が分からない。
普段の授業や模擬戦、聞いたところによると闘技大会でも成績は平凡の域を出ない。
正直なところ胡散臭く、本当に凄いのか疑問に思う。
「そして、君は先程の闘技大会で鉄級の冒険者に負けてしまい一位は獲れなかったが僕にはわかる。君は優れた才を持っている!」
「……」
私が考え事をしている間に、ゼロは自分勝手に語り始める。
「その美しい顔を傷つけたくないのは分かる、が勿体無い! 鎧を着ていなければ君はもっと強く、上位に行けただろう」
「……」
そして、残念ながら彼は重大な勘違いをしているようだ。
私が鎧を着る理由は、顔に傷をつけないためでも、強くなるためでもない。
鎧を着たいから着ているのだ。
「そんな君にとって良い提案をしたいんだ。勿論断っても構わない」
「じゃあ断ってもいいか?」
「え、いや待ってくれ! まだ早い、せめて話だけでも聞いてくれるかい?」
「……」
故に、彼が何を言おうと断るのはある意味必然といえよう。
「ふう、沈黙は肯定だと受け取るよ……では単刀直入に言おう、勇者に最も近い僕の仲間として共に来ないか?」
「断る」
「そうかそうか、これから共に魔…………え?」
──それでどう転んでも面倒くさそうだったから帰った。
その後はこちらを見てくるものの、接触されることはない。
「結局ゼロは一体何が言いたかったんだと思う?」
「……さぁ?」
「イリーゼでも分からないのか……なら多分どうでも良いことだろうし気にしなくて良いか」
「なんのつもりか知りませんがアルトリア様に粉を掛けるとは、ゼロの排除を……いえ、暫くは様子見を……」
「え? なんか言ったか?」
「いいえ、何も」
お、話しているうちにフェルネが勝ったみたいだ。
これで十連勝、なかなかやるな。
ちなみに派閥の名前に関しては保留、未来の私への負債となったのである。
なんか上手く書けた気がする