窓から差し込む光が眩しい。
暖かな陽気で眠くなる、このまま二度寝してしまおうか。
しかし何かを忘れているような気がする。
確か依頼がどうのだった気が……依頼を提出? ……はっ納期!
「まずい、会社に任された重要な仕事の納期が明日だった!」
目が急激に覚め、冷や汗が全身から吹き出る。
このままでは納期に間に合わず、社内評価が下がり減給されてしまう。
掛けられていた毛布を蹴飛ばし起き上がった。
が ここが前世の寝室では無いことに気づき冷静になった私は蹴飛ばした毛布を拾い上げベットに腰掛ける。
よかった、仕事の納期が間に合わず絶望する未来は此処には無いんだ。
改めて心から安堵し冷や汗を拭った私は今いる部屋を見渡す。
どの家具も身に覚えがない、しかし部屋の隅に私の装備達が置いてある。
「うぉ、全身筋肉痛とか何年ぶりだ。村の近くの山で走ってた以来じゃないか?」
キングベアにボコされた身体がまだ痛むが適切に治療されたのか後遺症はなさそうだ。
最後の方は意識も朦朧でよく覚えていないが駆けつけてきた冒険者が此処まで運んだのだろう。
鎧を着る為に立ち上がると同時に部屋の扉が開き人が入ってくる。
「ちょっとちょっと、凄い怪我だったんだから治るまで寝ててください」
「いや、ほとんど回復したから問題ない」
「いやそんな訳、えぇ 本当に治ってる……」
医者らしき人が凄い勢いで心配していたのでこれでもかと健康な様子を見せつける、具体的にはマッスルポーズをとった。
さあ私の鎧を着る為だけに鍛え上げた肉体美を見ろ! うっ 脇腹がちょっと痛い、そして医者はドン引きして人外を見るような目で私を見るな。
「分かりました、あなたが凄く丈夫なのはよく分かりましたが、今日だけでも活動はしないでください」
「今日だけで無くしばらくは危ない事はしませんよ、なので安心してください」
「なら、行ってよし」
まるで現場猫のようなガバガバさ加減で医者として大丈夫なのか不安だ。
だが実際身体を休めるためや道具を買い足すのに丁度いいので依頼は受けずに街の観光をすることにした。
観光をするとは言ったが先に必要なものの買い物を済まそう。
まず一つ目、森を歩く時に草藪が凄く邪魔だったので鉈を買おう。
良さげな鉈を買うため先程までいた病院に別れを告げて武具屋へ向かう。
武具屋は特に目立つ特徴のない建物だったが看板がわかりやすかったのですぐに見つかった。
扉を開けて中に入る、カウンターには誰もおらず店員を呼び出す用と思われるベルがあるだけだ。
しかし奥から金床を叩く規則正しい音が聞こえるので工房と一体化した店なのだろう。
そんな熱の籠った鉄を叩く音を背景にどんなものがあるか商品棚を物色する。
剣やメイスなどよくある商品や大きな古時計にまるで山から切り出した岩ようなものなど、とても武具屋に置いてあるものではなさそうなものまで売り物として置いてある。
鉈もちゃんとあった、しかし思ったよりも短く使いづらそうだ。
なのでもっと長く軽めな隣にあったマチェットっぽいものを代わりに買うことにした。
ついでに非殺傷の投擲武器があると何かと便利だと思うので同じ棚にあり目に入ったボーラを一緒に買う。
流石に陳列適当すぎないか。
「これとこれを買っても?」
いつのまにか店員が戻って来ていたのでカウンターにも持っていき精算する。
店員は茶色い髭がもじゃもじゃの背の小さいおじさんだった。
すごい、こちらが何を聞いても無言だ。
店員という職業に致命的に合わないと思う。
聞いても答えてくれないと思うがどうしても気になったことを聞いてみる。
「あそこに置いてある、まるで山から切り出した岩ようなものは何なんだ?」
「山から切り出した岩だ」
「えっ?」
購入した新品のマチェットとボーラを幾つか腰に下げ店を出る。
次はキングベアと戦いながら思ったことなのだが、毒や麻痺など人体に有害な物質を出す敵に遭遇した際、解毒する手段が無い今のままでは非常に危ないことに気づいたのだ。
おそらく殆どの冒険者は解毒薬なり何なりを持っていると思うし、チームを組む際にそういったことに対策ができる神官や野戦医師を組み込む。
ので私は薬品を買うことで対策することにした。
道行く人に薬品を買う場所を聞いておすすめされた場所にいく。
いかにも魔女が住んでいそうな建物だ。
何なら毒々しいキノコが庭にいっぱい生えてる。
だがしかし扉の前には看板が掛けられていたのだ。
しかも残念なことにその看板には本日は定休日と書かれているではないか、くそっ、通行人め計ったな。
仕方ないので買い物は諦め他にすることもないので街の観光をすることにした。
昨日取ってきた薬草の中に解毒の効能を持つものもあったはずだ、最悪そのまま食べて仕舞えばいい。
昨日取ってきた薬草……薬草に関することで何か忘れているような……
はっ! 依頼の報告を忘れていた、医者に少なくとも一日は安静にするように言われているので達成していない一角兎の討伐はまた後日になるだろう。
しかし薬草の依頼はすでに必要な分は全て取ってあるから報告できるはずだ。
前回来た時と変わらず冒険者ギルドは騒がしく賑やかのようで外からでもその様子が聞こえる。
おそらく見ることはこれで三度目になる古臭い扉を開ける、ギルドの改装とかはしないのだろうか。
「無謀で勇敢な冒険者がやっと来たぞお前ら!」
「おお! あんなボロボロの状態からもう回復したのか、さすがだな」
「キングベアを単独で討伐したあの鋼の騎士に敬意を! 乾杯!」
な、なんだ? 特に他の冒険者と面識も関わりもない筈だが。
我ながら他人と関わらなさ過ぎて酷いな……もっと関わるべきなんだろうか。
「あんた森でキングベアを倒したんだろ? それのおこぼれで暫くはギルドで肉が安く沢山食えるんだ。それで皆んなあんたに感謝してるのさ」
「そうそう、受付の嬢ちゃんが報酬の件について話があるそうだぜ、冒険者になってばかりで中々やるな」
「そうだったのか、感謝する」
自己嫌悪に陥りそうになっていると禿げたおじさんが親切に教えてくれた。
特に面識は無い親切な禿げたおじさん丁寧に教えてくれてありがとう、特に面識は無いけど。
そして報酬の件とは一体なんだ、もしかして勝手に倒しただけなのにお金がもらえるのか?
あちこちで騒いでる人達はそれぞれのグループで酒を飲んでるみたいでこちらに何か干渉してくるわけでは無かった。
本当に自由だな、とりあえず受付に行けと言われたから受付に行くか。
「身体に問題ないようですね、良かった。では 報酬の詳しい話をするので二階の応接室でお話しますね」
受付嬢の後をついていく、応接室には緑色のもふもふしたソファがアンティークな机を挟んで対面するように置いてある。
受付嬢は手前の方に座ったので私は奥の方に座る、座ってから気づいたのだが鎧を着たまま座って大丈夫なのだろうか。
まあ軋む音もしないし多分大丈夫だろう。
「貴方が討伐したキングベアはちょうど国から懸賞が掛けられていたんです、そしてこの金額がそのまま一人で討伐した貴方のものとなります」
「ただ 今回は戦闘痕が激しかったのでその修復費用と貴方の怪我を治した際の治療費としてある程度報酬から引かせて貰います。なので正確にはこの金額が実際に貴方が自由にできる額になりますね」
どこからか出した書類をこちらに渡してくる、確認しろと言うのか? くっ 書類拒否反応の蕁麻疹がっ。
ふざけてないで真面目に見るか、どれどれ 大体一年ほど遊んで暮らせる金額だ、あの熊にそれほどの価値があったのか。
……うーん いまいちよく分からないが、周りの興奮度合いから察するに中々凄いことなのだろう、多分。
「それとここからが本題なんですが」
書類をぼんやり見ていたら書類を回収された、くれないのかその書類、貰っても要らないけど。
それで本題とな、討伐した金額を説明して終わりだと思っていたのだが。
「貴方は今銅中級ですよね? そして今回の功績から鉄級に昇格すべきとギルド本部で意見が決まりました」
なん……だと……
「なので昇級試験を受けて貰います、怪我が酷いようだったので完治したらになりますが……もしかしてもう完治していたり?」
「いえ、まだ完治していないので治ったら試験を受けに行きます」
これは本当だ、そう 心の傷はまだ治っていない!
決して昇級試験とやらがめんどくさかったわけではない。
「はい 分かりました、では話はこれで以上になります。ところで、危ないと感じたら身を守ると言いましたよね?」
あれからこっ酷く叱られた私は今、ボロボロの心を癒すために今度こそは街を観光しているところだ。
いつも鎧を着ているおかげで途中で寝てしまってもバレなかったのは不幸中の幸いだった。
多分若干バレていそうだったので次回叱られる時は鎧を剥がれた状態から始まることになるだろう。
ちなみに観光するといっても目的地はない、目についたところを片っ端から見ていくだけだ。
今いる所は図書館だ、やはり本がある所は良い、その時代の知恵と結晶が集まる所でもある為その街の水準が分かる。
ここの図書館は必要最低限の大きさと内容と言えるだろう、それでも周辺の土地で取れる作物の種類や生息する動物に魔物のことなど様々なことが書いてある本が沢山あったのでかなり知識として役に立った。
ちなみにキングベアのこともしっかり書いてあった、主に鉄級冒険者がチームを組んで討伐する魔物らしい。
次に目についたものはなんか街のシンボルのように建っている塔だ。
巨大な噴水と言ってもいいかもしれない、てっぺんから水が撒き散らされており水が霧状になることで虹が見えるのだ。
ただ 水に濡れるからか塔周辺にはあまり人が居なかった、私も遠くから見るだけで近付かなかった、遠くから見る分には綺麗だと思う。
綺麗な水を街の自慢としているが正直日本の水道水に比べれば遥かに汚れているのは変わらないのだ、こんなことで病気になりたくないという気持ちも近付かなかった理由の大半を占める。
教会もこの街にはあるようだ、確か水銀級とか白金級の冒険者が教会出身だったはずだ。
この世界にはファンタジー特有の死体がアンデットになる現象が起こるらしい、そしてそのアンデット討伐専門に近いことをしているのが教会なんだとか。
聖なる炎とか太陽光レーザーとかで焼き払うのだろうか、どんな戦い方をするのか非常に気になる人達だ。
そんな教会の人達の服装だが男性は牧師みたいなよくある服装で女性もまたシスター服でよく居そうな服装だった。
彼らは色でどのぐらいの立場か決まっているらしく一番よく見かける青が一番下、冒険者に派遣されるのもこの色が一番多い、派遣というより左遷しているように思えるのは私だけだろうか。
そして青から紫、紫から赤の順に地位が向上し、赤色がトップの立場らしい。
だが教会は孤立気味というか外界との接触を避けているようであまり情報は得られなかった、秘密主義とは……後ろめたい事をしているに違いない。
だらっと観光したわけだが特別変わり映えのするものもなくかなり退屈だった。
もしかして今世でもワーカーホリックになってしまったのだろうか。
きっと王都でなら何かしらあるだろう、多分。
そんな希望的観測を抱きながらいつもの普通の宿で普通の飯を食い、鎧のメンテナンスを終えた。
そういえば昇級するなら一角兎の任務はやらなくてもいいのでは? キャンセル料とか掛からなければいいな。
そんなことを思いながら今日もまた明日のことに思いを馳せた。
途中から難産だった
これが難産の痛み……