ネタバレ注意
夕闇の雑踏の中、女が一人、歩いている。
行く先が決まっているのか、きびきびと歩く。
着古したシャツ、薄汚れたジーンズ。
それと似合わない透き通るような白い肌と、碧髪と呼べる程の美しい黒髪。
それでも、周囲の人間は、気にも留めない。
時折、振り返る人間もいるが、すぐに日常へと帰る。
女は歩いているが、他の人間は走っている。
もうすぐ、セラフ部隊の放送が始まる。
皆はそれを見に、広場へと向かっている。
夕食を終え、近所に声を掛け、友達を誘い、手を繋ぎ、足早に向かっている。
女は、同じように広場へと向かっているが、どこか雰囲気が違う。
広場に着くと、画面のよく見える場所は、ほぼ残っていない。
外の情報を欲しているのか、娯楽を欲しているのか…。
恐らく、娯楽を欲しているのだろう。
自分達が、そのように仕向けているのだ。
娯楽や文化は、平和の副産物である。
寒さを凌ぐ服がないのに、誰が宝石を欲しがるのか?
飢えを凌ぐ食物がないのに、誰が絵画や演劇に金を出すのか?
身の安全が保障されないのに、誰が音楽に耳を傾けるのか?
その点、この放送は、十分な役割を果たしている。
軍が財産を守ると叫び、キャンサーを撃破するという演劇を観せ、キャンサーの出没情報で住民達に自衛させている。
よく出来た娯楽であり、プロパガンダだ。
女は、薄く嘲笑う。
それは、軍に対してか、自分に対してか。
女は、広場を見渡し、住民の顔を確認する。
…いない。
まだ工場の方にいるのだろう。
広場のそばの工場へと、足を向ける。
工場の中に入ると、オイルと鉄と焼けた臭いがする。
工場といっても、ベルトコンベアや、製造の為のロボットがいるわけではない。
そこここに転がる家電。
エンジンのようなもの。
タイヤ。
鉄筋。
スプリングの飛び出しているベッド。
奥には、ガムテープて補修されたパーテーションで囲われた一画がある。
女は、パーテーションに向かって歩く。
恐らく工具を片付けているのだろう。
がちゃがちゃと、音が聞こえてくる。
「すまないねぇ。もう店閉まいなんだよーん」
男の声を無視し、女は歩を進める。
「明日、また来て欲しいねーん」
「それは、無理ね」
女の声に、男は振り向く。
いつも垂れ下がっている目尻が、更に垂れ下がる。
「…珍しいお客さんだねーん♪」
そう言いながら、ソファに促す。
申し訳程度の応接セット。
今の情勢下で、どれ程使われているのか、疑問に思う。
「早速だけど…」
「まあまあ、そう急ぐことないよーん」
いつの間に持って来たのか、酒瓶とグラスをテーブルに置く。
二つのグラスに酒を注ぐと、片方を女の前に置く。
「…任務中よ?」
「まあまあ♪固いことはなしよーん♪」
「…」
「ねーん♪」
「…」
「…飲めよ」
表情は変わらず、目の光と口調だけが鋭くなる。
ふっと、息を漏らし、女は酒を呷る。
男も、一気に呷る。
作業着のポケットから、煙草を取り出すと、かちり、と火を点ける。
女に勧めるが、首を振り、拒否する。
火の点いた煙草を咥えたまま、二つのグラスに酒を注ぐ。
女は、ゆっくりと味わうように、一口飲み込む。
「いい酒ね」
「爺さんの秘蔵っ子だ」
「勝手に開けていいのかしら?」
「こんなもん、生きてる人間が飲んでなんぼだ」
そう言って、紫煙を燻らす。
どこか、諦めとも自嘲とも取れる言い方をする。
いつものお調子者な口調でなくなっている。
「相変わらずの捻くれっぷりね」
「こんなクソみてぇな時代なんだ。自然とこうなる」
男も、一口飲む。
「で?軍のエラいエラーい司令官様が、こんなとこに何の用だ?」
「この子を、気に掛けておいて欲しい」
そう言って、一枚の写真を見せる。
「やっぱり面倒事じゃねえか」
「あら?面倒事以外、あなたにお願いしたことあったかしら?」
女が、いたずらっぽく笑う。
男は、苦々しそうに舌打ちする。
「…見返りは?」
「話が早くて助かるわ。ドーム住民への食料二年分よ」
「…随分と気前がいいな」
「そのくらいの価値があるのよ」
「まあ、こっちは助かるがな」
余計な事は、聞かない。
その方が、利があることを、男は知っている。
写真を手に取り、また一口飲む。
「あともう一つ」
「まだあんのかよ!?」
「この人物の情報が欲しいの」
見せられた写真には、三十代半ば程の女が写っている。
どことなく、一枚目に写っていた少女に似ている。
「だいふ前の写真よ。三十年くらい前になるわ」
「おいおい、勘弁してくれよ。そんだけの情報で、人探せってか?」
「長い付き合いよ?代々、この辺の顔役のあなたなら、人脈くらいあるでしょ」
「好きでやってるわけじゃねぇ。さっさと子供作って、引退してぇよ」
言いつつ、写真をじっくりと見る。
また一口、酒を含む。
「他のドームにも声を掛けてくれていいわ。有力な情報なら半年分、保護したドームにも半年分」
「ったく、ある所にはあるもんだな」
吐き捨てるように言い、煙草をもう一本取り出す。
じっと、写真の女を見る。
三十年前の威勢の良さそうな女。
その顔の不変の部分を憶える。
人の顔は、変わっていくものだが、不変の部分が必ずある。
占いの人相見などは、そこを見る。
男も、同じように、そこを憶える。
やがて
「は!はははははは!」
突然の笑い。
女は、特に動じることなく、グラスに口をつける。
「おい、うちのドームに三年分頼むぜ」
「何故かしら?」
「簡単な話だ!コイツは、うちのドームにいる!」
女の眉が、ぴくりと動く。
男を見つめ、嘘の挙動がないか探す。
…ない。
「分かったわ。すぐにでも準備するわ」
「期限は?」
「二週間以内」
「オーケー。よろしく頼むよーん♪手塚司令官様♪」
「ええ。受け渡し場所の指定をお願いね、スクラップ屋さん」
男は、にっと笑う。
女は、その顔を見ることなく、工場をあとにした。
ベタベタテッパンネタ大好き夢枕悪です。
現場でも汗ベタベタですが、こっちは嫌いです。
エアコンの効いた部屋に、引き籠もっていたいです。
今回、四章後編クリア後、ずっと温めてきたネタを形にしました。
お調子者とか飄々としたキャラが、実は…的なベタベタテッパンなストーリーとなっております。
忙しくて、連載が止まってたり、お題イラストの方も手つかず状態ではありますが、ご容赦ください。
ぼちぼちと、そちらも書いていきますので、ゆっくり、まったり、じっくりとお付き合い頂ければ幸いです。
昼間の日射しが痛く、気温も上がっています。
夜でも救急車が走り、熱中症の危険があります。
水分、塩分の補給に気を付け、この夏を乗り切れますよう、熊本の地より願っております。