翌日。土曜日ということで、僕達は朝早くからステージに集まっていた。
「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ…」
『へー。口先だけかと思ったら、わりとダンスも演技も出来るじゃん。』
「うーん、とはいえ、それはペガサス王子の戦い方として適切かな? もっと体の使い方を考えてみて欲しいな。」
「じゃあ、これで……どうだっ!」
やり直す度にますます良くなって行くソレだが、今一度物足りなさがあるらしい。確かにあれでは王子ペガサスではなく天馬が頑張って剣を振っている様にしか見えないな。
それにしても、僕は劇というもの自体あまり好いていない。
理由は勿論テレパシーである。というのも上演中ずっと、
〈勇者様!!〉
〈待たせたな!! 魔王、貴様は俺が倒す!!〉
《やべートイレ行きてぇ》
《次のセリフ次のセリフ次のセリフ次のセリフ》
〈大丈夫かい? 僕の背中に乗るんだ!〉
〈う、うん…。〉
《メイク大丈夫かなー》
《ππデカ》
こんな感じなのである。集中できない所の話ではない。
それに加えて致命的なのが、先の展開を知っている者が非常に多い点だ。所々の小さなシーンはまだ見れたがクライマックスはネタバレされすぎて逆に一番つまらなかった。まあ、そもそも学芸会レベルのものしか見たことはないのだが。
そんなことを考えながらアイスを舐める僕は、天馬がネネロボに煽られて憤慨する様を眺めていた。
「くっ…何かヒントが欲しいな…。」
「あっ☆ それなら、あそこに行ってみようよっ!」
「あそこ? どこかいい場所があるのかい?」
「うん! あたしのスマホに『Untitled』って曲があって、ミクちゃん達の居るセカイに行けちゃうんだよ!」
『[……は?]』
オイ、まさかコイツらにも……?!
「あ、おい、やめろーー――」
――
/ワンダーランドのセカイ/
くっ……やれやれ、また“セカイ”か。この前とは景色が違うな。どちらにせよ、もう来たくない場所だったのだが。
僕はアイスをボリボリと一気に食べ終えた。……芯をどうするのかって? ポイ捨てなどする訳がないだろう。見えないよう気を付けて燃やし尽くした。
「あ、ああ…あああ…。また来てしまったー!」
やれやれ、初めて天馬と意見が一致したな。
『え……ここ、何?!』
「瞬間移動…? まさか、楠雄くんがやったのかい?」
[僕を買い被りすぎだ]
そんな僕達に、近づいてくる2人の影。
「おい、えむ! さっさと元の場所に――」
〈あれれれ〜? 今日はいっぱい来てる〜☆ わ〜いっ♪〉
やって来たのはサーカスの様な衣装に身を包んだ、水色ツインテールの少女だ。最初に会った時よりはミクとして分かりやすい姿になっている。
それにしても…思考が完全に読めない上にバカっぽい発言を聞くと、本当にN2号としか思えないぞ。
「あっ☆ ミクちゃんだ! ミクちゃ〜ん! 来たよ〜♪」
いや、鳳さんと口調が全く同じじゃないか。
苦し紛れに鉤括弧を変更している作者の気持ちも考えて欲しいものだ。
『「ミク…?!」』
〈みんな、セカイにようこそ〜☆〉
〈やあ、また来てくれたんだね。司くん、えむちゃん。今日は新しい友達も連れて来てくれて嬉しいよ。〉
「カイトお兄さん!」
うおっ、なんだこの爽やかなイケメンは。
個人的には、カイトはパンツを頭から被ってるイケメンという印象が強かったのだが。まあ最近はヨゴレ役ばかりという訳でもないからな。
それにしても、前回より大分余裕を持っているからか……些か感動のようなものもある。画面の向こう側だった存在と対面できるのは悪くない。これで思考が読めたらゲンナリしていただろうな。
鳳さんは案の定はしゃぎ周り、神代はブツブツと考察を並べ立てながら興奮した様子で明後日の方向へ走り出していく。やれやれ、よくこんな得体も知れない場所で活発に動き回れるな。
〈今日はよく来てくれたね。本当の想いは、思い出せたかい?〉
「いや、だからオレの想いはスターになることで……」
それにしても、セカイとやらはここでも“本当の想い”とやらに拘るらしい。この分だと、僕が知らないところでも色々な人間に唾をかけていそうだな。
「あ! 今日はね、司くんがスランプだから、演技のヒントを貰いに来たんだよ!」
〈演技のヒント? ……良かったら、台本を見せてもらえないかな?〉
カイトによる演技指導が始まるのを横目に、僕はスタスタとその場から歩き去っていく。
やれやれ、先に草薙さんとだけでも帰ってしまおうか。
離れた物陰でじっとしていた草薙さんにひょこっと顔を出す。
「へっ?! ……さ、斉木くん……?」
……あ。
そういえば、直接話すのが苦手なんだった。口調が強気すぎて忘れてしまっていたぞ…。
「えっ……どど、どうして……あっ…」
[……(スタスタ)]
《何も言わずに帰るの?!》
だが少し歩いた時。
何の前触れもなく、目の前に唐突にミクが飛び出して来た。
〈わぁっ☆☆〉
[ッ?!?!]
〈あっはは♪ すっご〜く驚くじゃん!!〉
や、やれやれ……テレパシーに散々文句を言って来たが、実際の所僕はかなり頼ってしまっているんだ……。人間(?)相手に不意を突かれたのはこれが初めてなんだ、多少驚きもするだろう……。
《斉木くんが驚いてる顔?! 結構気になるかも…》
〈ねぇねぇ、キミ達も一緒になにかしようよ!〉
グイグイと来るミクの圧に負けて、僕は草薙さんの隣まで戻される。
〈はじめまして、ミクだよ♪ あのロボット、かわいいね〜☆ キミが動かしてるの?〉
「あ……! わ、わたし……その、あの……斉木くん!!」
草薙さんに背中を押され、僕は盾にされてしまった。
やれやれ、テレパシーが通じないから僕は全く喋れないんだぞ。
《わたし……どうしていつも、こうなっちゃうんだろう……》
〈あれ、驚かせちゃったかな…… 大丈夫だよー☆ 話したいと思ったらでいいからね♪ それでキミ! 凄〜〜〜い才能があるんだね!!〉
僕は曖昧に頷いておく。
〈けれど、そのせいでキミは――。でも大丈夫! みんなと一緒なら、きっと見つけられるよ♪〉
……全く、何を見つけるというんだ。
これだからセカイには来たくなかったんだ。
[……。]
「……っえと……その……」
〈アハハッ、恥ずかしがり屋さんが多いね!〉
よいしょっとカラフルなベンチに座ったミクは、パンパンとその両隣を叩いた。仕方なく僕は左隣に座り、恐る恐る草薙さんは右隣に座る。
ミクは目を瞑り、ルンルンと楽しそうに鼻歌を歌い始める。初めは困惑していた草薙さんだったが、暫くすると周りの賑やかな景色を興味津々に眺めるようになった。
やれやれ、何なんだこの時間は……。
どうやら演技練習も終わったようなので、僕は天馬達の元へ戻ることにした。ベンチから立つと、ミクも続いてぴょいと立ち上がる。
「あ……さ、さいきくん……」
[なんだ?]
「……えと……さ、斉木くんはひとり……で、マジシャンやってたん、だよね。……みんなの前で、普通にする方法……教えて欲しい……なって……。」
そうか、草薙さんは僕を同類だと思っているのに何故1人で活動できていたのか疑問なのだろう。確かに僕が1人でマジックショーをやっていたなんて…やれやれ、僕も全く想像できないな。
仕方ない、協力してやるか。草薙さんが満足に活動できればその分僕も退団しやすくなるからな。
[今度教えてやろう。なんなら、今日でもいいぞ。]
「っ! ……きょう……わ、わかった…! がん…ばる!」
〈キャーー♪♪ それって、とっても素晴らしいね〜〜☆☆〉
やれやれ……。
――
現実に帰って来て早速、天馬は演技練習を再開していた。ふむ……この短時間でよくあそこまで磨き上げられたものだ。将来のスターと自称するだけはあるらしい。
僕は備品から適当に選んだ絨毯を取り出し浮かせて、草薙さんの居る方まで歩いていく。
「……? 楠雄くん、どうしたんだい?」
[少し稽古を付けてくる]
「! ……なるほど、楽しみに待っているよ。」
興味深そうに見送る神代から僕は数十歩程遠ざかって、草陰で拳を握っている草薙さんに声(?)を掛ける。
[やるぞ]
「…っ!? ど、どうして、また場所が…?」
[……マジシャンだからだ]
《流石にマジシャンの範疇超えてない?!》
それにしても、闇雲に目立たせすぎても失敗するかもな……よし。
適当な草むらの葉っぱを2枚取り、仮面の形に超能力で切り取った。それを草薙さんの顔にピュンと飛ばし、適度に形を保ったまま密着させる。
「っ……これ……」
[周りは見えるか?]
「う、うん……」
[暫く時間をやる、喉の調子を整えておけ。]
「え……わ、分かった…」
5分ぐらいが経過しただろうか。恐る恐る、といった様子で草薙が問いかけてくる。
「もう、いいよ……。それで……き、聞かない様にしてたんだけど……もしかして、その、絨毯に乗るの…?」
[ああ。目立つからな。]
「ひ……うぅぅっ…」
怖がる草薙さんを浮かして絨毯の上に無理矢理正座させる。
[大丈夫だ。絶対にできるぞ。]
「な、なんの根拠が…!」
[マジシャンの勘だ]
「な…なにそっ――っ!」
絨毯をそこそこの速度で飛ばしていく。目指すは客が多く集まっている通りだ。
「落ちちゃうーーーっ!!」
[落ちないよう細工してあるから安心しろ]
人通りの多い場所でグルグルと回してみると……よし、大量の客が集まってきたな。やはり空飛ぶ絨毯は集客効果抜群らしい……いや、少し集めすぎたか?
タイミングを見計らって絨毯を止める。ちまみに僕は離れた物陰に身を潜めている。ポジション交代だな。
「……うた、うの……?」
[そうだ。絨毯といえば、アラビアンな有名な曲があるだろう。]
「……! 歌う…うた、わなきゃ……!」
《もう一度…!! もう一度、ステージの上で…!!》
何度か口を開くが、ぶるぶると震えて声が出ないらしい。
一声でも歌ってくれればそれでいいんだがな。
まあ、最初から自力で出来るとは――
「……~~~~♪」
[!!]
天使のハープを奏でたようなとても綺麗な歌声が響いた。
ざわざわと騒いでいた観客はその一節だけで、すんと静かになり聴き入る姿勢になってしまう。
「~~~~♪ ~~~~♪」
……やれやれ。少しみくびっていたようだな。
僕が使おうとしていたのは、テレパシーによる“理想の歌声”の送信だ。例え酷く掠れた歌声でも、本人を含め全員にそれが綺麗な歌だと誤認させることができる。それで少しずつ自信を取り戻させ、リハビリを行う予定だったのだが…。どうやら必要なかったらしい。
楽しそうに歌う草薙さんを見ていると、不意に横から声をかけられた。
「……凄いね。一体、何をやったんだい?」
神代か。目の端が少しだけ潤んでいる。
2人は幼馴染だったか、そういえば。
[やろうとしてたんだがな。結局浮かせるだけで終わってしまった。]
「……そうかい。……頑張ったね、寧々。」
ロボットをあまり見れなくなりそうなのは残念だがな…。
――
夕方、2人の幼馴染は並んで帰っていた。今日の出来事を草薙は胸の中で何度も反復していた。
「……どうだい? 寧々。その様子なら、明日は残りの2人にも顔を出せるんじゃないかい?」
「うん…。司くんにはちょっと会いたくないけどね。」
「フフフ、もう力比べでは勝てなくなってしまうね。」
久しぶりに曇りなく笑う草薙に、神代も思わず顔を綻ばせる。
「ねぇ……楠雄くんが何したか、聞いた?」
「うん。自信を取り戻させる秘策があったらしいけど、不発に終わったそうだよ。つまり、彼は寧々を絨毯で運んだだけで…あとは全部、寧々1人の力なんだよ?」
それを聞いた草薙は嬉しそうにするが、同時に首を横に振る。
「1人じゃないよ。だってあの時、類が口パクで『頑張れ』って伝えてくれたじゃん。」
「おや? 君にはそう見えたようだね。」
「もう、またはぐらかして。……それに、楠雄くんの言葉も支えてくれたんだよ。」
「え?」
思い出す様に赤色に染まる空を見上げる。
「大丈夫だ、絶対にできるって言ってくれたの。」
「…楠雄くん…」
「マジシャンの勘だって。」
「フフ、それは頼もしいねぇ。……誘いを受けて、本当に良かった。」
「そうだね!」
まだまだショウタイムは終わりそうにない。