いつも通りに床に就き、いつも通りの朝を迎え、いつもと変わらぬ平穏な一日を過ごすはずだったのに、目を覚ますとそこは例のあの部屋でした。

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セックスしないと出られない部屋に閉じ込められた、ある一組の男女

 昔々、ある所にお爺さんとお婆さんが住んでいました。

 二人は大層仲が良く、年老いた今でも新婚ホヤホヤの様に、睦まじく暮らしていました。

 そんなある日の朝――。

 

「ふわあ、おはようばあさん、今日も良い朝じゃな……ん?」

 

 お爺さんは寝床から起き上がり、今も眠っているお婆さんに声を掛け、しかしすぐに違和感を覚えて周囲を見回しました。

 二人が寝ていたのはいつもの布団ではなく、キングサイズを遥かに上回るとても大きなベッドで、窓一つ無い部屋は床も壁も一面が白一色で染まり、他には大きなモニターと出口と思わしき扉しかありません。

 お爺さんは扉へと向かいましたが、押しても引いても開きません。

 途方に暮れたお爺さんは、扉の上に何やら文字が書かれている事に気付きました。

 

「何々? は……はうあ!!!」

 

 老眼のぼやける目で苦労しながら読み終わると、お爺さんは驚きに目を見開き、慌ててお婆さんを起こしに行きました。

 

「た、大変じゃばーさん! 起きてくれ!」

 

「あ~? んだよ、うっせーな。朝飯なら一昨日食ったばっかだろ」

 

「違うんじゃ! 朝飯じゃなくて、大変なことになっとるんじゃ!」

 

「まったく、うるさいジジイだねえ。下らない事だったら、ただじゃおかないよ」

 

 お婆さんはぼやきながらも、お爺さんに先導されて出口に向かい、扉の上に書かれた文字を読みました。

 

「は……はうあ!!! こ、子作りしないと出られない部屋……だって!? こ、こりゃあ……」

 

 お婆さんはわなわなと慄き、頭を抱えて項垂れるお爺さんに振り向きました。

 

「こりゃてめーの仕業か、くそじじーーー!!!」

 

 ばっちーん!

 

「ぶべら!」

 

 お婆さんの怒りのボルテージが瞬時に最高潮に達し、お爺さんに強烈なビンタを食らわせました。

 某レジェンドプロレスラー顔負けの一撃を食らい、お爺さんは首が三回転し、遅れて胴体も三回転して床に倒れ込みました。

 

「ま、待てばーさん! 落ち着け! ワシも気付いたら、ここに閉じ込められてたんじゃ!」

 

 宥めようとする声も虚しく、お婆さんはお爺さんに馬乗りになり、顔面を殴り付けようとしました。

 

『おはよう御二方、お目覚めのようだな』

 

 お婆さんが拳を振り下ろす寸前、壁に設置されたモニターに、黒い覆面を被った人物が映し出され、読み上げソフトの可愛らしい女性の声が流れました。

 

「な、なんじゃお前は! お前がワシらをここに閉じ込めた犯人か! ワシらをどうする気じゃ!」

 

『出口に書いてある通り、御二人には子作りをしてもらう。それが出来なければ、このまま餓死することになるだろう。それから、扉は厚さ300ミリのタングステン製だ。人間の力で破壊して脱出するのは、不可能だと理解してもらいたい。それでは健闘を祈る』

 

 お爺さんの質問に即座に応えず、画面の向こうからキーボードを叩く音が聞こえ、暫しの間を置いてから読み上げソフトの声で返答が返ってきました。

 読み上げが終わるとモニターは漆黒に染まり、お爺さんとお婆さんが何度呼び掛けても、返事は有りませんでした。

 

「な、なんてことじゃ……まさか結婚記念日にこんな目に遭うとは……」

 

 お爺さんとお婆さんは、がっくりと床に膝を突きました。

 なんと今日は、二人の100回目の結婚記念日だったのです。

 

「この年じゃ、流石に無理じゃのう……まさか、こんな最期を迎えるとはなあ……」

 

 二人は顔を見合わせて諦めた様に寂しく笑い、最後の時を悟ったのか、これまでの人生の思い出話を始めました。

 高校の頃に出会って付き合い始め、就職してからは必死に働いて結婚まで辿り着き、戦後の苦難の時代を共に力を合わせて乗り越えた事を、懐かしそうに語り合いました。

 苦労をしながらも誕生した愛する一人息子は、すくすくと育ち立派に成長し、今では世界最強の格闘家となって富も名声も望むがままになり、毎月多額の仕送りをしてくれ、可愛い孫の顔も見せてくれる、自慢の孝行息子です。

 

 一頻り話終えた後、どんなに貧しくても道を踏み外すことなく、慎ましく生きてきた自分たちが、何の謂れも無く理不尽に人生の幕を閉じる事に深い悲しみを覚え、二人の頬を一筋の涙が滑り落ちました。

 その時、出口の扉が重い音を立てて開き、先程の黒い覆面が現れ、手には「ドッキリだよーん」と書いたプラカードを掲げられていました。

 

「うえーい! 大成功!」

 

 陽気な声で覆面を外したその人物は、お爺さんとお婆さんの一人息子の中村タイ造でした。

 タイ造の後ろでは、その妻と息子のたけしがクラッカーを鳴らしながら、祝いの言葉を述べています。

 事態が呑み込めないお爺さんとお婆さんは、半ば茫然としながらタイ造から説明を受けました。

 タイ造曰く、今日のこの日のために何か月も前から念入りに準備をしており、別室に祝いの席を設けているという事でした。

 半信半疑のままタイ造に先導されて別室に行くと、テレビでしか見たことのない芸能人や海外の映画俳優たちの祝福の言葉と、世界的に有名な楽団の演奏に迎えられました。

 タイ造に促されるまま席に着くと、高価な食材をふんだんに使って、三ツ星料理人に作らせた豪華な食事と、一本当たりの値段がサラリーマンの年収を優に超える、高額な酒が何本も運ばれてきました。

 お爺さんとお婆さんは恐る恐る料理を口にし、未だかつて味わったことのない美味さに恍惚としながら、次々に平らげていきました。

 お爺さんは若く綺麗なグラドルや女優に、お婆さんは若くイケメンなアイドルや俳優に酌をして貰い、ご満悦です。

 これほどに素晴らしい宴席を用意してくれた、世界一の孝行息子であるタイ造に感謝を誇りを抱きながら、二人は最高の結婚記念日を迎えることが出来たのでした。

 

 めでたし、めでたし。

 

 ――という妄想を、祝いの席を用意してある部屋で、タイ造が繰り広げていました。

 

「ウヒヒヒヒヒ」

 

 タイ造は自らの完璧な計画に酔いしれて、満面の笑みを浮かべています。

 

「ねえ、あなた、本当にこんなことして大丈夫なの?」

 

 タイ造の妻が不安げに問いかけますが、タイ造は計画に抜かりはないと受け流します。

 タイ造が呼び集めた人員は、プロ意識からなのか準備に余念がありません。

 息子のたけしは室内の芸能人たちに、目を輝かせながら釘付けになっています。

 

「さて、そろそろ二人とも起きる頃かの」

 

 タイ造はウキウキで、お爺さんとお婆さんを監禁している部屋の、監視カメラの電源を入れました。

 

「は……はうあ! な……ななな、なんじゃこりゃぁ~……」

 

 モニターに映し出された監禁部屋の様子に、タイ造は心底驚き目を見開いて叫びました。

 それに釣られて室内の全員がモニターに注目し、タイ造と同じく凍り付きました。

 なんと、タイ造の予測より遥かに早く目を覚ましたお爺さんとお婆さんは、出口に書かれていた趣旨を読み、本当に子作りに励んでいました。

 老人の朝は早いのです。

 

「どうじゃ、婆さん。ここか? ここがええのんか?」

 

 お爺さんは古典的な台詞を囁きながら、年齢からは想像も出来ないキレのある腰の動きと、AVでも見たことのないような特異な体位を繰り出し、お婆さんを悦ばせています。

 

「ねー、お爺ちゃんとお婆ちゃん何してるのー?」

 

「た、たけし! 見ちゃいけません!」

 

 たけしは無邪気に質問し、タイ造の妻が慌てて背後から両目を塞ぎます。

 

「お、お、お……」

 

 タイ造は込み上げてくる物に耐えながら、ただただ呻くしか出来ません。

 

「どおれ、タイ造のやつに、息子より年下の弟の顔を見せてやるかのお」

 

「妹かもしれませんよ、お爺さん♡」

 

 お爺さんは愉快そうに語りかけ、お婆さんもノリノリです。

 

「オゲーーーーーーーーーッ!!!」

 

 年老いた両親の情事などと言う、この世で一番見たくないモノを見た上に、余りにも悍ましい二人の語り合いを見て、耐えきれなくなったタイ造は、ついに嘔吐してしまいました。

 

「オッ、オゲゲーーーーーーーーッ!」

 

「オゲーッ! うわーん! オゲーッ!」

 

 タイ造が吐く姿を見てタイ造の妻も嘔吐してしまい、頭に吐瀉物を浴びたたけしも、泣きながら嘔吐しました。

 更に準備に勤しんでいた芸能人たちも嘔吐し始め、貰いゲロが貰いゲロを呼ぶ悪夢の連鎖で、あっという間に宴会場は地獄絵図と化してしまいました。

 

 ――何故だ、何故こんなことになった。自分はただ、両親の結婚記念日を祝福したかっただけなのに。

 愛する妻と息子は泣きながらゲロに塗れ、この日のために協力してくれた友人知人には、弁解のしようが無い恥を晒した上に、多大な迷惑をかけてしまった。

 

「はぁ……はぁ……。お、おのれ……」

 

 一体どこで何をどう間違えたのか、グラグラと揺れる視界の中で考え込み、一つの結論を導き出しました。

 そう、全ては人の気も知らず年甲斐も無く快楽に耽る、あのクソジジイとクソババアが悪いのだ。

 タイ造は怒りに震えながら立ち上がり、今もモニターの向こうでハッスルし続ける、この阿鼻叫喚を作り出した元凶に憎悪の目を向け、部屋を飛び出していきました。

 

 一方、お爺さんとお婆さんは、ピロートークへと突入していました。

 お婆さんはお爺さんの腕枕に抱かれ、二人ともとても幸せそうです。

 

「それにしても開かんのー、もう三回もやっとると言うのに。しゃーない、もう一回行っとくか婆さん」

 

 お爺さんはニマニマと笑い、お婆さんも満更ではなさそうです。

 そうして二人が四回戦目を始めようとした、その時!

 

「てめーら、いい加減にしろーーーーーっ!!!」

 

「ひ、ひーーーーー!」

 

 凄まじい破壊音と共に、人間の力では到底破壊することのできない、タングステン製の扉を蹴り破ってタイ造が突入してきました。

 怒りのパワーって凄い。

 

「はっ!? た、タイ造! タイ造じゃないか! 儂らを助けに来てくれたのか!?」

 

 タイ造の鬼の様な形相に一度は腰を抜かしかけたものの、すぐに息子だと気付いたお爺さんは、安堵しながら駆け寄りました。

 

「うるせーーーーーー!!!」

 

 ばっちーん!

 

「ぶべら!」

 

 お爺さんはタイ造の猛烈な一撃を食らい、床に倒れ込みました。

 

「な、何をするんじゃ、親に向かって!」

 

「やかましいーーー! 子作りしないと出れない部屋だからって、本当におっぱじめる奴があるか!!!」

 

「な、なに!? それじゃ、儂らをここに閉じ込めたのは、お前の仕業だったのか!?」

 

「うるせーーーーーー!!!」

 

 ばっちーん!

 

「はべら!」

 

 タイ造は、詰め寄ってきたお爺さんに再びビンタを食らわせました。

 

「俺様はただ、貴様らの結婚記念日を祝ってやりたかった……ただそれだけだったのに、完璧な計画を台無しにしやがって……! てめぇーらだけはぜってぇー許さねぇー! ぶっ殺してやるー!」

 

 怒りに燃えるタイ造の、残り少ない頭髪が逆立ち金色に染まり、全身から同じく金色のオーラが噴き出し、自らを世界最強の格闘家たらしめた、得物の消火斧を取り出しました。

 これまでにどれだけの命の灯を消火してきたのか、刃には血と錆がこびり付いています。

 

「うおおおおおお! くたばれ! タイ造パーンチ!」

 

 タイ造は何人もの対戦相手を再起不能(死体)にしてきた、恐るべき必殺技の名を叫びながら、お爺さんの頭に向けて斧を振り下ろしました。

 

「ひ、ひひーーー! と、とんずらー!」

 

 しかし、間一髪のところでお爺さんは回避し、お婆さんを抱えて、脱兎のごとく逃げ出しました。

 

「逃がすかコラーーー!」

 

 叫びながら、タイ造は散弾銃を取り出しました。

 格闘家を志す前から愛用し、肌身離さず常に持ち歩いている、自らの半身と言っても過言ではない、掛け替えのない人生の相棒です。

 タイ造が明確な殺意を込めて、お爺さんたちに向かって発砲しましたが、怒りに震える手では掠りもしません。

 

「クソッタレ、このガラクタがーーー!」

 

 一頻り壁や床に銃痕を刻んだ所で弾切れを起こし、自らのクソエイムを棚に上げて散弾銃を床に叩き付けると、無残にも粉々に砕け散りました。

 

「逃がすかクソ老害ども! ぶっ殺してやるぁーーー!」

 

 お爺さんの頭を割り損ねて床に刺さった斧を引き抜き、タイ造はお爺さんたちの後を追い始めました。

 

 お爺さんの方はと言うと、お婆さんを駅弁の格好で抱えたまま、廊下をひた走りに走り、ふと壁に[EXIT→]と書かれたパネルを見付けました。

 

「頑張ればーさん! もう少しの辛抱じゃぞ!」

 

「お、お爺さん、あたしゃもう限界だよ……」

 

 一体どっちの意味での限界なのか、お婆さんはだいしゅきホールドでお爺さんにガッチリと組み付き、息も絶え絶えに訴えます。

 お婆さんの様子を見たお爺さんは、さらに加速して廊下の角を曲がり、出口へと続く階段を見付けましたが、既にタイ造の姿が背後に迫ってきていました。

 お爺さんとタイ造の両者は、鬼気迫る勢いで階段を駆け降りましたが、不幸にも同時に足を滑らせてしまいました。

 

「うわああああああーーーーーッ!!!」

 

 三人はゴロゴロと転げ落ち、ドスンと音を立てて折り重なりました。

 

「プップー」

 

「!? うぎゃあああーーーッ!!!」

 

 何という事でしょう!

 痛みに悶えて身動きの取れない三人を、偶然通りかかったトラックが跳ね飛ばし、腕も脚も首も、全てバラバラに吹き飛んでしまいました。

 

「ウギャーーーーーーッ!!!」

 

 勢いの止まらぬトラックは、そのまま壁に激突し大炎上しました。

 更に10万トンにも及ぶ積荷のTNT火薬に引火してしまい、天地を揺るがす轟音と共に大爆発を起こし、巨大隕石が衝突したような巨大なクレーターだけを残して、タイ造一家と友人知人たちは、この世から跡形も無く消滅してしまいました。

 

 めでた死、めでた死。

 

 サプライズなんてするもんじゃないですね。


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