「ゔゔ…、着替えたい、顔洗いたい、歯磨きしたい、髪整えたい、化粧したい…」
「わがまま言わないの、僕らだって我慢してんだから」
逃亡後、人気のない山中にて。
遅めの朝食である缶詰をほじくりながら、とめどめない弱音をこぼす平良さん。
気持ちはよくわかるが、その希望を叶える術を僕たちは持たない。
「こうして朝食を摂れているだけマシ」と宥めると、「慰めになってません」と返された。
そりゃそうか。活動期間が長いせいか、感覚の麻痺が深刻になってきた。
自分の感覚がおかしいことに軽くショックを受けていると、式村さんが感心したように声を漏らした。
「しかし、驚いたね。まさか適性持ちなんて」
「こっちのセリフですよ…。
朝起きたら親の代わりに知らない怪人が住んでた私の気持ち、わかります?」
「よくわかるよ」
「そうだこの人ベテランだった…」
比較的軽いトラウマで済んで良かった。
僕なんて、実の妹に喉笛切られたんだからな。おかげで日曜に顔を合わせると、身構えるようになってしまった。
僕が安堵を覚える横で、式村さんが平良さんの調子を確認する。
「変身はできそう?」
「は、はい。ピースフルペンがあるので…」
「そんな名前なんだ、その変身アイテム。安直だなぁ」
「いや、私じゃなくてポ…、妖精さんのネーミングなんで…」
変身アイテムなんて安直な名前ばかりなんだから、そんなに恥ずかしがることないのに。
僕が使っている槍も、「ライジングランス」と勝手に名前をつけられた挙句、おもちゃとして売り出されていた。
わかりやすい方が受け入れやすいのかな、と思いつつ、僕はふとあることに気づく。
「ポで始まって羽ペンってことは…、ポップリンか。アイツの由来の魔法少女で適性アリとか初めてだなぁ」
「お二人とも、ポップリンのこと知ってるんですか?」
思い当たる妖精を挙げた僕に、平良さんが心底驚いたと言わんばかりに目を見開き、問いかける。
要素はそれらしいな、と思っていたが、どうやら正解だったらしい。
「まぁね。アイツが初めて羽ペン渡した子が二ヶ月くらい僕らのチームに居たから。君も会ってる人だよ」
「え、誰です?」
「カラフルワンダーの緑」
「わ、わぁ…。世間って狭い…」
本当にな、と僕が呆れ混じりにと返そうとするや否や。
視界の隅に、黄色い毛玉がゆらゆら揺れているのを見つけた。
「な、なごみ…?」
「噂をすれば…」
ぴょこ、と姿を現したのは、プリンみたいな色合いの小さなマスコット。
やけに汚らしくなっていたそれは、平良さんを見て、じわ、と涙を溜め、彼女に飛びついた。
「なごみー!無事だったポプねー!!」
「わっ」
このわざとらしい語尾に不憫が似合う姿、本物のポップリンだ。
平良さんは困ったように、わんわんと泣く彼を慰める。
それで周りを見る余裕ができたのだろう。
ポップリンの大きな瞳が僕たちを捉え、平良さんの懐から離れた。
「シュウヤと式村さんも無事だったポプか!」
「今日は妖精の国に帰らなかったんだな。歴史改変になるといつも帰ってるのに」
「…………ちょっと帰れない事情がポプね…」
「奥さんに締め出されたな」
「ぎくっ」
「………ポップリン、既婚者なんですか!?」
こんな見た目で立派な世帯持ちのリーマンである。
嫁に締め出されるのも、これが初めてではない。今度は何をやらかしたんだ。
平良さんの冷たい視線に耐えかねてか、ポップリンは慌てて軌道修正を図る。
「そ、それはとにかく!みんなが無事で安心したポプ!」
「話逸らした」
「この反応と体臭、妖精の合同飲み会でハメ外した挙句、酔い潰れて玄関先で寝てたな」
「なんでそれを…って、ボクの話はいいポプ!
この危機をみんなで乗り越えるべく作戦会議するポプ!」
「ふと気になったんだけど、奥さん持ちが語尾にポプとか付けてるの…?」
「これは妖精界の敬語ポプ!!
名前の頭文字を語尾にして、相手に最大級の敬意を表すんだポプ!!」
「へぇー」
そういえば他の妖精たちも、やたらと語尾が耳にこびりついたっけか。なになにだキラとか、これこれだぷるとか。
ポップリンの醜態や妖精界の敬語事情は気になるが、彼の言う通り作戦会議が必要なのも事実。
僕が「そろそろ作戦会議はじめよっか」と音頭を取ると、2人もポップリンへの追求をやめ、意見を出し始めた。
「怪人のフリして情報集めるとか?」
「パンピー怪人に手ェ出してもキリないよ。大した情報ないだろうし」
「地図を見て、変わったところがないか調べるとかどうポプか?」
「もう見た。少なくとも、僕らの活動範囲内で地理の変化はない」
「支配層にちょっかい出すとかどうです?」
「それが安牌かなぁ」
テロリストみたいな結論に落ち着いたが、手っ取り早く済ませるならこれに尽きる。
食事の跡を片付け、僕はある方角へと目を向けた。
「どこ見てんです?」
「国会議事堂」
「………………な、何をする気で?」
「怪人退治」
ばちん、と勢いよく目を覆う平良さん。
無理もない。要約すると「今から国家転覆します」と言ってるようなものだ。
常識に当てはめれば、ヒーローらしからぬ発言だろう。
が、しかし。そうでもしないと、この事件は収束しない。
「居るのは国を乗っ取った怪人なんだから、退治してもなんら問題ないでしょ」
「え、えぇ…?い、いいんですかね…?」
「いいのいいの。どうせ元通りになるんだし」
歴史改変のたびに誰かが吹っ飛ばしてる、とは言わないでおこう。卒倒しそうだ。
♦︎♦︎♦︎♦︎
鈍く、重い音が多数響く。
同胞が死の間際に放ったいくつもの爆炎を前に、倒れた怪人の1人がその元凶を見やった。
聳えるは、鈍色の巨人。彼は身の丈ほどの斧を軽々と肩に担ぎ、とん、とん、腰を叩く。
「ジジイに襲いかかってくんじゃねェ、馬鹿野郎どもが。おー、いちち…」
中から響く声は男のもの。
隙ができたと判断したのだろう。警官姿の怪人が飛び上がり、その剣を振り下ろす。
が。その一撃は指一つで簡単に止められ、その何倍もの威力があるであろう一撃が怪人を引き裂いた。
「ぐぁああああっ!?!?」
「久しぶりにやると腰いでェわ。
ヒビキんとこ…、あ、アイツはダメだったわな。ヒビキの後輩、名前なんつったっけ…?し、し…」
怪人の意識が薄れていく。
受けたダメージに体が耐えきれなかったのだろう。
びきっ、びきっ、と体が裂けていく音が頭に響く中、彼の言葉が鮮明に聞こえた。
「ああ、そうだ。シュウヤくんなら大丈夫だったなァ」
怪人の死による爆炎を背に、国会議事堂へと歩き始める巨影。
その数分後、多くの怪人が空へと打ち上がった。