荒涼とした草木一本生えずゴツゴツとした黒い岩山、溶岩が固まったような奇抜な形をしたオブジェ、上を見れば青空が広がり、下を見れば雲海が広がる。
山の上だった。それも相当高い場所だった。
「一体……ここからどうしろと……」
誰もいないのに、言葉が止まらない。色々思考が追いついてないので口にでてしまっている。
俺はこれからどうするんだ、何も無いこんな山の上に置かれて……あれ? でも待てよ……荒涼としている割には寒くない、むしろ居心地が良いくらいだな?
不自然なものが一つ見つかると他の事にも気づき始める。
背中が重い、尻に違和感がある、口にも異様な感触がある、これら全て一言で言い表す事ができる。フォロゴストが言っていた事だが……俺は龍になった。フォロゴストの様に胴の長い東洋の龍ではなくて、西洋に語られる翼を持つモノ、ドラゴンのような姿だ。四足歩行というより人の骨格に近いタイプだが。
ドラゴンになったのは分かったが実際自分がどんな姿をしているか気になって山を駆け下り、麓にあった巨大な湖を鏡にして確かめた。
まず全体として白磁のような白さと滑らかさを持った鱗が全身を覆い、人の胸や腹に当たる部分は筋肉がついてかなりマッシブだ、頭に生えた二本の角は黒く太くて多少のねじりが入る、それが後方へ伸びている。翼なんかは白くて大きい、体に不釣り合いなほど大きいと思う、この体がおそらく家1軒の大きさとすれば翼は片側だけでその3倍はある、もはやマントだと思える程だ。
こうやって一つ一つ自分の体を確かめてみるといよいよ人生をやり直したんだと心の中でストンと何かが落ちた、覚悟か、気負いは落ちた今はわからないが、区切りはついた。
しかし前もって言われていたから気がつけたようなもので、それもなければ何もわからなかったはずだ。
自分の姿が分かったが何ができるかわからない、なので、色々試すことにした。
試したいのは力の強さや飛行能力、ドラゴンと言えば火を吹く事だが別に望んではいないから後回しとする。
「ちょっとバランスが難しいな……おっと……よっと……」
慣れない翼の重さに姿勢を安定させることも苦戦した、まず人間にないパーツの筋肉の動かし方なんてもの、どうやってもイメージが出来ないので動かせるようになるまでは開きっぱなしで山頂特有の風に押されたり揺らされたりと散々な目にあった、そのかいあって、少しは羽ばたく事が出来る。今のところ飛べる気はしない。
次は力の強さ、まだ龍の体に慣れない俺が力加減を間違えて物を壊してしまうことを防ぐために調べておきたい、現に今、両足に力を入れて立っているだけで地面を踏み砕いてしまいそうになる。人の歩く感覚で龍の体を動かすとスケールが違いすぎて何でも壊してしまいそうだ。
「そーっとだ、そーっ……あっ」
ゆっくり足を上げて、その場に降ろす、これだけの事でも地面が揺れ動く、地面が割れる。これでは歩くことすらままならない、いちいち地面に穴あけながら歩きたくはないのでこの力加減をマスターするまで歩いて歩いて歩きつづけた。同じところをぐるぐると回り続けるのは中々の苦行、景色が変わり映えしないのが精神的に辛い。
「暇だな」
辛さを乗り越えたら暇になってきた、やってることはただ歩くことだけだから言うまでもない、それと無性に左手が寂しい、四角い液晶の板とか落ちてないかぼんやり探してしまうのをやめられない。
スマフォくん、あぁ俺のスマフォくん……君は一体どこへ……異世界には無いかな、流石に。
「前世、ものすごく恵まれてたな……」
異世界に来てまでしないと実感しないなんてな、俺ってかなり愚かだ。
目の前に今はあるのは山の黒、自然の緑、空の青、以上。あのエレクトリカルな文明の色はない、ドラゴンになるというのはこうも人間味の薄いものなのか。
きっと人の寿命よりも龍の寿命は長いだろう、その間俺は何百年も味気ない毎日を過ごすのか、長い入院のあの刺激のない穏やかな生活は時として人から何かを奪う事を実感した後では、今のこの状態は気に入らない。
「そう言えばフォロゴストは少数ながら人がいる、と言っていたな」
少数、というのがどれくらいを指すのか見当つかないが人のいる場所に行けばつまらないと思える龍の寿命も楽しく過ごせるんじゃないか、この先の希望が出てきたぞ。
『……ぁ……う……』
ふと、声に風に乗って耳に入るものがあった。
風に乗ってきたと言うにはハッキリと音が聞こえてくる、なのに途切れ途切れにしか伝わってこない。
何かを伝えたい? いや単語もなにも言葉として聞こえてきてないな、もう少しちゃんと聞こえないかと耳のある所へ手を持ってきて意識を集中させる
『た……け……だれ……』
たけ? だれ……?
駄目だ、これ以上は聞こえない。一体誰の声で、何を求めていたのか……異世界の不思議な現象だと思い過ごせばそれまでだ、まぁそれまでなので気にしない。
さぁて、声のことは忘れて歩行の練習でもするか、山を降りて鏡にした湖を通り越してその先に行ってみよう、足跡があればそれを目印に帰ってこれるな。
「そうだ、地図もあると良いな」
硬い板状の岩盤を削り出して爪で地図を描いた、簡素な丸と線だけの子供の絵と同じレベルだが。
どうせなら色々と目印を書いていくか、あとは地名を決めてしまおう、どうせ俺しか見ない地図だから俺がわかればいい。
あの鏡にした湖は『かがみ湖』あの山は草木が一本もないから『おハゲ山』だ! ワハハハ! これ結構楽しいぞ! 色んな物に名をつけてやるぶぁははは!
ということでかがみ湖の先へ歩く歩く歩く、時間で言うと3時間、距離にして目算20キロそこそこだと思う。地図に残すにしても目印に使えるものが途中に見た巨大な樹木が一つだけ、あれだけは背丈が一つ飛び抜けていたので、よくわかるだろう。名付けるなら『ツリーハウスにしたら気持ちよさそうな木』長い!
そこからまたしばらく歩くと森が途切れて草原が現れた、凄いな見渡す限りの草原だ、この龍の体でも大きいと感じるから、人だったら広すぎて持て余すんじゃ……いや、フロンティアスピリットあふれる人たちなら狭いとさえ言いそうだな。
「えー、草原だけかぁ……道中動物に会うでも、魔物に会うでも、龍に会うでもなく、淡々と進んできてしまった」
何もいない、誰もいない、唯一俺の声以外の声は……あの空耳みたいなのだけ……嘘だろ……
更にこの草原を越えた所で人に会うこともそれ以外に会える保証もない、今情報があるのはあの声だけ。
「……はァ〜〜〜」
俺は思い切り息を吸って腹の底から吐き出す、とても見つけられない手がかりのない探し物をしようとしている自分に対して、呆れが出た。そんなの探すより拠点を作るなり生活の基盤を作るほうが冷静に考えれば優先度は高い。
本当、何やってるんだろうな、俺。
「龍にもなってやる事が人探し、それも手がかりなしと来た」
取り敢えずあの声の主がどこに居るのか探す方法を探す必要がある、検討の為に検討するくらい回りくどいやり方しか無いのが辛い。
「さっき聞こえてきた声がどうやって声を伝えてきたのか、これが分かると声の主に連絡が取れるんだが……」
あの声が発信側でこちらは受信側、こっちからも発信できればまだやりようがある。
「発信、発信か……」
今できる俺の方法で発信するとなると……
大声で叫ぶ、暴れる、大きな音を立てる、そんなくらいだな。魔法なんてものあればいいが、あるのかも知れないが俺は使える気がしない。
せめてこの背の大きな翼が使えるなら空を飛んで探すという方法もあったが、羽ばたくだけで飛べる気がしない、この自重に対する揚力が足りてない。ダイエットしても無理。
「このお飾り翼がよー……案外手のように自由に動かせるのは良いんだが、それだけだし……」
なんか方法は無いか、取り敢えず声を、俺の存在を声の主に届けたい……声を遠くへ届けるか……遠くへ……声を……ふーむ、そうだ!
「こうすれば良い」
大きな翼を拡声器のように八の字の筒型にして、俺の声に指向性をもたせるんだ、そうすれば届くかも知れない。
目いっぱい空気を吸い込んで、ため息じゃなくて、龍の真骨頂でもある雄叫びを響かせる!
「声が聞こえましたよ〜っ! お返事くださ〜い!」
これを東西南北1回ずつ繰り返した、喉潰れるこれ
さて、効果出るかな……