___時間は少し巻き戻り、龍が声を聞く前。
「こんな事もうやめにしましょう、もう意味ないんですよ」
「何を言うか、龍の加護無しではわしらは生きていけないのだぞ」
あの龍がいた所からずっとずっと山を越え谷を越えた先にある村では、二人の男が会話をしていた。
ため息をついて肩を落としているのはまだ若い村人、それを叱責するのは髪が薄くなり始めた老年の村人だ。
村にある大きな舞台に乗せられた酒、果物、豚、羊その他様々な食物を前にして話をしていた。
「村長、そろそろ古いやり方は捨てて“聖龍教会”に入りましょうよ、毎年こんな貢物しなくても教会の“竜騎士”たちが守ってくれるんですよ? 一体何が不満なんですか?」
「まだそんな事を言っているのか! 分からず屋めっ! 聖龍教会と言えど、納めるものは納めねばならんのだ、それにこの地には古くから言い伝えがある、そんなものは不要だ」
彼らは聖龍教会と呼ばれる組織に所属するかで揉めているようだった、若い男はため息をついてから村長と呼ばれた老年の男性に反論していく。
「村長、その言い伝えは今まで一個でも証拠ありましたか!? 『この世ならざる神なる龍が父なる大地へ母なる世界から写し身を遣わし、父なる大地の目に住まう我らは降臨の日を見る使命を帯びた、故に我らは神なる龍の加護を得たり。人よ生命を謳歌せよ』この言い伝えによればこの村は最高神フォロゴストの加護があるんでしょう!」
「そうだ」
「もし本当にあるんだったら、あるんだったら……俺の妻は死ななかったんだよ! わかるだろ村長! 魔物に喰われて! 死んだ妻を見てまだそんな事を言うのか村長!」
村長は苦虫を噛み潰したような顔で、手を握りしめた。
若い男の言い分は言い返せない事実だった、この村は数年前に魔物に襲われ村人の大半を失ったのだ、開村以来の大事件、歴史からみても大きな被害を受けたばかりだ。
「しかし……龍の加護がなかったら、我々は、この村はもうとっくに無いものとなっていた筈だ。……彼女の事は……残念だが」
村長のしどろもどろな回答は若い男の撃鉄を起こし怒りに火を付けることになり、徐々にヒートアップしていく
「なんでそう頑なに……っ!」
「頑なに守るから言い伝えは意味を持つんだ、彼女も、この村の人間も、そう思っている、筈だ」
「村長なら何が人の為になるか分かるでしょう? 本当は分かってるのに言い伝えに固執しているんじゃないですか……!」
「そんな訳……! ない! この村を思えばこそ村長として龍の加護に救いを求めているんだ……!」
「何が龍の加護だ! 何が村長だ! 頑なに無い物を頼っている馬鹿じゃないか! そんな人間は村長をしているんじゃない!」
遂に若い男の怒りは頂点に達して村長の胸ぐらに掴みかかった、そして両の手に力を込めて目いっぱいに揺する、しかして村長も言われてばかりではなく語気を強めて若い男へ言い返した。
「この村を守るには! 守り受け継ぐには! 聖龍教会でも足りんのだ! 龍の加護でも守りきれず、人の力では抗えない脅威に一体誰が手を差し伸べ守ってくれるのだ! その聖龍教会も手に負えなくなれば容易くこの村を見放すに決まっている! いい加減何かにすがるのを止めろ! お前の妻は! この村を守って死んだ! そこまでだ!」
「くぅ……っ! 言わせておけば妻の死をそんなふうに!」
そこからは酷いもので男同士が絡み合い殴る蹴るの大喧嘩を巻き起こした、結果、他の村人が止めに入るまでの数十分のうちに二人は村の診療所に仲良くぶち込まれ何週間も出てこれない大怪我をしたのだった。
その一部始終を見ていた者がいる。
頭に龍の角を模した冠をつけ首から龍の鱗をぶら下げた女性だ、彼女は『神子』と呼ばれる龍と意思疎通できる人間だ。
「……その伝承、一節抜けている、『なれど我らの龍の加護は遠き古に消え、されど加護なき今も伝承を待ち望まん』本当は……加護なんてない、もうとっくにね。でも、いつか来るよ、神なる龍は嘘はつかないから」
女性は二人が診療所へ運び込まれるところを見送りながら言葉を風に乗せて言った。
「もし本当に、伝承が本物なら、もう少し早く実現してほしかったな……」
右肩のその先にあるはずの物を無くした彼女は、それをあるかのように撫で、幻の痛みに顔を僅か歪め、その場をあとにした。
彼女が去るのと入れ替わりで現れたのは2つに分けた三つ編みを元気に揺らす自由奔放な女児だ、その手の甲には不器用ながらも龍の絵が描かれていて、舞台に貢物を置きに来たようだ。
「よーし! これでりゅうさまくるよね! なんたってあたしの絵だもん! こないとおへそをとっちゃうからね!」
そして、胸の前で手を組み祈る
「りゅうさまきてください! たすけるのはいいことですよ! たすけてくれたらなでてあげます!」
これでよし! 元気に三つ編みを揺らして舞台から走り去り、ちょうどこの時にあの龍は言葉をきいたようだった。
そんなこととはつゆ知らず、村の人々は太陽が山向こうに沈むまで働いて、家に帰る時間になった。
今日も一日働いて元気に汗を流した彼らは今日の夕飯を考えながら採れたての食材を抱えて歩く、その時だった。
「グォォォォォォッ──ーッッッ!!!」
天地がひっくり返るような大きな雄叫びが村を駆け巡った、その声は大気を震わせ家屋を揺らし、村人たちは耳をふさがねば立っていられないほどだった。
この雄叫びを聞きつけて神子の女性が急いで貢物を捧げた舞台へ躍り出る、その表情は必死そのもので待ち望んだ何かがやっと現れた高揚感も含まれていたようだ。
「この力強い声は、龍っ! この地に龍が現ると言うことは……遂にこの時が……っ! 我ら神子七代受け継いだ使命が今果たされる! 村の者よ集まれーっ! これより『龍宴』の儀を急ぎ行う!」
「えぇっ!」
「今からか!」
「神子様さそう言ってんだ! やるしかあるめぇ!」
村人が神子の宣言に従いどんどんと集まってくる、舞台前には数百名の村人が大挙し神子の言葉を待ち望む。
神子は舞台の上に登場し村人全てに一礼をする、その後手を天に掲げ声高らかにハッキリした口調で告げる
「今より『龍宴』を行う。その前に今一度、龍宴の意味を説く。
龍宴とは、人が龍に貢物も捧げ龍に呼びかけ、龍との契約を交わすことである。これこそが龍の加護であり、神子七代受け継いだ伝承が果たされる時である!」
「神子様、今までの龍宴とは違うんですか?」
「今までの龍宴は龍こそ契約していたがそのどれもが魔物崩れの半魔竜、純粋な龍とは言えない半端者だ。だが先程鳴いた龍こそは、間違いない純粋なる偉大な龍である! 神子である我が保証しよう!」
神子の熱のこもった言葉は村人たちを熱狂させて余りあるものになった、それこそ長く待ち望んだ龍の加護であり今からの平和をもたらす福音でもあるからだ。これでこの村は人を襲う脅威に怯えることなく健やかで安泰な日々は約束されたも同然であった。
「では、龍宴を執り行う。皆、我に続けて祝詞を唱えよ」
神子は村人に背を向け、舞台の後ろを向く形で彼方に居るであろう龍に呼びかけた。
「天地になりし御身の血族、空を行き、海に沈む、地に栄える龍の子よ。我らが声を聞き届けよ、我らが願いを耳にせよ」
唱えた言葉に村人も同じく唱える、これを何度も繰り返して多々ひたすら龍の訪れを待つ、これが龍宴であり彼らの切なる願いの形である。
日が沈み空には闇と月が照る頃合いになっても儀式は続けられ、村人は交代しながらも唱え続け、神子はただその場から動かず祝詞を途切れさせないように必死だった。
そして……日が昇る。
「夜が明けた……神子様倒れちまうぞ……!」
「我らの声を聞き届けよ、我らの願いを耳にせよ……! 我らの声を聞き届けよ、我らの願いを耳にせよ……!」
「もう日が明けちまったよ、龍様全然来ねぇじゃねぇか……!」
ズン……! ズン……! ズン……!
村が揺れた。
「おぉ……我らの願いが届いたぞ! ……、ゲホッゲホッ……ッ」
「神子様! もう休めって!」
「なに、これからぞ……! 誰が龍の言葉を分かるのだ……!」
ズン……! ズン……! ズゥゥーン……
音が止まり、揺れが収まった。そして
「グォォォッ!」
白き龍は翼を広げて、両の手を広げて雄叫びを上げた。かの龍がやって来たのだ。
「ハハハッ……! 伝承の龍、遂に来たか……何と言う美しさよ……クハハハハハ……! ハハハハハ……!」
神子は狂ったように笑って、龍を出迎えた。