もし、奈落に落ちたのがハジメだけではなかったら。また、ハジメではなかったら。
そんなIFのお話。ルートは3つ。
※落ちるところまでは原作と似た進みのためカット
ルート1 白崎香織と
メルドが魔法発動の合図をして、クラスメイトの魔法がベヒモスに向かっていった。
――ただ一つを除いて。
その魔法、火球はハジメの方に方向を変えた。そのまま足元に着弾し、衝撃をもろに食らう。
なんとか踏ん張って皆の下へ行こうとしたが、三半規管が潰されてしまい足取りもフラフラとしている。
更に悪意がハジメに牙を向けた。
まさかの生きていたベヒモスが殺意をハジメにぶつける。
逃げようとするハジメに赤熱化した角を向け、突進してくる。ハジメは残された数少ない力を振り絞り、必死にその場を離れた。
刹那、異常とも言える衝撃が周りに広がる。
その衝撃によって、下からヒビの入っていた橋が更に割れていく。
そして、崩壊が始まった。
崩壊し始めた橋では重いベヒモスの体を支えられない。
グアアアアッッ!!?
ベヒモスは悲鳴を上げながら落ちていく。
洞窟内に断末魔が反響する。
ハジメもなんとか逃げようとするが、崩壊のほうが早い。
手を伸ばすが、届かない。
身体が浮遊感に襲われる。
ハジメの心が絶望一色に染まった時、誰も予想していなかったことが起きる。
「ハジメくん!!」
クラスメイトの一人、白崎香織がこっちに走ってきた。
クラスメイトは静止の言葉を投げるが、止まろうとしない。
そのまま、橋があったところから飛び降りた。
ハジメはその光景を見ながら、香織はハジメを視界から離さないようにして。
二人、奈落へと落ちていった。
サーーーー。
水が流れる音がする。
水と風で冷え切った身体を震わせ、全身の痛みを感じながらもハジメは目を開いた。
・・・ここはどこだと考えた時、一緒に落ちた彼女のことを思い出す。
痛む体を起こし、周りを見るとすぐ近くに横たわっていた。
生きているかどうか不安になったハジメは近づき、胸部が上下に動いていることが見えた。
生きていることに安心したハジメは、まず香織を岸に運んだ。
濡れたままで風にあたっていると低体温症の恐れもある。
パンツ以外の服をすべて脱ぎ、そして固まった。香織の服を脱がして良いものか、と。少し考えた(躊躇した)が、脱がすことを決めた。
できるだけ見ないようにしながら服を脱がせる。顔が熱くなるのを自覚しながら、香織を下着の姿にさせた。
服を乾かすために火種を起こそうとしたが、あいにくハジメには魔法の適性がほぼゼロ。指先一つの大きさの火を生み出すだけで1メートルを超える大きさの魔法陣が必要になる。
10分ほどかけてようやく魔法陣を完成させた。
しかし、こんなに大きいのに効果は小さな火種を作るだけ。なんか悲しくなってくる。
・・・とりあえず詠唱を唱え、火種を生み出し、服を乾かす。
香織も火の近くに移動させ、自分も暖を取る。
数分して、身体が暖まったからか香織が目を覚ます。
「ん・・・・・・・・こ、こは・・・」
そんな声を上げながら身体を起こす。
眼の前には小さな炎とその奥に座っているハジメ。
ハジメの目は閉じられており、眠っているようにも見える。
だが、そんなことはない。むしろしっかり起きている。
『白崎さんの下着姿・・・うう、想像するな、想像するな』
ハジメも男子高校生。そんなことを思うのは普通のことだった。そんなとき、
「ハジメくん?」
香織の声が耳に届いた。目を覚ましたことに内心喜びながら、
『下着姿で来られると困るんだけど!?』
とか思っている。
「ここ、どこかわかる?」
目を閉じたまま返答する。
「わからない・・・けど、少なくとも65階層よりは下のはず」
「そっか・・・」
自信なさげな返答に香織は不安そうになっている。そのことを理解したハジメは無理やり明るい声で声を出した。
「大丈夫、・・・きっと、なんとかなる!」
それが強がりだということは香織にも伝わっている。
だが、自分を励まそうとしてくれている彼の声を聞き、しっかりしよう、と勇気を出した。
その後、下着姿ということに気づいた香織が赤くなり、何をトチ狂ったのか暴走して下着も脱ごうとしてそれをハジメが止めるといったこともあったが、服が乾いたため着替えて先に進むことにした。
だが、その景色はこれまでにいた迷宮とは違っていた。詳しく言うと、より自然に近いものになっている。
障害物も多くある。だが、裏を返せば隠れられる場所が多いということでもあり、二人は身を隠しながら進んでいった。
そして分かれ道にたどり着く。
どっちに進もうか話している時、片方の道でなにか小さなものが動いているのが見えた。
身を隠しながら様子を伺うと、ウサギのような魔物がいた。
耳が長く、足が異様に発達している。
赤黒い線が何本も体を走り、心臓のように脈打っていた。
見ただけでヤバいと判断したハジメは、
「あっちにしよう・・・」
「う、うん・・・」
ウサギのような魔物が居た方とは別の道に進もうとした。
しかし、魔物の耳がピクリと動いた。
一瞬見つかったのかと思ったが、
「グルゥア!!」
獣の唸り声と共に、2本の尻尾がある狼のような魔物が現れ、ウサギのような魔物に襲い掛かる。
二人は狼に食われるウサギを想像したが、
ドパンッ
一瞬で狼の頭部が弾け飛んでいた。超高速で移動したウサギが狼の顔に蹴りを叩き込んでいたのだ。
二匹目の狼は尻尾をバチバチと音を立てて帯電させている。
その魔物の固有魔法なのだろう。
放たれた雷撃を、ウサギは高速で躱していく。
驚くことに、ウサギは空中に透明な足場を作って跳ね回っていた。
狼に接近すると、1匹目と同じように蹴りが叩き込まれ、狼の首の骨が折れていた。
その様子に言葉を失う。
ウサギの強さはあのベヒモスを軽く凌ぐとハジメは直感した。
いくらチート持ちの香織が居ると言っても香織は治癒士だ。
直接戦闘にはあまり貢献できない。
勝ち目がゼロということを悟り、2人は静かにその場を離れようとした。
しかし、
カラン
意図せず足元にあった小さな石を蹴飛ばしてしまう。
後ろを振り向くとウサギがこちらを凝視していた。
身体をこっちに向ける。それはもう直感だっただろう。
「白崎さん!」
香織の身体をハジメの方に引き寄せる。
1秒と経たず、すぐそばの壁が崩壊した。
石壁を錬成してもすぐに砕かれる。
左腕で顔をかばい、吹き飛ばされる。
「ハジメくん!?」
様子を確認しようとした香織は絶句する。
顔をかばった左腕はあらぬ方向に折れ曲がっていたからだ。
すぐに治癒しようとしたが、ハジメが残っている腕で香織を引き寄せる。
香織は目を見開いた。
すぐ近くにウサギの蹴りが叩き込まれる。
ハジメはとっさに香織を護ろうとしたのだ。
「ハジ、メ、くっ・・・」
香織の脳裏にはさっきの狼のように弾け飛んでしまうハジメが浮かんでいる。
来るであろう衝撃を覚悟し、目を閉じる。
だが。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・?」
いつまで経っても衝撃が来ない。
目を開けて見てみると、ウサギは動きを止めていた。
更には身体もブルブルと震えている。
なにかに怯えているように。
実際のところ、ウサギは怯えていた。
もう片方の通路から現れた、白い毛皮の熊のような魔物に。
2メートルほどの体躯、長い爪を持つ腕。
「グルルルル・・」
唸り声を聴いた瞬間、ウサギは脱兎のごとく逃げ出した。
さっきの狼の雷も避けきったスピード。
しかし、熊の魔物はその巨体に似合わないスピードでウサギの魔物に接近した。
長い腕と爪がウサギに振るわれる。
ウサギの魔物は、その一撃をギリギリ躱したかに思えた。
しかし、結果はウサギの身体が斜めに切断された。
それは、熊の魔物の固有魔法。
爪の先から更に風の刃を発生させる魔法。
爪は届かなくとも、風の刃でウサギの魔物は切り裂かれたのだ。
熊はウサギの死骸に歩み寄ると、鋭い爪でウサギの死骸を突き刺し、口に運ぶ。
グチャグチャと生々しく響く咀嚼音が、2人の恐怖を更に掻き立てている。
金縛りにあったように身体が動かない。
だが、ウサギを食べ終わった熊が、次はお前達だと言わんばかりに2人に振り返った時、
「うわぁあああああああああっ!!!?」
ハジメは反射的に香織の手を掴むと、熊とは反対方向に駆け出した。
しかし、数メートルも進まない内にハジメの左側面に強烈な衝撃が襲った。
「うわぁっ!?」
「きゃあっ!?」
衝撃に吹き飛ばされる。
2人は壁際まで飛ばされた。
すると、熊は『何か』を爪で刺し、持ち上げ咀嚼し始めた。
「え・・・・・・・・・・・・・・・・・・?」
「嘘・・・・・・・・・?」
それは人の腕。一瞬見えた手の形からして、左腕だ。
その『何か』はハジメの左腕だった。
「あっ……!?がぁああああああああああああああああっ!?」
ハジメはその事実に絶叫する。
自分の左腕の肘から先が消えていた。
先程の衝撃は風の刃で切り裂かれた衝撃だったのだ。
「いやぁああああああああああっ!?!?」
続けて香織が悲鳴を上げる。
「ハジメ君!? ハジメ君!!」
香織はその左腕を治癒しようとした。
だが、
「れ、錬成ぇぇぇっ!!」
ハジメが後ろの壁に手をつけて錬成を発動させる。
すると、壁に高さ50cm程の穴が開いた。
ハジメは香織の手を掴み中に押し込むと自分も入り込む。
「錬成! 錬成! 錬成ぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
ハジメは魔力の続く限り奥に奥にと熊から逃げるように穴を掘り続ける。
ハジメの魔力が尽きて錬成が発動しなくなった時、ほぼ同時にハジメも力尽き、倒れた。意識が朦朧としている様子だ。
「ハジメくん!?しっかりして!」
そう言いながらも回復魔法を唱える。だが傷は塞がらない。
切れた腕の傷を治せるほどの技量はまだなかった。
魔力が続く限り、香織はハジメに回復魔法をかけ続けようとした。
だが。
「しら、さき、さん・・・」
ハジメの意識が戻った。
「ハジメくん・・・ハジメくん!!」
そう言いながらハジメの身体に抱きついた。
「ごめんなさい・・・私が、もう少し戦える力があったなら、もっと、強かったら・・・」
香織なりの贖罪なのか、懺悔し続ける。だが、ゆっくりと首を振り、そのままハジメは言葉を続ける。
「なんだろう・・・からだ、そんなに痛くないんだ・・・」
その言葉に香織は何も言えなくある。もうハジメの身体は限界を迎えかけているのだと理解して。
「地球で、普通に暮らして、いたときさ、ぼくに、話しかけに来てくれたり、世話を焼いたり、してくれた、よね。それもさ、毎日。最初あたりは、鬱陶しかったな。でもさ、そのうち、気づいたんだ。・・・いや、気づいたんじゃないな。わからない、ふりをする、のを、やめたんだ。毎日話すの、面倒、だったけど、ちょっと、楽しくて。」
その言葉を聞いているとき、香織は涙を流し続けている。更にハジメは言葉を紡ぐ。
「あの夜さ、白崎さんが、僕の、ことを、守るって、言ってくれたとき、嬉しかった、けど、情け、なかったんだ、自分は、守られる方の、人間なんだって。女子、一人ぐらいは、守れる人間で、ありたかったって。でもさ、白崎さん」
少し間を開けて尋ねる。
「こんな僕だったけど、君を守ることはできたかな・・・?」
「うん・・・うん!ハジメくんは、私を助けてくれたよ・・・」
その返答を聞き、頬がゆるむ。
「ねえ・・・白崎さん・・・こんなときだけど、言っておきたいことがあるんだ・・・」
「この世界に来る前から。高校で話しかけられたときから。」
「ずっと思っていたことなんだ。」
「僕は、あなたのことがずっと、好きでした・・・」
穴の中に言葉が響く。
その言葉を聞いた香織は更に涙を流す。
「そっか、ずっと、わたしたち、両想いだったんだね・・・」
2人の人生がここで終わってしまうとしても、最期のときはお互いの心が通じ合ったままで終わりたい。
「私も、ハジメくんのことが、好きです。最初に出会ったときから、今まで、誰よりも・・・」
そう言って二人の顔が近づく。死ぬ間際にようやく2人の心は通じ合った。そのことを確認するように、最初で最後になるかもしれないキスをした。初めての愛する人とのキス。それは悲しくも涙と血の味がしていた。
ピチョン
そんな音が聞こえ、目を覚ます。
『生きてる・・・・・・・・・?助かった・・・?』
ハジメが意識を取り戻したのだ。
最初に感じたのは、胸にある重み。
仰向けに倒れているハジメの胸に顔を埋める様に、香織が縋り付いていた。
気を失っているのか動くそぶりは無い。
そして、さっきの音は何だったのかあたりを見回す。
その時、低い天井から水滴が落ちてくる。
なんだろうか、と思い、腕を伸ばそうとする。
だが、左腕を喰われたことを思い出す。
その瞬間、尋常ではないほどの幻肢痛が襲いかかる。
表情を歪めながら、左腕を押さえる。
そして気がついた。血が止まっているどころか少し肉が盛り上がり、傷も塞がっていることに。
あれだけの血を流したのに貧血も起こっていない。
それは、明らかに異常。この現象が何なのか考えていると、香織も目を覚ました。
「ハジ、メくん・・・ハジメくん!?大丈夫!?・・・痛っ」
低い天井に頭をぶつける。それを見て慌てて天井を錬成し、高くする。
高くすると、水滴の量も増加した。10秒に一滴のペースだったのが3秒に一滴ほどに。
口にその水を含むと、錬成で使用した魔力が回復したのを感じた。
『まだ・・・生きていられるんだ』
そう思ったのも束の間。遠くであの熊の鳴き声が聞こえた。
その声を聞いたとき、ハジメは腕を喰われた痛みと恐怖を。
香織はその後の瀕死のハジメの姿を。
それぞれ思い出し、恐怖をお互いが埋め合うようにして抱き合った。
2人の戦意はとっくに折れてしまっていた。
『1日?2日?・・・1週間?・・どれくらい時間がたった?』
2人とも時間の感覚はなくなっていた。
生きているのかも不安だったが、抱き合っているときに感じる体温が自分、そして相手も生きているんだと認識させてくれる。
本来、飢餓で餓死するところだが、あの水でその心配はなくなっている。
だが、異常なほどの空腹感が消えるわけではない。ハジメは幻肢痛もだ。
死ねば楽になれるかと思い、水を口にするのをやめようとしたこともあった。
だが、やめられなかった。なぜか?2人は無意識のうちに理解していた。
単純なことだ。死にたくないからだ。
苦しむ相手の姿を見て、2人は憎悪を募らせる。
『なぜ、白崎さんがこんなに苦しまなければいけない?』
『なんで、ハジメくんが腕を奪われないといけなかったの?』
『白崎さんを死なせたくないんだ』
『ハジメくんをこんなところで死なせたくなんかない』
『『これからも、2人で生きていきたい』』
『『邪魔をするものは・・・全て敵』』
そうして膨れ上がった憎悪の先はまず、近くにいる魔物に向かうのだった。