掃きだめの機兵乗り   作:RX-78-2

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コロッセオ

 遥か彼方まで延びている摩天楼の郡、灰色の樹木じみたそれらは葉を生い茂らすようにヘドロの色となった雲をその上部にまとわせ、薄ピンク色をした雨をざぁざぁと降らしていた。

 

 隣を歩く足音もアスファルトに当たる雨音の中でかき消されるそんな空模様の中、一つだけ雨のヴェールをくぐり抜け音と熱狂を振りまいている廃墟―—否今夜にあっては舞台があった。数多の人間の悲喜のこもった声を圧力で押し潰すようにして何か無機質な音も聞こえてくる。

 その熱狂の中心部、熱を生み出しそしてまた熱を切り裂く正体。

 それは二つの鉄の塊だった。円形のコロッセオを思わせる舞台で鉄の四肢でぶつかり合う、電子の神経を全身に張り巡らされた鈍色の巨人たち。

 

 戦機と人から呼ばれる、それらはハリケーンのように破壊をコロッセオに生み出していく。にらみ合う双方の戦意は武装にこめられ、放たれる殺意は運動エネルギーとなって目の前の敵に向けて放たれた。

「やっちまえー!」「てめぇに賭けてんだ、負けたらブチ殺してやる!」「勝つなぁ!」

 二体の巨兵がしのぎを削る試合場。その周り一段高くなった観客席からは品性を失ったロクデナシどものヤジがひっきりなしに飛んでくる。だが、それらは二体に届く事はない。

 

届く以前にスラスターの轟音が聞くに堪えないそれらをかき散らす。

 

「このまま、だらだら撃ち合うのはムダ金喰うだけか。」

 

 リングを縦横無尽に駆け回り銃撃の応酬を繰り広げていた巨人の内の片方、赤を基調としたカラーで全身を彩り「C・モーラー」と名付けられた機兵の奥で男は――モーン・ソレットは一人呟いた。

 

(この距離では俺の武装の強みは生かせん)

 

 そう考えながらカメラ越しに武装をちらりとみやる。右手には近距離で高い制圧力を誇るzipps製ショットガン「metro」左手には足を止めた相手を膾切りにするための大型ビームブレード「illegal」。戦い方としてはショットガンで相手の隙を作り、ブレードで切り倒すというわかりやすいインファイターだ。

 

 だからこそ今回の試合では相手である「明け烏」(dawnbird)はこちらにつかず離れずの距離で戦って、こちらの確殺圏内に入らないように徹底している。こちらもそれだけで完封されるほど柔くはないし、相手と打ち合えるだけの射程を持つ武器は装備している。バックパックのハードポイントに接続させた小型ビームカノン「sail」だ。しかしこの装備は扱いやすさと負荷の軽さ重視のために威力が心許ない。そこらの木っ端兵器ならば十二分に有効な武装になるが、同じ戦機兵相手ではメインを張るには苦しい武器だ。

 

 相手の武装はライフル銃と|エネルギーを収束させる事で威力を上げられるビームライフル《チャージライフル》、左肩部マルチロックミサイル。中、近距離戦闘で相手とつかず離れずを維持して潰すのが相手の戦法だろう。接近を許した時のためか腰部にレーザーブレードの発振器を装備しているがこちらのブレードに比べれば鈍らだ。

(チャージライフルが怖いがこちらの装甲を削りきる前にスラスターを全開にして一気に加速して相手の懐に潜りこめば戦況をこちらに傾かせれる。懸念点は―)

 モーンは敵の右肩、まるで大きな懐中電灯のような武装に注意を向ける。

(形状からしてメーカーの正規品ではなさそうだが、個人作成か?だとするならイカれた武装(おかしなぶき)を作る連中には幾つか心当たりがある。とはいえいままで打ってこなかった事を考えると弾数がとびきり少ないか、有効射程がとびきり短いかのどちらかだろう。未知の脅威ではあるが、接近戦には自信がある。)

 

 方針が決めると、コックピットのレバー上部、赤いボタンを押しながら一気にレバーを押し切る。その命令を戦機兵が認識すると全身に配置されたスラスターが一気に火を吹く。

 瞬間、C・モーラーの姿がブレた。

 コロッセオを半分に分断するように、空間に一本の赤色が影を残す。そしてスラスターの爆音とともに響くのは発砲音、もはや衝撃と化した音の瀑布がコロッセオでよせては返す。瞬きの間に間合いに踏み込んだC・モーラーは加速の勢いのままにレーザーブレードを振りぬく。

 

 上部からは目ざとい観客たちがモーンの勝利に早めの歓声を上げる。だが、しかし

 

「そんなにうまくいかせるものかよ!」 

 

 開いていた広域通信からそんな年若い青年の雄たけびがモーンの耳朶に響く。「明け烏」はチャージライフルを手放す(パージ)すると腰部ハードポイントに接続されているレーザーブレード発振器を引き抜く。

 

 眼前の敵を溶断せんと振るわれた熱光の刀身は同じく熱光で出来た剣によって防がれていた。切り結んだ場所を中心にぶつかり合うエネルギーの奔流が雷となってあたりを貫く。 

  

 明け烏は突っ込んできたC・モーラーの攻撃を後ろに逃がしながら、距離を取ろうとする。

ここを勝機と捉えたCモーラーがさらなる追撃をかけようとした再度スラスターを吹かせようとしたその時だった。

 モーンはニタリ、と目の前の機兵が嗤った気がした。瞬間眼前に広がるのは赤、赤、赤

爆炎とシステムエラーの赤色がモーンの視界を赤く染めたのだ。

 

「正気かっ!!?」

 

 明け烏が自身も巻き込まれる事を覚悟の上でブラフにかかった自分を肩部ミサイルで爆撃を行ったのだ。それに気付くのモーンは数瞬を要した。1秒経つか経たないかそんな僅かな時間、だがそれは目の前の敵に一手の機先を与える隙だった。

 黒煙の中、揺れる黒いカーテンの隙間。ギラリと銃口が鈍く光る。それをモーンが認識した瞬間黒煙のカーテンがたなびき、大気に火花が咲き乱れた。

 

 コロッセオに爆音が響き渡る。衝撃音!、衝撃音!!、衝撃音!!!(ダダダダダダダッッ!!!!!!」)

 一転して攻勢に出た明け鳥はスラスターを全開にするとショルダータックルをぶちかます。質量兵器そのものと化した明け烏がC。モーラーに突き刺さるとその衝撃にたまらず吹き飛んだ。

 

 明け烏は開けた距離を二度とは詰めさないと全武装を一斉に発射する。ばらまかれたミサイルと弾丸がいまだに衝撃から回復しきれていないC.モーラーに着弾。再びコロッセオに爆炎と黒煙をまき散らした。

 

 観客席からの落胆の声と喜びの声が明け烏が降り注ぐ。だが、まだ試合終了のブザーはなってはいない。つまり奴——C.モーラは黒煙の中で次、あるいは最後の一手を繰り出そうと準備しているのだろう。ならばこちらも悠長に手をこまねいているつもりはない。煙の中から燻し出すために弾丸をばら撒く。

 

 空を切る弾丸が黒煙のカーテンを引き裂いていく。瞬く間に煙は霧散した。だが、開けた視界の先には(C.モーラー)の赤い姿が存在しない。

 

 鳴り響くアラート! もはや反射でペダルを踏み込むと機体が地面を蹴りつけ、スラスターの推力を借りて横に大きくジャンプする。発砲音(ズガンッ!!) つい一瞬前に立っていた場所は音とともに抉れ、凹んでいた。明け烏に影が被さる。

 

「空かっ!」

 

 明け烏が己を認識したことを悟るとC.モーラーが肩部武装ユニットを起動、ビームカノンが球状のビームをまき散らす。ピンク色をしたシャボン玉のような玉は物体に触れる度、弾けて周囲を破壊していく。エネルギー弾が不透明な壁となり「明け烏」の視界の邪魔をする。

 

 「明け烏」のコックピットで青年――アキラ・エヴァンズは現状打破のための思考を走らせる。武装はミサイル――「WCN‐NB6」がリロード中、アサルトライフル――「L17A2」もエネルギー弾は撃ち落せてもCモーラーを打ち落とすのは無理。ならば回避?否こちらも体力に決して余裕が有るわけではない。波がこちらに来ているタイミングでケリをつけなければならば寧ろ負けるのはこちら。残るは不利を承知で格闘戦。

 

 明け烏はライフル(L17A2)を構えるとスラスターに火を灯し弾幕にかまいもせずにCモーラーとの距離を詰める。コックピット越しに何度も衝撃が伝わってくる、弾幕にぶつかる度に装甲が削られていく。

 

「肉を切らせて骨を断つ!」

 

 それでも尚、加速し続け互いに刃が届く距離まで接近する。

 

「斬り合いかッ!」

 

 モーンは雄たけびを上げる。瞬間、極限まで集中した知覚が世界の時間を遅延させる。振るう刃の動きすら緩やかに認知する。このままぶつかれば手持ち式と接続式だ、出力差でこちらが勝つとモーンは確信する。剣戟に意識を向けてしまう。

 

 その刹那の間の出来事だった。明け烏の右肩から光が弾けた。

 

「なっ...にぃ!!?」

 

 モーンが見抜けなかった右肩の武装、それは拡散型大型ビームポッド。威力と範囲に重きをおいた結果元の正規品とは大きく形を変えることになった馬鹿げた代物(カスタムメイド)だ。幾つもの光の線が知覚の外から殺到する。

 

 意識の範囲外からの一撃を完全な形で食らい、その衝撃でCモーラーの足が止まる。それはこの白兵戦の距離では大きな隙だ。

 

「墜ちろろぉぉぉ!!」

 

 裂帛の雄たけびと共に放たれた光刃が相手の期待の腹部を大きく抉り、引き裂く。刃を振りぬいた状態の明け烏がそのまま中空を進み振り返ると、衝撃音を響かせながら地面に激突するC.モーラー。

 

 ここに今夜の叩きの決着がついた。そのことを観客たちが理解した時、コロッセオは今まで以上の轟音と熱気でその身を大きく震わせたのだった。

 

 ブースターをフカしゆっくりと地上に降りる明け烏に地面に伏した巨人から通信が入る。

 

「・・・してやられた。接近線は俺の十八番だったんだが。」

「生憎と昔、飛び切りの剣豪とやり合ったことがあってね。」

「だろうな、でなければ俺がまけるはずない。」

「随分な自信家だな。あんたの驕りに付け込んだおれが言える言葉じゃないかもしれないが。」

「言うじゃないか、人気者。画面越しに見るアンタはもっと根性なしかと思っていた。」

「人気者? 便利屋の間違いじゃないか。」

「違いない。・・・次は負けない。」

 

明け烏は返事をせずに自分のピットに戻っていく。その姿を見ながらモーンはコックピットの中、独りごちた。

 

「噂は当てにならんものだな。八百長ばかりを引き受ける三流の機兵乗りかと思ったら随分とやり手じゃないか。・・・いや、俺が驕っただけだな。急遽決まった試合とはいえもう少し敵の情報を集めておくべきだったな。」

 

今回の反省を行いながら脳内で損害を計算し大きなため息をつくモーン。

 

「しかし、あの腕。戦争中どこの部隊にいたのやら。銘ありのパイロットだと思うが、こんな所で何をしているだろうな。」

 

明け烏が去っていたピットの暗闇を眺めながらモーンはつぶやくのだった。

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