勇者の剣   作:属物

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後話

 地図、寝袋、枕、火口、鍋、ナイフ、まな板、着替え、洗濯板、石鹸、水筒、外套、晒布、風呂敷、財布、筆記具……

 

「魔法が使えたらなぁ……」

 

 ズラリと並ぶ旅行具にマットは溜息を吐く。

 この量を背負い袋に詰め込んで、長い道のりを歩かねばならないのだ。収納の魔法が使えれば手持ち鞄一つで済ませられるのに。

 だが無いものは無い。文句を言っても進まない。諦めて詰めるしかない。

 

 何せ村を出る他にはないのだから。

 

 別にマットが追放された訳でも、ムラハチを受けてる訳でもない。強いて言えば勇者の剣がその理由である。

 

 ……勇者の剣を魔物は恐れる。そして恐れるままに襲い掛かる。だから勇者ヒンメル一党の魔法使いフリーレンに、剣の里は魔物退治を依頼していた。五十年に一度の依頼をしていたのだ。

 だがあのエルフは一向に来やしない。そろそろ八十年になるのに連絡一つもよこさない。しかもマットが剣を抜いたせいか魔族まで来襲する始末。

 このままにしておけないと考えた村長は、王都にいる(かもしれない)フリーレンを直接尋ね、里に呼び寄せると同時に魔物避けの魔法を依頼するようマットに伝えた。勇者の剣が里に無ければ魔物が襲い掛かることもないと言う訳である。

 

 かくしてマットは産まれて初めての長旅をすべく準備に勤しんでいるのだ。

 

「えっと調理具は重いから上の方、衣類は軽いから底の方……ホントに逆じゃなくて大丈夫なのこれ」

 

 旅慣れた村長からのアドバイスに従い、旅道具で背嚢を満たしていく。床一面を覆うような荷物の群れも気づけば殆どバックパックの中だ。意外と入るもんだと感心する事ひとしきり。

 

 荷物の準備はこれにて完遂だ。

 後、すべき事はなんだったか。

 

 二人の顔を思い浮かべ、マットは腰を上げた。

 

 

 ……

 

 

「ホントに重いものが上でいいんですか? バランス悪そうですけど」

「一度背負えば嫌でもわかります。村を出る前に歩く練習をしておきなさい」

 

 そんなものかなと首を傾げるマットを、()()()()()()村長は柔らかい表情で見る。

 

 ……パイツェとの一戦は村長の命を大きく削った。もとより女神からお迎えが来てもおかしくない年齢で、毒を受けたまま限界以上に魔力を振り絞っての大立ち回り。代償にベットに伏せる時間は日に日に増える一方となった。

 

「そう言えばアイはどうしました?」

「貴方が来ると聞いたら途端に逃げ出してしまいましたよ」

 

 これはマットが出ていくと聞いたアイの癇癪が理由である。今までもあったことだが、今回はマットが押し切られずに理路整然と反論したので、アイが大いに拗ねてしまった。

 やっぱり嫌われたのかなと落ち込んだ表情を浮かべるマット。随分わかりやすい顔をしていたようで村長はクスリと笑みを浮かべる。

 

「大げんかして顔を合わせ辛いだけです。とっ捕まえてあげなさい。ちゃんと別れをしない方がよほど後悔しますよ」

「そうですね……ちょっと探してきます!」

 

 不器用な子供たちへ人生の先達からアドバイスだ。

 村長がそう言うならと素直なマットは早速部屋から飛び出そうとする。その背中へと村長は呼びかけた。

 

「マット」

「はい?」

「どうか健やかに。それとアイと仲良くしてやってください」

「はい!」

 

 元気よく応えて駆け出すマット。彼が旅から帰る姿を見ることはないだろう。残り時間からしてそう村長は確信していた。

 

 なら自分は何をすべきか。

 

(まずアイを一人前……は難しいけれど、せめて糸口ぐらいはつけてやらないといけませんね)

 

 旅を終えたマットはさぞかし大きく成長しているに違いない。ならば次期村長となるアイもしっかりと鍛え上げてやらねばなるまい。

 心配ご無用と笑って送り出せるように、胸を張っておかえりと言えるように、村長に相応しい立派な魔法戦士(レディ)にしてやるのだ。

 

 そのためにもマット以上の超絶スパルタニアントレーニングコースが必要だ。とりあえず自分並みに『稲妻を帯びる魔法(ゲラーデン)』を使えるようになるまで、たっぷりと雷を味合わせてやらなければ。

 

(それから里の経営や統治の勉強と、女神様の教えの理解と……ああ周辺地域一帯の村々や統治者について頭に叩き込んであげましょう)

 

「くちゅん!」

 

 あまりのスパルタ仕様に、アイの無意識が危機感を覚えたのは当然のことだろう。

 尤も、虫の知らせの詳細を知る頃には、帰還可能点を遥かに通り過ぎているだろうが。

 

「……なんか寒気が。風邪ですかね?」

 

 かくしてマット帰還までの間、アイは血の涙も枯れ果てる絶望の日々が確定したのである。そこに血も涙もなく、ただ苦痛だけがあった。

 

 

 ……

 

 

 村外れの墓地には人がいない。人がいるのは葬式と掃除と墓参りの時だけ。

 ただ今日は少しばかり人口密度が多い。先ほどまでは一人、そして今は追加が一人。

 

「ぬー」

「あのね、アイも知ってると思うんだけどね」

「むー」

「いやね、このままにしておくと魔物が寄ってくるわけでさ」

「うー」

「だからね、フリーレン様に魔物避けしてもらわないと村にいる訳にも行かないわけで……」

「ぐー」

「うう……ねえ、何が不満なの?」

 

 唸って拗ねるアイを前に、マットは説得を諦め問いかけた。その顔には大きな文字で『げんなり』と書いてある。

 

「なんで私が不満なのかわかりませんか」

 

 しかし返されるのはめんどくさい彼女ムーブであった。質問に質問を返すのは反則だろうが、ルールは強者が決めるもの。弱者たるマットは涙を呑んで従うしかなかった……今までは。

 

「わからないから聞いてるんだ。教えてよ」

 

 勝利は弱虫を勇者に変えた。マットの目は真っ直ぐにアイを見詰めている。先に目を逸らしたのはアイの方だった。

 

「……わかんないんです」

「へ?」

「私にもよくわからないんですよ! なんかこう……すごく嫌なんですよ!」

 

 極めて理性的な私もこれにはパニックです! と頭を抱えたアイがクネクネとうねる。

 それ呆然と眺めるマットも同じ気持ちだ。当人がわからないものをどうわかれというのだ。

 

「正直さ、僕も旅は嫌だった部分があるよ」

「マットもですか?」

 

 ならどうするればいいのか。せいぜい自分を題材にするほかあるまい。

 

「うん。だって全然知らないすっごい遠くに行くんだよ? 

 迷うかもしれないし、辿り着けないかもしれないし、怪我するかもしれない……帰れないかもしれない」

 

 そもそもフリーレン様の居場所が不明瞭だしと付け加える。コツコツと叩く指は、『無茶振りしやがって村長め』と、文句を言外に伝えている。

 

「本音を言えば、不安で、不満で、怖くて、嫌だった」

「なのに行くんですね」

 

 何故? と問う視線にゆっくりと頷く。

 

「託されたんだ」

 

 貴方なら出来ると村長は言った。

 私が出来ないからではなく、貴方なら出来るから、これを貴方に頼むのです。

 不安で震える手を包み、村長はそう伝えた。

 

「それと、外を見てみたかったんだ」

 

 これから行くのは伝聞と流言でしか知らない村の外だ。摩天楼の密林、常緑の山麓、紺碧の大海原。そして未知なる迷宮! 

 無論、王都までの道行で見れるものなどタカが知れてるだろう。それでも未知への期待と好奇心はマットの中にもあったのだ。

 

「私もです」

 

 なんの気も無しに答えた言葉が、ストンと腑に落ちた。ああ、そうか、自分は……

 

「私、村長になるんですよ」

「うん」

 

 村長である曽祖母は老齢だ。いずれ村長としての大役を果たせなくなる。だからアイがその役割を受け継ぎ、この村で生涯を終える。物心ついた頃からそう教えられてきた。

 魔族との死力を尽くした戦いはその予定を大幅に早めた。村長になることに不安はあれど不満はない。

 ずっと前から決まっていた事だ。

 ずっと前からわかっていた事だ。

 

 だけど

 

「私もみたかった。外に出てみたかった。知らないものを見たかった。

 知らない場所に行って、知らない風景を見て、知らない歌を聴いて、知らない人に会って……」

 

 見上げれば抜けるような青空はどこまでも広がっている。遮るもののない広い広い空。

 けれどアイは空を飛ぶ魔法を知らない。

 

「私、冒険をしてみたかったんです」

 

 アイは大人びた微笑みを浮かべる。寂しげでほろ苦い、諦めの笑みだった。

 

「じゃあ、僕が冒険を持って帰るよ」

 

 マットは少年らしく笑う。力強く希望に満ちた、冒険者の笑みだった。

 

「知らない場所に行って、知らない風景を見て、知らない歌を聴いて、知らない人に会ってくる。

 知らないものをたくさん見て、色んな冒険をして、それを全部君に話すよ」

 

 驚いたアイの表情がふにゃりと崩れる。クスクスと年相応の笑いが溢れた。目尻に浮かんだ雫を指で払う。

 

「なんですかそれ。吟遊詩人にでもなるんですか?」

「土産ものは限られてるけど、土産話ならいくらでも持って帰れるからね」

 

 真っ直ぐにマットを見つめる。その顔にはもう陰りはない。

 

「マット」

「うん」

「どうか気をつけて。いってらっしゃい」

「無事に帰って来るよ。いってきます」

 

 トンと、小さな拳がマットの胸を突いた。

 

「土産ものも期待してますよ?」

「高いものは勘弁してください」

 

 二人から漏れた笑い声はいつしかは朗らかな大笑いに変わっていた。

 墓場には似合わない、けれど青空がよく似合う、はしゃぐ子供らの声が響いていた。

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