私のきらいなセト先輩
「…………はぁ」
眠たくて堪らないというのに、眠りに落ちてくれない融通の利かない己の身体に思わず溜息を零してしまう。
こうなってしまった以上、手持無沙汰になってしまってはいるが特に何かやりたいことも無く、やるべきことは星の数ほどはあるがやる気も沸いては来ない。まぁ、そのうち嫌でもやるべきことについては声がかかるのだろうが。
机に頬杖を突いて、窓の方を眺める。
空は私の心中とは裏腹に、清々しいほどの青色をしていた。
それがあまりにも、自分には毒になるので。目を閉じて自分の内に仕舞い込んだ大切な記憶の箱を開ける。
そこには────────
宝石のような。自分にとって、最も幸せな記憶。
汚物のような。自分にとって、最も見たくない記憶。
────────どこまでも愚かな、私の罪の記憶。
それでも、私にとっては大切なものなので。
今の私を、定義付けるものなので。
────────ユメ先輩。
瞼の裏に焼き付いた鮮明な記憶。
あのどこまでも優しくて、人を信じるということを疑わない。馬鹿だったけれど、それ以上に眩しい、太陽のような私の大切な先輩。
あの、可愛げもない生意気なだけだった私の事をとても大切にしてくれた先輩。
今は、もういなくなってしまった。私の、大切だった、先輩。
そして、
────────リョウジ先輩
結局私は、先輩たちの願いを果たせないまま、生きている。
だからこれは、己の罪の再確認。
これは私にとっての贖罪であり、私が行くべき方向を再確認する一種の儀式。
私が、先輩として。あの子たちにあるべき姿を見せるためのマニュアルを読むようなもの。
そこには、感情の挟む余地はない。いや、挟んではいけない。
己を殺して、ただ務めて。先輩としてあるべき姿を学び取る。
そうでなければ、とても息が出来なかった。
いつものように、登校して目的地である生徒会室へと足へ進める。
登校してすぐに向かうような場所ではないと思うかもしれないが、私が通うアビドス高等学校という学校は授業という普通の学校では行われているような事柄が行われないような特異な学校ということだ。
そして、そんな授業も行われないようなおかしな学校の生徒会室に向かう理由もまた単純明快。私、小鳥遊ホシノはアビドス高等学校生徒会副会長としての役目を果たすためにこうして生徒会室に向かっているところだ。
アビドス高等学校は、過去にこのキヴォトス一と称されるほどの栄華を極めた学校だったのだが、ある日を境に断続的に発生するようになった砂嵐によって衰退の一途を遂げている。
その証左として現在のアビドス高等学校は既に廃校寸前の高校であり生徒数も二桁しかおらず、そんな学校での生徒会に所属しているメンバーも私を含め
更に言ってしまえば、生徒会以外の在校生は基本的に役に立たないものとして思ってもいい。単にこのアビドスを出てどこへ行こうかと決め倦ねている人間というだけだ。
故に、このアビドスに真の意味で生徒として通っている人間は生徒会のメンバー3人だけというわけだ。
そんなどうにもならないことを考えているうちに生徒会室の前に到着する。
扉の前に立つ。中には人の気配はない。いや、おそらく一人は既にいるのだろうが。
相変わらず先輩だというのに情けない、と呆れと侮蔑と怒り交じりのぐちゃぐちゃな感情を持ちつつ扉を開けると案の定件の人物は安物のパイプ椅子にもたれ掛かり漫画雑誌をアイマスク代わりにして眠っていた。
よくそんな椅子で眠れるものだと再び呆れて、私はそんなダメ人間の前まで歩き漫画雑誌を取り上げ、肩をゆすりつつ声をかける。
「起きてください。瀬戸先輩。起きないと撃ちますよ」
すると、"んぁ?"といった間抜けな声を出しながら瞼を開いた。
「…………おお、なんという事だ……相変わらず小鳥遊が冷たくて
「そんな私はどこにも存在しませんよ。それに、優しくされたいのでしたらそれに見合う立ち居振る舞いをしてください。少なくとも瀬戸先輩に対して優しくしようだなんて思いは今のところこれっぽっちもありませんが」
"そりゃ御尤もなことで"、なんて返事を返しつつ問題の人物は大きく欠伸をし瞼を擦り、寝癖交じりの頭をボリボリと掻いている。
この自堕落という言葉をそのまま形にしたような人がアビドス高等学校生徒会書記の
とはいえ正直印象は良くない。ユメ先輩が居なければこんな奴さっさと追い出すくらいには嫌いな人間だ。
何より、私たちは致命的に相性が悪いのだろう。何というか、うまく言語化はできないのだけれど。人間的にこの人の事を嫌っているのは事実なのだが、
そんな、よくわからないものを私に与えてくるのだから余計に腹立たしく思えてしまう。
「何はともあれおはよう小鳥遊」
「おはようございます瀬戸先輩。相変わらず先輩は御気楽極楽で良い御身分ですね」
「う~~ん辛辣。これでも色々と考えてるんだぜ?」
「どうせくだらないことでしょう?そんなことをしている暇があるのならバイトでもして少しでも借金返済に協力してください」
「いやいや、確かに塵も積もればとは言うがウチの借金がどれだけあるか忘れたわけじゃあないだろ?利子が膨れ上がって今じゃ何億って数字だ。学生が真面目に返済して一体何年かかる?十年か?百年か?そんなバカみたいな相手に真正面からやってもバカを見るだけだよ。おじさんとしてはもうアビドスと他の学校を併合する形にした方が良いと思うんだがねぇ」
彼の言っていることは正しい。確かに莫大な量の借金をたかが学生3人でどうにかできるものではない。とはいえ私たちはソレを目標にして動いているのだから四の五の言わずに行動に移すしかない。
「……それをユメ先輩が納得すると思ってるんですか?」
「だよなぁ。アイツはバカみたいな性格だから真っ当な手段で借金を返済してアビドスを在りし日の姿の戻そうと努力している。正直言うとおじさんとしてはやめて欲しいんだけど、ユメに借りがある手前アイツの好きなようにやらせるしかない。は~~ぁ。働き者の無能が上に居ると大変だねぇお互いにさ」
それに関しても同意だ。とはいえ、この人物と比較すれば何倍も、何十倍も立派なあのお人好しという言葉をそのまま形にしたような人間を馬鹿にされるのは少々、いや結構腹が立つ。
「そうですね。ところでそういうことは真面目に仕事をこなしてから言っていただけますか?口だけの無能は働き者の無能より質が悪いので」
私がそう嫌味を返すと瀬戸先輩はくつくつと笑い、
「おー怖。でもまぁ小鳥遊の言う通りだ。今はユメの方針に従おうじゃないか。どうあれおじさん達はこの一年で消える。そのあとは小鳥遊の好きなようにすればいいさ」
「言われずともそのつもりです。ほら瀬戸先輩、ユメ先輩が来るまでに仕事の準備しますよ」
そう私が声をかけるとへいへいとやる気のなさげな相槌を打ちつつ書類や判子を机の上に用意していく。
それからは特に会話も無く黙々と準備をし、5分程経った頃に廊下の方から慌ただしい足音がこちらに向かってきていた。
「ごめん二人とも!遅れちゃった!」
「いえ、私たちも準備をしていたところなので問題ないです」
「そうそう。何ならもっと遅れてくれても良かったんだけどな」
「もー、リョウくんはまたそういうこと言うんだから!」
瀬戸先輩が軽口を言い、ユメ先輩が咎める。でもその顔には怒りや呆れといった表情ではなくお互いが微笑みを浮かべている。いつも通りの光景だ。いつも通りの光景なのだけれども、正直蚊帳の外のような疎外感を感じてあまり気分の良いものでは無い。
私はこの二人の関係性についてはよく知らない。さっき瀬戸先輩が言っていた瀬戸先輩がユメ先輩に対して借りがある程度の事しか知らない。
そんな二人だけの空間を切り裂くように、口を挟む。
「二人共、無駄話をしていないで仕事をやりますよ。山ほどあるんですから」
「はーい!それじゃあリョウくん、ホシノちゃん、お仕事頑張ろうね!」
「はい」
「へいへいっと」
ユメ先輩の号令で今日の生徒会業務を始める。とはいってもそう難しいものではなく単純な事務仕事をこなすだけではあるのだが。
それからお昼を過ぎ午後4時に差し掛かったところで、校門の方が騒がしくなってきた。
耳を澄まして聞こえてくるのは聞き慣れた銃撃の音。それと時代錯誤、いや文明錯誤を疑ってしまうほどの聞くに堪えない暴言に私はまたか、と内心ため息を吐く。
「おーおー。毎度のことながら元気だねぇ。あの有り余る若さを別のことに使えばいいって言うのに」
窓から外の様子を見ている瀬戸先輩がぼやく。
私達アビドス高等学校が抱える問題は何も借金だけではない。不定期にこの学校を襲撃する不良グループ。「ヘルメット団」の存在もまた私たちが向き合わなければならない問題だ。
彼女たちがこの学校を襲撃する理由は依然として不明だ。考えられる線といえばやはりこの学校の借金だろうか。とはいえヘルメット団の襲撃とアビドスの借金という点同士を繋ぐ線が今のところ見えてこない。
解らないことを考えていても仕方がない。とにかく今は目の前の脅威を対処することを優先することにする。
「別のことって……例えば何にですか?」
「…………世界平和とか?」
「聞いた私がバカでしたね。追い払いに行きますよユメ先輩。瀬戸先輩」
馬鹿馬鹿しい返答をした先輩をよそに、私が二人に声を掛け各々の装備を取り出し迎撃の準備を整える。
私はショットガンを、ユメ先輩は体の半分ほどはある巨大な盾を、そして瀬戸先輩はハンドガンといくつかの手榴弾と
このメンバーにおける戦闘は基本的に私と瀬戸先輩が遊撃を行い、ユメ先輩が校舎のダメージを防ぐというスタイルを取っている。普通に考えれば、盾を持っているユメ先輩がタンクを務め私と瀬戸先輩が後方でアタッカーになるというのがセオリーなのだが生憎と私も瀬戸先輩もこっちの方が性に合っている。
準備を整え玄関へと走る。
「いつもの事だけど気をつけてね二人共!特にリョウくんは!」
道中、ユメ先輩が声をかける。
先程にも述べた通り、瀬戸先輩はヘイローを持たない人間であり、このキヴォトスの人間と違い身体が頑丈ではない。
銃撃が平然と行われるこのキヴォトスにおいて銃弾一発が致命傷となり簡単に命を落とす原因ともなる。
だというのに瀬戸先輩はいつも前線という死地に赴く。私一人でも問題ないというのに。
幸い瀬戸先輩は戦闘では全くの役立たずという事ではなく、私よりは力は劣るが私より巧く立ち回る。それが普段のだらけた態度と対照的で余計に腹が立つ。
「わかってる!ユメも、小鳥遊も気をつけろよ!」
「瀬戸先輩に言われなくても!」
そう言って3人がそれぞれ別々の出入り口から飛び出す。
外に出た瞬間からヘルメット団による攻撃を見舞われる。相変わらず数だけは立派なものだった。
私は冷静に、いつものようにヘルメット団を一人ずつ無力化していく。
「ぐえっ!」 「痛ぁ!?」
「次」
「くそぉ!」「コイツ!」
リーダー格と思われる存在も確認はできるが、基本的にヘルメット団はあぶれ者たちが集まっただけの烏合の衆であり、連携もクソも無い集団なので一対一で戦ってくれることが多い。仮に集団戦を仕掛けてきたとしてもチームワークが皆無なので連携の練度が壊滅的でやはり脅威にならない。
というか、そういった点を抜きにしても単純に私との力量がありすぎる。そうこうしている内に連中の半分ほどを伸してしまった。
「くそっ!一人相手に何やってんだ!全員で掛かれ!」
連中にとって私の方が瀬戸先輩より脅威に映ったのか私一人に戦力を集中させた。
その判断は正しい。そして何よりありがたい。
そうしてくれた方が片付けやすいし、何より瀬戸先輩が無駄な怪我を負ってユメ先輩が悲しむこともない。
とはいえ、頭数が多いのは事実で。私はそれを少し面倒だな、なんて思いながら迎撃態勢を取り────────
「小鳥遊!FB!」
聞き慣れた声がして咄嗟に目を瞑る。直後、キーンと甲高い音が鳴り響いた。
耳を塞いでいなかったため暫く耳が潰れるがそれは相手も同じこと。加えて相手は目を瞑っていなかったため視界も封じられている。
たった数秒の拘束。さりとて戦場で数秒の隙が命取りになるのはバカでもわかる事。瀬戸先輩が作り出してくれたチャンスを無駄にすることの無いようヘルメット団を無力化する。
私に迫ってきていたヘルメット団を私と瀬戸先輩で全員無力化し、残るは指示を出していたリーダー格一人だけとなり私と瀬戸先輩二人とも銃を構える。
「まだやるか?今手を引くなら少なくとも君は痛い目を合わずに済むわけだが」
瀬戸先輩が降伏勧告をするとリーダー格はギリッと歯を噛み締め、"やってられるか!"と言い残して他のヘルメット団と一緒に逃げ帰っていった。
逃げているヘルメット団の姿が見えなくなったところで警戒を解き、周囲の状況を確認する。
校舎の損傷、特になし。私の損傷無し。ユメ先輩も問題なさそう。瀬戸先輩も……問題なし。
こちらはほぼ無傷の完全勝利だった。
「お疲れ様二人共!いつも前線任せちゃってごめんね!」
ユメ先輩がこちらへと走りながら申し訳無さそうに謝ってくる。
「いえ、気にしないでくださいユメ先輩。私たちは自分のできることをしているだけですから」
「まぁそういうこったな。小鳥遊もこう言ってるしそう気にするなユメ」
「そっか。うん……じゃあ、ありがとう二人共!」
「ああ、それでいい」
「ええ。ユメ先輩はそれでいいんです」
ユメ先輩はえへへ、と照れ笑いしていた。相変わらずどこか間の抜けたような表情だったが、それこそがユメ先輩の良さなのかもしれないと思ってきている自分がいるのもまた事実。そしてそんなユメ先輩の笑みに夕日が射し一種の芸術のようにも見え、なぜか自然とこちらも笑みを零していた。
それを見たユメ先輩は珍しいものを見たような、愛くるしいものを見たかのような表情をして────────
「ホシノちゃんその顔すっごくいいよ!かわいい!」
「ユ、ユメ先輩……く、苦し…………!」
私より大きな背丈と私にはない大きな胸を使って顔が押しつぶされる。
妙な心地よさを感じもするが、それ以上に呼吸が出来なくて苦しいし何より気恥ずかしい。
「わっ!?ご、ごめんね!?」
「い、いえ…………」
肩で息をしながら息を整える。
そういえばさっきからアレが随分と大人しいなとふと思い、顔を向けてみると────
「…………………………フッ」
「ふんっ!」
「ぐおっ!?」
何とも腹立たしいにやけ顔の瀬戸先輩が居たのでとりあえず鳩尾を蹴った。私は悪くない。
「お、おおおお────まだ何も言っていないというのに、この仕打ち────────!」
「いえ、心の中で私の事を馬鹿にしているのが聞こえてきたのでつい」
「他人の心の中を覗き見るとか……小鳥遊さんのエッチ!」
「疾ッ────!」
「ミ゜ッ!」
悪は滅びた。これで一安心。
「し、死んだらどうする……!」
あ、生きてた。しぶとい。
「安心してください。私とユメ先輩の心労が大きく減ります」
これは一応本音。でも、何だろう。今この状況を少し楽しいと感じてしまっているのは何故なんだろうか。
「ふふっ。あはははは!」
ユメ先輩から笑い声が聞こえてくる。私と瀬戸先輩二人してユメ先輩の方を見る。
「リョウくんもホシノちゃんも仲が良くて嬉しいなぁと思って!」
「「いや、それはない/です」」
「ほら、そういうところだよ!」
私と
「ほら、早く立ってください瀬戸先輩。生徒会室戻って仕事の続きしますよ」
「えーーー!?そこはほら、祝勝会とかだろ普通!?勇敢に戦った戦士には何か見返りが必要だと思いまーす!」
「何が戦士ですか。大体、あの閃光弾は何ですか?ウチにはそんな贅沢品を買うようなお金は無い筈ですが?」
「いやいや、自腹だから何の問題もないだろ?それに何より、あれがあったからこそ小鳥遊は危険に晒されずに済んだってな。感謝してくれて構わないんだぜ?」
「何を馬鹿なことを……別にあの程度私一人でどうにでもなります。要らない支援でお金を溝に捨てた自覚はありますか?いつまでも馬鹿なこと言ってる瀬戸先輩にはちゃんと理解してもらう必要がありそうですね。ほら、行きますよ」
「あっ、ちょ、待っ、引っ張るな引っ張るな!自分で立って歩けるから引き摺るなー!」
「そうですか。じゃあさっさと立ってください」
そう言って私は掴んでいた先輩の手首を離してそそくさと校舎内に戻っていく。
「やれやれまったく、可愛げのない」
「そうかな?私はホシノちゃん可愛いと思うけどなぁ」
後ろからユメ先輩と瀬戸先輩の会話が聞こえてくる。……瀬戸先輩は後でもう一度殴ることにする。
「ねぇリョウくん」
「なんだ?」
「────────こんな時間が、ずっと続けばいいね」
「────────────────ああ、そうだな」
────────相変わらず、間の抜けた人たち。
初めましてまたはお久しぶりです。
対策委員会編3章が完結しましたので厚顔にもこうして戻ってきました。
色々と設定が本家の方でお出しされたのでホシノ視点からの書き直しです。プロットが崩れる感覚とは膝が崩れる感覚と覚えたり。
今話はリメイク元があるので多少の加筆と修正を加える程度の変更です。1話はそんなに変更点多くなくて助かった。
リメイク元を知っている人は前作との比較を、知らない方は純粋に楽しんでください。
リメイクでのオリジナル回とかを書くとなると多少時間をいただくことになると思いますが、気長にお待ちくださると。
感想、評価、誤字脱字指摘などお待ちしております。