「そんなものを飲む奴の気がしれねェな」
「栄養は手軽に摂るに限るよ」
タキオンがサプリメントやプロテインなど購買で買ったものをミキサーに放り込んでスムージーにしている光景を見ながら、渡された購買のおにぎりを頬張る。
湿って香りの飛んだ海苔、安っぽい酸っぱいだけの梅干しと冷めて硬い白米を噛み砕きながら、ヘドロ色の液体を飲み干して実験に戻っていくタキオンから目を切って画面に注意を戻すが、
「......無駄な時間だな」
殆ど空白のデータ欄を見ながらため息をつき、パソコンを閉じてゲーミングチェアに寄りかかり天井を仰く。
シャカールが不機嫌な理由はひとつだけ。夕方の練習では、全くと言っていいほどフライトのデータを集めることができなかったからだ。
シャカールがタキオンに借りた測定器具は自分のデータ収集ではなく、フライトのデータを集めるのが目的だった。
だが蓋を開けてみれば、練習といえばジュニアクラスの軽い強度の、クラシック期伸び盛りなシャカールやフライトにとっては流し程度のものばかり。
強度の高い練習だって監督役が多かったせいで試行回数が少なく、レースデータとして扱うには不十分。
今のデータだけ集めてシュミレーションしても、それは正確なシュミレーションとはならないだろうことは容易に想像がつく。
もっとデータが欲しい。
試行回数がなければ正確さを立証できない。
アレが本気で走り込んで練習するデータが欲しい。
どうしたものかと頭の後ろで手を組んで考えるが、答えは出そうにない。だが幸運とは不意に転がり込んでくるもので、機会が向こうから歩いて来た。
「おや、こんな時間だったか。私は練習に行くが先に寝てても構わないけれど?」
「練習ゥ? もう21時だぞ」
「私のではなく姉さんの練習さ。私はデータの収集役」
「......アイツアホなのか?」
夜遅くや早朝など人気の少ない時間帯を好むウマ娘も少なくないが、こんな夜も更けてから始める奴をシャカールは聞いたことはなかった。
困惑が顔に出ていたのか、タキオンは肩をすくめながら返す。
「わかっているとも。筋肉の成長には良質な睡眠こそ不可欠だからねぇ」
「じゃあどうしてだ。ロジカルじゃねえ」
「私達が『有名人』だからさ。無駄な雑音は聞かないことに限る、だろう?」
「注目株なのは知っているが、お前からそんな言葉が出るとは思わなかったな。他人のことなんてどうでもいいんじゃなかったのか」
「別に有象無象はどうでもいい。でも騒ぎを起こすと姉さんに迷惑をかける。トレーナーさんもピリついてるし、野次ウマ含めて取材はシャットアウトさ」
さも当然のように他人を気遣う発言にシャカールは目を見開いた。ほとんど実家と絶縁しているらしいタキオンから家族のことを聞いたことなんて一度もなかったし、トレーナーに気を使うなんて天地がひっくり返ってもありえないことだった。
「家族とは絶縁してるんじゃなかったのか?」
「小うるさい親戚と反りは合わないさ。両親も放任主義だし近況報告をする事はあっても連絡は取ってないね。疎遠といえば疎遠かな?」
「......姉を除いて、か?」
「姉さんは別さ。昔は苦手だったけど」
「だろォな。苦手そうなタイプだ......昔は?」
「今は大好きさ。それに貴重な実験材料だからねぇ」
タキオンの言葉に同意するが最後の言葉が引っ掛かる。
過干渉で押し付けがましく、相手を理解する努力を放棄しているような耳障りのいい言葉を並べ立てて機嫌を取っているつもりの愚か者。
端的に言えばおせっかい焼き。
少なくともエアシャカールの主観のアグネスフライトの人物評価は良いものではない。
自分が知るタキオンであれば軽蔑するタイプだろう。初対面こそ面食らったが、根幹部分は同じだということは少し会話するだけで理解できた。
ウマ娘の限界を知りたがるスピード狂い。そのためになんだってすることは厭わないイカれた倫理観を持ち合わせた天才でそれ以外の些事はとことん嫌う。面倒ごとは他人に押し付け自分のやりたいことだけを突き詰める姿勢は嫌いではなかった。
そんなタキオンも自分と同様にフライトを嫌いそうなものなのだが、と首を傾げる。
「同じだったと気づけば案外理解できるものさ。同族嫌悪じゃなくてああ、この場合は似た者同士と言うのだろう?」
「似たもの同士ィ? 見た目だけだろ」
「そのうちわかるさ。それで、今日はそのまま寝るかそれとも練習についてくるかい?」
「行く」
「だろうと思った」
予測が的中したらしいタキオンの自慢げな表情が、なんとも憎たらしかった。
「もっとストライドを広く。末脚を磨き上げなきゃ東京の長い直線で勝機はないよ」
「ハイ!」
夜の練習場、夜間照明が照らす薄暗いターフの上を1人のウマ娘がコースを走り込んでいた。
額を流れる汗を拭いながらまた走り出す。
何本も走り込んだことを示す土まみれのジャージと荒れた芝。
「トレーナーくぅん! 来たよ!」
「おや、タキオン君に、エアシャカール君か」
「まぁな」
「ではタキオン君はいつものように。エアシャカール君は......」
「アップはするつもりだが、やる事は今から考える。口出しは──」
「では何本か並走をお願い出来ませんか、フライトと」
シャカールの言葉を遮ってフライトのトレーナーが併走を提案した。
「併走?」
「はい。身体を見るにフライト君と同じくらいの本格化具合かと思いましてね。身体つきだけでいえばもう重賞クラスのウマ娘くらいはありますし、お互いの腕試しにひとつ走ってみませんか?」
「腕試し、ね」
チームに所属していない自分自身を侮っている事くらい、シャカールにはすぐ理解できる。体験入部をするようなウマ娘にトレーナーがいることなど稀。
特に選抜レースの旬も過ぎたこの時期に残っているウマ娘の実力などたかがしれたものなのだから、当然とも言える。
が、
「ヘェ?」
負けること前提で話されるのは癪に触る。
「乗った」
「そうか、ありがとう。あの子は脚が弱くて模擬レースの機会もあまり取れなかったんだ。新聞杯に向けていい練習になるよ」
「練習だからって手は抜かねェぞ。どこぞのウマの骨だか知らない奴に負けても知らねえからな」
「それは心配いらないよ、彼女は強いからね」
言ってのけたトレーナーはにこやかな笑みを浮かべているが、皺だらけの顔の奥の目は笑っていなかった。
エアシャカールはそれを鼻で笑う。トレーナーは揃ってこういう目をしている。自分のウマ娘は強い、自分のウマ娘は負けないという根拠のない自信、盲信。それらが何度もバラバラに砕けてくのをシャカールはもう何度も目にしている。
全ての物事には理由がある。
根拠のない自信という信頼できない要素に勝敗を委ねるようでは、時代遅れの評価は間違いではなかったか。
「フライト。ちょっと休憩しようか。その後に何本かレース形式の併走をしよう」
「え、へ、併走ですか? タキオンと? でもタキオンの身体はまだ本格化前だって」
「大丈夫、エアシャカール君とだ」
「エアシャカールと?」
「不満かよ」
「とんでもない! 走ってくれるだけで嬉しいよ! 負けないんだから〜!」
能天気に手まで振ってるフライトを横目に、シャカールはいつものようにストレッチを始めた。
怪我はしないよう念入りに、でもやりすぎない程度に。
本番まで1ヶ月近くあるとは言え、本気で走り込みをするのは無駄に体力を消耗するだけ。流し程度とはいかないが7、8割程度を目安に本気を出せばあちらも納得するだろう。
と、普通は思うんだろうが。
「叩き潰す」
今はあのヘラヘラとした顔をマイナスな感情で歪ませなきゃ気が済まない気分だった。
「準備はできたようだね」
「お陰さまで。距離は?」
「2000m右回り。このコースだと丁度1周分」
「簡単でいいなそりゃ」
トレーナーの提示した右回り2000mは皐月賞と同じセッティング。坂もコーナーバンクも直線の長さも中山とは似ても似つかないが、距離条件だけ見れば同じだ。
「なぁ、2200じゃなくていいのか?」
「何がだい?」
「次のレース、京都新聞杯は2200mだろ。経験値は積ませた方がいいんじゃねえか?」
「2000でいいんだ。本番と同じ距離にしちゃうと少し入り込み過ぎてしまうからね」
「ああん?」
「準備はまだ時間かかりそう?」
「うるせェな」
あまり使われないような言い回しを問いただそうとしたが、フライトに遮られて聞きのがしてしまった。
あとでまた確認すれば良いだろうと目の前のレースに向けて気持ちを入れ直す。
スタートラインには旗を持ったタキオンが内ラチの中で旗を振ってスタートを待っていた。
芝の上に石灰で引かれたラインの上に並んで合図を待つ。
フライトが内、シャカールが外。
1メートルほど離れて、両者が並ぶ。
「それでは僭越ながら私がスターターを」
「早く始めろ」
「それでは、ようい、スタート!」
タキオンの旗が振り下ろされるとほぼ同時にスタートを切った。
シャカールのきったスタートは、一般的に見ればスムーズな良いスタート。
対照的にフライトはスタート時にタイミングが遅れ、シャカールとと少し離れされてレースが始まった。
良いスタートを切ったシャカールであったが、最初から飛ばすつもりはない。
エアシャカールの走りは後方脚質、それもかなり位置を下げる追い込み型だ。
長所であるキレるロングスパートを最大限活かすなら前でも後ろでも同じ。しかし前半戦で集団を俯瞰できる後方の方がシュミレーションの勝率が良い。
中盤あたりで好位につければどんな展開にも対応できる柔軟性もあり、スタミナも平均以上だからある程度のロスのカバーも出来る。
対してアグネスフライトはどうか。
後ろの聞こえる足音に注意を向けながら、エアシャカールは何度もシュミレートされた日本ダービーの結果を思い出していた。
525mの府中レース場最終直線、コーナーで大外に持ち出し先頭に立った自分に対してさらにヤツは大外後方からやってきた。
ならば、戦法は。
「同じ追い込み型、ってところかァ?」
「なんだか気が合うね、私たち!」
予想は当たっていたらしく、元気な返事が返ってくるが手は緩めない。
経済コースの最短ルートである内側は譲らないように張り付くが荒れた最内は避ける。ピッタリと2バ身後ろにつけたフライトに内ラチを締め上げ、楽にさせる進路を作らせない。
ペースメイクする側に回ったシャカールだが、変に乱ペースにするつもりはなかった。
シャカールが知りたいデータはあのシュミレーション上の525mの直線の追い比べのデータ。自分の敗因はそこにあると分析していた。あの末脚の謎が解ければどれだけでも対策が立てられるようになる。
平均ペースでレースを回し、勝負所を最終4コーナーから直線の1点に絞らせる。
小細工なしの力勝負。
駆け引きはむしろ不要。
基礎スペックの高さで押し潰すつもりで、フライトのベストを引き摺り出させる。
向こう正面から第3コーナーを抜け第4コーナーに差し掛かる。足音はピッタリ2バ身後ろ。焦りはなく、一定のリズムで足音を刻み、短く息を吐きながらシャカールが動くのを虎視眈々と待っている。
「ノってやろうじゃねえかよ」
待ってるならこっちから仕掛けて競り落とすまでと、シャカールは4コーナーのさしかかりを見てひとつギアを上げた。
姿勢は低く、内ラチに身体を擦り付けるくらいに寄せながら最短コースを最高速で曲がり駆け抜ける。
右コーナーの高速コーナリングはシャカールが誇れる走りの才の一つ。右にヨレがちな走りの癖を武器に転化させた、本来なら菊花賞に使うためのとっておき。
切り札を使うつもりはなかったが、別世界となれば使っても情報漏れすることはなく試運転ができる。
「お前で試させてもらうぜ、幽霊さんよ!」
コーナーを駆け抜け正面を向いた。
ゴールまで残り300弱、遠くなった足音に思わずニヤケながら、最後の直線に向けてスパートをかける。
残り200m。
ここから捲り切るなら歴代上位3%の末脚がいる。それが出来る奴が何人もいるとは思わねえ。
格付け完了。
やっぱり幽霊は幽霊、ただの根拠のないオカルトだ。
目の前に実物があるなら、証明できる。
幽霊だろうと恐るるに足りず。
勝利を確信して、後ろを一瞥したエアシャカール。
残り100m。
アグネスフライトは諦めてはいなかった。
むしろ、ここから。
「......けられない」
「あん?」
「練習でも、負けられないからっ!」
決意するよう張り上げた声をトリガーにだんだんと足音が近づいてくる。
ぞくり、とエアシャカールの背筋が泡立った。
やばい。
反射的にギアをもうひとつ上げ、持てる全力を振り絞る。
「ハァアアアアアアアッ!!!」
「おおおおあああああああっっ!!!」
「そこまで」
トレーナーの声に正気を取り戻し、気がついた時には2人ともゴール板を通り過ぎていた。
シャカールが膝に手をつき、息を整えている一方でフライトはその5バ身後ろ。走り終わってすぐに地面に倒れ、大きく息をしていた。
振り返ったシャカールは、その事実に驚いていた。あんなに後ろで止まってるやつに気圧されたってのか。オレが? と
感覚的には隣に並ばれたか追い抜かされているくらいだったのに蓋を開ければ圧勝だ。
ただの気迫という数値化出来ないモノにそこまで自分が追い込まれたという事実と、それをどうやって成したか全く理解できなかった。
「やぁやぁ、いい走りだったねエアシャカール君。あと100mもあれば分からなかったんじゃないかい?」
「......ッチ。動画撮ってたりしねえか」
「勿論。姉さんの走りは重要な研究材料さ。本気で走る機会はそうそうみられないからね」
「よこせ」
「少し待ちたまえよ。再生するから」
寄ってきたタキオンからタオルとpcを受け取りながら転送された動画を開く。アングルはフライト寄りだが、しっかりオレも映っているいい動画だ、撮り慣れているだけあって慣れているようだった。
動画はタキオンが旗を振り下ろしたところから。
スタートは下手。ワンテンポ遅れて飛び出て、スタート後の姿勢も綺麗なものではない。
スムーズにシャカールが出てるだけあってより下手さがより目立つ。
スタートダッシュに失敗しているが無理にペースを上げず、先行するシャカールの後ろにつけていた。
第1コーナーから第2コーナーからは特筆する点もない、整った教科書通りの基本に忠実な走り。
向こう正面を抜け第3コーナーを周り、そして第4コーナー。
シャカールがスパートをかけたタイミング。コーナリングで突き放し、画面を少し引いたタイミングで両方が最終直線を向いた瞬間。
「コイツは......!」
「凄いだろう?」
飛ぶように走るとはよく形容されるが、まさしく飛んでいるとしか思えなかった。
ストライドを広く取り、低空を滑るように前に飛ぶ走り。
自分の姿が止まって見えるような錯覚さえ覚えるほどに、フライトのスパートは異次元に速く見える。
「とんだみかけ倒しじゃねえか」
「そうなんだよ。早く見えるだけなんだ」
そう、見えるだけだ。
右上のタイムラップは平均クラス。
カメラ越しのカウントといえどもそこまで誤差はないだろう。上がり3ハロン37秒台は練習を踏まえれば平均ペース、特筆すべきことはない。
むしろ39秒そこらで回ってるオレの方が無様なくらいだ。ダービーじゃあ35秒代が平均ペース、あちらが練習疲れがあるとはいえ遅い。
走り方も妙なフォームをする。
回転数を刻むピッチではなく歩幅を広くとるストライドよりの走り方だが、スパート時のスタイルは基本とかけ離れたオリジナルフォーム。
手脚を大きく振って走る、だが体にブレがない。
全身を使って伸びるように見える走り方。
だが欠点だらけの欠陥フォームだ。
「ストライドが広い割には踏み込みが浅いじゃねえか。フワフワ飛んでるせいでロスが大きい。もっと地に足つけて走った方がタイムは刻めるだろ」
「そうとも行かなくてね」
「......脚元か」
「正解」
「お前の姉だもんな」
「家系さ」
タキオンはなんてことのないように言っているが、その足元のせいでタキオン自身の研究が難航している事をシャカールは知っている。
タキオンの身体はエンジン出力に機体強度が追いついていない飛行機のようなものだ。全力でスロットルを上げ、最高速度を出し続けると空中分解してしまう。
目の前のフライトも同じと考えれば、あの変則フォームは脚を壊さないために自然と生まれたワザと非効率にされたフォームということになる。
「だとすると不確定要素が」
どこにある、と言いかけて気がついた。
不確定要素は間違いなくこのフォームだ。
もしこのフォームが
この不必要なまでにロスの大きいフォームがごく平均値のロスにまで抑えられたとすれば、無駄になっていたエネルギーは走りへ向かう。
そう仮定すれば、シュミレーションの結果通りになるのではないだろうか?
推測ばかりで計算式は成り立たないが、仮説がなければ実験は始められない。
パズルのピースはまだ確実なものではないが、シャカールの脳内ではピースがハマり始めるような感覚があった。
ひとつ考え出せばキリがない。この仮説を肯定する材料はあっても否定できる材料は手元にはない。
感情という不確定で数値化不能な要素をシュミレーションに織り込むのは論外だが、日本ダービーの勝者の傾向を統計として読み取る事はできる。
ダービー以降成績不振で勝てなかった、あるいはダービーを切っ掛けに怪我や引退をしたウマ娘は多い。
例えば、ウイニングチケット。
ナリタタイシン、ビワハヤヒデらと並びBMWの一角としてクラシックを牽引した名ウマ娘。
だが、日本ダービーの勝利以降はまだ秋開催の京都新聞杯を勝ち上がるも菊花賞3着を皮切りに、得意の2000〜2400m、クラシックディスタンスのレースで勝ち星を挙げられず、怪我をきっかけに引退。
例えば、アイネスフウジン。
朝日杯を逃げてマルゼンスキーの記録したレコードタイ記録。皐月賞は道中に不利を受けて2着止まりも、日本ダービーではハイペースな逃げをうち、当時のレコードを1秒更新知る大記録を達成した。
だがレース後に左脚の屈ケン炎を発症し秋に現役を引退。
例えば、トウカイテイオー。
無敗で皐月、日本ダービーの二冠。その後はJC、有馬記念を制覇したG14勝、歴史に残るウマ娘。
しかしダービー後には怪我が発覚し菊花賞への出走を断念、約1年間の休養期間がある。
さらに翌年の有馬記念11着から怪我でまた1年の休養。その後の有馬記念勝利後には三度怪我が発覚、その怪我を理由にトゥインクルシリーズを去った。
そして、昨年のダービーウマ娘アドマイヤベガ。
アドマイヤベガは菊花賞6着以降、怪我を理由にレース出走を休止中。復帰の目処は立っていない。
他にもサクラチヨノオーはダービー勝利後は1年間の休養、復帰してからに2走とも16着の惨敗を喫し現役引退を発表した。
その1年前のダービーウマ娘、メリービューティーもアドマイヤベガと同様菊花賞後に勝利はなく現役を引退している。
外れ値は三冠ウマ娘をはじめとする強者を除けばほとんどいない。クラシックG1が日本ダービーのみでそれ以降にG1を勝利しているのは、ここ10年ではスペシャルウィークのみという事実がそれを証明している。
ダービーで燃え尽きるウマ娘は多い。世間ではよくそう言われる迷信があるが、それは統計からすれば事実に近い言葉だ。
言い換えれば、ダービーにはそれだけの価値があるのだろうと、エアシャカールは不本意ながら結論付けている。
全てのホースマンとウマ娘にとっての憧れと言われる日本ダービー。ただの東京2400mのレース、クラシック三冠路線の2つ目のレースというだけにどれだけの価値があるか、エアシャカールには理解し難い感情だ。
だが結果的に「そうする」ウマ娘は多い。
その後の競争人生を棒に振ってでも、たとえ身体が取り返しのつかないくらいに壊れてしまってでも勝ちたいレース。
シャカールにとってはその後のレースを全て棒に振るほどの価値が、たったの1レースにあるとは思えなかった。
ただ、シャカールは自分の目標を思い出して自嘲した。
「バカバカしいとは、オレも言えねぇか」
「どうしたんだい?」
シャカール自身が掲げる三冠の目標と、日本ダービーに懸ける想いとやらも本質的には変わらない。
100年以上の歴史を誇る中央競バの歴史の中でも、ティアラを含めた三冠ウマ娘はたったの6人。
約200回のクラシック・レースの中の6人。その7人目を目指すと言うのも、側から見ればバカバカしい目標だ。
同じ穴の狢と気づくのが遅すぎてこっちが恥ずかしくなる。それを隠したくて、シャカールはあっちのタキオンには口が裂けても言わなかった自分の癖を口に出すことを決めた。
「ところで最後、少し身体がフラついた様に見えたけれど、何かあったのかい?」
「斜行癖がある。全力で走ると右にどうしてもヨレちまう。直そうとはしたが──」
「シューズや蹄鉄からのアプローチは試したのかい? その手の話題であればトレーナー君は詳しいよ。おおいトレーナー、エアシャカール君もアドバイスが欲しいそうだよ! 知恵を貸してくれ!」
「......やっぱ気味悪ィ」
「ええーっ! 折角心配してるのにそんなこと言うのかい!」
「テメェに情けをかけられると調子狂うんだよ」
「そんなー! 優しくしているだけなのに!」
「そうだよシャカール!」
「テメェ......そんな大声が出せるんならもう何本かは走れるンだろうなアァ?」
「もっちろん! 今度は負けないよ」