飛行機雲を探して   作:通りすがる傭兵

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お盆休みでした。


夢にかける願い

 

 

「無事に勝ったな」

「なんとかだね、運が良かったよ」

「実力だろ。最後方から最後の4ハロンのタイムは最速、文句をつけようもねえ勝利だったじゃねえか」

「いやいや、反省するところはいっぱいあるよ。それに府中じゃどうなるかわからない。仕掛けどころも見直さないといけないし、課題は山積み」

「真面目だな」

「それだけが取り柄だしね。それと──」

 

 土埃のついたゼッケン付きの体操着を脱いだフライトはさっきまで見向きもしなかったシャカールの方を向くと首を傾げながら言って、

 

「なんでいるの?」

「オレが知りてえ」

 

シャカールは、ため息をつきながら肩をすくめた。

 

「要件はテメーの付き添いだ。あのジジイに頼まれた」

「トレーナーさんに? あ、今日はあの子達の」

「府中でもレースがあるからそっちの見届けだとさ」

「それで、白羽の矢が立ったのが?」

「オレ」

 

 サブトレーナーが不在のこのチームにおいて、トレーナーに次ぐリーダー格といえばアグネスフライトなのだが、2番目は誰かと問われると当のトレーナーすら答えられない。

 強いて言うならアグネスタキオンだが、本人がリーダー気質ではなく、練習もあまり顔を出さないためにその席は不在であった。

 

そこにやってきたのがエアシャカール。

 

『ねえ、誰か話しかけないの?』

『怖いし』

『というか学校で見たことないヒトなんだけど』

 

 最初こそ耳元や目元のピアスなどいかつい外見も相待って遠巻きに見られているばかりだったが、

 

『やあやあシャカールくぅん』

『嫌だ』

『ええ〜、まだ何も言ってないじゃないかぁ?』

『じゃあその手の後ろで光ってるものはなんだか言ってみろ』

『これはただの光る軟膏っぽいものさ、そーれ!』

『飲むやつじゃねえのかよ、クソッタレ!』

 

 タキオンの実験に巻き込まれて数日ほどピカピカに光りながらそれなりに協力的な様子を見せていたり、

 

『手伝ってくれなくてもいいのに』

『こっちの気分が悪ィだけだ。オマエを見てると、嫌いなヤツを思い出す』

『じゃあ私のことも嫌いなの?』

『そうは言ってねェだろうがよ』

『ふふ、ありがとうシャカール』

『るせえ』

 

フライトの片付けに手伝いを自主的にしていたり、

 

『エアシャカール君。少し頼めるかい?』

『ああん? しょうがねえな、内容次第じゃ頼まれてやるよ』

 

 なんだかんだトレーナーの提案を断らないのを見られてしまったのがシャカールにとっては運の尽き。

 

『あの......エアシャカール、さん』

『ああん?』

『一緒に併走、してくれませんか?』

『......明日ならな』

 

 実はそんなに悪い人ではないという共通認識がチーム内に定着するのに3日とかからず、チーム内のポジションも自然とフライトに続くちょうど空いていた2番手枠に収まった。

 

 そしてしばらくレースの出走予定はなくなく暇を持て余している。となれば、トレーナーの代役という大役に任命されるのはごく自然な流れだった。

 

「わざわざ京都まで来てくれてありがとうねえ」

「何もなけゃタキオンと同じ部屋に引き篭ってるだけだ。いい気分転換になったよ」

「それは良かった」

「気にすんな」

「ところで、他のみんなのレースは?」

「あ? 見てなかったのかよ」

「あはは、今日ばかりは朝から気を張ってて。今回ばかりは勝たないといけなかったしね」

 

 タキオンと同じ顔が、目を細めてへへへと照れ笑いをする様はシャカールにとってはやはり違和感しかない。

 

 しかし、チームメンバーのレースを欠かさずに見てるフライトが今日ばかりは見る暇がなかったらしいのは意外だったな、と珍しく予想を外した。

 

 シャカールはしょうがねえな、とパソコンを叩いて結果を見せてやると確認したフライトは嬉しそうに顔を綻ばせる。

 

「やった、結構勝ってるじゃん。負けてる子も掲示板入りしてるし、一歩前進だねっ」

「中継を見たがいい勝ちっぷりだった。お前のアドバイスが効いたんじゃないか?」

「そうだといいなあ、うへへ」

 

 頭を掻いて照れ照れと顔を赤くして身体をくねらせているフライト。彼女の様子に自分のトレーナーのお人好しぶりとお節介焼きぶりを思い出しながら、シャカールは自分の仕事に取り掛かることとした。

 

「脚の調子はどうだ、熱を持ったりしてねえか」

「シャカールさん、私のこと心配してくれてるの?」

「お前のトレーナーに頼まれたに決まってンだろ」

「残念。今は身体があったまってるからわからないけど、痛みとかはないかな。走り方も変なところはない、でしょ?」

「レースの様子は確かにそうだった。サッサとシャワー浴びて、ライブの準備に行ってこい」

「はーい。あ、そうだ」

「ああん?」

 

 体操服についた砂を払いながら、アグネスフライトはなんでもないことのように言った。

 

「明日暇でしょ? 一緒にお出かけしない?」

「ハァ?」

「せっかくの京都なんだし観光しようよ、清水寺とかさ」

「嫌だ。GWのど真ん中だぞ?人混みは嫌いだ」

「じゃあこういうのは?」

 

 露骨に嫌そうな顔をして断ってくるのは織り込み済みだったのか、すぐ代案を提示するフライト。

 

 最初の提案よりはマシなその提案に、シャカールは渋々乗ることにした。

 

「そっちならいいぜ。ただ無茶振りなの知ってて言ったよな」

「さあ、どうでしょ?」

 

 フライトがドア・イン・ザ・フェイスなんて高尚なテクニックを知っていたのかシャカールが知る術はないが、瞳に影をつけながら怪しく笑うその様はシャカールの知るタキオンとそっくりだった。

 

「そういうところは姉妹なんだよな」

「んー、こほん。やぁやぁ! 実験と行こうじゃないかシャカールくぅん!」

「うわ、声まで似せるなよ気色悪ィ」

「タキオンは気色悪くないよう!」

「テメェの物真似がだよ!」

 

 そして翌日。

 

 東京行きの新幹線を途中下車した2人は、名前も知らないような商店街で食べ歩きをしていた。

 

「ン〜、コロッケもたい焼きも美味し〜い」

 

 どこで食べても変わり映えのしないであろう餡子の入ったたい焼きと、その辺の屋台と同じ小さなタコが入った普通のタコ焼き。

 

 特に美味しいわけでもないそれらを食べて感動するように尻尾を振るフライトに対し、爪楊枝でたこ焼きをつつきながらシャカールは首を傾げていた。

 

「コイツをわざわざ有り難がるようなヤツの気がわからねえな。どこで食っても同じ味がするだろこんなもの」

「それは食べてみないとわからないでしょ? タコ焼きひとつもらうね」

 

 フライトはひとつたこ焼きをシャカールの手から奪ったかと思うと、それを口に放り込みモゴモゴさせてから少しだけ渋い顔をする。

 

「ふ、普通だね」

「だろォ? こんなのには工夫の介在する余地が無えンだよ。粉に水とネギ、紅生姜にタコ。材料をこだわろうが細かな味の違いなんてわからねェンだから」

「けどいつものより美味しい、気がする」

「ああん?」

「ここで食べるタコ焼きと、他の場所で食べるたこ焼きは意味合いが違うでしょ。いつもの場所と違う場所。レースだってそう。トレセンの練習コースと、本番の重賞レースじゃあ空気も大違いだった」

「当たり前だろうが。条件が違うだろ」

「そうじゃなくて、なんというか」

 

 なんていえばいいんだろうと考え込み始めたフライトを見る。黙り込んだ上に真剣な表情をして唸り始めたフライトが何を伝えたいのか、さっぱりわからないとシャカールは眉間に皺を寄せて不満を露わにしてみせた。

 

 しばらく考え込んでいたフライトが出した答えはある意味では普遍的な、手垢のついたよくある答え。

 

「......想い、かな」

「想いィ?」

「メイクデビューはすごく緊張して、調整もうまくいかなくてすごく出遅れちゃった。次のレースは勝てば皐月賞に行けるかもってイレ込み過ぎちゃって負けちゃったし、次のオープン戦はもう気が楽だったから、よく覚えてたの。

 だからさ、気持ちってすごく大事だと思うの。シャカールはどう思う?」

「数値化できねえものに価値を見出したくはねえな」

 

 フライトが自身で言ったように、フライトの成績は安定性に欠けている。それは追い込みというリスクを伴う走法だったとしてもだ。

 

 脚の弱さでデビューがクラシック級の2月までずれ込み、デビュー戦は名家出身にも関わらず離された2番人気。その理由はパドックでガチガチに緊張しすぎてパフォーマンスを発揮できるとは思えないほどだったからだ。

 

 しかし最終直線を大外一気で豪快に勝ちきり、ポテンシャルの高さを示した。

 

 2戦目は若葉S。

 勝てば皐月賞に出走できたこのレースの敗因は完全な調整不足。

 調整ミスで体重大幅減の体調不良。ミーティングを聞き流すほどで作戦伝達不足にもなった。チグハグな走りをして2桁着順の惨敗。

 

 3戦目は皐月賞前日のOP戦。こちらは調整も完璧で後方一気で気持ちよく快勝。バ場条件も距離も何もかも違うが、タイム指数だけでいえば皐月賞でも掲示板圏内に絡んでいた可能性を否定できない。

 

 それがどうした、というだけの話だとシャカールは切り捨てた。勝つことに理由は不要。ゴール板を1番先に駆け抜けた者が勝者だ。

 

「だから日本ダービーは負けられないって話か? 夢とか目標とかがお前よりも有るってマウント取りてえなら帰るぞ」

「私がそう言えるほど強かったら良かったんだけど」

 

 嫌いな感情論を口にされて不機嫌さを隠さないシャカールの質問に対して、たい焼きのしっぽを口に入れながら返した。

 

「私は強いウマ娘じゃないからさ。こうでもしないとみんなと同じ土俵にも立てないんだよ」

 

 なんでもないことのように頬をかきながら、フライトは続ける。

 

「アグネス家のクラシック制覇の悲願、トレーナーさんのダービー制覇の夢。

 

 トレーナーさんはもうすぐ引退だし、タキオンだってあんなに才能はあるけど身体が弱いからクラシックG1を取れるかはわからない。他のチームのみんなも、重賞に手は届くかもしれないけれど、G1は厳しい。

 

 チャンスはもう少ないから私が叶えるしかない。家のプライド、トレーナーさんの夢。いろんなものを叶えて重荷を全部捨てて、その先にあるモノが見たいから」

「先に?」

「タキオンの本気の走りって、見たことある?」

 

タキオンという名前が出たことが意外だった。

走りの才能で負けている年下の、それも血縁の妹となれば好ましい感情を持たないのが普通だろうと。

 

だが、アグネスフライトはそうではない。

 

「あの子の本気は、凄いんだよ」

 

 勿論シャカールはタキオンの才能がどれほどのものか知っている。

 

自分と同じかそれ以上の速さを秘めた走りの才能。

レース史上に名を残すような大記録を打ち立てることになるであろうことをシャカールは識ってはいる。

 

 だが、目の前の彼女が語るタキオンは『それ以上』としか思えなかった。彼女を語るフライトの目は、ブラウン管テレビのようにノイズの走った光を映さない妹と同じ目よりも暗い。

 

 仮想粒子(タキオン)に眩んだタキオンと同じ、底の見えない昏い目をしながら語るウマ娘は。

 

果たして自分の知るウマ娘と同じウマ娘なのか?

 

「あの子は私の理想。ウマ娘の到達点。可能性の果て。最速の向こう側に入れる資格のある、数少ないウマ娘。私はあの子の走りをずっと見ていたい」

 

だから。

それ以外は私が持っていくの。

 

「荷物は軽い方がいいでしょ? 特にタキオンは脚が弱いんだから、軽くしてあげないと」

 

信じたものに殉じる狂気。

ウマ娘の可能性に魅せられた者。

 

「だから、負けられないの」

 

『似た者同士と分かれば、嫌う理由にはならないさ』

 

「なるほど、な」

 

 夢に魅せられ、それ以外を切り捨てられるほどに殉じられる『狂気』めいた情熱。まさしくタキオンが言った「似た者同士」とはここなのだ。

 

 使命や家名、血の繋がり。自分由来のものではないものに殉じること。そのどれもが難しいことをエアシャカールは知っている。

 

『私、ファインモーション! 貴方のお名前は?』

 

 殉じることがどれほど困難で難しく生半可な覚悟では出来ないことを、エアシャカールは知っている。

 

「だが、オレは騙されねえよ」

 

だから区別くらいはつけられる。

 

 目の前のアグネスフライトには覚悟が足りていないことくらい。今までの言葉が、パフォーマンスのそれだとわかるくらいに。

 

エアシャカールは、『本物』を知っていた。

 

「オレの知るタキオンは似たような目をしてたが、アイツについたトレーナーはそれ以上だ。

 

 タキオンの夢を知っていてアイツはタキオンの夢を叶えるために、タキオン以上に狂った目をしてやがる。

 知ってるか? アイツが契約した時何も聞かずに薬を3本も飲み干して一日中光ってたんだぞ? 四六時中光ったり変な色になってたり、その辺をウマ娘と同じ速さで走ってたことだってある。

 

 アレに意味があるとは思えねぇ。何割かは実験の副産物の遊びだろうし、意味のない実験だろうさ。

 

 だがそれがタキオンの夢につながると信じてるから、あいつはタキオンのふざけた薬を迷いもなく飲んで実験材料になってンだ。

 

 そいつと比べりゃあ何も足りてねぇ。熱意も、覚悟も。何もかも」

「そんなことないよ。だって私は──」

「無駄なチームメイトに構い続けるのはロジカルじゃねえ。勝つためだけなら、不必要だ」

 

シャカールが引っかかったのはそこだ。

 

 ヒトとしての善性や倫理観、規定ギリギリのダーティプレイ。一定のラインを踏み越えて、勝つために徹しきることが出来るかどうか。

 

 踏み越えずとも勝てるウマ娘もいるが、アグネフライトはそうではないとさっき自嘲していたばかり。

 

「お前の妹はなんでもやってるぞ」

 

 タキオンが倫理観もかけらもない、無遠慮で突拍子もない、シャカールにとって理解不能な行動をするのはよくあること。だがそれは、それが自分の夢の糧になると信じているからする事くらいはわかっている。

 

タキオンが容易に踏み越えるライン。

 

勝つためならば()()()()()()()ラインを、アグネスフライトは越えようとしていない。

 

「本気で勝ちてェなら逃げんなよ」

 

 指摘されたフライトは言い返すわけでもなく、光の消えた目をいつもの目に戻して言った。

 

「......バレちゃったか。タキオンは騙せたんだけど」

 

フライトはついた嘘を振り払うように天を仰いだ。

 

 燻んだアーケードのプラスチックの天井越しに、飛行機雲が尾を引いている。

 

「シャカールには夢があるんでしょう?」

「ある」

「タキオンにも、カフェちゃんにも、ドトウにも夢がある。キラキラとして輝いていて眩しい夢がある。そんな夢がわたしはどうしても持てなくってさ」

 

 突拍子のない言葉にも返ってくる返事に少しだけ驚きながら、悲しげというわけでもなく別の感情を含ませ少し乾いた声で笑いながら言う。

 

「一直線に頑張れる夢。努力とか、才能とか、将来とか。

 それをなげうってでも叶えてたいって感情が、私にはわからなくってさ」

 

シャカールにはフライトの言葉が理解できなかった。

 

自分の実力を確かめるために設定するのが目標で、多くのウマ娘はそれに夢という名前をつける。

 

自分の実力を試したい。

自分の持てる力はどこまで及ぶのか。

自分はどれほどの才能を持っているのか。

 

自分を知りたいから、目標を作るのだ。

 

「だから他の人の夢に相乗りさせて貰ってるの。家族とかトレーナーとか、大切な人の夢を叶えるのはモチベーションになったし、そのためなら頑張れるかなって思ってるんだ」

 

 自分のことを卑下するように笑いながら、フライトは喋り続ける。

自分の夢、勝ちたい理由。それを他人に委ねるなんてバカげていると、シャカールは失望を隠せなかった。

 

「ごめんね、失望したでしょ? そんなつまらなそうな顔してればわかるよ」

「......まぁな」

 

 自分自身に理解できるロジックではない。一般論では情熱がないだけのウマ娘とカテゴライズすることは出来る。

 

 だが、エアシャカールはそこで見切りをつけるべきではないと判断した。こんなつまらないウマ娘が、自分に勝つなんてあり得ない。まだ、こいつにはもうひとつ見せていないものがあるはずだと。

 

『ねえシャカール? シャカールは、レースを走るのが楽しい?』

『......まァな。オマエは聞くまでもねえだろうが』

『とっても楽しいよ! ほら、もう一回併走しよう!』

『しょうがねえナァ』

 

 使命と覚悟に殉じてしがらみだらけでも、レースを楽しむことだけはやめない。騒がしくも愛おしいとある友人の言葉を借りることにした。

 

「じゃあ、レースだけでも楽しめよ」

「楽、しむ?」

 

虚をつかれたのかフライトが目を丸くする。

ガラじゃないんだがな、とシャカールは必死に彼女との会話をを思い出しながら続けた。

 

「感情ってのは不確定要素な変数だ。オレの『Parcae』でも完璧にエミュレート出来た事は無ェ。

 

 だが感情にはとてつもねえエネルギーが眠ってる。

 レースを楽しむ気持ち、勝ちてェって執念、他にも色々ある。明るかろうか暗かろうが、感情ってのはそれだけのエネルギーになるんだ。

 

それに──ウマ娘は走りたがりだろ?。細けェ事は聞かねえ。

 

昨日のレースは楽しかったかよ」

()()()()

「......そォかよ」

 

 深く悩む素振りは見せず、殆ど即答だった。

 

 期待したオレがバカだった、とシャカールは口をつぐんだ。これ以上フライトと話しても何も収穫はないなら話すだけ無駄だと判断したからだ。

 シュミレートで上回られ続ける理由はただステータスが負けていただけの簡単なコトだった、それで終わり。

 

「ねえ」

 

とは、ならなかった。

 

「あん?」

「レースって、勝ったら、嬉しいんだよね」

「まァ」

「嬉しかったら、楽しいよね」

「......じゃねえか?」

 

 意図の読めない質問に耳を寝かせながら不満をあらわにするシャカールだが、フライトは対照的に耳を忙しなく動かし頭を巡らせていた。

 

「じゃあ、日本ダービーを勝ったら」

 

 指を一本ずつ折りながら、数える。

 

「アグネス家の三代クラシックの夢が叶って」

「トレーナーさんをダービートレーナーにできて」

「チームを盛り上げる事ができて」

「タキオンが欲しいデータだって提供できる」

 

「そうして、背負っているもの全部なくなったら」

 

「レースを楽しむ事が出来るのかな?」

 

 フライトが迷いながら出した結論に、シャカールは手に持ったゴミを丸めてゴミ箱に放り投げながら答える。

 

「オレたちはウマ娘だ。結果が出るのは」

「ゴール板を、越えてから」

「そォいうこった」

 

 計算できないものをシャカールは嫌う。

 不確かすぎる変数。

 定義できない公式。

 証明不可能な問題。

 

だが、ブレイクスルーはいつか生まれる。

 

「コッチはやっと変数が埋まったところなんだ。気落ちとかいうツマらねえ理由で調子を落とされちゃ、証明しがいがねェ」

 

 不確かではなく、複雑な方程式が組み込まれてそう見えるだけだった変数。

 定義できないように見えて、視点を変えれば証明できる数式でできた公式。

 証明不可能だと言われても、新しい公式や定義で覆えすことのできる問題。

 

どんなに困難な問題だろうと正解がある。

正解が存在するなら挑む価値がある。

 

エアシャカールは、そんなウマ娘だ。

 

「日本ダービーはオレが勝つ。オレの証明のために」

「いや、私が勝つよ」

「ッハ、ようやくらしい目が出来るようになったじゃねえか」

 

 切った啖呵に今度は間を置くことなく言い返すフライト。

 

「勝つよ。みんなの願いと、私の為に」

 

 フライトの目は光の消えた古いアナログテレビのような横にノイズが走る昏い目、タキオンによく似た目になっていた。それでいて確かにナニカに魅せられたもの特有の鈍色の輝きがあった。

 

「勝つよエアシャカール。私はあなたに勝つ」

「シミュレーションじゃ全敗でも勝率は0%じゃねえ。勝つのはオレだ」

「とはいえ、どう勝負すれば良いんだろうね? 今からダービーにエントリーしても弾かれちゃうだろうし」

「............そういえばそうだった」

「意外と抜けたところもあるんだね、シャカール」

「ゥルセエ!」

 

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