ワタシは今、極めて困惑していた。
「ふむ……で、これは?」
「バニースーツですね」
「まさかキミ、私にコレを着ろと? というか私が頑張って集めてきたカジュアルフォーマルなコレを脱げと?」
はい、と目の前のバニー服の彼女が声に出すことは無かったが、その目線は雄弁だった。
「そういうルール?」
「まあ、そうです。正確には乗船される生徒の皆さんにはバニースーツを着てもらおうじゃあないかと」
「……ワタシは賭ける側なんだが? スタッフ側のルールがこっちまで侵食してきてるんじゃあないのか?」
そう問うと彼女は無言で首を横に振った。諦めろ、とでも言いたげだ。仕方ないからバニースーツ姿に着替える。白と黒、ところどころに施された時計やらなにやらの意匠は……童話をモチーフにしているのか? 悪くないがバニースーツってだけでマイナス得点に振り切れてるに決まっているだろう、大バカめ。
「わかった、わかった。船のルール説明にあったな、『Sランクまで登ればこの船のVIPとなり、船員はVIPの願いを聞く』と。それ、ルールの変更も対象内だろうな?」
「仰る通りですね」
「それじゃあ、やるか……一時の恥はかき捨て、服装の自由のために……」
「アクセサリーの装着はご自由にできます。また、上着なら羽織ることが可能ですが」
私はその言葉を聞いた瞬間、いそいそとガンベルトを巻きつけ、ロングコートを羽織り一言。
「早く言えよ……無用なルール改変をするところだった」
そんなわけで、私は今オデュッセイア海洋学園の運営する巨大ギャンブル船『ゴールデンフリース号』に搭乗している。
キヴォトス外洋を周遊しながら、賭け事や食事、ナイトプールに興じることのできるこの船は、賭け事に勝つことで船内通貨であるコインの他、『ランク』を上げることが出来る。
『ランク』は現状の私がBランク。賭け事の強さへの信頼から初期としては高く設定した、と運営側は言っていたから、恐らくEくらいまでは下にあるのだろう。
そして最高のランクがSランク……VIP待遇を受けられるようになり、船員が此方の命令を受けるようになる。即ち、事実上この船の所有者になると言っても相違ないほどの特権を得るのである。
そう考えながら、メインホールを歩んでいると声がかかった。呼び出す声、卓をコンコンと叩く良い音。……手馴れたディーラーだな? 涼やかに澄んだ声が耳朶に届き、ワタシはそちらに歩を進めた。
「お客様、こちらの卓空いておりますが?」
「……ブラックジャックか。面白い、誘いはそちらからだ、付き合ってもらおうか?」
「もちろんでございます」
バニー姿のディーラーから2枚のカードを受け取る。と同時、ワタシの手元からコインが数枚空を舞い、卓のポケットに置かれる。
2枚のカードを表返して見ると、数字は8と3。合計は11。ブラックジャックは一般的な賭け事の中では最も素早くワンゲームが終わる賭け事であると言える。
ルールは単純。プレイヤーは配られた2枚のカードを捲り、その数字の合計を足し合わせた数を計算する。その後、
プレイヤー全員がこの行動をした後、ディーラーは数字の合計が17を超えるまでカードを引き、ディーラーよりも21に近ければ勝利となる。
なお、21を超える……22以上の数字は「バースト」として扱われ、強制的に負けとなるため、自身のバーストを恐れホールドしても、ディーラーのバーストによる勝利が考えられる。
「如何されますか?」
「ヒットだ」
あぁ、そうだ。絵札……ジャック、クイーン、キング。これらはすべて10として扱われる。また、エースは1としても11としても扱って良い。上記のルールだと
さて、ルールをおさらいしたところで。
このゲームで最も安全かつ強いヒットが撃てる状態というのはどういう状態か。数字の合計が11の時……つまり今だ。このゲームの最大数は10であり、また
ブラックジャックで用いるのはジョーカー抜きの52枚。現状2枚ドロー済みだから、50枚の山札。そこから16枚入っているカードを引くことは難しくない上、外してもバーストのリスクは存在し得ないことが分かる。
「……ほう?」
「おや。如何されますか?」
引いたカードの数字は2。合計が13となり、10が当たりにならなくなった。しかし数字が弱すぎるため、ヒットはしなければならない。16/49……パーセンテージとするなら、凡そ33%の確率でワタシは負けるわけだ。
「上等だ、ヒット」
「かしこまりました」
3。合計は16、山札に残っている当たり札は1から5。既にドローした1から5の数は3枚、17枚の当たりを48枚から引く……逆に言えば、次のヒットでは31枚の6以上のカードを引くことは私の負けを意味している。
「堪らないね……ヒット!」
「なるほど……どうぞ」
ディーラーが紙を滑らせ、それをワタシは覗き込み……
「ヒリつく……たまらないね。卓にひとりだけでもここまで熱くなれる」
数字は5。合計数……21。
「21だ。スタンド……さあ捲りの時間だな、ディーラー」
「では……読み上げながら失礼します。10、4、
彼女の数字が22となり、ディーラーの負けによりワタシの勝ち。倍率によって増加した掛け金が配当として船内コインで支払われる。
「ありがとう。……いいディーラーだ。ワタシにしばらく付き合ってくれるかな?」
「ええ、ご一緒させていただけるのでしたら是非」
ワタシの誘いを彼女は受け、しばらくの間ワタシは彼女と熱い時を過ごした。
幾度かの負けと、それに倍する勝ちをワタシは彼女と得た。途中、何人かの客が卓に着き、その博才の矛を交え、そして去っていったのを覚えている。
ワタシは彼女に夢中で、顔までは覚えられなかったが。
ギャンブル、ことディーラーが必要なものに関して、良いディーラーと当たることは幸福であり、甘美だとワタシは思う。いっそデートや、あるいは『放送コードに違反する重大な性的用語』にすら相当するほどに、甘やかで素晴らしいひととき。
故にこそ、溺れる前に立たねばならない。ワタシたちは遊び人、ひとときを過ごす相手のひとつすら本来選べはしないのだから。
「うん、良い時間だった……キミ、これ。機会があれば、この船の外で逢いたいな」
「……はい。お供します。本来であればおかしな話ですが、貴女との戦いは楽しかったですから」
「それと、これは心付けだ。持って行ってくれるね?」
連絡先の紙と、勝ち分の一割二分を手渡す。マイルールだが、勝った分の一割程をチップとしてディーラーに渡しておくことで、ディーラーに対する報酬の還元にもなる。
「ありがとうございます。頂戴しますね」
「うん。それじゃ、また次の機会があることを願うよ」
「幸運をお祈りいたします」
ここはどうだか知らないが、一般的にキヴォトスのカジノはチップが主流の収入源で、当人たちの時給は最低賃金という言葉を放棄しているほど低い。だからこそ、カジノに住まうような遊び人はディーラーたちが仕事を続けられるよう気前良くチップを放り出すというわけだ。
……それはそれとして、連絡先を渡したのはワタシの好みのタイプだったからだ。どうか許して欲しい。
遊びは終わらない。良い出会いもあった。テンションは極めて高く、絶好調と言ってもいいほどだ。
ポーカー、ルーレット、スロットに変わり種じゃあ麻雀にチンチロなんてものまであった。賭け事という賭け事をマスターしているようでなによりだと満足しながら、今日の勝ち分を振り返ろうと事前に渡された宿泊部屋の鍵を開け、部屋に入り……
「あひゃひゃひゃひゃ!!!」
「なるほど……擽りとは拷問になるのですね」
「おら、早く吐けば楽になるぞ!」
「“お手柔らかに、って言ったはずなんだけどなあ……”」
なにやら拘束されくすぐられているバニー服のスタッフと、色とりどりのバニー服を着た集団に加え一人の白ロングコートの人物が『先客』として入っていたことに気付いた。
防音性能が完璧なことは何よりだが……勘弁してくれ。
「済まない。部屋を間違えた、失礼する」
そっ閉じ。番号再確認。合ってる。先客は先客でも侵入者だった。
瞬間、扉が弾かれるように開き、その前に立っていたワタシはぶっ飛ばされた。
「見られたのなら、拘束する他ありませんよね……」
「仕方ない。早く拘束して彼女をこの部屋に放置する……いや、気絶させるか?」
「面倒くせェことになりやがったなぁ……」
既に朦朧とした意識の中で、何故かバニーの上からスカジャンをキメた少女がこちらに近付いてくるのを目視しながら、ワタシはひとまず意識を手放すことにした。
・ディーラーちゃん
めっちゃクールでオフだとダウナー系の女の子。実は船内の船員の中でもトップクラスにチップを獲得している、『質のいい』ディーラー。
本来はめちゃくちゃ強い賭け事への才と運を持つが、西園寺の運の前に敗北した。ついでに西園寺の誘いで性癖がちょっと歪んだ。
高評価と感想を無限に待っております。よろしくお願いします。