帝国の鬼狩り   作:ひがしち

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第四話 童磨戦 下

──此処で死ぬ。

 

千尋の体がそう静かに語った。

 

四年間──誰よりも鬼殺隊のことを思い、誰よりも日本のためにと過酷な戦闘を繰り返してきた男に備わった直感。

 

上弦の弐に立ち向かう。自分とカナエ、二人がかりの命懸けの戦い。

この戦いの結末は──全く、微塵も相手にならない。今ここで、二人は死ぬ。

 

勝つことなど不可能だ。

 

挑めば死ぬ、しかし挑まなくても死ぬ。

ならば挑んで死ぬのが男だと、千尋の心が叫ぶ。

 

そうだ、二人がかりの命懸けだからダメなんだ。

命をかけるのは、一人でいい。

 

殺し、守ることは不可能だ。もとより身体は一つ、二つ同時になんかできやしない。

ならば簡単だ。守ることに焦点を当てろ。

 

──特攻

 

これが運命と覚悟を決めろ。地元の京都へ御霊となって還れなくても、異地で眠ることになろうとも、後悔はない。それが兵士の定め、自分の定めだ。

 

守るための殺意。

誰よりも優しく、誰よりも誇り高い者を守るために散れ。

 

「……鬼殺隊万歳」

 

千尋は手投弾のピンを三つ同時に抜いた。

 

 

☆★☆

 

 

「姉さん! 動かないでっ、傷が!」

 

しのぶは無理矢理にも動こうとしているカナエを支えながらも、刀を降ろさせようともう片方の手で押さえていた。

 

「──ゴホッ! ……しのぶっ、私は大丈夫、だからっ」

 

カナエの視線は常に童磨……否、傷だらけで戦う千尋にあった。

無理だ、無茶だ、無謀だ。そんな言葉がいくつも思い浮かぶが、一つとして声に出せるない。

 

鬼神が如き勇ましさ、修羅の如き暴れ様。

血を流し、肉が裂けても彼は止まらない。己が死すか敵を葬る迄は止まることはない。

 

何もできない。その無力感が、しのぶを戒める。

 

「何をしている!早くカナエ殿を下げろ!まだ治療すれば間に合うはずだ!さっさと行けッ!」

 

「分かってるわよッ!」

 

千尋の決死の怒鳴りに、しのぶもいつもの調子で怒鳴り返す。

大丈夫だ。こんなに元気ならまだ彼は生きる。そう思った矢先だった。

 

血鬼術 枯園垂り

 

童磨の強力な血鬼術が千尋に命中。どうにかこうにか即死になることだけは避けきった千尋だったが、童磨の扇が水月に入り、肝臓の1/3が破裂し、カナエの元まで吹っ飛ばされた。

 

さらに吹っ飛ばされた衝撃により骨盤を粉砕骨折。そしてこれまでの戦いの代償というべきか、千尋は吹っ飛ばされた先で大量の血を吐いた。

 

全身大小合わせ24ヶ所の骨折と34ヶ所の切り傷。

左手のひらの肉は弾け、腹の肉が抉れている。もはや彼の継戦能力がないに等しいことは、火を見るよりも明らかであった。

 

「千尋くん!」

 

カナエはしのぶの静止を振り切り、吹っ飛ばされた地に伏せる千尋に駆け寄った。

自分のために駆けつけてくれた彼の命は、すでに風前の灯である。このまま戦い続けたり、このまま地べたに放っておけば、間違いなく死ぬ。

 

「……カナエ殿」

 

「喋らないで!まだ助かる可能性はあるから!諦めちゃダメ!」

 

カナエは千尋の隊服を引っ張り、どうにか鬼から距離を取ろうとする。その意思を汲み取って、しのぶも引っ張るが、女二人では重装備の男をまともに引っ張ることは難しかった。

 

「私のことは……どうかお気になさらず逃げてください」

 

「ダメよ!またみんなでご飯食べなきゃ!」

 

「机の上から三番目、鍵のかかっていない引き出しに遺書があります。全六通、図々しい様ですが、どうか全てお届け願います」

 

「そんなこと言わないで!諦めちゃダメ!」

 

カナエとて呼吸器官に絶大なダメージを負い、喋るのすら辛いはずなのだ。

しかしカナエは彼のことを思い、叫ぶ。まだ彼は生きなければダメだ。

 

「鬼舞辻無惨を倒して京都の実家に帰るんでしょ!?カナヲに英語の続き教えなくていいんですか!?」

 

「よい……それは私でなくても良いものだ」

 

しのぶも彼に励ましの言葉を投げかけるが、彼は首を横に振るばかり。

その瞬間にしのぶは察した。彼はもう、これ以上生きる気がないのだと。

 

しかしそれをカナエが許さない。

彼女もボロボロのはずなのに、力の限りを尽くして千尋を引っ張る。

 

「もういい?君新しい子だよね?名前は?あ、この感じ、そこの子と姉妹かな?」

 

童磨が扇で口元を隠しながら、ゆっくりとこちらに近づいてくる。

もはや一刻の猶予もない。だが彼を見捨てることもできない。カナエは一貫して千尋を戦場から連れ出そうとしているが、それでは三人とも殺される。

どうするべきか、選択を迷うしのぶだったが、千尋が四肢に力を入れ、急激に動き出す。

 

「歩けるのなら自分で歩いてください!逃げますよ!アイツは、今ここで戦っていい相手じゃ──」

 

千尋が立ち上がったことで敗走を決めたしのぶだったが、その言葉は最後まで続かなかった。それは、千尋が無言で金属でできたドロップ缶ほどの缶を自分に押し付けるように渡してきたからだ。

 

しのぶはこれがなんなのか知っていた。

何を隠そう、これの考案者はしのぶ自身だったからだ。

 

藤煙弾──鬼からの逃走を想定し鬼避けのために開発した発煙弾である。

現在、陸軍からの報告によれば、完成しているのはわずか()()。匂いから察するに、もうすでに一つ使われている。ということは、これが最後の一つ。

 

それを千尋はしのぶに押し付けた。

その行動がどういう意味を持っているのか、しのぶはすぐに理解し、引き留めようとした。

 

「ダメです!早く逃げますよ!」

 

「朝日が昇るまでは耐えて見せる……行け」

 

「ダメよ!生きなきゃ!生きて鍛えて、また今度アイツと戦えばいいじゃない!」

 

胡蝶姉妹の必至の呼びかけも、もはや千尋には届かない。

千尋はすでに覚悟を決めているからだ。

 

「カナエ殿、永々御世話に預かり、ありがとうございました」

 

「そんなこと言わないで!一緒に生きましょう!お互いお婆さんやお爺さんになるまで!」

 

「貴女の元で働けて、私はとても幸せでした」

 

「ダメッ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「鬼殺隊万歳」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

千尋は大粒の涙を流した。

今更なんの涙だと、千尋は走りながら疑問に思った。

 

生への執着はあった。国のために死ねるのならば本望だった。しかし生きて国のために働く方が陛下の御為になるという思いもある。

だが一度死ぬと決めたのなら死ぬべきだ。

 

人は死ぬ時を違えれば、死ぬ以上の恥をかく。

だがまだ10代半ばのその年で戦地に赴き死場所を探すなんて正気の沙汰ではない。

 

そう、千尋はすでに正気ではなかった。

いつからだろうか、それすらもわからない。きっと勘当同然に家を飛び出した時からだ。

 

だがそんなこと、今となってはどうでも良い。

胡蝶姉妹を守る為、少しでも童磨に傷を残す為、千尋は特別攻撃をけしかける。

 

「────ッ!!」

 

千尋は唸るような声を捻り出した。

後ろでは藤煙弾が起動し、紫色の煙が排出される。これで胡蝶姉妹だけは生き残れるはずだ。

 

だが自分は死ぬ。それでいい。

この涙は恐怖の涙だ。

この大粒の涙をもって、千尋は恐怖を乗り越える。

 

覚悟を決め、恐怖し、また恐怖を乗り越える。

これこそが人の生き様である。恐怖に立ち向かっての最期こそ、日本国民として最高の名誉だ。

 

「ア゛ア゛アッ!!!」

 

千尋は手投弾を頭に叩き、胸に抱える。

三秒だ。千尋が使っている10年式手榴弾はピンを抜いて約七秒後に爆発する。既にピンを抜いて四秒経った、爆発までの猶予は、残り三秒ほど。

 

──千尋の命は、あと三秒。

 

千尋の涙は全て引っ込み、呼吸が荒くなる。

恐怖が足を引っ張る。

 

 

あと二秒。

 

これまでの記憶、いわゆる走馬灯が脳を駆け巡る。今さらになって、千尋の脳はまだ助かろうと思っているようだ。

 

 

あと一秒。

 

目の前が真っ白になる。

──恐ろしい。まだ死にたくない。恥も外聞も殴り捨て、童磨に背を見せて逃げ出したい。

そんな思いが身体を支配し、鉛のように重くなる。

 

そんなもの捨てろ。相手を殺すことだけを考えろ。

 

手榴弾が、爆発するその瞬間まで。

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、爆発する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もぉ〜骨一本も残すなって言ったのはキミじゃないか。爆発したら肉が飛び散っちゃうじゃん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──手投弾は不発。分厚く頑丈な氷に閉ざされ、信管が止まり、爆発しなかった。

そればかりか、千尋は氷の柱に脇腹を貫かれ、何より勇ましかったその動きが完全に停止している。

 

特攻は失敗。そして特攻に失敗したらどうなるか、想像に容易いだろう。

残酷で惨めったらしい、それでいて苦痛に満ちた死が待っているばかり。千尋は絶望の表情で目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

風の呼吸 壱ノ型 塵旋風・削ぎ

 

炎の呼吸 玖ノ型 煉獄

 

霞の呼吸 参ノ型 霞散の飛沫

 

霞の呼吸 壱ノ型 垂天遠霞

 

四つの日輪刀が、童磨の頸を狙う。

東西南北全てからの斬撃で、本来であれば一瞬を頸を斬られてしまうだろう。

 

全てが頸を、その日輪も頸以外を狙わない──だがそれ故に、単調な攻撃だった。

 

「おっとっと……もぉ〜男の子が増えちゃったなぁ」

 

童磨はするりと斬撃の合間を縫って回避し、道の向こう側に跳ぶ。

集合したのは煉獄杏寿郎、不死川実弥、時透有一郎と無一郎。全員が柱候補という鬼殺隊最高戦力に等しい布陣であるにも関わらず、童磨は着崩れ一つしていない。土埃すらも被っていなかった。

 

やはり、上弦の鬼は一筋縄ではいかないらしい。

 

「橘ァ!生きてっかァ!?」

 

不死川が後ろに向かって叫ぶが、氷に貫かれている彼からの返答はない。

それが何を表しているのか、不死川は分かっていたが、それを裏付ける確たる証拠はなく、彼は一片の希望に縋る。

 

「不死川!目の前の鬼に集中しろ!でなければ我々が死ぬぞ!」

 

「ッちくしょう!!時透ォ!橘を回収しろ!!そのまま抜くんじゃねぇぞ!氷をかち割って氷ごと持ってけェ!!」

 

「わかった!」

 

時透兄弟に一片の希望を託し、煉獄と不死川が童磨に斬りかかる。

吹き荒れる風と燃え盛る地獄の炎が童磨の頸を一心に狙う。だが、それだけだった。

 

童磨が扇を振り下ろす。にこやかな表情からは予測できないほどその攻撃は重い。二人は流そうとしたが、あまりの重さに耐えられず、地面に転がった。

 

「不死川さ──」

 

「よそ見はいけないね」

 

「な──ッ!?」

 

今度は無一郎の前に出た。30メートルはあろう距離を、一瞬で詰めてきた。

もちろん無一郎とて全く反応できなかったわけではない。日輪刀を構えて迎撃体制をとる。だが、童磨の方が絶対的に速かった。

 

当たってしまう──

 

「がはっ」

 

「に、兄さん!?」

 

回避も間に合わず、ただ受けるしかないと身構えた無一郎の前に、寸前のところで有一郎が滑り込んでいた。

有一郎の身体には縦にした日輪刀の鍔が食い込み、肺が破裂した。

 

「時透ォ!」

 

名を呼び、叫び向こうから斬りかかってくる不死川を他所に、童磨は白い付いてきた空を見て悲しげに顔を歪めた。

 

「あーあ……夜が明ける……千尋くん、ごめんねぇ?約束を破ることになっちゃって。でも大丈夫、()()きっと約束守るから。じゃあね!」

 

童磨はそう千尋の耳元で呟くと消えるようにその場から離れていった。それから間もなくして、朝日が上がる。

通りに朝日の光が差し込み、その場を照らし出した。

 

勝利の朝ではない。敗北の朝。

 

胡蝶カナエ花柱引退、時透有一郎除隊、橘千尋意識不明。

上弦の弐襲撃は、死者ゼロという歴史的な快挙を成し遂げたが、同時に歴史的な大損害と引き換えに終わった。

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