帝国の鬼狩り   作:ひがしち

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第五話 花柱

──目を覚ましたら、木目の天井が目に入った。

 

どうやら非常に不本意だが死に損なったらしい。

 

柱を守るためたった一人で上弦に立ち向かうという、まさしく楠木正成が如く立ち振る舞いで死ねば、安らかに浄土に逝かせてもらえると思ったが、どうやらまだ足りないらしい。

 

ふと周囲を見渡すと、ここが個室であることがわかり、そしていつか助けてもらったお礼と頂いた紫陽花の一輪挿しが窓辺に飾ってある。どうやらここは蝶屋敷の自室のようだ。

 

「あ‥‥ぁあ‥‥」

 

どうにか声を出そうにも、口の中がカラカラで、驚くほど声が出ない。

いや、窓から入る光から、どうやら今は曙のようだ。これでは声を出したところで誰も来ない。

任務で怪我をした隊士が一通り運び込まれ、治療を終えたところ。明け方が蝶屋敷が一番静かになる時間だと、千尋は知っている。

 

もっと情報を集める為に身体を起こそうとするが、その時に左脇腹に刺すような激痛が走り、思わず顔を顰める。

 

(ああ、そういえば、脇腹に穴が空いたんだったか‥‥腹に穴が空いて生きていられるとは、近代の医療は素晴らしい‥‥アレを使ったか‥‥まぁいいか)

 

呼吸を整えて痛覚を鈍くすると、そのまま身体を起こす。

 

(胡蝶様はご無事だろうか。あの方が死んで、俺が生き残っては、腹を斬るだけでは済まされんぞ‥‥)

 

しのぶに任せたカナエの身を思う。記憶の限りでは彼女は重症だった。足と肺が壊死、もう刀も上げられないほどに衰弱していた。

柱を死なせてしまった隊士の処遇を考えると、ゾッとする。

そしてカナエを失うのはもっと恐ろしい。柱としての実力もさることながら、医者としても一流である彼女の命、一般隊士十人の命をもってしても等しくならない。

 

(あれから何日経った‥‥報告書も溜まっているのに‥‥寝ている場合ではない)

 

今日が何日なのか聞こうにも、周りには起きている人が居ない為に聞くことが出来ない。情報を集める為に、ひとまず一番情報が多い厨房に向かう。あそこならカレンダーがあるし、水もあるはずだ。

千鳥足でどうにか厨房に向かうと、一定の間隔でトントンという音が聞こえてきた。何の音かは想像に難しくない。

 

(‥‥神崎さんか)

 

柱のカナエと隊士のしのぶ、そして継子の千尋は屋敷を留守にすることが多く、まさか三人娘やカナヲに料理をさせるわけにもいかず、蝶屋敷の食事関係は基本的に彼女が担っている。

朝早くから自分たちのために朝食を作ってくれる彼女には、多くの隊士が感謝している。千尋とて、それは同じ。

 

「ッ!誰ですかッ!ここは一般隊士は立入禁止区域で──」

 

「──ぉ、よぅ、‥‥ま、すぅ‥‥かっざいさん‥‥」

 

間抜けな声が出た。かっざいさんとは誰のことだろうか。

 

「まずぅ‥‥み、水をもらえませんか‥‥」

 

どうやら口が慣れてきたようだ。

放心していた神崎は震えた手で水を出し、コップに注いで千尋に差し出す。

何日も眠っていた体に、水が干天の慈雨の如く細胞に染み渡っていくのがわかる。ほとんど飲み干したところで、千尋はアオイの顔が真っ赤に染まっていることに気がついた。

 

「どうかしましたか?神崎さん?」

 

「ち、‥‥ち、」

 

「は?父?神崎さんのお父さんがどうかし──」

 

 

 

 

 

 

「千尋さんが目を覚ましたああああああ!?」

 

 

 

 

 

 

 

☆★☆

 

 

 

あれから少し経って、千尋は事を一つ一つ理解した。

 

まず初めに、胡蝶カナエのことだ。

率直言えば、カナエは生きている。足と肺をやられ、もう柱としての活動は望めないが、日常生活においてはなんら一切不便な事はなく、強いていえば息切れがしやすくなったくらいらしい。その報告を聞いた千尋は、安心のあまり大粒の涙を流した。

 

次に上弦の弐のこと。

千尋の特攻を凌いだ上弦の弐は駆けつけた煉獄、不死川、時透兄弟により撃退。討伐成功までいかなかったが、死者を出さなかったのはここ百年なかった偉業であり、撃退戦で肺をやられた時透有一郎以外は柱の地位を拝命した。

 

そして最後に自分のこと。

容体としては酷いもので、脇腹に穴が開き、尾骨の粉砕骨折、肝臓は半分が破裂している。正直言って、カナエより死が近かった。

千尋が眠っている間に何度も繰り返し手術が行われ、回復は絶望的だと思われていた。だが見事に回復。この治癒力には町医者全員がひっくり返った。

そして時間をかければ、また鬼殺の任に復帰できるとのこと。

 

柱を守れた。その言葉が、今し方心に沁みる。

武人軍人としてこれ以上の幸せはない。

 

だが心残りはある。

 

死に際を間違えたことだ。

 

戦って死ねるなら、武人として悔いはない。むしろ武人いちばんの幸福だ。

 

もちろん、戦い、勝って生き残れるのならそれに越した事はない。

だが千尋は負けた。童磨に弄ばれた結果、生き長らえさせられた。武人として、これ以上の生き恥はない。

 

カチッ

 

千尋は拳銃を眉間に押し当て、引き金を引く。どうやら彼が眠っている間に誰かが弾丸は全て持ち去ったようで、弾は出ない。

 

カチッ

 

今度は顎下に銃口を向け、同じく引き金を引く。もちろん、弾が出ることはない。

 

カチッ、カチッ、カチッ

 

続け様にこめかみ、口の中、そしてまたこみかめと拳銃を押し当て、引き金をひく。いつか弾が出て、そのまま死ねるのではと、本気で思っているのだ。

今日は満月だ。お月様の下で死ねるのなら、それはそれでいいかもしれない。

 

「すみたちが怖がってます。やめてください」

 

何度目だろうか。もう数え切れないほど引き金を引いたところで、音もなくしのぶが現れた。

そのしのぶに、千尋は拳銃を取り上げられた。弾も銃も刀も取られたら、もう何にも残ってないじゃないか、と千尋は抗議の目を向ける。

 

「見えているところではやってない」

 

「侮らないでください。私の妹たちですよ」

 

流石の千尋でも子供達に自殺の瞬間を見せるわけにはいかないと、屋根の上や個室の中でやっているのだが、それでも見られているようだ。次は山の奥の奥でやってみようか。

千尋は三度、穴が空いた脇腹を撫でた。

 

「‥‥痛むんですか?」

 

「どこかの誰かさんがモルヒネを盛りに盛ってくれたおかげで痛まぬが毎日眠くてしょうがない」

 

「‥‥そうですが」

 

「俺の部屋のモルヒネを使ったのだろ」

 

「わかります?」

 

「大瓶で保管していたのに、目が覚めたら小瓶に差し変わっていた。小瓶と大瓶に気付かぬほど阿呆ではない」

 

千尋の部屋には痛み止めに使われるモルヒネが保管してある。他でもない、千尋が任務先で怪我をした時に使うのだ。

だが、あのモルヒネには、また別の使い道があった。

 

「あれは俺が今のように死に時を違えた時に、副毒して自決する用だったんだがな。貴様がふんだんに使ってくれたせいで自決できるほど量が残っとらん」

 

「‥‥じゃあ尚更使ってよかったです。どうしてそんなに死にたがるんですか?」

 

別に、千尋は死にたがっているわけではない。

この身を国のために捧げ、国に支えるためであればもっと生きていたい。

 

だが無意に生きていたいわけではない。

 

死に時を違え、生き恥を晒して、どうしておめおめと生き長らえようか。

国賊となる前に、死のうとしているだけなのだ。

まぁ女子供にもわかるように言えば、

 

「死に時も忘れる前に」

 

こうなるだろう。

それでもしのぶは眉間に皺を寄せ首を傾げていたが。

 

次の日、千尋の部屋からはモルヒネも消えた。

 

 

 

☆★☆

 

 

それから、しばらく経ったある日、千尋は鬼殺隊の本部に呼ばれた。

隠の隊員に立派な屋敷へ連れていかれる。門の前にいた護衛の剣士に会釈をして門をくぐる。立派な庭に面した座敷へ通されて、しばらく待っていると、襖が開いた。小さなおかっぱの子どもがぺこりと千尋に頭を下げる。

 

「お館様のお成りです──」

 

千尋は畳に頭を下げ、額をつけた。

 

「お初目にかかります。産屋敷耀哉殿。甲橘と申します」

 

「ああ、初めまして。頭を上げてくれるかな?」

 

千尋は頭を上げて、お館様の顔を静かに見返した。顔の上半分が焼けただれたような痕がある。少し驚いたが、顔には出さずに口を開いた。

 

「今日は来てくれてありがとう、千尋」

 

その言葉と声に不思議な感情、高揚感のような物が芽生える。

だが千尋は冷静に、凪いたような心持ちで会話に臨む。

 

「千尋、そろそろ生活は落ち着いたかな?」

 

「はい。もう戦線復帰は目の前であります」

 

「つらいかもしれないが、私たちのためにも上弦の鬼について詳しく聞かせてもらえるかな?」

 

「はっ」

 

報告書には書いたが、どうやらお館様は実際に千尋の口からあの鬼について聞きたいらしい。

千尋はあの夜の事を事細かくお館様に話した。まるで小説を音読しているように丁寧に。

 

全てを話した後、お館様は何度か頷いて口を開いた。

 

「すまなかったね。つらい事を思い出させてしまった」

 

「いえ、生き恥を晒すような真似をしてしまい、誠に申し訳ありません」

 

千尋はできるだけ静かにそう言った。そろそろここにいるのも疲れてきた。帰っていいだろうか、などと考える。

しかし、次の産屋敷の言葉に耳を疑った。

 

「実はね、君を次期花柱に任命しようと思ってるんだ」

 

「‥‥私は若齢十六歳にして、世間に疎く、耳も遠く、鬼殺隊の柱としては不適当です」

 

「耳が遠い?」

 

「橘様は銃を使って戦います。発砲を繰り返すので難聴の傾向があると、胡蝶様より報告されています」

 

「耳が遠くたっていい。是非」

 

産屋敷の意思は堅い。だが千尋の意思はもっと堅かった。

 

「先代花柱である胡蝶カナエ様は、多大なる人望をお持ちで、医者としての腕も一流でした。私にそのような腕も顔もありません」

 

「そんなに自分を卑下しちゃいけない。いろんな人から報告を受けている。もちろん、カナエからも」

 

カナエという言葉に、反応して、少し脇腹が痛む。

確かに彼女が引退したのなら、継子である千尋が柱の地位を継ぐのが通りだ。

だが

 

「橘は生き恥を晒した身。どうしておめおめと柱の地位を拝命できましょうか。何卒、この一時は拝辞のお許しをお願いいたします」

 

千尋は生粋の武人であり、軍人だった。

 

「カナエがいて、みんながいた。今はあの年月が懐かしい‥‥もう他に人がいないんだ。頼むからどうか、気持ちを曲げて、受け入れてはくれないか」




大正コソコソ噂話 花柱の後継
胡蝶カナエが肺をやられ除隊した今、花柱の補充は最重要事項である。そこで白羽の矢が立ったのが橘千尋で、本人も柱就任の件を認証した。
彼の屋敷は千代田区に建てられ、さらなる兵器開発を条件に、工房も建てられる予定である。
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