千尋が柱に就任してから少し経ち、季節も移って秋と冬の移り変わり。
吸う空気が徐々に冷たくなっていく。ずっと歩いている影響で少し体が温まっているが、それでも寒い。
「寒いな。冨岡、貴様は大丈夫か?」
「……任務に集中しろ」
「言われなくても」
千尋の主な移動手段は、遠方なら電車やバスを乗り継ぎ、近場なら自転車を使っている。
だが今回の任務地はかなりの田舎、電車バスなどの乗り物はおろか、電気やガスなどのインフラが通っているのかも怪しい場所だった。
故に歩き。
普通の隊士なら歩きなれているだろうが、千尋は基本文明の力に頼り、その上でかなりの量の荷物を持っているため、任務前からかなり疲労している。
今回任務に同行している冨岡は、まだ新人の柱の千尋だけでは任務遂行が困難になったときの補佐としての任を任されている。
ただ任されているとは言え、先ほどの会話の通りに、冨岡はあまり対人関係がいいとは言えず、柱同士の溝が多くあった。
唯一の救いは、千尋は一時期冨岡と同じ育手にいた時期があるため、彼の言葉にはあまり悪意が含まれていないことを知っている。そのための、どこぞの風柱のように喧嘩にならずに済むのだ。
「任務の概要は?」
「……信濃に聞け」
「信濃、任務の概要は?」
『コノ辺リデ行方不明者ガ多発シテイルンデスゥ……元々コノ土地ニハ鬼ノ伝承ガアッタノデェ……十二鬼月ノ可能性モォ…』
「十二鬼月か。また厄介な相手を押し付けられたな」
鬼伝説がいまだに伝承されているのは、日本国内においては珍しい話ではない。
秋田のナマハゲや、大江山の酒呑童子など、全国津々浦々にそう言った者は存在し、他にも具体的な鬼の名前こそないが、鬼が住まう山だの鬼が住まう土地というのも全国に数えきれないほど存在している。
ただその場合、前者はただの御伽話か落武者の比喩、後者の場合は民俗学的な祖霊か山岳宗教的なものがほとんどだ。
だがごく稀に例外が存在し、本当に鬼が住んでいたという例が過去いくつかある。
例えば鬼を神や仏の化身として崇めていた村もあったし、山奥に潜み隠れ、鬼殺隊に悟られぬよう少しづつ人を食らっていた鬼もいた。その場合、長いこと人を食べ続けていたせいで、報告を受けた時には非常に手強くなっているのがほとんどだ。
その噂や伝承の一つ一つを読み解き、安全を確保するのも柱の職務でもあるのだ。
「……あれか、雲取山というのは。禍々しい気配だな」
百を超える戦場を生き抜いてから、何となく雰囲気というものが掴めてきたような気がする。第六感、ともいうべき感覚だろうか。
その第六感が目の前の山に向けて警鐘を鳴らしている。ここはおかしい、と。
「……民家か」
「話を聞いておくか」
「ああ」
山道のそばに民家を発見した千尋は一度話を聞くために道を外れ、怖がらせてはいけないと刀を外套に隠し、民家の扉を叩いた。
すると、数秒の後、少し無愛想な初老の男性が顔を覗かせた。
「なんだい、アンタら」
「朝早くに申し訳ありません。私、帝国少年兵の橘と申します」
「少年兵がなんの用だい」
「ここらで行方不明者が続出していると報告がありまして、その調査に参った所存です。なにか、心当たりは?」
顔を覗かせた男は、三郎と名乗った。
曰く行方不明者が続出しているのは知っていると。
「そんなご時世だし、夜の雪山は危ないからな。子供を一人泊めたんだ」
「そうですか。ちなみに、その子の名前は?」
「竈門炭治郎。山の中腹に住んでる、炭焼きの子供だよ」
「なるほど。ありがとうございました」
千尋は道に戻り、冨岡に聞いた話を話す。
「どうだった」
「ここら周辺は数年前から神隠しが増えて、警官や憲兵が捜査に来たが、いずれも収穫はゼロ。私たちの事前情報とも噛み合う」
雲取山の任務はこれが初めてではなく、何度か隊士が派遣され、警官や憲兵の目に触れないよう、鬼を狩ってきた。
全国に度々、鬼が寄り付きやすい土地というが確認される。どうやら、雲取山もその一つらしい。数年前は鬼が出なかったようだが、どうやら最近になって住み着いたらしい。
「……っと、ここからは雪か。足を取られぬよう気をつけろ」
「…ああ」
目的地は豪雪で、想像以上に雪が多かった。
千尋は一度に背負っている荷物のうちの一つであるスキー板を下ろし、早速足にはめる。
「懐かしい。むかし、風の育手のところでスキーを教えてもらったことがあったな。見ろ、露国式のスキー板だ」
「露国式?」
「裏面が鱗状になっている板のことだ。こうすれば、普通のものより機動力が増す」
千尋は思い出深そうに露国式のスキー板とブーツを固定した。
冨岡にも履くかと聞いてみたが、彼は使いこなせる自信がないと断った。
「行くぞ」
「ああ」
千尋はスキーを、冨岡はそのままブーツで雪山を登り始めた。
今日は酷く重い曇り。一部の強力な鬼なら動くことができる。またそれとは別に穴持たずの熊もいる。二人は鬼と熊を警戒しつつ、行動する。
「足跡…子供のものだな」
「何人だ」
「おぶってないとすれば一人だな。藁ぐつを履いてる、人だ」
千尋は双眼鏡で山を探索していると、山道に子供のものと思われる足跡を発見した。
足跡はまだ新しく、雪が降り始めた今でもその形跡が見られる。足跡の主はまだそれほど遠くには行っていない。おそらくだが、三郎の家に泊まった、竈門炭治郎だろう。
「追いかけるか?」
「そうするか。鬼か熊に襲われてはいけないしな」
そういうと、二人は足跡を辿り始めた。
千尋が履いている露国式のスキー板は裏一面にアザラシの皮が貼り付けてあり、傾斜を登る際は毛皮が逆らうため、横歩きの必要がなく一直線に動くことができる優れものである。
そのため千尋は冨岡の歩きについて行くことができ、下り坂ではむしろ冨岡を追い越していた。
「──冨岡」
「ああ」
山に入って十分ほど経っただろうか。二人は冷たい空気の中に、酷く濃い血の匂いを感じ取った。
鬼殺隊の者は、皆須く血の匂いに敏感である。長く戦場に立ち、鼻が血の匂いを覚えてしまったのだ。二人は特段鼻が効く方ではないのだが、それでも分かるほど、鬼殺隊は血の匂いに敏感であり、さらには匂いの素がそれだけ血に塗れた現場だということを物語っていた。
そして何より、追っている足跡が、その匂いの方向に向かっているのだ。
二人は急いだ。もしかしたら、まだ息があるものがいるかもしれない。もしかしたら、まだ鬼が近くにいるかもしれない。そんな希望的観測に縋りながら、二人は雪山を走る。
「ぁあ、クソ……」
「……遅かったか」
家の中は、ひどい有り様だった。人がまるで人形のように転がっている。
障子をなぎ倒し、鋭利なもので深く切り裂かれた跡があった。そして、壁や天井にまで飛び散った血の跡。母親と思わしき女が娘を守る形で息絶え、兄弟は二人重なって死んでいた。辛うじて家の外に出ることができた男子も家のすぐ外で殺されている。
被害者は全員で五人。ほぼ全員、一瞬で殺されている。少なくとも、人間の犯行ではないと、二人は一目見て気がついた。
「……捜索を続けよう」
「ああ」
一見、この襲撃は鬼の襲撃だと思えるだろうが、それには不審点が多すぎる。
まず一つ、死体の損壊が少ないことだ。
基本的に鬼は人を喰らう。喰らう量は鬼によって個体差があるが、前提として鬼の主食は人間であると覚えておいて間違いはない。だがこれらの死体はどうだろう。どの死体にも、
次に二つめ、信濃と寛三郎からの報告が上がらなかったことだ。
信濃は内気で寛三郎は老碌がはじまっているが、二人とも柱に付く鴉なだけあってとても優秀な鴉だ。故に、ここを襲った鬼を見逃すとは思えない。家屋内の血がまだ固まっていないということは、まだ鬼は近くにいるということ。だというのに、二人の鴉は未だ発見の報告に来ない。
そして最後、それらしき足跡が見当たらなかった。
鬼は基本的には靴を履かない。もちろん、中には人間に偽装するため靴や履き物を履く鬼もいるのだが、この場にある履き物の痕跡は、二人が追っていた足跡のみ。
これは竈門炭治郎の足跡で間違いなく、三郎の話を聞くように、炭治郎は家族愛に溢れる少年で、親や家族を殺すような子供ではないだろう。それに時系列的にも犯行は不可能だ。
では穴持たずなのかと思っても、それも違う。
大まかな理由は先も言った通り、死体の損壊が少ないのと、それらしい足跡も見当たらないのだ。
それに被害者の死因も不可解だ。
よく見たら、母親と子共々、何かに貫かれて死んでいる。同時にだ。よもや熊が道具を使って人を殺すとは考えられない。
「わからん…なんだ?何にやられた?」
「おい」
「熊でも鬼でもない…まさかあの足跡の主?いや、それでは時系列に矛盾が…」
「なあ」
「まさか姑獲鳥のような幻術の血鬼術か?」
「おい!」
「なんだ冨岡!いつもは静かなくせに、こんなときばかり主張しおってからに──」
「足跡が続いているぞ」
その言葉を聞いた瞬間、千尋はすぐに表に出た。
冨岡が指差す方をみると、確かに先ほどの足跡が続いている。
「…もう一人いたな」
千尋は玄関先の遺体を再度よく見た。
すると、玄関先で倒れている子のそばに、もう一人いた形跡があった。人型に雪が溶けていたのだ。
「竈門炭治郎が、まだ息のあるものを連れて行った」
「そうだな」
「なら急ぐぞ」
二人は再び雪山を疾走した。
雪の上に、血痕が残っている。竈門家の状況を見るに、全員が即死するような傷を負っていたはずだ。もし連れて行かれた者も同じ傷を負い、それでもなお息があったのであれば、鬼にされている可能性が高い。そうなれば、鬼殺隊として責務を全うし、そして一人でも多くの国民を守らねばならない。
そして竈門炭治郎のものと思われる足跡を辿り、崖道を通ったとき、二人は崖下へとふらついた足跡を発見した。
まだ新しい。
崖下を確認すると、少年が鬼に押し倒されていた。
「──崖下だ!冨岡、貴様は回れ!」
「わかった」
千尋はスキーのストックを支えに、銃を構え、撃つ。
「なっ!?」
「離れろ!」
千尋が撃った弾丸は見事鬼の首に命中。鬼は肉を抉られながら吹っ飛ぶ。続けて次弾、と排莢したら、なんと鬼に覆い被さられていた少年が、今度は逆に鬼の前に立ったのだ。
あれでは撃てない。
「そこを退けッ!」
「待ってくれ!撃たないでくれ!」
話にならん、と千尋は威嚇の意を込めて少年らの足元に一発撃った。
それに呼応するように、鬼の少女は咆哮をあげ、少年を跳ね除ける。それを見た千尋はまた発砲。だが狙いを外れ、鬼の顔を掠めた。
「くっそ──」
「ガアアアアァァァァッ!」
「──なっ!」
一瞬、千尋が装填のため目を離した瞬間、鬼はどこからか拾ってきた氷柱を千尋に向かって投げていた。
千尋は眼前まで迫った氷柱に対し避けることしかできず、たまらず横に倒れる形で避ける。
「冨岡は何をしているのだ!」
千尋は急いでスキー板を外し、伏せたまま鬼に再度狙いを定める。
千尋は知らないが、鬼になった少女は生まれた時からの山育ち。雪山でどう動けば優位になるのかは知り尽くしいる。故に、戦術的優位点があるのは向こうだった。
「撃つなぁ!撃たないでくれ!」
「退けェ!退かねば貴様ごと撃つことになるぞッ!」
少年は再度鬼を抱き抱え、まるで千尋から鬼を守るように振る舞った。
千尋も負けじと退くように警告をするが、少年は聞き入れず、しかし逃げるようなことはしない。
鬼は相変わらず暴れている。このままでは少年を喰らい、人里におりさらなる被害をもたらすかもしれない。
やむを得ない。二人撃ち抜こう──と、そのとき。
「──っ!」
水の呼吸 肆ノ型 打ち潮
水色の刀が、光の弧を描き、強く振り下ろされる。
千尋が振るうそれよりも早く強く振るわれた一閃は、たちまち粉雪を巻き上げ、周囲を銀世界に一変させた。
しかし千尋と冨岡には見えていた。斬撃の直前で、少年が鬼の首を取って投げ、抱え込むようにして攻撃を避けていたことを。
「なぜ庇う」
「妹だ!俺の妹なんだ!」
「…本当か?」
「知らん。だが顔立ちはそっくりだ」
いうが早いか、千尋は外套の内袋から発煙弾を取り出して、徐に投げた。
そして発煙弾は正常に動き、大量の煙を吐き──そして、冨岡が動く。
「──ね、禰豆子!?」
少年との距離を驚異的な速度で詰めた冨岡は、彼に気づかれぬまま妹を奪い、また距離をとった。
冨岡の反対側では千尋が少年に銃を構えている。
鬼殺隊として一般市民に発砲は最低限したくはないが、もし鬼狩りの邪魔をするというのなら、鬼殺隊として非情なる措置を取らねばならない。
「禰豆子!」
「動くなッ!」
千尋は大声をあげ、少年の頭に照準を定める。さっきは外したが、不思議と外す気がしなかった。
「俺たちの仕事は鬼を殺すことだ。もちろん、お前の妹の首も刎ねる」
「禰豆子は誰も殺してない!俺の家にはもう一つ嗅いだことのない匂いがあった!みんなを殺し…たのは多分そいつだ!禰豆子じゃない!今はそうなっているけど、禰豆子は人を殺すような人間じゃない!」
「話にならん。冨岡、早く首を刎ねろ」
呆れたようにものをいう千尋に、それでも少年は食い下がる。
「俺が誰も傷つけさせない!きっと禰豆子も人間に戻す!」
「不可能だ。鬼と人とは不可逆の関係。鬼が出現して1000年経つらしいが、未だ鬼から人になったという事例はない」
「探す!必ず戻る方法を見つけるから!妹を殺さないでくれ!」
少年がどんなに必死に叫ぼうが、千尋と冨岡は顔色ひとつ変えなかった。
二人が情に流されることはない。許してと叫ぶ鬼がいた。助けてと泣く鬼もいた。だが二人は全て斬り伏せた。
もはや二人を説得させることは、それこそ不可能だ。それでも少年は叫び続けることしかできなかった。
「家族を殺した奴も見つけるから!俺が全部ちゃんとするから!だから!だから……」
冨岡は刀を構えた。もはやこれ以上話を聞く必要はないと言わんばかりに、鬼に刃を向ける。それに応じて千尋も有坂の照準を少年から鬼に変える。
万が一冨岡が仕留め損なったとき、再度鬼の頭を撃ち抜き、自分が殺す。
「やめてくれ!」
少年はとうとう大粒の涙を流しながら、その場に膝をついた。
雪が積もっているところに額をこすりつけ、二人に懇願する。
「やめてください…‥どうか、妹を殺さないでください…‥お願いします……お願いします……」
掠れた声で泣く少年に、突如として冨岡が怒号を飛ばす。
「生殺与奪の権を他人に握らせるなッ!」
ビクッと肩を揺らしたのは、少年だけではなかった。
ずっと冷静で、ほぼ無言だった冨岡が、あの冨岡が眉を釣り上げ、顔を歪ませて睨みつけた。
「惨めったらしく蹲るのは止めろッ!そんなことが通用するのなら、お前の家族は殺されていない!奪うか奪われるかの時に、主導権を握れない弱者が妹を戻す?仇を打つ?笑止ッ!」
地面に頭を擦りつけたところで、殺す隊士なら殺す。そもそも、二人だから少年の話を長々と聞いているが、これが不死川や煉獄などであったのなら、出会い頭に殺している。
「弱者にはなんの権利も選択肢もない!ことごとく力で強者にねじ伏せられるのみ!妹を治す方法を、鬼なら知っているかもしれないが、鬼どもがお前の意思や願いを尊重してくれると思うなよッ!当然、俺も、崖上のアイツも!お前を尊重しない!」
言葉の一つ一つが、少年に深く突き刺さる。
「なぜさっきお前は妹に覆い被さった!あんなことで守ったつもりか!なぜ斧を振らなかった!なぜ俺に背中を見せた!その失態で、妹を盗られている!お前の背中ごと、妹共々串刺しにして良かったんだぞッ!」
「冨岡!やれ!」
千尋の声に呼応し、冨岡は刃先を鬼へ向け、そのまま刺した。
すると、それまでただ茫然と座るばかりの少年が止めろ!と叫びをあげ、冨岡に向かって小石を投げた。
冨岡はそれを鍔で弾くと、そのまま千尋に指示を飛ばす。
「撃つな!橘!」
「何故だ!」
「俺に任せろ!」
正直言って、千尋はかなりギョッとした。あの冨岡が自分に指示を飛ばし、自分に任せろなんていうのは、千尋の記憶上存在しなかった。
だがそれはそれとして、千尋は指示を無視し、一切の躊躇なく発砲する。動き回られては当てるのが難しいのだが、それがかえって足元に命中し、威嚇になる──はずのだが、少年は一切足を止めようとしなかった。そればかりか、走りながら的確に冨岡の顔めがけ石を投擲している。
「くそ!」
もう一度発砲しようとするが、弾切れ。急いで再装填しようとするが、悴んだ手では弾薬盒を上手く開けることができなかった。
仕方ないと刀を抜いた。
「──冨岡!上だ!」
千尋は宙を舞い、そのまま曲線を描き冨岡へ向かっている斧に気がついた。
すぐさま刀を鞘をぶん投げる。冨岡に向け投げられた斧は、見事に弾かれ、雪の上に落ちた。
なんて奴だ、と千尋は驚愕した。
あの斧、千尋が撃ち落とさなければ、間違いなく冨岡の頭に当たっていた。いつ投げたのかはわからないが、武器の、特に斧の投擲は往往にして正確性に欠け、威嚇に使われるのが一般的だ。
それなのにあれほど正確に斧を投げるとは、子供ながら末恐ろしい存在だ。
千尋が血の気の引いた顔で少年を見ていたら──突如として、鬼が吠えた。
「ガアアアアァァァァ!」
「まずい!」
千尋は急いで拳銃を鬼に向けるが、鬼は冨岡が拘束している状態。
これでは富岡を巻き込んでしまう。
「冨岡!逃げられるぞ!」
「ああ!」
千尋が忠告したときには既に、冨岡は鬼に蹴り飛ばされていた。
まずい──喰われる。そう思ったとき、先ほど少年が心から叫んでいた言葉が、脳で反芻される。
『禰豆子は、禰豆子はは違う。人を喰ったりしない』
千尋と冨岡は、二人して言葉を失った。
少年が鬼に食われたから?
違う。むしろそれは予想できたことだし、少年は喰われていない。
鬼が逃げてしまったから?
違う。確かに鬼は冨岡の拘束を逃れたが、未だ拳銃の射程内だ。
では何か、二人は何に言葉を失ったのか。
「……
まるで鬼は、意識を失い雪の上に横たわる少年を、守るようにして二人に向き合ったのだ。
あり得ない、と。
鬼は人を喰らう。それはもはや大前提であり、二人はその心情のもとに刀を振るってきた。幾たびもの鬼を葬ってきた。
前提が崩れる。
そのことに、千尋は深く動揺し、またそれを隠せなかった。
「と、冨岡!」
「撃つな!俺が捕える!」
「ッあ、ああ!」
千尋は昔、カナエに言われたことを今になって思い出した。
──鬼と人間、いつか仲良く手を繋げたらいいな〜って、思ったりしてるわ
不思議と、その言葉が今になって蘇る。
大願成就。今この光景を、かつての師に見せることができたら、どれだけ幸せだっただろうか。
大正コソコソ噂話
千尋の荷物(夏)
コルト拳銃
.45ACP弾(コルト拳銃の弾)
日輪刀
日輪短刀
手投弾
藤煙弾2つ
手拭い3つ
冬
コルト拳銃
.45ACP弾(コルト拳銃の弾)
日輪刀
日輪短刀
手投弾
藤煙弾2つ
露国式スキー
かんじき