帝国の鬼狩り   作:ひがしち

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第十話 裁判

水浴びをした後、家にやってきた隠の運転により千尋は産屋敷邸についた。柱合会議開催時刻十分前のことである。いつもなら二十分前には到着し会議の算段を確認しているのだが、今日は井戸相手に慟哭をあげていたことが原因で少し遅めだ。

 

だがそれでも十分前だ。当然会議がまだ始まることはないのだが、なぜだが不思議なことに、産屋敷邸の庭はすでに騒がしかった。あの面子が揃って静かなのは、それはそれで不気味だが、いつもの騒がしさとは違った。

 

「何かあったのか?」

 

「あ、花柱様!」

 

千尋は屋敷の影から顔を出し庭の方を覗き見ている隠の声をかけた。

 

「そ、そのぉ……」

 

「なんだ歯切れが悪いな。はっきり申せ」

 

「か、風柱様が禰豆子が入った箱を無断で持ち出されたのです。もちろん私たちは止めに入ったのですが、風柱のお耳には届かず……」

 

「……そうか」

 

千尋はそれだけ言うと、隠に刀と拳銃を預け、大股で庭に出た。

 

確かに庭では風柱の不死川実弥が禰豆子の入った箱を持ち、抜刀して鋒を箱に向けている。それを見た瞬間、千尋は腸が煮え繰り返る思いを感じ取った。今実弥がしようとしているのは、法治国家としてあるまじき姿である。

 

「おい」

 

「アァン──ッ!?」

 

千尋は実弥が振り返るのと同時に、その右頬に鉄拳をぶち込んだ。一切の躊躇なく振り抜かれた拳は正確に実弥の頬骨の下を捉え、その運動エネルギーを持って実弥を1,2メートル吹っ飛ばした。

 

千尋は禰豆子の入った籠を拾い上げ砂埃を払う。それから少し遅れて実弥が怒号を上げた。

 

「橘テメェ!何しやがる!!」

 

「何をする?それはこちらの台詞だ馬鹿者!私刑などとふざけた真似をしおって!なんのために私たちがここに集まったか忘れたか!!」

 

千尋は激昂した。裁判の重要参考人である禰豆子を傷つけさせないというのもそうだが、私刑をして当然という実弥の態度が気に入らなかったのだ。

 

「落ち着いてください橘さん。もうすぐ御館様がいらっしゃいますよ」

 

「産屋敷殿がいらっしゃる前にこの痴態を晒す馬鹿を止めたんだ」

 

「言いたい放題だな橘ァ、えぇ!?ずっと鬼殺から離れてた癖に偉そうなこったぁ!」

 

「貴様は黙っていろ!見損なったぞ不死川!」

 

千尋と実弥は互いに睨み合った。元から二人の仲は良くはなかったが悪くもなかった。二人の間には真菰というクッション材の存在があったから良く見えたということは否定できないが、それでも側から見てこんな一触即発のような雰囲気になるようなことはまずなかった。

痛々しい殺気が両者に向けられ、重苦しい沈黙の後、

 

「お館様のお成りです」

 

産屋敷にちかと産屋敷ひなきの声が庭に響き、その場に集まった面々の視線が屋敷の方に向く。

縁側の中、畳の部屋のさらに奥の襖が開き

 

「よく来たね、私の可愛い剣士たち」

 

その先からゆっくりと産屋敷耀哉が歩み出てくる。もう視界もほとんど見えていないらしく、ひなきとにちかに寄り添って補助してもらっている。

 

「お早う皆、今日はとてもいい天気だね。空は青いのかな?緊急の開催になってもなお皆ここに来てくれたこと、心から感謝するよ」

 

柱たちと、炭治郎が実弥に押さえつけられる形で跪く。

 

「千尋、実弥を殴ったようだね。私刑を否定するのなら暴力はダメだよ」

 

「……っは。不死川、此度の非礼は私の不徳の致すところ。申し訳なかった」

 

「実弥、千尋の言う通り裁判を始める前に私刑をしようとしちゃダメだよ」

 

「っは。以後無きよう気をつけます」

 

実弥に比べ千尋の声は硬い。やはり思うところがあるのだろう。

いつもなら、ここから産屋敷への挨拶を申し上げるところだが、今日の千尋はそんな余裕はない。

 

「御館様」

 

真っ先に声を上げたのは実弥。主導権を手放す気はないらしい。

 

「御館様におかれましても御壮健で何よりです。益々のご多幸を切にお祈り申し上げます。また、この度の柱合裁判においては、お力添えいただきありがとうございます」

 

「こちらこそありがとう実弥。複数の柱の連判状まで取り付けて、今回の調整は難しかっただろう」

 

「恐縮でございます。それでは畏れながら、柱合裁判を始める前に竈門炭治郎なる隊士について、御館様の御考えをお聞かせ願えないでしょうか」

 

「そうだね。驚かせてすまなかった。炭治郎と禰豆子の事については私が容認していた。そして、君達にも認めて欲しいと思っている」

 

耀哉の言葉に、柱達が面を上げて耀哉を見つめた。数秒の間を置いて、ジャラリ、と擦り合わせられた数珠の音が鳴った。

 

「嗚呼……たとえ御屋形様のお言葉であっても、私は承知しかねる」

 

「俺も派手に反対する。鬼を連れた隊士など認められない」

 

「心より尊敬する御館様と親友の言うことだが、理解できない!全力で反対する」

 

「信用しない信用しない。そもそも鬼は大嫌いだ」

 

「僕は御館様に賛成です。橘さんが認めた人なら、大丈夫だと思う」

 

「私は御館様の望むままに従います!」

 

「鬼を滅してこその鬼殺隊。竈門禰豆子の滅殺と竈門・冨岡・橘三名の処罰を願います」

 

当事者三人以外の反応を纏めると反対四名、賛成三名、中立二名、無投票一名と言ったところだ。このままでは炭治郎のみならず、冨岡と千尋も処罰される。それだけは避けなくてはならない。

 

「竈門禰豆子はそこらの鬼とは違い我らに協力する意思を見せた。これは貴重なサンプルであり、竈門禰豆子が許せば鬼に対する研究が進む。竈門禰豆子を殺すことは研究の阻害につながる」

 

千尋の説明に実弥が喰らいつく。

 

「協力する意思が見えたァ?意思が見えたところで結局鬼は鬼、これから喰わない事が証明されていない」

 

「食わぬ証明など那田蜘蛛山での任務で既に証明できただろう。あそこには瀕死の隊士、また戦死した隊士らの遺体が大量にあった。だが竈門禰豆子はそれらに一切目もくれず下弦の伍の討伐に貢献した。己も伍の攻撃でそれなりの傷を負っているにも関わらずだ。これは充分に禰豆子が人を食わぬ証明と言えるはずだ」

 

「くだらん詭弁だ。今日食わぬから明日も食わぬとなぜ言いきれる」

 

「絶対を証明しろと?ではあと数年待ってもらう。そのくらいで竈門禰豆子は人を食わぬと証明できるからな」

 

「屁理屈を言うな。俺たちはここで証明しろと言っている。できないのならこの場で斬首だ」

 

「斬首だと?ではなぜ藤襲山の鬼は生かされている。彼奴らは禰豆子よりも凶暴であることが証明されているのに生きているではないか」

 

「それは最終選抜のために生かされているのにすぎん。鬼の研究ならそこの鬼でできるだろ」

 

「鬼の研究のために凶暴極まりない鬼を使うなど、研究者の命がいくつあっても足りん。禰豆子ほど協力的な鬼が我々には必要なのだ」

 

裁判の中でも、特に千尋と伊黒の舌論は凄まじかった。

それに難しいことに、どちらが言っていることにもまさしく正論であった。

 

伊黒をはじめとする鬼殺隊の上位者達が炭治郎と禰豆子に対して強硬な姿勢を貫いているのは、人々の命が鬼に脅かされることを防ぐ為に定められた、秩序と経験則故。

逆に千尋もまた、秩序を守り、正当な手順を踏んだ上での、例外を認められてきた。それを柱たちの反発というだけで今更撤回というのは、義理が通っていないではないか。

 

「にちか、手紙を」

 

「はい」

 

耀哉がそれぞれの答えを聴いて頷いた後、にちかが懐から手紙を取り出して広げた。

 

「こちらは、元水柱の鱗滝左近次様から頂いたものです。一部抜粋して読み上げます」

 

『炭治郎が鬼の妹と共に在る事をどうか御許し下さい。禰豆子は強靭な精神力で人としての理性を保っています。飢餓状態であっても人を喰わず、そのまま二年以上の歳月が経過致しました。俄には信じがたい状況ですが、紛れもない事実です。もしも禰豆子が人間に襲い掛かった場合は竈門炭治郎及び鱗滝左近次、冨岡義勇、橘千尋、鱗滝真菰が腹を切ってお詫びいたします』

 

にちかが手紙を畳み、再び懐にしまい込むまで、周囲を沈黙が包んだ。

 

「……切腹するからなんだというのか。死にたいのなら勝手に死ねばいい。何の保証にもなりはしない」

 

「不死川の言う通りです。人を殺せば取り返しがつかない!殺された人は戻らない!!」

 

青筋を立てながら実弥は拳を地面に押し当てる。そして煉獄も実弥の言葉に同意した。

だが、

 

「今名前が上がった者は、私含め皆鬼殺隊の輝かしい功績者だ。国民同様死ねば大きな損失となる。そんな者の腹がかかっているのに、死にたいのなら勝手に死ねばいい?それが柱の言葉か?」

 

千尋は実弥に向け凄まじい殺気を向けた。それは己の命を賭けて戦い、多くの犠牲の果てに護るべきものを護った男の迫力だった。

 

「……みんなの言ったことも間違いではない。だが、千尋の言う事も間違いではない。禰豆子が今まで人を喰らわないことが先にも喰わないことの証明にはならない様に、喰うという事も証明は出来ない。ただ言える事は、その禰豆子の不確定な先の話に五人の人間の腹が掛かっているという事のみ。これを否定するのなら、相応のものを差し出さなければいけないよ」

 

それに、と耀哉が言葉を続ける。

 

「炭治郎は鬼舞辻と遭遇している」

 

その言葉を認識した瞬間、耀哉に向けられていた柱達の視線が炭治郎に集中した。

 

「そんなまさか…柱達ですら遭遇したこと無いのに…!こいつが!?」

 

「どんな姿だった!?能力は!?場所は!?」

 

「戦ったの?」 

 

「鬼舞辻は何をしていた!?」 

 

「根城は突き止めたのか!?」

 

「黙れ!俺が先に聞いているんだ!まずは鬼舞辻の能力を──」

 

慌ただしくなった場であったが耀哉が人差し指を唇に当てた瞬間に、また柱達は頭を垂れて片膝をつく。

 

「鬼舞辻はね…炭治郎に追っ手を放っているんだよ。その理由は単なる口封じかもしれない。だけど私はこの鬼舞辻の出した尻尾を離したくはない。恐らく禰豆子にも、鬼舞辻にとって予想外の何かが起きているんだと思う。わかってくれるかい?」

 

耀哉の言葉に、柱一同は納得のカケラを見せた。激しく反対していた煉獄らも──だが、たった一人を除いて。

 

「分かりませぬ御館様。人間なら生かしていいが、鬼は駄目です。承知できない」

 

「実弥…」

 

「俺が証明してみせますよ…!!鬼と言うものの醜さを…!!オイ鬼!!飯の時間だぞ喰らいつけ!!」

 

そう言いながら、刀を抜いた実弥は己の腕を斬り付けて血を禰豆子の入った箱に垂らす。

 

まずい、と千尋は思った。実弥は稀血、それもとびきり上等な稀血だ。

ただでさえ鬼を惹きつける稀血だというのに、彼の血にはアルコールのような致酔性がある。匂いを嗅いだだけでもは泥酔したかのような状態に陥り、鬼としての本性をむき出しにする。

 

それはきっと、禰豆子でも例外ではないはずだ。先の任務で負傷し、まだその傷が治っていないなかで、実弥の稀血はとてつもなく甘美なものに感じれよう。

 

千尋は禰豆子を認めるように働きかけてきたが、それは禰豆子の絶対安全が前提であり、もし禰豆子がここで実弥の血に食らいついたなら、前提が崩れてしまう。そうなれば、千尋や耀哉の説得虚しく、禰豆子の首は斬られる。

 

だがこれは認めさせる上で、避けては通れないものだった。本当なら千尋の血を使ってやろうとしていたが、箱を奪われたせいで、実弥に血を使われた。

止めるわけにもいかず、千尋は禰豆子の潔白をただ祈るだけしかできなかった。

 

「不死川。日向では駄目だ。日陰に行かねば鬼は出てこない」

 

血に反応し。ガタガタと揺れる箱を見下ろし伊黒が座敷を顎で示した。 

 

「御館様、失礼仕る」 

 

そう言い実弥は禰豆子の入った箱を掴み座敷へと飛び込み箱を開けた。炭治郎が禰豆子の身を安じ、身を乗り出すが、千尋はそれを黙って止めることしかできない。

ただ信じるのみ。耐えてくれと、神や仏に縋るように祈った。

 

「出てこい鬼ィ!大好きな人間の血だァ!!」

 

そう告げると、箱の中から禰豆子が出てくる。まだ幼い、鬼になってから発育が止まっているのだろう。

だがその様子は、普通ではなかった。明らかに目が血走っている。口で噛んでいる竹の様なものから涎が垂れ落ちて、今にも襲い掛かっても可笑しくない表情。

 

「禰豆子ォ!!」

 

禰豆子はその叫びに、目線で応えた。

 

人は守り助けるもの。傷つけない、絶対に傷つけない──

 

「……どうなったのかな?」

 

「鬼の女の子はそっぽを向きました。不死川様に何度か刺されていましたが、我慢して噛まなかったのです」

 

「ではこれで、禰豆子が人を襲わないことが正面できたね」

 

千尋は内心、感極まって両手を上げた。もしこれが、遠く離れた場所で、信濃から伝えられた話ならば、間違いなくそうしていた。

 

「炭治郎、それでもまだ禰豆子のことを快く思わない者もいるだろう。証明しなければならない。これからも炭治郎と禰豆子が鬼殺隊士として戦えること、役に立てること。その為には十二鬼月を倒しておいで。そしたら皆に認められる。言葉、そして誓いの重みも変わって来る」

 

耀哉の言葉に炭治郎は頷く。

 

「十二鬼月を倒しておいで。そうしたら、皆に認められる。炭治郎の言葉の重みが変わってくる」

 

「……はい!」

 

耀哉の言葉に炭治郎は大きく頷き

 

「俺は…俺と禰豆子は鬼舞辻無惨を倒します!!俺と禰豆子が必ず!!悲しみの連鎖を断ち切る刃を振るう!!」

 

「いや、まずは十二鬼月からだね」

 

威勢の良い炭治郎の言葉をあっさりと切り捨てた耀哉の言葉に、恋柱甘露寺が吹き出した。それに釣られ、他の柱たちも肩を震わせている。

 

「それじゃあ炭治郎の話はここまで。下がっていいよ」

 

「「では──」」

 

しのぶと千尋で、声が重なった。

その瞬間、不死川が登場したときと同じように、場に緊張が起こる。千尋と面識がなかった伊黒と甘露寺でも、この二人の不仲を知っていたのだ。

 

「「……彼は」」

 

そして、互いが譲ってもらえると思い喋り出し、また被った。

 

二人から、禍々しい気配が漏れ出て、ちょうど二人の中心の甘露寺が悲鳴を上げる。

このままでは埒が開かないと、耀哉がしのぶが喋るように手を動かした。

 

「竈門君は私の屋敷でお預かりいたしましょう。では連れてって──」

 

「待て、竈門兄妹の監視命令は未だ健在、私の屋敷で預かる。今し方、部下が私の車を──」

 

「いえ、彼は怪我も負っているので、蝶屋敷に入院させます。監視くらい、私がするので。はい、後藤さん、お願い──」

 

「怪我の治療なら私の屋敷でも可能だ。それだけの設備は整えてある。竈門、車をまで──」

 

「いえいえ、私の屋敷には彼のお友達も入院しているので。後藤さん、早く──」

 

壮絶な牽制と口論の末、耀哉の命令で炭治郎は蝶屋敷に引き取られていった。

 

千尋は軽くキレた。




大正コソコソ噂話 千尋と柱の関係・印象

伊黒小芭内──弟弟子ではあるが仲はあまり良くない

宇髄天元──仕事ができる奴。実はまだ駆け出しの頃にいろんな技術を教わっている

甘露寺蜜璃──初対面。第一印象は前田の被害者

胡蝶しのぶ──顔も合わせたくない。お互いに柱やめろと思っている

不死川実弥──今回の一件でものすごく仲が悪くなった

時透無一郎──可愛い弟分。たまに有一郎と間違える

冨岡義勇──口下手を本人が改める気がないので意思疎通は半分くらい諦めている

悲鳴嶼行冥──お互いよく生きていられるなと思っている

煉獄杏寿郎──兄弟子であり良き友
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