帝国の鬼狩り   作:ひがしち

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第十一話 無限列車 壱

「な、なんじゃこの生きものはぁーっ!?」

 

そんな嘴平の叫び声が聞こえてきた。

それから彼はその巨大な生きもの……ではなく蒸気機関車に頭突きをしていた。

 

千尋は遠巻きにその光景を見て、頭を抱えた。集合場所を汽車内にしてもは間違いだったか。他人のフリをしていたかったが、任務のためそうは行かない。

 

「止めんか馬鹿者。ただでさえお前は怪しいんだから、静かにしていろ」

 

「橘さん!裁判以来ですね!」

 

「ああそうだな、っておいこの馬鹿猪を止めろ。普通に警官を呼ばれかねんぞ」

 

そう忠告したとき、ちょうど嘴平の騒ぎを聞きつけた駅員が笛を吹いてやってきた。

 

「何をしている!あ、おいコイツら帯刀しているぞ!警官だ!警官を──」

 

「駅員殿、私は陸軍の橘少佐で、コイツらも同じ軍人です。軍人として刀を離すことはできません。ご配慮いただけないでしょうか

 

「そ、そういうことでしたら……軍人様のためお席を用意いたしましょうか……?」

 

「いえそこまでは。では失礼」

 

千尋が駅員をやり過ごした後、四人は列車に乗り込んだ。

 

「まったく貴様らはどう言うつもりなんだ。白昼堂々刀をぶら下げおって」

 

「す、すいません……」

 

千尋は新人隊士の無謀さに怒っていた。

 

鬼殺隊と陸海軍が協力体制に入ったとはいえ、未だ秘密組織であり、広義の意味では違法組織なのだ。過去には警官や奉行人に捕まった隊士は少なくない数存在するが、その度に産屋敷の懐から金が動き、釈放されている。

 

ゆくゆくは消防と警察とも連携を取ろうとは思っているし警視庁の上層部とは既に繋がっているが、軍以上に根回しが大変で、未だ協力体制は未完成のままだ。

 

故に鬼殺隊士らは刀を隠して移動するのだが、この新人らは全く隠そうとしない。その上嘴平に至っては刀のあるなしに関係なく普通に通報されかねない。だから嘴平だけは静かにしていろ、と千尋は説教をしたのだが……

 

「うおおおお!! 腹の中だ!! 主の腹の中だ!! 戦いの始まりだ!」

 

それをよそに嘴平は叫んで走って窓から身を乗り出した。

 

傍若無人な振る舞いにキレた千尋は嘴平を殴って気絶させ、千尋の予備の服を着せて猪の頭を外し我妻に運ばせる。こうしてぐっすり眠る美少年の出来上がりだ。

 

「炭治郎は一回会ったことがあるんだよな、その煉獄さん」

 

「うん。匂いも覚えているし、だいぶ近づいてきてると思うんだけど……」

 

不安そうな我妻に炭治郎が答えたときである。

 

「うまい!」

 

不意に車両中に轟くような声が響く。驚いた一行が前方を見ると、弁当をものすごい速さで完食している男がいた。

 

衝撃のあまり立ち尽くす炭治郎と我妻を前に、千尋が深いため息をこぼした。

 

律儀に一箱完食するたびに「うまい!」と感嘆するのは炎柱の煉獄杏寿郎だけだ。

 

「あの、本当にあの人が炎柱ですか……? 食いしん坊でなく……?」

 

「……あれが食いしん坊の煉獄杏寿郎だ」

 

我妻の疑問に千尋も呆れ交じりに答える。積み上がった箱を確認してから千尋は杏寿郎に声をかけた。

 

「煉獄、来たぞ」

 

「おお橘!ちょうど俺も弁当を完食したところだ!」

 

「ああ見れば分かるさ。十二箱も食いよったな」

 

千尋の声に非難めいたものを感じ取ったのか、杏寿郎は表情は変えないまでも、心外そうな声を上げた。

 

「腹が減っては戦ができぬと言うだろう! 任務には万全の状態で臨まねばだ!」

 

「……まぁ、お前なら食い過ぎはありえぬか」

 

杏寿郎の啖呵にも千尋は慣れた様子だった。

 

汽車が出発する前に弁当箱を片付けてもらったのち、杏寿郎の横の窓際に炭治郎が、手前には禰豆子の箱が置かれ、千尋と我妻と嘴平は通路を挟んで座る。

 

それぞれが席に着き落ち着いたところで、炭治郎はさっそく杏寿郎に「火の呼吸」についてを尋ねた。

 

杏寿郎は腕を組みながら話を聞いていたかと思うと、前だけを見据えたまま、「知らん!」と声をあげる。

 

「『ヒノカミ神楽』という言葉も初耳だ!君の父親がやっていた神楽が戦いに応用できたのは実にめでたいが!この話はこれでお終いだな!!橘は知っているか!」

 

「いや知らん。竈門、お前は炭焼きの一家だったな。神社や寺との繋がりはあるか?」

 

「いえ!そんな話は聞いたことがありません!」

 

「なら神楽は土地神に捧げる民族信仰か。お前の土地の文献を探れば何かわかりそうだな」

 

ヒノカミ神楽なる神楽に千尋は思い当たる節はなかった。神楽といえば厳島や出雲の神楽が有名だが、東京の山奥の一族の神楽など聞いたこともない。

教わった神楽が剣技の型として利用できたのは偶然か必然か。どう考えても偶然としか思えないが、こうも炭治郎が気にするというのなら調べてみても損はないかもしれない。

 

「橘に目をかけられる程度に見込みはあるのだろう!俺の継子になるといい!面倒を見てやろう!!」

 

「待ってください!そしてどこ見てるんですか!?」

 

杏寿郎の話の展開も視線も読めずに困惑する炭治郎を置き去りに、杏寿郎は自らの修める炎の呼吸の歴史についてを語り出した。

 

千尋はそれを横目に見ながら、また始まったと呟いた。

 

「煉獄はこうなると止まらん。悪い癖だな」

 

「あ、悪癖だ……」

 

我妻がそう呟くのをよそに、杏寿郎の説明は呼吸の歴史から刀の色に移った。

 

「溝口少年、君の刀は何色だ!」

 

「俺は竈門ですよ!色は黒です!」

 

「黒刀か!それはきついな!!」

 

「きついんですか!」

 

「黒刀の剣士が柱になったのを見たことがない!さらにはどの呼吸を極めればいいのかも分からないと聞く!だが不安に思うことはないぞ、適性はあくまでも適性だ!最適性でなくても鬼は狩れる!そうだろ橘!」

 

話を振られて、千尋は炭治郎に刀の刀身を見せた。

 

「ああ、私の刀は桃色、花の呼吸の適性だが、私は入隊してから二年は風と炎で戦った。何も適性が全てではない。まぁもちろん、適性を見極められるなら、それに越したことはないがな」

 

「そうだな!それに呼吸が使えないのであれば他の武器がある!現に橘は銃があるだろう!」

 

「拳銃を使うなら良いものを用意してやろう」

 

話している間に、汽車が動き出した。杏寿郎は何に納得しているのか頷きながら、炭治郎らに目を向ける。

 

「兎にも角にもみんな俺のところで鍛えてあげよう、もう安心だ!」

 

面倒見の良さを遺憾なく発揮した杏寿郎に炭治郎は圧倒されている。

 

それはそうとして、動き出した汽車の窓から見える景色に、また炭治郎が驚きの声を上げた。

 

「へぇ、汽車ってこんなに速いんですね」

 

「この馬鹿猪が起きていれば、外に飛び降りて競争すると言いかねんな」

 

「む、そういえばそこの少女はどうしたのだ?」

 

「これは嘴平という男子隊士だ。連続の任務で疲れているんだろう。鬼が出てから起こしてやろう」

 

しれっと嘘をついた千尋に、我妻は若干引きつつ、鬼が出るという話は聞き逃さなかった。

 

「え、鬼?鬼出るの?この列車に?」

 

「出る!」

 

「出んのかい!?」

 

キリリと答えた杏寿郎に、我妻は驚嘆のあまり吐きそうになっている。

 

「嫌ァーーーッ!!!鬼のところに移動してるんじゃなくここに出るの!?」

 

怯える我妻に、杏寿郎はここに至る経緯を説明し始めた。

 

「短期間のうちにこの汽車で40人以上の人間が行方不明になっている!鬼殺隊隊員を何人か送り込んだが、全員消息を絶ってしまったのでな!柱である俺と橘と君達とで調査にあたることにしたわけだ!」

 

「この編成はお前の決定だったのか」

 

柱には任務に連れて行く隊士を決める権利があり、滅多なことがないとそれは拒否できない。今回に至っては、炭治郎の鴉がそのことを伝えなかったのだろう。

 

「はァーーーッ!! なるほどね!! 俺降りる!! 降ります!!」

 

「おい騒ぐな。それに今止まれるわけがないだろう。また警官に通報されるぞ」

 

そう千尋が忠告した時である。またタイミングよく、車掌が現れた。

 

「切符……拝見……いたします……」

 

だが車掌は注意喚起に来たのではなく、切符の確認にやってきたらしい。

 

随分やつれた様子の車掌に、千尋は怪訝そうに首を傾げたが、ヒソヒソと炭治郎が杏寿郎に声をかけた方に気を取られ、そちらに目を向ける。

 

「切符を見せて何をするんですか?」

 

「無賃乗車を防ぐために印をつけるんだ」

 

汽車に乗るのが初めてらしい炭治郎に杏寿郎が説明してやる中、車掌はパチン、と煉獄と炭治郎、我妻の切符に鋏痕をつけた。

 

「そちらの……お客さんも……」

 

「すまないちょっと待ってくれ……ああもう、コイツ、切符を何処にしまったんだ」

 

「あの……」

 

「もう少し待ってくれ……ああ、あったあった。すまないな。では頼む──」

 

そこで違和感に気がついた。煉獄が静かだ。千尋は車掌に切符を渡す前に、煉獄に駆け寄る。煉獄は凛々しい顔をして普段限界まで開いているはずの眼を閉じ、静かな寝息をたてながら眠っていた。

 

普段の杏寿郎なら、警戒任務中に寝るわけがなかった。これは異常事態だ。

 

「どうした煉獄、おい、こんな時に寝るやつがあるか。おい、れんご──ッガ!?」

 

完全に杏寿郎に気を取られていた千尋は後ろで拳を握っている車掌に気が付かず、かつて不死川に振るった拳のように、完璧に顎を捉えらえられ、失神した。

 

「はぁ…はぁ……」

 

車掌は息を荒くしたまま、殴打の衝撃で剥けた拳を庇いながら列車の先頭に走る。

 

切符に鋏痕をつけることなく、走り去った。

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