帝国の鬼狩り   作:ひがしち

2 / 45
第二話 子孫 上

蚕鬼との戦いから数日後。

 

カァンカァンという衝突音が蝶屋敷全体に響く。それだけではない。ダァンという爆発音のようなものや、ハァ!という裂帛の声も聞こえてくる。

 

花の呼吸 伍ノ型 徒の芍薬

 

炎の呼吸 壱の型 不知火

 

隣接された道場に音の正体はいた。きちっとした道着に身を包み、鬼気迫る表情で木刀を振るう二人の少年。橘千尋と煉獄杏寿郎である。

振るわれる一閃一閃はどれも大木さえも一刀両断する極めて鋭いもので、それにあたれば、両者とも無事では済まない。だというのに、二人の戦いに迷いや恐れはなかった。

 

炎の呼吸 伍ノ型 炎虎

 

煉獄が放つ炎虎が、千尋の喉元まで伸びる。勝負あったか、と見守っていた剣士たちは思ったが、ここで終わるなら花柱の第一継子にはなっていない。

奇跡的なまでの反射速度で炎虎の一閃を避け、木刀の底で煉獄の軌道を逸らす。

あたりにシイアアアアという独特の呼吸音が鳴る。

 

「よもや!?」

 

()()()()

 

千尋は確かに花柱の第一継子であり、花の呼吸の使い手だ。

だが他の呼吸が使えないというわけではない。

千尋が初めて木刀を持ったのはわずか九つのとき、呼吸の訓練を始めたのは同年。それから十一になるまでの二年間、ずっと花以外の呼吸を鍛えていたのだ。

 

花以外の呼吸に適性があると信じて。

 

何が気に食わないのか、千尋は頑として花の呼吸を学ぼうとしなかった。

だが痺れを切らした水の呼吸の育手が千尋に色変りの刀を持たせたことで、花の呼吸が最適性であることが発覚、それから僅か三ヶ月足らずで花柱の第一継子にまで上り詰めた。

 

つまり、千尋は現段階で様々な呼吸の使い手であり、決して花の呼吸しか使えないわけではない。

 

弐ノ型 爪々・科戸風

 

縦方向に鋭利な爪を思わせる4つの斬撃を同時に打ち下ろす。

完全なる不意打ち。避けられない、と思われたが‥‥

 

「──ンな──馬鹿な」

 

煉獄はあろうことか、自身の脅威的な握力で千尋が振り下ろした木刀を掴んでいた。

先ほども言った通り、この二人の一閃一閃は大木をも一刀両断する極めて鋭いものなもので、決して掴めるようなものではない。まして掴んで無事でいられるようなものではない。

 

「そこまで。もうそうなれば何もできないでしょう」

 

煉獄は両手を使って木刀を止めているため何もできず、千尋も唯一の得物を止められているので何もできない。

 

これは稽古の一つ。それぞれの柱が、それぞれの継子を連れ訓練を行う。

柱同士が手を合わせることもあれば、継子と柱、または継子と継子を戦わせ、それぞれの練度の向上を狙う。

最近は柱たちが任務に追われているために行われず、これが久方ぶりの開催となった。

 

参加者は花柱胡蝶カナエ、音柱宇髄天元、水柱冨岡義勇、煉獄杏寿郎(乙)、花柱第一継子橘千尋(乙)、水柱第一継子鱗滝真菰(丙)、花柱第二継子胡蝶しのぶ(己)と審判の神崎アオイだ。

煉獄は柱でも継子でもないのだが、柱就任有力者として招かれ、たった今、その名誉に相応しい戦いをやってみせた。

 

「よもや橘が風の呼吸まで使えるとは思わなかった!見事だ!」

 

「お前こそ。まさか受け止められるとは思わなかった。だが惜しい。本当ならもう一つ隠し技があったのだがな」

 

「ほお!どんな技だ!」

 

「口から火を吹くんだ。煉獄も炎の呼吸を極めればできるだろう」

 

「よもや!」

 

千尋と煉獄はそれとなく仲がいい。生粋の日本男児である煉獄と生粋の日本軍人気質の千尋では馬が合うのだ。元々千尋は炎の呼吸の育手のところにおり、煉獄とは面識があった。いわゆる兄弟弟子というやつだ。

煉獄が兄弟子で千尋が弟弟子。

 

「またやろう。今度は掴めないほどの太刀を浴びせてやる」

 

では失礼、と千尋は道着を整えて下がる。名残惜しいが無休連戦で疲労困憊なのだ。もうこれ以上は動けない。

そのことを察してか、見学していた隊士たちは一戦の申し込みの意思を飲み込んだ。いつもは騒がしい宇髄だが、この時ばっかりは気持ちを沈めた。だがここには、宇髄が強者と呼ぶ者がいる。胡蝶しのぶである。見た目だけなら遊郭一の花魁と並んで、お遜色ない美人だというのに、性格が中々に、図太い。

 

「橘さん、私と一戦お願いします。一昨日申し込んで断られたじゃないですか。私、その時から楽しみにしてたんです」

 

そして、しつこい。

確かに一昨日稽古の申し込みを断ったのは事実、今それを持ち出してくるあたり、静かに根に持っているようだ。だがそれを今ここで言ってくるか。

 

「‥‥すまないが今は疲れている。また今度に──」

 

「鬼が人間の疲労を気遣うと思っているのですか?」

 

そして、ねちっこい。

言っていることが事実だとして、今それを言う必要はない。実姉のカナエも少し引き気味だ。

 

(今なら橘に勝てる!)

 

実のところ、しのぶの腹づもりはこれだけであった。

疲労困憊で腕が震えている千尋と体力損耗のないしのぶ。

大好きな姉を奪おうとする汚い男(しのぶ目線)を討てる一世一代の大チャンス。しのぶは木刀を握りしめた。

 

 

 

☆★☆

 

 

 

胡蝶しのぶには嫌いな男がいる。

言わずもがな、花柱第一継子の橘千尋だ。

奴には、確かな、悔しいが確かな実力がある。一度、彼が道場で道着を脱いだことがある。そこで見えたのが鋼のような筋肉だった。最高の鉄を縫い合わせて線にし、それを鍛え上げて鋼にし、その鋼をさらに撚り合わせて筋肉にしたような、鍛えに鍛え抜かれた、一切無駄のない肉体である。

 

齢14にしてはありえないほど鍛え抜かれた身体。悔しいが、自分よりも階級が上な理由がわかる。

その最も嫌いな男としのぶは念願の討伐戦を挑んだのだが、

 

「いやー容赦なかったねぇ」

 

「相手が疲労しているからと舐めてかかるからだ」

 

普通に千尋が勝った。

それはそれは見事な圧勝だった。最初こそしのぶの猛攻に捌くしかなかった千尋だったが、それでもしのぶの攻撃は一切当たらず、3分ほど経っただろうか、ついに千尋が一閃。

容赦のない一太刀がしのぶの意識を刈り取り、勝負は喫した。

 

「だが惜しい。訳のわからぬ恨みに心を取られ、動きが雑に単調になる。それさえなければ、甲までの出世も近いな」

 

しのぶの実力はそれなりに高い。自身が非力なことを受け入れ、それに適した戦い方を模索し発案、とうとう鬼に効く毒をも開発してみせた。

半月前までは一番下っ端の癸だったのが、順調なまでのスピード出世で今では己だ。だが己の難儀な性格がそれ以上の出世を邪魔し、己止まりだ。

 

「しかし貴様も強くなった。選別で手鬼に苦戦していたのも懐かしい」

 

「うん‥‥懐かしいね」

 

手鬼というのは最終選抜時、千尋と真菰、その他の同期と共に協力して倒した難敵のことだ。

おおよその捕食数は50を超え、うち10名は鱗滝左近時の門下生であり、真菰の兄弟子の錆兎の仇でもあった。当時の二人からすれば、強敵であり、奴の討伐には物理的精神的にも骨が折れた。

だがそれも数年前の話だ。今ならきっと圧勝だろう。

 

「不死川はどうした。あいつも風の継子だっただろう」

 

「実弥は任務だって。越前の方に行ってるよ」

 

「越前か‥‥蟹を買ってくるよう鴉を飛ばすか」

 

「痛むよ?」

 

そんな会話をしていた時である。誰かが近づいてくる気配がした。顔を横に向けると、栗花落カナヲが千尋の方へ静かに歩いてくる。

普段物言わぬ女児で、いくら喋りかけても答えないので聾かと思った少女が、今では自分から喋りかけてくる。珍しいこともあったものだ。

 

「どうかしたか、栗花落」

 

「……」

 

千尋の顔をまっすぐに見つめ、しばらくしてから小さな口を開いた。

 

「…姉さんが、‥‥呼んでいます」

 

千尋は眉を顰めた。栗花落がいう『姉さん』というのは、カナエのことだ。

カナエは用件を言わずに人を呼ぶような人間ではない。今回だって、なぜ千尋を呼んでいるのか、ちゃんと理由があり、それを栗花落に伝えたはずだ。だが栗花落はそれを千尋に伝えなかった。

一応重要点は伝わっているので問題はないが、まだコミニケーションに難があるようだった。

 

「わかったすぐに向かう」

 

なんにせよ、カナエが妹ではなく自分を呼ぶということはそれなりの事態なのだ。

千尋は急いでカナエの自室に向かい、障子の前で足を止めた。

 

「橘です。言伝を承り、参上しました」

 

「どうぞ」

 

「入ります」

 

障子を開けたそこには、道着ではなく隊服を着たカナエいた。

その格好で千尋はすぐに悟った。急を要する任務が入ったのだと。

 

「御館様勅命の任を承りました。すぐに向かいます。急いで準備しなさい」

 

「はっ、因みに、内容は」

 

「あまね様の護衛です。長期に渡るかもしれませんので、その辺の準備も」

 

「了解いたしました。では、準備に取り掛かります」

 

「半刻後には出ます」

 

 

 

☆★☆

 

 

 

京信山──東京都八王子市と神奈川県相模原市の境界に位置する山。

ここの山はどの木もよく手入れされていて、木材にすればさぞ美しかろう。間引きも定期的に行われているようで、林床もしっかり地面に届き、木漏れ日が地面付近の植物に届いている。

 

「‥‥暑い‥‥暑すぎる」

 

「梅雨が明けたばかりだからかしらね〜」

 

場所はいいのだが、いかんせん暑すぎる。よく木々が手入れされているせいで日陰が少なく、歩きやすいが、汗が噴き出てくる。

軽い装備のカナエはいいが、重装備でかなりの量の荷物を背負っている千尋は、すでに熱中症一歩手前だ。

 

「ここが落ち合う場所ね。ここで休憩しましょうか」

 

「はい‥‥っ!」

 

産屋敷あまね一行との集合ポイントである小屋を見つけ、ようやく千尋は荷物を下ろした。

ふと肩を触ると、背嚢の痕がしっかりできている。腰を触れてみると、刀の鞘に合わせて痣ができていた。

 

「いろいろ持ってきたのね〜」

 

「着替えに食糧、弾薬に予備の日輪その他諸々。しばらくは持つようになっています」

 

持ってきたものは、着替え、保存食、予備の日輪刀、そして弾薬。

千尋の計算では、この装備だけでも一週間は持つようになっている。

食料など消耗品は、足りなくなったら麓の店で買い足せばいいと、少し少なめだ。

 

「──誰か!」

 

休憩して十分ほど、千尋とカナエは小屋の外に気配を感じた。

直ぐに拳銃を引き抜き、気配の方に銃口を向ける。後ろでもカナエが日輪刀を抜刀の寸前で構えている。

 

薄々気配の正体には気がついているが、その正体を肉眼で見るまで警戒を解くことはできない。

 

「私です、産屋敷あまねです」

 

「失礼いたしました!」

 

気配の正体は、案の定、産屋敷あまねだった。そのそばには、娘であるにちかとひなきがいる。

千尋は急いで敬礼姿勢をとり、あまね一行を迎え入れた。

 

「あまね様、任務の詳細と、なぜここにいらっしゃるのか、お聞きしてもよろしいですか?」

 

カナエがそう問うた。

思えば、たしかに未だ任務の詳細、なぜ要人が護衛が必要な場所にいるのかは聞かされていなかった。普段なら鴉から聞かされるし、今回はカナエとの合同任務だから、聞かされないということはカナエが知っているとばかり思っていたが、どうやら当の彼女も知らなかったらしい。

 

「はい。この山に住んでいる一家を保護するためです」

 

「保護?」

 

「ええ、保護です」

 

千尋は保護という言葉に首を傾げた。

 

「何故?」

 

「かつて鬼殺隊に深く貢献して下さった初代呼吸の使い手、その方の子孫なのです」

 

あまね曰く、初代呼吸『日の呼吸』の使い手、継国縁壱のおかげで今の鬼殺隊があり、今の呼吸があるのだという。

今回、保護するのは純系の子孫。

 

「産屋敷家に伝えられている鬼狩りの書を紐解いた結果見つかった方々ですが、そもそもご本人がその事実をご存知なのか。そして何より、鬼殺と関わることを受け入れて下さるのかを確かめることが、今回の…保護の目的です」

 

「……どの程度の積極性で勧誘するのか、伺ってもよろしいでしょうか」

 

「…できる限り、鬼殺隊へ来ていただけるよう辛抱強く働きかけるように、と御館様からは命じられております」

 

随分と重視している、と千尋は思った。

他の隊士達は基本的に自ら志願して鬼殺隊に入隊している事から、産屋敷家の者が直々勧誘にくるのは極めて異例であり、それだけ重要ということだ。

 

だが、当の一家に戦いの才があるとは限らない。

木こりというからには、運動不足にはなっていないだろうが、斧と刀を一緒にされては困る。

 

「して、その方のお名前は」

 

「──時透、時透御一家です」

 

 

 

☆★☆

 

 

 

時透一家は、早くに両親を亡くしたようで、わずか十一歳の兄弟だけで暮らしているらしい。

兄の方を有一郎、弟の方を無一郎。一卵性双生児のようで、見た目だけではどっちがどっちかは分からない。だが随分と性格が真逆なようで、荒っぽいのが有一郎、常に引き気味なのが無一郎だ。

 

「出ていけ。ろくでもない話を聞かせるなよ、帰れよ。お前らみたいなよく分からない奴らの、そんな話を信じられるわけないだろ…帰れ!」

 

「…また、参ります」

 

「もう来なくていい!」

 

家に上げられることもなく、戸口で立ったままにあまねたちが来た経緯と目的を話す。千尋は時透家の周りを刀と銃を片手に見回っていただけだが、終始不愉快そうにする有一郎の後ろの、興味深そうにあまねの話を聞く無一郎をそれとなく視界には入れていた。

 

なるほど、確かに産屋敷家が直々にスカウトに来るだけのことはある。

十一歳にしてはしっかりと腕の筋肉がついていて、手には分厚いタコがいくつもできている。

 

しかし、不可解な点がある。

千尋は初め、勧誘を断られるのなら始まりの呼吸だけでも伝承してもらおうと思っていた。先も思ったように、本人たちに戦いの才があるとは限らないからだ。

 

だがどうやら、それも叶わない。

『よく分からない奴ら』とは有一郎の台詞だ。

 

このことから、時透家はどうやら、始まりの呼吸に関する情報を継承されていないのではないかと千尋は思った。

継承されているのであれば、少なくとも『よく分からない』とこはないだろう。

 

それなら、始まりの呼吸はどこに行ったのだろうか。

今の鬼殺隊を作り上げた功労者だ。技の継承を軽視していたということはないだろう。しかし、当の子孫は始まりの呼吸どころか、鬼殺隊も知らない。

子孫の継承していないのなら、一体誰に、どうやって伝え、伝承されているのか。

千尋はそればかりを考えていた。

 

「橘様?」

 

「‥‥あ、はい」

 

「大丈夫ですか?少しお顔色が悪そうですが」

 

「いえ、少し暑さで参ってしまっただけです。お気遣い、感謝いたします」

 

深く思考の海に沈みかけていた千尋を、あまねの声が引き上げる。杣人小屋に背を向け歩いている最中、千尋がどことなくいつも以上に遠くを見るような目をしていたために、あまねは声をかけたのだった。

 

あまね自身も、少し考えさせられることだった。目的の一つ、鬼狩りが祖先だったという事実が伝えられているのかについては初手でわかった。怪訝なものを見る目、荒唐無稽な話を端から信用せず、まずあまねたちそのものを警戒し、敵視せんばかりの拒絶。

 

あの幼さで両親がいないことを報告では聞いていたものの、実際に見てみると小屋の中は最低限の衣食住をたった二人で必死に保っているように見えた。

千尋が何を考えていたかはあまねにはわからないが、少なくともあまねは、今後数回に渡り説得を試みること自体大変骨が折れることであると、覚悟を固めていた。

 

「では、私は巡回の準備を」

 

「はい、お気をつけて」

 

日も暮れてきたころ、千尋は思考もそこそこに、巡回の準備に取り掛かった。

千尋たちの任務はあまねの護衛。任務の終了は、あまねが産屋敷邸に引き上げる時。あまねは頑として時透兄弟を保護しようとしているので、自然と任務終了は、時透兄弟が保護を受け入れた時になる。

 

あの様子を見ると、少なくとも3日はこの任務につくこともなるだろう。

そう、千尋は思っていた。

 

だが、千尋は直ぐに見立てが甘かったことを知る。

 

 

 

「帰れ」

 

 

 

「2度と来るな」

 

 

 

「いい加減にしろ」

 

 

 

「‥‥‥」

 

 

 

4日目にして、とうとう時透有一郎はあまねたちに無視を決め込んだ。

もはや一行をいないものとし、戸を叩いても出てこない。ようやく出てきたと思ったら、一瞥するだけで、無反応。当然、こちらの言葉にも反応を示さない。

 

「いかがしましょうか‥‥」

 

そうして、あまねは山小屋で頭を悩ませた。

こちらに反応を示してくれるのならまだしも、完全に無視されているのだから厄介だ。

 

「橘様」

 

「はい?」

 

「向こうで遊びませんか?」

 

「‥‥はい」

 

とうとう、にちかとくいなが状況に飽き、任務中である千尋に、遊びの誘いを投げかけてきた。

上官の娘の誘いを、まさか断るわけにはいかず、千尋は笑顔を貼り付けておままごとに参加した。その様子をカナエは微笑ましい状態と見ていたが、当の本人からすれば、かなりキツい。

帝国陸軍の拳銃と、刀を携帯している十四の男がおままごとだ。ここが山中で、人影が全くない場所でよかったと、千尋はしみじみ思った。

 

「美味しい?」

 

「‥‥美味しいです、母上」

 

鬼狩りとして名を馳せている千尋とて、思春期真っ只中の男子だ。一回りも二回りも年下の女児の遊びに付き合わされる屈辱といえば、想像にたやすいだろう。

ただ一度付き合うと言ったからには、最後まで付き合うのが男というもの。そのままおままごとのストーリーが進み、子供(千尋)が大学にまで進んだところで、千尋は不審な環境音を聞き取った。

 

「お下がりください。にちか殿、くいな殿」

 

千尋はすぐに拳銃を引き抜き、右手で刀を押さえた。

こんな山奥に、まさか好き好んでやって来るような奇特な奴は、自分たち以外にはいないだろう。

風でなければ、野生動物か、賊か──

 

──グシュュュ──

 

「イノシシか‥‥」

 

音の正体はイノシシ、ウリ坊ではなく、大人のイノシシであった。

牙が小さいことから、メスだと分かる。

 

「にちか殿、くいな殿、イノシシと目を合わせたまま、小屋にお戻りください」

 

「しかし‥‥」

 

「ここはお任せください」

 

にちかとくいなは、千尋の指示通りにイノシシと目を合わせたまま後退りし、ゆっくりと小屋に戻って行った。

この指示は、まだ十にも満たない女児にこれから起こりうるであろう事を見せるのは、少し酷だろうという千尋の配慮だった。

 

「来てくれるなよイノシシよ‥」

 

千尋は喉から滲み出るような声でイノシシに囁きかけた。

だがその願いは、イノシシには聞き入れられなかった。

 

──ギャアアアッ!!!

 

断末魔にも近い鳴き声をあげ、イノシシは千尋めがけ突進してきた。

イノシシの牙は、ちょうど千尋のボディーあたりの高さになっている。そのまま突進されれば、内臓破裂は免れない。それにイノシシの噛みつきも十分な脅威で、毎年イノシシに噛みつかれ指を失うという被害が後を絶たない。

 

イノシシの対処方法として、できるだけ高い場所か遮蔽物の中に隠れるというものがある。

しかし残念ながら、今その回避行動を取っては、自分の後ろの小屋にイノシシが勢いそのまま突っ込むことになる。それは当然ダメだ。

 

ならばどうすべきか。自ずと答えが出て来る。

 

花の呼吸 陸ノ型 渦桃

 

花吹雪が、イノシシの頸を斬り飛ばした。

己に怪我はない。イノシシも小屋に激突することなく、地面に力尽きて倒れている。

 

「ふぅ‥‥」

 

千尋は刀についた油を振り払い、また刀を鞘に収めた。

そして一言。

 

「もう大丈夫だ。そんなに気になるのなら出てこい」

 

他者に投げかける言葉であるが、後ろの小屋以外に人影は見られない。

だが、見えるもの全てが事実とは限らない。

 

「‥‥気づいてたんだ」

 

草むらから、時透兄弟のどちらかが出てきた。




大正コソコソ噂話 千尋が使える呼吸

千尋は長らく花の呼吸以外の訓練も積んでいたため、花の呼吸以外も使える。だがあくまでも『使える』程度に過ぎず、威力は下記の通りに下がっていく。
          
花>炎>風>水>霞>岩=雷
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。