帝国の鬼狩り   作:ひがしち

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第十一話 無限列車 伍

千尋と杏寿郎はすでに満身創痍であり、まるで全身に鉛がくくりつけられた様に身体が重く、次の型を出すのもゆっくりになってしまう。

 

特に千尋は体力の限界が見え始めており、すでに酸欠のように視界が狭まっていた。

 

「うっ!」

 

「橘!」

 

猗窩座の膝蹴りを鳩尾にくらい、胃の内容物を全て吐き出して吹っ飛ぶ千尋。

寸前のところで威力を殺すために後ろに跳んだので、内臓が破裂するほどの衝撃は加わらなかったものの、もはや千尋は通常の半分ほどしか力が出せず、必死に猗窩座に喰らい付いていた。

 

「っ……!!」

 

ギリッと歯軋りの音が鳴り響く。体に力を込めれば、体中のあちこちが痛むが関係ない。

負けるわけにはいかない。千尋は、立たなければいけなかった。

 

頭にチラつくのは、数年前に対峙した、上弦の弐。千尋の戦績の敗北の象徴だ。

奴に勝つには猗窩座に勝たなければならない。参を倒せなければ弐は倒せない。単純な話だ。

しかし、私怨は程々に抑えて猗窩座を見据える。

 

「生身を削る思いで戦っても無駄なんだ。お前が喰らわせた素晴らしい斬撃は、既に完治した。だがお前はどうだ。流れた血、切れた肉、折れた骨、全治に一月はかかる。どう足掻いても人間は鬼に勝てない」

 

猗窩座の言葉がまるで水の中にいるように曇って聞こえ、逆に自分の心臓の音と呼吸の音が大きく聞こえる。欧州戦争で何度も経験した、限界を迎えた時に身体が出す危険サインだ。

 

「千尋、お前の先ほどの弱者を思う言葉、響いたぞ。確かにそうだ。忘れていた武の心得、お前が思い出させてくれた。感謝する。だから何度でも言うぞ。お前も鬼になれ。お前が鬼になるのであれば、そこの……なんといったか忘れたが、そこの弱者たちも鬼にしよう」

 

「……ほざけ。貴様、先ほどから我々の隙を伺いながら、アイツらを殺そうとしていただろう」

 

「分かっていたか。では改める。もう殺そうとしない」

 

「そうやって短期に何度も意見を変えるような奴の言葉は信用しない……ゲホッ」

 

咳と共に、錆びた鉄の匂いが鼻を貫く。どうやら吐血したようだ。

流石の欧州大戦でも、血を吐いたことはなかった。ということは必然的に、今の自分は欧州大戦の時よりも負傷していることになる。

 

「考え直せ千尋!死んでしまうのだぞ!」

 

「考え直すのは貴様の方だ!思い出せ!貴様の原初の目的はなんだ!目的なき武に明日はないことが分からぬか!」

 

千尋は血を吐きながら吼える。

千尋には分からぬ感覚ではあるが、猗窩座には千尋の溢れんばかりの『闘気』とやらを感じ取ったらしく、憎たらしいほどの笑みを浮かべた。

 

「いいぞ千尋!それだけの傷を負ってまだそんな力があるか!いいぞ!最後まで死合おう!」

 

「話を聞け大馬鹿野郎ッ!!」

 

花の呼吸 肆ノ型 紅花衣

 

破壊殺 終式 青銀乱残光

 

途轍もない範囲、そして破壊力。

欧州大戦を生き抜き、果てしない命を終わらせ、数えきれない鬼を殺した超人的な目をしていても、捉えることすら困難な神速の乱撃。

 

当たればきっと、榴弾に当たったように身体が消し飛ぶだろう。

だが千尋はそれに向かっていった。千尋の花柱としての矜持が、そうさせたのだ。

 

「────ッ!!!」

 

声にならない雄叫びを上げ、刀を一心に振るう。 

この一瞬にも満たない、きっと常人であれば、全ての行動が終わった後に、事が起きたことに気がつくだろう、極めて短い時間。そこに千尋は、今出せる全ての術を出した。

 

一切の出し惜しみはしない。己が習得している、『花』『炎』『風』『水』『霞』の呼吸のイロハを引き出して、猗窩座に対抗する。

 

最後の一撃を叩き切った瞬間、悪鬼滅殺と刻まれた赫刀は、苛烈な暴力を遮る盾としての役目を終えるかの如く、鋒から柄尻まで刀の原型を留めぬ程に粉々と化した。

 

「橘さん!」

 

部下の悲鳴が耳を劈く。刀を無くした鬼殺隊士に命はない。誰でもわかることだ。

 

(私は立派だっただろう……)

 

朦朧とする意識をなんとか保ちながら、猗窩座へと目を遣った。

すると、最早戦える体ではなくなった自分に代わり、猗窩座へと立ち向かう人影がはっきりと窺える。

 

「次は貴様の番だぞ煉獄!」

 

炎の呼吸 玖ノ型 奥義 煉獄

 

煉獄── 炎の呼吸の奥義。炎の呼吸を代々修め、炎柱を輩出してきた煉獄家の名を冠しており、灼熱の業火の如き威力で猛進し、轟音と共に相手を抉り斬る技。

 

死者の罪を浄める名でもあるその技は──特に杏寿郎が放つその技は、見るものを、誰も彼もを魅了するほど、極めて美しい。

 

何人であろうとも、その技を汚すことは鬼殺隊千年の歴史が許さない。

その技を受けて最後まで立つ鬼は──煉獄杏寿郎が許さない。

 

「あああああああああああ!!!」

 

杏寿郎が吠える。

千載一遇の好機。百年の間不変であった鬼を、今この瞬間に殺せる。

 

化け物、怪物。いろんな言葉が頭を過る。やはり上弦の鬼は規格外だ。弐も参も、大きな犠牲を払う形になった。

 

遠に限界を迎えた友が決死の覚悟で時間を稼ぎ、ようやく訪れた好機だ。

どれだけ斬り刻もうと、すぐに再生し、無かったことにされるこの地獄も、もう直終わる。

 

だと言うのに、刀を振り下ろした瞬間、いつものように鬼の頸を斬り落とせた感触はなく。あるのはまるで、厚い金属に刀を振り下ろしたような感触。

 

一瞬、杏寿郎の心に、斬れぬという思いが、わずかに生まれた。

 

焦り、恐怖。ここで猗窩座を逃がせば、ここまでの戦いは無駄になる。千尋があんなにも命を懸けてくれたのに、全てが無駄になる。

 

そして次に生まれたのは、畏敬の念。

 

杏寿郎はここまで強く、それでいて執念深い鬼を見たことがなかった。究極になるまで鍛え上げられた剣技の数々。人間を遥かに凌駕する鬼の身体。傲慢なほどの、余裕と風格。強さをただひたすら求め、鍛え続けた結果。

 

正直にいって、杏寿郎は嫉妬した。これほどの強さが自分にあったのなら、もっと多くの命を救えたはずだ。きっと猗窩座が人間であれば、彼の言う通りに、共に武の境地にまで邁進していただろう。

 

だが猗窩座は鬼で、杏寿郎は人間。易々とは超えられぬ、生物としての壁があった。

 

故に、杏寿郎は敬意を表し、猗窩座をここで殺す。

煉獄は杏寿郎が放てる最大威力の技。それ故に杏寿郎本人に強い負荷がかかり、何よりこれほど力を込めたのは初めてで、これを使った後、杏寿郎は当分動けなくなる。

 

「ぬァアアアアアア!!」

 

猗窩座は恥も外聞も殴り捨て、野生動物のように断末魔を上げ、最後の抵抗に出る。

 

破壊殺 滅式

 

猗窩座の超必殺。その威力は、榴弾よりも絶大であった。

生物の箍を外したような、そんな莫大な運動エネルギーを持った猗窩座の拳は、杏寿郎の左腕に命中し、彼の左肩から先を吹き飛ばした。

 

明らかな致命傷であった。事実、猗窩座の頸を進む日輪刀が、その動きを止めた。

 

だが杏寿郎にはまだ息がある。あと少し。あと一瞬。止め刺し。

 

猗窩座の左手が、杏寿郎の頭部を吹き飛ばす。

 

──同時に。

 

ヒノカミ神楽 斜陽転身

 

獣の呼吸 参ノ牙 喰い裂き

 

花の呼吸 肆ノ型 紅花衣

 

不快な呼吸音が三つ聞こえたと思うと、猗窩座の頸は躍ねていた。

 

「ア゛ア゛゛ア゛゛ア゛゛ア゛゛!ア゛゛ア゛゛!ア゛゛」

 

まるで、終末に鳴る地獄の音のような声だった。

周囲の空気すべてを焦げ付かせてしまうかのような火炎であり、同時に何もかもを凍り付かせてしまう吹雪。

 

酷く恐ろしい音で、その咆哮を聞いた炭治郎と嘴平は失神し、杏寿郎と千尋も意識が飛びかけた。

 

だがなんにせよ、猗窩座の頸は跳んだ。跳んだのだ。

 

百年の不変の事実が、今、たった今覆ったのだ。

 

 

 

 

 

べべん

 

 

 

☆★☆

 

 

 

鬼舞辻無惨の目的は、太陽を克服することである。

その為に千年もの間、鬼舞辻無惨は自分を鬼に変えた薬の原材料である"青い彼岸花"の探索と、太陽を克服する鬼を探し続けた。

 

一人では探索に時間がかかるため、多くの目を必要とした。その為に多くの人間を鬼に変え、国中をくまなく探させた。

 

しかし、その青い彼岸花を探せど探せど、見つけることは叶わなかった。

そればかりか、自分を邪魔する組織も立ち上がっていた。

 

産屋敷家率いる、鬼殺隊である。

 

所詮は人間の集まり。すぐにどうとでもできると、鬼舞辻は考えていた。だがそれは大きな間違いだった。人間は呼吸というものを生み出し、日輪刀という武器を作り出した。

 

連中に邪魔をされ、青い彼岸花の捜索は困難を極めた。そうしていつしか鬼舞辻の目的は、太陽の克服とに鬼殺隊の全滅が加わった。

 

鬼舞辻の怒りが頂点に達するのはそう時間は掛からなかった。

 

青い彼岸花も見つけられない、鬼殺隊も全滅させられない。

鬼舞辻は何度も支配下の鬼を呼び出しては叱咤し、無能を粛清し続けた。

 

だがそれでも、鬼殺隊の全滅も、青い彼岸花の捜索も、何一つ進まなかった。

 

故に、鬼舞辻はやり方を変えた。

 

二つの物事を同時に進めることができないのなら、片方ずつ進めればいいと。

青い彼岸花の捜索は邪魔が入ったので困難なのであって、決してできぬ話ではない。すると自ずと、集中すべきものは見えてくる。

 

──鬼殺隊の全滅

 

邪魔なものから消していく。

 

 

 

☆★☆

 

 

──ベベン!

 

猗窩座の断末魔に応えるように、夜闇に響くは琵琶の音。

 

辺りを見渡すが、どこにも弦楽器はない。なのにどこからか、琵琶の弦を力強く弾いた音が響いてくる。

 

──ベン!ベン!

 

琵琶の音。普段であれば綺麗な音だと思うのだが、この時ばかりは、焦燥感と恐怖心を煽られた。

 

「……っは!」

 

最初に気がついたのは、失神から目を覚ました炭治郎であった。

嫌な臭いがする。嗅ぎ慣れた血の匂い。鬼の匂い。

 

───ベベン!ベン!ベベン!

 

「全方向から鬼の匂いが!」

 

「なにっ!」

 

「こっちに向かって来てます!」

 

十……二十……三十……まだ増えていく。琵琶の音が響くたびに、鬼がどんどん……鬼の数が多すぎて、匂いが濃すぎて、数が把握できない……

 

森の中から、まるで隊列の囲むような陣形で現れたのは、鬼であった。肌の色は変色し、目は血走り、牙が口からはみ出しており、こちらを食い殺そうと獣のように唸り声を上げている。

 

「耳飾りの鬼狩り……そんで獅子のような鬼狩りと背の低い鬼狩り……」

 

「アイツらを殺せば、俺も十二鬼月だ……ケケケケ」

 

口からぼたぼたと涎を垂らし、そんな妄言をブツブツと呟く。

鬼が徒党を組むのでおかしいと思ったのだが、どうやら鬼舞辻に競争心を煽られているだけらしい。

 

「こんなに数が……!まだ増えていくのか……!」

 

「仲間を呼ぶとはな!なんの血鬼術だ!?」

 

そう話している間にも、四十、五十と増えていく。史上例を見ない、鬼の大軍勢であった。

 

「乗客の方に戻るぞ!乗客を守るんだ!」

 

千尋は焦った。鬼の一部、包囲網の一部は負傷市民の方から来ていた。

これほどの大軍勢だ。本来の目的を忘れて負傷した市民を襲う連中が現れても不思議ではない。鬼が一斉に押し寄せれば、二百人もの乗客はあっと言う間に食い尽くされてしまう。

 

それに、ただここであの数の鬼の相手などしていられない。すべてを斬り殺すことなど不可能だ。逃げることで時間を稼ぎ、あの軍勢を太陽の光で焼き殺す。

 

「走れ!」

 

杏寿郎の怒号に、千尋たちは一斉に走り出す。

 

「通すなよォ!」

 

「押し通るッ!!」

 

炎の呼吸 肆ノ型 盛炎のうねり

 

流れるように一匹二匹と鬼の頸を落としながら、列車の方に走る。

しかし、鬼の身体力は侮れない。数も倍以上にいる。炭治郎はすぐに、自分の行く先を塞がれ、取り囲まれてしまう。

 

「煉獄、いけるな!」

 

「任せろ!左腕がなくなったくらい、どうということはない!橘こそ、その短刀を離すな!」

 

炎の呼吸 伍ノ型 炎虎

 

炎の呼吸 壱ノ型 不知火

 

千尋と杏寿郎が目にも留まらぬ速さで鬼の頸をすれ違いざまに落としていく。酷く負傷している二人とて、雑魚の鬼に手間取るほど弱くない。

そして何より、ここには有望な新人隊士が二人もいるのだ。

 

水の呼吸 参ノ型 流流舞い

 

獣の呼吸 壱ノ牙 穿ち抜き

 

負傷し動きが鈍っている二人の技を補う新人たち。彼らも戦いによる経験を積み、着実に強くなっていたおかげで、このくらいの雑魚鬼に手間取るようなことはなくなった。

 

だが肝心の鬼は、首を落とされた鬼の何十倍もいて、凄まじい速度で包囲網を縮めている。

 

「走れ!足を止めるな!」

 

一刻も早く市民を保護しなくてはならない。その使命感が、四人を走らせる。しかし心のどこかで、もうすでに市民はすでに全滅しているのではないのかと、そう不安になる。

 

──ベベン

 

「くそ!さっきからなんだこの音は!気色悪い!」

 

嘴平が苛立ちを隠さずに叫ぶ。千尋達を追いかけるように鳴り続ける琵琶の音は、不気味に暗闇の中に響き、その度に鬼の数が増えていく。

 

「この音で鬼が増えるんだ!だが無視しろ!防衛と突破に徹すればどうにかなるぞ!」

 

走りながら首だけ後ろに向けると、何十匹もの鬼の大群が千尋たちを追いかけてきている。脚力に優れた鬼が数匹追いつくも、すぐに躱して頸を落とす。

鬼一体一体はそこまで強くなく、新人の炭治郎や左腕を失った杏寿郎でも倒せるくらいには弱い。鬼舞辻は猗窩座によって酷く負傷した柱二人を、鬼の強さでなく数で圧殺しようとしているのだ。

 

杏寿郎と千尋の突破力で、どうにか包囲網は突破できつつあるが、それでも千尋たちの不利は変わらない。所々で鬼に追いつかれ、その度に細かな傷が増えていく。

 

その上杏寿郎の怪我も心配だ。止血帯で出血をどうにか緩やかにしているものの、出ているものは出ていて、アドレナリンで痛みを忘れられているが、もうすぐ杏寿郎は痛みで動けなくなるはずだ。

 

どうにかできないか──そう思った時だ。

 

雷の呼吸 霹靂一閃・八連

 

千尋たちに追いついていた鬼の頸が飛び、それから少し遅れて、稲光よりも早く雷鳴が轟く。

 

「善逸!」

 

「ごめん炭治郎、遅れた。でも安心してくれ。乗客は禰豆子ちゃんが守ってるし、全部退治したつもりだ」

 

「起きた……いや動いたか!よくやったぞ我妻!」

 

「お前もう一生寝てろ!」

 

雷の呼吸の使い手我妻善逸は、どういうわけか眠ることで冷静に状況を判断分析し、超高速の居合いを放つことができる。

普段は臆病なことこの上ないが、眠ってしまえば誰よりも冷静で、誰よりも優しい隊士だ。

 

我妻の増援もあり、千尋たちは乗客のいるところにまで戻ることができた。すると、禰豆子が血を流しながら、新たに襲いかかる鬼から乗客を守っているのが見えた。

 

「禰豆子!」

 

「列車を背に民間人を!少しでも攻め込まれる方向を少なくしろ!」

 

禰豆子含め六人は民間人を中心に半円形の陣を取り、迫る鬼を迎え撃つ。

時々撃ち漏らしが出て、鬼が民間人の方に向かってしまうことがあったが、そこでなんと、あの下壱に与していた青年らが、列車の破片を持って鬼相手に勇敢に戦い、千尋たちがその鬼を殺す時間を稼いだ。

 

「殺せ!もうすぐ日の出だ!」

 

「殺さねぇと戻されねぇぞッ!」

 

どうやら鬼側ももうすぐ日の出であることに気がついていたようで、命をかけて攻め込んでいた。

 

血鬼術も使えない鬼に殺される千尋たちではないが、酷く負傷している上に、千尋は刀がなく、杏寿郎は左腕がない。防衛戦を突破されるのも、時間の問題であった。

 

唯一幸いであったことは、鬼の狙いが分散し始めたことである。先ほどまでは四人に狙いが集中していたが、我妻と禰豆子が加わったことで狙いが分散、一人当たりの鬼の量が減ったのだ。

 

それでも千尋たちは極めて劣勢であった。

 

「杏寿郎!お前はもう下がれ!死ぬぞ!」

 

「いいや!俺は最期まで戦う!」

 

だが、千尋たちは喰らいつく。特に左腕のない杏寿郎は、まさか文字通りに鬼に食らいつき、喉を噛みちぎっては吐いて、肉が少なくなったところを斬り落とす。

あれでは、まるで死に急ぐようなものだ。

 

さらに、

 

──ベベン

 

「!」

 

琵琶の音。不安を掻き立てるようなあの音だ。

 

近くで連続的に鳴った。そしてすぐに──鬼の間から、さらに多くの鬼がこちらに向かっているのが見えた。

 

「クソったれがァ!」

 

千尋はヤケクソ気味に手投弾のピンを抜き、鬼たちの後ろに投げた。すると遅れて爆発音が鳴り鬼を吹っ飛ばすが、結局対人用の兵器であり、ごくわずかな時間稼ぎしかできなかった。

 

「禰豆子!これを向こうに蹴り飛ばせ!」

 

「ムー!」

 

さらに千尋は、藤煙弾を増援にくる鬼たちの前に落ちるように蹴り飛ばさせ、煙幕を展開させた。

だが鬼たちは藤の香りの煙を突破。命がかかっている手前、嫌いな匂いほどでは足を止めていられないのだ。

 

「アアアアアアアアアアアア!!」

 

「殺せ!何がなんでも殺せ!!」

 

耳元で上がる鬼の怒号に応え……一際体躯の大きい鬼が、視界の端の土埃の中から飛び出し、拳を振りかぶって杏寿郎に迫る。

 

「煉獄ッ!!」

 

もはや限界を迎え直を死を待つだけの杏寿郎の前に咄嗟に千尋が出て、短刀を構える。

 

しかし、そんなものでは到底、鬼の一撃を防ぐことはできない。すでに短刀はボロボロで、よくて千尋だけ、運が悪ければ、杏寿郎も巻き込んで死んでしまう。

頼む、煉獄だけは、と仏に祈る千尋は───銃声を聞いた。

 

 

「ギャ!」

 

「ガァ!」

 

「ウッ!」

 

 

千尋のコルト拳銃ではない。小さくて短い銃声。

 

帝国陸軍の三八式歩兵銃の声だ。

 

「民間人には決して当てるな!もうすぐ日の出だ!」

 

そして見た。何よりも待ち望み、来て欲しい時に来てくれる、千尋の優秀な部下たちだ。

 

「撃てェ!!」

 

たちまちタタタという、キツツキのような特徴的な銃声が連続して鳴る。最新の三年式機関銃は凄まじい威力であり、あたりに展開していた鬼を蜂の巣のように穴だらけにした。

 

大日本帝国陸軍第一近衛師団・大日本帝国海軍陸戦隊。まだ日の出前だというのに、横転した列車の上に旭日が上がる。

 

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