帝国の鬼狩り   作:ひがしち

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第十四話 吉原遊郭 弐

「あ、立川の用心棒さん、ちょっと力貸してくれる?」

 

「島津屋の姐さん、ただいま」

 

遣手の偽名での呼びかけに千尋は薄ら笑いで、小走り気味に向かう。

 

「ちょっと箪笥の奥に財布落としちゃったお客さんがいてねぇ。ちょっとお願いできるかい?」

 

「またですか?そろそろ箪笥の位置変えたらどうですか?」

 

「意地悪言わないで。ウチの子たちが用心棒さんに会いたがってるのよ」

 

「はは、それは箪笥の場所変えろとは言えんですなぁ」

 

言いながら、千尋は重そうな箪笥を一人で持ち上げ、それを見ていた財布を落とした客が感嘆のため息を吐いた。

 

「凄まじいなぁ。陸軍はみんなこうなのかい?」

 

「ええ。このくらいの箪笥を持ち上げられないと戦場では使えんので、みな力自慢ですよ」

 

「流石は吉原遊郭四郎兵衛会所の用心棒だねぇ……」

 

四郎兵衛会所の用心棒とは吉原遊郭の総名主である三浦屋四郎左衛門が設けた番小屋で、いわゆる自衛団である。

 

客同士や遊女に対する過剰な暴行などを取り締まり、犯人を捕まえ警察に突き出す。千尋のような帰還兵にぴったりで、さらには足抜けしたと言われている宇髄の嫁を探すにはもってこいの職種であった。

 

「最近は遊女の足抜けや変なもん吸わせる客が多くてね。立川さんみたいな四郎兵衛が来てくれて嬉しいよ」

 

「でも京都への路銀が貯まるまでなんだろ?じゃあすぐじゃないか」

 

「いえ、京都では年老いた祖母が待っとりますので、二人分の生活費も稼いでいくつもりです。それにこんな身なりですので、もう向こうじゃまともな職は就けんでしょうから」

 

十八になって入隊するとすぐに欧州大戦が始まり、西部戦線で負傷し除隊。戦争によって心に病を抱えるも、軍病院では身体の傷しか見てもらえず、少額の恩給しか与えられなかった。なのですぐに金を稼ぐ必要があり、帰還兵ということを生かして用心棒志望──というのが、吉原遊郭四郎兵衛会所が信じた筋書きだ。

 

「いやいや、聞けば聞くほど素晴らしい青年だ。これ、取っておきなさい」

 

「いえそんな。一端の用心棒がそんなもの受け取れません」

 

「私は用心棒にあげるのではなく、未来ある青年にあげるのだよ。ほら受け取りなさい」

 

「そんな言われるのなら頂戴いたします。でも申し訳ないことに、返せるもんがありません」

 

「そんなこと気にしなくていいさ。また頼むよ」

 

「ありがとうございます。ではこれで」

 

吉原遊郭内での千尋の評判はとても良かった。筋書きの効果というものもあるが、千尋の熱心な仕事を認める者も多かった。

 

「立川さん」

 

遊郭内を警邏する千尋に、高身長の色男が話しかける。一瞬誰か分からなかったが、すぐにすっぴんの宇髄だと気がついた。

 

「ああ臼井さん。こんばんは」

 

「どうだ。仕事には慣れたか?」

 

「いやどうでしょうねぇ。まだ足抜けする遊女も後断ちませんから……一体彼女たちはどこへ行ったのやら」

 

「そうか……須磨花魁もまきを花魁も抜けちまって、俺は悲しいぜ。なんだか心の中心にぽっかりと穴が空いたみてぇだ」

 

この会話は、全て二人の世間話に見せかけ情報伝達になっていた。

かえって怪しまれるような暗号は使わず、あくまでも用心棒と遊郭の常連という立場で話す。誰に聞かれても問題ないように自然に。工作活動を得意とする二人だからできることだった。

 

「心中お察しします……二人とも元気な花魁でしたのでねぇ。でも、雛鶴さんは次期に復帰するって噂ですよ。なので少しの我慢で済みますよ」

 

「なに!?」

 

「なんでも雛鶴さん、血ぃ吐いて切見世に送られたそうで……でもぉ、えぇ薬が見つかったとか」

 

雛鶴というのは宇髄の嫁の一人で、荻元屋で血を吐いて切見世に送られたそうだが、まだ生きていることは千尋自身が確認した。だがその場では何もできず、旦那である宇髄に任せた方が良いと判断したのだ。

 

「ど、どこの!……いや、どこの切見世だ?久しぶりに顔が見たい」

 

「東の切見世って聞きました。あ、お昼に行かれてはどうです?切見世とはいえもしかしたらお座敷につかれてるかも」

 

「……そうだな」

 

「ああそれと、雛鶴さん、帯が好きみたいなので、持っていかれては?前見た時は帯を大切そうに抱えてましたよ」

 

「……分かった。ありがとうな」

 

「いえ、仕事のうちですから」

 

別れの言葉を言い宇髄と別れ、吉原の小道に入る。

 

千尋が潜入を開始したのは五日前。炭治郎たちよりも早くに潜入を開始しており、先行して調査を始めていたのだ。

千尋はたった五日で吉原内で多大なる信頼を勝ち取り、何より陸軍の特務機関もともに潜入させることで膨大な情報網を構築し、それにより宇髄の妻の一人である雛鶴の現在地を見つけたのだ。

 

おそらくだが、ここ吉原遊郭に鬼がいることは間違いなく、さらにその鬼は京極屋内に潜んでいることまでは突き止めた。

 

だがそれ以上の情報は得られなかった。

陸軍兵を客として送り込んだが、所詮は客であり、遊女一人一人の調査はできず、当然そんな危険で難しい場所に炭治郎たちを潜入させるわけにもいかないので、どの遊女が鬼かは分かっていなかった。

 

──今までは。

 

「……珠世さん」

 

吉原遊郭のすぐ外。小売店に偽装した家の中に珠世と愈史郎がいた。

そこ任務があって手伝って欲しいからと、千尋が二人に用意した仮住まいで、研究施設としてそこそこの設備が整っている。

 

「橘さん。お疲れ様です」

 

「お疲れ様です。どうですか、()()の容体は」

 

千尋は拘束具をつけられベッドで横たわる初老ほどの女性を見つめた。

 

女性の名をお三津。京極屋の楼主の妻である。

 

「安定しています。きっと明日には目を覚まして、今度は話ができると思いますよ」

 

「そうですか。一時はどうなることかと。ご協力感謝いたします」

 

お三津は昨日の夜に死んだ。いや、正確には死んだことになり、人間ではなくなった。

 

千尋が潜入をして四日目、警邏で情報を集めていた千尋の耳に鋭い女性の悲鳴が入り、現場に急行した時にはすでにお三津が頭から血を流して倒れていたのだ。

 

死亡──と判断する直前、千尋はまだ微かに脈があることに気がついた。

だが脈は風前の灯と言うべきか、非常に脆弱で、今にも止まってしまいそうだった。

 

千尋はその瞬間に、珠世と千尋の連絡手段である茶々丸を呼びつけて珠世の血を使い、雛鶴の件もあり怪しいと睨んでいた京極屋の内部情報を探るためにお三津を鬼にしたのだ。

 

お三津が息を吹き返し、自我を確立出来さえすれば、京極屋での情報を一気に引き出せる。ともすれば、誰が鬼かも分かるかもしれない。

未だ宇髄にも話していない、極秘事項だった。

 

「もしかしたら鬼に一気に近づくかもしれません。引き続き、よろしくお願いします」

 

それだけ言って、千尋はまた抜け道から吉原に戻る。

千尋の情報網は極めて広い。吉原の端から端まで広がった今、あとは蜘蛛のように獲物を待つだけだった。

 

 

 

☆★☆

 

 

炭治郎たちが吉原遊郭に潜入してから二日。炭治郎と我妻はときと屋、玄弥と嘴平は荻元屋にそれぞれ潜入し、地道に情報を集めていた。

そして、場所は荻元屋。

 

「まきをさん、大丈夫かしらね」

 

「何日も部屋に篭って出てこないから……切見世に出されないか心配だわ」

 

女郎たちの井戸端会議を、嘴平は影から気配を消して聞いていた。

 

嘴平は荒っぽくてうるさいので、一見密偵には向いていないように感じるが、同期の中で気配の察知などに一番優れているのは嘴平であり、図らずともこの任務に最適な人物だった。

 

「私今ご飯持って行ってあげたのよ。でもあっち行ってって、とりあえず部屋の前に置いてきたけど……」

 

その言葉を聞いて、嘴平はすぐに動いた。先に潜入している宇髄の妻には既に行方不明者も出ている。

まだ消息不明が掴めているうちに、早いところ情報を引き継ぐべきだ。

 

(あれか....飯が置いてあるし。間違いねぇな)

 

嘴平はすぐにまきをの部屋を特定した。

 

だが同時に、その部屋はなにか禍々しい雰囲気を醸し出していた。

極めて鬼のソレに近い。それもとびきり強力な鬼だ。これまで対峙してきたどの鬼よりも強い。

 

そしてきっと、まだまきをは居るはずだ。だがそれも時間の問題。

 

どうするべきか──嘴平は少し考え、直ぐにやめた。

 

考えて行動するのは身に合わない。行き当たりばったりで充分だ。いつだってそう生きてきた。

 

嘴平はすぐに部屋の襖を開けた。部屋の中は妙に湿っぽく、窓も空いていないのに生暖かい風が吹く。

そしてまきをと思わしき人物の影はなかった。

 

だがすぐ近くに何者かの気配を感じ──上、天井裏だ。

 

「おいコラ!バレてんぞ!!」

 

嘴平は大声で怒鳴り、部屋の前に置かれていたうどんを天井に向かって投げつけた。

すると部屋のあちらこちらから軋むような音が鳴り、ついには強めの地震くらいになった。

 

「なんだ!?」

 

だがおかげで潜んでいる場所は突き止められた。天井裏をネズミのように動いているのだ。

 

「逃がすか!!」

 

嘴平は天井裏を移動する鬼を追いかけて部屋を飛び出た。

 

ここで逃がす訳にはいかないと、もはや『潜入』ということすらも忘れ駆ける。

 

「退け退け!邪魔だ!」

 

歩いている客を跳ね除け、途中途中で下女が悲鳴をあげていたが、もうそんなことを気にしている暇はなかった。

 

「そこかァッ!!」

 

鬼が天井裏から壁の中に逃げる瞬間を狙って拳を叩き込む──その瞬間に角から玄弥がとび出て、嘴平の拳を受け止めた。

 

「何すんだてめ──」

 

邪魔されたことに文句を言おうとした嘴平だが、その言葉が最後まで発せられることはなかった。

 

──不死川玄弥は鬼食いの剣士である。

それも千尋のような一度やった事のあるという程度ではない。常の戦法としてそれを採用しているのだ。

 

玄弥は常人離れした咬合力と消化能力を持つ特異能力者だ。人体には極めて有毒である鬼舞辻の鬼の一部を取り入れても鬼に近づくだけで、その有毒性が発揮されることはない。

 

だが決して影響がない訳ではなかった。時折、理性が飛びそうになるのだ。

 

玄弥はなぜかもう鬼の一部を取り込んでいて、すでに理性が飛びそうになっていた。

嘴平はそのことを察知し、すぐに身を引いた。

 

「....部屋に戻れ」

 

玄弥はそれだけ言ってどこかに消える。

鬼の追跡を行えなくなった嘴平は、不服そうにしながらも、何事もなかったかのように部屋に戻った。

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