帝国の鬼狩り   作:ひがしち

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第十四話 吉原遊郭 参

「なぁ!本当にアレはお三津だったのか!?俺は顔を見ていないぞ!!」

 

千尋は警邏中、京極屋の前を通りかかったとき、そこの楼主に呼び止められた。

どうやら、妻のお三津の死を疑っているようだ。

 

「何度も言ったでしょう。ご遺体は奥様のお三津さんで間違いありません。お顔から落ちられたようなんで、見せられなかっただけです。たしかご葬儀は──」

 

「知らん女の葬儀なんぞあげるか!もういい!こっちで調べてやる!」

 

京極屋の楼主は怒肩で戻る。それを見て千尋は頭を抱えた。

 

千尋の工作は完璧と言って良かった。転落事故に見せかけ高所から落とされたであろうお三津を即座に回収、まだ脈があることに気がつくと、もと衛生兵の自分が治療するからと他の用心棒たちを他所へ行かせて鬼にし、さらには遺体の用意に手間取ったものの別の女の死体だけは用意できた。

 

だが一つ想定外のことを上げるとすれば、背格好が似た女でお三津が着ていた着物も着せれば騙せると思っていたのだが、楼主は千尋が用意した死体を一目見て、これがお三津の遺体でないと看破したことだろう。

千尋は楼主のお三津へ送る想いを見誤っていたのだ。

 

いずれ珠世の鬼を人に戻す薬が開発されれば裏工作もろもろ全てを教えてお三津を返すつもりではあるが、それがいつになるのやら分からず終いの上、楼主が偽お三津に気がついたのは不味い。

今ここで騒がれて千尋たちの不信感を煽られては、潜入がバレ全てがお釈迦になる可能性がグッと高くなる。

 

どうすべきかと悩む千尋。こういう時、陸軍の上司たちがどうしていたかと思い返すも、金を握らせることしか思いつかず、かといって宇髄に話すわけにもいかず、千尋は珍しく頭を悩ませた。

 

 

 

☆★☆

 

 

 

「宇髄。もういいだろう。少なくともまきを殿の場所は分かってるんだ」

 

「ああ、分かってる。分かってんだが……どうしても我慢ならねぇ!」

 

千尋たちが潜入を開始して一週間たった日、事態は動いた。

 

宇髄が雛鶴を救出しようと切見世に向かい、そこで帯のようなものに拘束された雛鶴を発見。即座に帯を斬り落とし雛鶴を解放──しようとした瞬間、どういうわけか雛鶴が切見世から消えていたのだ。

 

時間帯は昼間、万が一のことを考えて切見世の周囲には特務部隊が展開していたのだが、誰一人として切見世から鬼もしくは帯が出てきた様子は見ていない。

 

もしや無限列車の際の琵琶の血鬼術かと千尋は思ったが、その場にいた鬼殺隊員はおろか周囲の切見世の遊女誰一人として琵琶の音は聞いておらず、その可能性は低かった。

 

どういった原理で、どういった血鬼術で雛鶴が消えたのかは分からないが、宇髄は目の前で、あと一歩のところで最愛の妻の一人を逃したのだ。

 

宇髄はいくつも頭に血管を浮かべ、歯を食いしばってはミシミシと骨が軋む音が千尋にも聞こえた。

 

「それで、場所は確かなんだな?」

 

「はい、動いてなけりゃ……あ、動いてなければ。荻元屋の真ん前の通りっす……あ、です」

 

千尋と宇髄の視線を受け、辿々しい敬語で話す玄弥。まきをの位置を把握できたのは、彼自身の活躍である。

というのも、まきをが荻元屋から姿を消したあの日、玄弥は鬼の血を飲み鬼化して、嘴平が追った鬼に血鬼術を使い、場所を特定したのだ。

 

この飲ませた血というのが特別性で、禰豆子の血と珠世の血に上弦の参の血を混ぜて作られ、さらに鬼化の細胞を抽出し、それを五十倍の液体で希釈したもの。血鬼術を使えるほど鬼化しても理性が飛びづらく、人体への──とりわけ玄弥は鬼の影響が出にくい。

 

製造に四ヶ月もかけただけあって、効果は絶大。効果が切れた今でこそ追跡困難になったが、荻元屋の目の前の通りの地下で反応が止まったらしく、まきをの所在は確かなようだった。

 

「よし。ではあとは鬼の特定だな……」

 

千尋は皆と別れた後、吉原を出て珠世のいる仮住まいに入る。

今朝方、信濃を通して珠世からお三津が目を覚ましたと連絡があったのだ。

 

「お疲れ様です珠世さん」

 

「お疲れ様です……彼女、目を覚ましましたよ。自我も確立できてます。こちらに」

 

「ありがとうございます」

 

千尋は吉原遊郭四郎兵衛会所の用心棒の制服から陸軍の制服に着替え、顔に巻いた包帯を取り、欧州大戦の功績を讃え授与された勲章を左胸に取り付ける。

 

欧州大戦の英雄である千尋の名はかなり知れ渡っている。日本国内では彼を描いた絵はそうとうな勢いで売れ、時の有名歌舞伎役者のような知名度を誇っていた。

 

故に任務中の千尋は包帯で顔を隠しているのだが、今日はこの制服を着た自分の知名度を使う。

用心棒の立川より、日本陸軍の英雄橘の方が聞こえがいい。

 

珠世は木製のドアをノックし、お三津の返事を待った。

 

「珠世さんかい?」

 

「ええ、お三津にお客さんです。入りますよ」

 

そう言って珠世はドアを開け、部屋に千尋を入れて。

 

「お客さんってのは──え!?」

 

「こんにちはお三津さん。帝国陸軍中佐橘千尋です」

 

「あーあー知ってるよ!!史上最年少で中佐になったていう、英雄橘だろう!?いやー絵葉書の通りに二枚目だねぇ。でもちょーっと背が低いかね?」

 

どうやらお三津は千尋のことを知っているらしく、さらには絵葉書も持っているらしい。

これは好都合。千尋は薄く笑みを浮かべた。

 

「それで、なんたって欧州の英雄様が吉原の花車なんかに?」

 

「ええ実は私、陸軍将校でありながら、鬼殺隊の幹部なんです」

 

「キサツタイ?白虎隊の親戚かなにかかい?」

 

「いえ、鬼を滅する民兵組織です」

 

「……?──ッ!?」

 

千尋が鬼殺隊の幹部だと明かすとお三津は酷く狼狽した。

珠世から粗方の説明は受けていたのだろう。お三津はベッドから立ち上がると、壁に縋った。腰を抜かしたように崩れ落ち、涙ながらに訴える。

 

「ま、待っとくれ!あたしはまだ誰も──」

 

「落ち着いてください。貴方は私たちの敵じゃない。敵は──女郎の鬼でしょう?」

 

「!!」

 

お三津はまた酷く驚き目を見開いた。

どうやら人間の頃の記憶はあれど鬼になる直前の記憶は抜け落ちていたようだ。だが千尋の言葉に抜け落ちていた記憶が蘇り、恐怖で体が震え始めていた。

 

「あ、あぁ……あぁ!」

 

お三津は錯乱し、恐怖で身を震わせながらも、徐々に冷静さを保ち、今度は怒りに肩を震わせる。

 

「誰です?貴方を落とし殺したのは?」

 

「──そうだ!あの娘……よくも私を!小娘が……よくもよくも!」

 

今度は怒りで変異し、禰豆子のように身体を大きくした。興奮しているのだ。

 

後ろで珠世が鎮静の血鬼術を使うために腕に爪を立てていたようだが、それを千尋が制する。千尋には別の算段があったのだ。

 

「私はその小娘を殺すために来た。私たちの戦友が、私の家族たちがその鬼に殺された。子供を亡くした母親たちが今日も泣いている。更なる犠牲者を出させないように鬼を滅することが、貴方を含む犠牲者へのせめてもの餞です。教えてください。鬼は誰です」

 

情に働きかけ、大義をチラつかせる。

決戦の時は近い。ここで珠世の血鬼術を使い、無理矢理鎮静を図ると、情報を引き出すのに時間がかかってしまう。それでは更なる犠牲者が出るかもしれない。

 

情に訴え、お三津の人間だった頃の記憶と理性を取り戻す。

これが一番。失敗する確率も高いが、玄弥に飲ませた血と同じものを摂らせたのだ。鬼舞辻によって鬼化されるよりもずっと理性的だ。

 

「……蕨姫……花魁の蕨姫があたしを落としたんだ!」

 

その名を聞いた時、千尋は全身の毛を逆立て、ニンマリとした笑みを浮かべた。

 

「蕨姫……蕨姫……どんな鬼です?」

 

「恐ろしい鬼さ!無数の帯と髪を自在に動かせる鬼で、花の模様を顔に描いてるんだ!前々から恐ろしい娘だと思ってたけど、まさか本当に化け物だったとはね!」

 

「瞳には何数字のようなものは描かれていませんでした?」

 

「ええ書かれててわよ!上弦の伍って!」

 

「上弦……よし!」

 

情報を得ると、それを共有するために千尋は素早く遊郭に戻る。

日はすでに傾き始めていた。

 

 

 

☆★☆

 

 

 

千尋の行動は非常に早かった。

 

お三津の証言を得た千尋は遊郭の名簿と原戸籍を調べ上げ、吉原の名簿には名前があるものの、東京都の戸籍謄本には記載がないことに気がついた。つまり、無戸籍である。

 

千尋は無戸籍を証拠に、蕨姫改め『謝花梅』という女を裁判所を巻き込んだ工作活動を始め、わずか一時間で謝花梅をロシアの特務工作員──所謂スパイであるとでっち上げた。

 

大本営は千尋の謀略に気がつき、彼に近衛歩兵第三連隊の指揮権を委ね、東京の吉原遊郭に向け行進を開始させた。

 

筋書きはこうだ。

謝花梅は日本政府の役員たちが多く出入りする遊郭に入り込み、情報を引き出し諜報活動──特務将校である橘中佐が制圧に向けて動き出すが、ロシアの工作員らが激しく抵抗を見せ、銃撃戦を中心とする戦闘が発生。駆けつけた近衛歩兵第三連隊が事態を収束させた。

 

戦闘の跡など、一般人が見てもそれが嘘だと疑うことはまずない。国民にはいつだって事後報告で十分である。

 

「第三連隊が到着するのは明朝になる」

 

「遅えな。もうちょっと早く行けないのか?」

 

「無茶言うな。まだ手続きの途中なんだ。これでも超法規的措置なんだぞ」

 

事後報告で──と言いつつも、実際に第三連隊が到着は明朝予定。

 

吉原全体に蜘蛛の巣が如く情報網を展開していた特務部隊は工作員としてはどれも一流の人材だが、戦闘能力や武装は拳銃のみとほぼなく戦闘に関与できず、さらに周辺の鬼殺隊員も上弦の鬼ということで柱にのみ増援要請が送られ、結果到着は同じく明朝になるとのこと。

 

「で、コイツらはどうすんだ?上弦を相手させるなら階級が低すぎる。危険だぞ」

 

「竈門たちには工兵と一緒に、まきをさんが囚われているであろう場所に突入してもらう」

 

「その間上弦は?」

 

「私たちが引きつける」

 

今作戦の部隊は三つ。

一つは千尋宇髄第三連隊の上弦戦闘隊。二つ目は炭治郎たちまきを解放部隊。三つ目は特務部隊。

 

上弦戦闘隊がこれが本隊であり、全体の六割ほどが割かれている。

解放部隊は炭治郎と近衛工兵隊とが合同で動き、地下に囚われているであろうまきをを救出する。

特務部隊は警官や憲兵に扮した特務兵らが周囲の屋形を制圧し、避難誘導を行う。

 

作戦の決行は太陽が登り始めた朝。昼見世が始まる前に決着をつける。

朝で客も少ないので、野次馬精神旺盛な馬鹿どもを無理にでも避難させる必要がないのは非常に楽である。

 

「作戦は以上だ。私たちはお前たちと別れるから、物事には各自判断で臨機応変に対応してくれ」

 

「はい!」

 

「おう!」

 

「では以上。各自二十二時までには店を出て大門に集まれ」

 

千尋の言葉で四人は各自の持ち場に戻って行った。

 

「それで?貴様はまだ何かあるのか?」

 

「あああるね。お前には聞きたいことが沢山ある」

 

しかし宇髄は残っており、先ほどのにやにやと意地悪い表情からいっぺん。忍の頃のような冷たい目を向けていた。

 

「いいだろう。だが早くしろ。まだ派兵の手続きが終わっていないんだ」

 

「ああ。じゃあ──正直に答えてくれよ」

 

その瞬間宇髄は背中にある刀を抜き始めていた。そのことに気がついた千尋も咄嗟に腰の拳銃を抜こうとするが、すでに刀を抜いた宇髄の怪力に止められてしまい、刀を喉元に突きつけられた。

 

いくら英雄千尋といえど宇髄には力勝負で一度も勝ったことがなく、それに喉元に刀を突きつけられてしまえば、英雄の称号は意味をなさなかった。

 

「……物騒じゃないか」

 

「反射で銃を抜こうとする奴に言われたかねぇな。安心しろよ。ちゃんと答えれば斬りはしねぇよ」

 

「じゃあ先に聞け。まず刀を抜く馬鹿があるか」

 

千尋は拳銃を腰のホルダーに戻し、両手を頭の上に上げて宇髄を見据える。

 

「まず一つ、どうやって京極屋の蕨姫が鬼だと突き止めた。証言者が出たと言ったが、相手が上弦ならそんなヘマするとは思えねぇ」

 

「伍が殺し損ねた人を治療して証言を得たんだ。どうやら伍は美しい人間しか食わないらしい」

 

「本当半分嘘半分だな。食わねぇってのは本当だとして、殺し損ねる理由がねぇ」

 

「事実だ」

 

お三津が鬼であることを除けば、千尋が言っていることは紛れもない事実である。

流石の尋問に長けた宇髄でもその嘘を見抜くのは難しかったようで、少し考えるような様子を見せ、また問うてきた。

 

「ならその証言者ってのはどうやって用意した。俺はお前と少しばかり遅れて入ったが、瀕死の怪我人の情報なんて入ってこなかったぞ」

 

「私の役職を忘れたか?吉原遊郭四郎兵衛会所だぞ。瀕死ではなく死亡と偽装するくらいわけないことだ」

 

「……京極屋の遣手か」

 

「ああ、まだ微かながら脈があった。伍にトドメを刺されぬよう、怪我人ではなく死亡と偽装したんだ。実際にお三津さん、京極屋の遣手は伍に殺されかけ有益な証言を持っていた」

 

もういいか?と言わんばかりの千尋に、宇髄は二つ目の質問を問うた。

 

「吉原の南、小売店に偽装した家にいるのは誰だ?」

 

「!!」

 

その質問に、一気に千尋の心拍数が跳ね上がる。

南の小売店に偽装した家といえば、珠世と愈史郎が駐在している場所だ。まさかそこまで突き止められていたとは。

 

「誰がお前に工作の技術を叩きこんだと思ってんだ。視線の切り方は上手くなったが、俺様に言わせりゃまだまだヒヨッコだ」

 

コツンと刀の峰が千尋を叩いた。

 

千尋の工作技術や諜報技術は全て宇髄から教わった。まだ新兵だったときに頭を下げて教わったのだ。

 

「京極屋の遣手をあそこに連れ込んだみてぇだが、胡蝶じゃねぇな。妹は任務だし、カナエは蝶屋敷につきっきりだ」

 

「……」

 

宇髄の問いに千尋は黙った。

 

珠世の存在は産屋敷には報告をしたが、他の柱には全く教えていない。物事には順序というものがあり、もっと珠世の功績を立ててから、花柱として公の場で紹介するつもりだったのだ。

 

「……あそこには、()()の協力者がいる。決して敵ではない」

 

「嘘の割合がデカくなったな。我々ってのが嘘だ。答えろ。何者だ」

 

だがこうなってしまえば仕方がない。思惑よりもずっと早かったが、全てが水の泡になるよりもずっといい。

 

「……あ、あそこには……鬼舞辻無惨から寝返った鬼がいる」

 

「──鬼だと?」

 

宇髄から凄まじい殺気が漏れるのを感じる。

先の裁判でも、宇髄は実弥の次くらいには竈門兄妹の斬首に賛成していた。

 

「……お前またか」

 

「ああそうだ。だが勘違いするな。寝返った鬼、珠世さんは竈門兄妹同様産屋敷殿がご承認されている」

 

「御館様も甘いお方だ。それで?そこで何をしていた」

 

「……証言を得るために、京極屋の遣手を鬼にして蘇生した」

 

「──テメェ!」

 

宇髄の棘のような怒号が千尋の腹を刺し、彼の頬を宇髄の拳が捉えた。

鬼殺隊の柱である以上、鬼殺隊員の手によって鬼が増えていることが我慢ならなかったのだ。

 

「テメェ自分が何をしたか分かってんのか!?お前は鬼を増やしたんだぞ!俺たちの敵を!」

 

「お三津さんは我々に有益な情報をもたらした!お三津さんは竈門禰豆子と一緒だ!我々の仲間なんだ!」

 

「鬼殺隊花柱が聞いてあきれるな!お前がやったことは鬼舞辻無残と何ら変わらねぇんだぞ!」

 

「大義はあった!」

 

そう言った瞬間、先ほど殴られた頬とは反対の頬を殴られた。

 

「大義だ何だと抜かして目的のためには手段を選ばねぇ人間が俺は大っ嫌いだ」

 

宇髄はそう吐き捨て、刀をしまった。

 

「……もういいか?まだ手続きがあるんだ……頬の痣は勉強代ということで貰っておこう」

 

千尋がそう言って、陸軍省に戻ろうとした時だった。

 

「……?」

 

「なんだ?」

 

二人には何が起きたのか分からなかった。

あたりが一瞬にして暗闇に包まれたのだ。日の入りにはまだ早すぎるし、曇りの暗闇ではない。

 

何か異変が起きている──ふと、太陽を見てみようと顔を上げてみると、

 

「……は?」

 

 

 

 

 

 

巨大な傘にようなものが、吉原遊郭上空に出現していた。

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