帝国の鬼狩り   作:ひがしち

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第十四話 吉原遊郭 肆

「なんだあれ……」

 

千尋は突如として吉原の上空に現れた物体に困惑した。

上空に出現、と言ったが、目を凝らして見ると、地上から何か一本軸のようなものが聳え立っている。

 

軸は京極屋の方から生えていた。

 

「アレは……!」

 

その軸を見て、宇髄は血液が血管まで凍りついたのを感じた。

あの軸に見覚えがあった。あの軸は、妻の雛鶴を持って行った帯──鬼の血鬼術だ。

 

「まずいぞ……」

 

あの帯はおおよそ吉原全体に影を落としている。日光を一切通さない。吉原全体を昼間のうちに鬼の活動ができる場所にしてしまったのだ。

 

「宇髄!お前は軸の根元に行き切り倒せ!私は陸軍省に電話する!」

 

「分かった!」

 

千尋はすぐに屋根から飛び降り、電話のある場所に走った。

この時代、街には自動電話が多く設置され、庶民にも電話は身近な存在になってはいたが、古臭い習慣が残る吉原遊廓には街灯が精一杯であり、電話は四郎兵衛の詰め所にだってなかった。

 

そのためには吉原を出て、自動電話を探す必要があった。

 

だが

 

──ベベン

 

「……やっぱりか」

 

琵琶の音が聞こえると共に何もなかった空間にいきなり襖が出現。十を超える鬼が現れた。

昼間だというのに鬼が出る。何ともミスマッチな光景で、柱である千尋相手には雑魚鬼ばかりだ。

 

だがしかし、今の千尋は四郎兵衛の立川であり、武装は拳銃のみで刀は詰め所に置いてある。

 

鬼相手では、丸腰と同じである。

 

吉原を出て自動電話を探す前に、鬼を殺して吉原を出る。

 

「上等だクソ野郎」

 

千尋は拳銃を操作して、薬室に弾を送り込んだ。

 

 

 

☆★☆

 

 

 

「なんだあれ?」

 

「帯?いやあんな帯ないぞ」

 

「京極屋の方だ。屋形は無事なのか?」

 

「すみません、通して……ごめんなさい」

 

「退いてください……失礼、ああすみません」

 

「退け邪魔だ!道を開けろ!!」

 

昼だというのに花街は喧騒に包まれた。

当然だ。世界中のどこを探しても、いきなり現れた巨大な帯に驚かない民族など存在しない。

 

好奇心旺盛な日本人はその帯を一目見ようと、大通りに出て、その結果通りは女郎や客でごった返す。訳も分からずただ茫然とする人々の間を、炭治郎たちはなるべく素早く移動した。

 

店の中で足抜けの準備をしていた三人も異変に気がつき、京極屋の方に向かっている。

 

「すみません、通してくださ──」

 

そうやってなんとか京極屋に走る炭治郎の前に空から誰かが降ってくる。

 

「っ!」

 

「騒ぐな。俺だ」

 

炭治郎は思わず緊張で身体を強張らせるが、降り立った人物の姿を見て警戒を解く。

 

「これって……」

 

「ああ、鬼だな」

 

炭治郎の問いに宇髄は難しい顔をして答えた。

 

これだけ人が通りにごった返していれば、大規模で尚且つ派手な戦いはできない。宇髄は隠密な戦闘もできるが、相手が上弦で、その上こちらの存在に気がついているのならその限りではない。

それにここにいるのは新人隊士三人。大規模戦闘は隠密戦闘に比べ非常に難しい。新人三人と柱一人で上弦相手にできる戦い方ではなかった。

 

だがとにかく、今は帯の元に行き、根本から斬り刻む必要がある。

 

「──あら、鬼狩り?」

 

「!?」

 

顔を見上げると、影が濃くよく見えないが、悍ましい音と匂いを発する女がいた。

 

京極屋の蕨姫花魁だ。

 

「いつかくると思ってけど、思ってたより早かったわね」

 

鬼から発せられる音も悍ましければ、声も悍ましい。花魁として聞けば鈴が転がるような綺麗な声だが、女としてみると少々気難しく、鬼としてみると凶悪さが滲み出ている。

 

そして、その鬼の眼は──

 

左目には、"上弦"。

 

右目には、"伍"。

 

上限の伍・堕姫。千尋が情報を得た鬼だ。

 

「テメェ……!」

 

上弦の鬼と遭遇したのは、宇髄が初めてで炭治郎が二度目。

 

「一人は柱ね。でも変ね。もう一人いるって聞いてたんだけど……もう死んじゃったかしら」

 

扇情的な格好をした美しい遊女の鬼。外国の下着をつけた多くの男を虜にするような美しい女だった。

頬に花模様の入れ墨が入っており、見てくれだけなら鬼殺隊屈指の美女の胡蝶姉妹にも勝るとも劣らない。だが凶暴性や暴虐性なら伍の方が圧倒的であった。

 

悪女という言葉は、この女の鬼のために作られた言葉だと言われても、違和感はないほどだ。

 

「宇髄さんの奥さんをどこへやった!

 

仲間思いの炭治郎は、すぐにその鬼に向かって怒鳴る。

 

しかし。 

 

「……誰に口を利いてんだお前は」

 

瞬間、蕨姫の殺意が一気に噴き出した。

息が止まるような重苦しい空気が炭治郎の両肩を重くする。

 

そうして恐ろしい空気に耐えかねた炭治郎が瞬きをした、わずか一瞬──

 

(まず──)

 

次に目を開けた瞬間には、鬼の手が自分に迫っていて、もうすでに鬼の指紋もはっきり見える所まで近づいていた。

 

だが

 

水の呼吸 漆ノ型 雫波紋突き

 

なんとか反応し抜刀した炭治郎。

炭治郎の流れる水が如く動きの刀は躱されるも、隣では宇髄も刀を抜いており、目にも留まらぬ速さで振るわれた斬撃によって斬り伏せられた鬼の腕はは吉原の空を舞い、ボトリと地面に落下した。

 

「ふぅん……」

 

堕姫は屋形の屋根に飛び乗り感心した。

腕を斬ったのは柱である宇髄だが、炭治郎は攻撃に反応し反撃もして見せた。並みの隊士なら反応できない速度だ。

 

上弦の伍になった堕姫はいつもより動きが良いことに機嫌を良くした。猗窩座が狩られたことの繰り上がりとはいえ、位の上がったことで敬愛する鬼舞辻無惨から大量の血を分けてもらい、以前よりも身体が強く、五感が鋭くなっていたのだ。

 

だがその攻撃を一撃を躱しきるこの隊士は、見た目よりずっと実力者だということだろう。

 

「お、おい……」

 

すると野次馬の一人が喧騒に気がつき、地面に落ちた腕を指差し──

 

「か、刀だ!腕を斬られてる!逃げろォ!!」

 

花街が喧噪と悲鳴に包まれる。

逢瀬を楽しんでいた客と花魁達の耳に劈く。誰かの悲鳴。悲鳴は恐怖を生み、恐怖は伝染する。

 

そして恐怖は、混乱を生む。

 

大通りは慌てふためく人々でごった返す。訳も分からず逃げ道を探す人々を、炭治郎たちは見ていることしかできなかった。

しかし宇髄はずっと冷静だった。

 

「宇髄さん!」

 

「ほっとけ。どうせあとは橘か隠が上手くやるさ。それにいなくなった方がうまく行く」

 

「ちょっと!無視してんじゃないわよ!!」

 

すると、堕姫は逃げ惑う人々に注目する様子が気に食わなかったのか、屋根の上で地団駄を踏んだ。

まるで癇癪を起こした子供のようだが、宇髄は退屈で眉を顰める。

 

「うるせーな。お前はどうだっていいんだよ失せろ。お前上弦じゃねぇだろ。弱すぎる。俺や橘が探ってたのはお前じゃない」

 

「何を馬鹿なことを──」

 

その瞬間、まるで十分に熟したリンゴが木から落ちるように、堕姫の頭が頸からポトリと落ちる。

同時に頭が離れたことで身体は完全に弛緩し、膝から崩れ落ちた。

 

「……え?」

 

「……き、斬った!?」

 

自然すぎて一瞬分からなかったが、鬼の頚が斬れたということは、鬼殺隊の、人間の勝利で──

 

「まだだ。まだ終わっちゃいねぇ。とっとと行くぞ」

 

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!どこ行く気!?よくもアタシの頚を斬ったわね!?ただじゃ置かないから!!」

 

「まだギャアギャア騒いでんのか。もうお前に用はねぇよ。地味に死にな」

 

「ふざけんじゃねぇわよ!だいたいアンタさっきアタシが上弦じゃないって言ったわね!?」

 

「だってお前上弦じゃねぇじゃん」

 

「アタシは上弦の伍よ!!アタシまだ負けてないわ!上弦なんだから!」

 

「だったら何で頚斬られてんだよ。負けてんだろ。一目瞭然だ。脳みそ爆発してんのか?」

 

「説得力ねーー」

 

「うー……本当に上弦の伍だもん!本当だもん!数字だって貰ったんだから!アタシ凄いんだから!!」

 

「ギャン泣きか──」

 

 

 

 

「宇髄!何をしている!足を止めるな!後ろから来てるぞ!!」

 

 

 

 

一瞬よりも短い時間。宇髄はそれを見る前に行動に起こした。千尋の警告が聞こえた瞬間、後ろから凄まじい殺気と気配、そして恐ろしいほどの憎しみを感じたからだ。

 

炭治郎を蹴っ飛ばし、自分は後ろにすっ飛ぶ。咄嗟のことだったので力加減が正確にできず、感触から炭治郎の肋を何本か折ったが、殺されるよりマシだと思って欲しい。

宇髄の方もいくつか屋形の扉と壁をぶち破ったが、いくつか破壊したところで止まった。

 

つい一秒前まで自分達がいたところを見てみると、酷く痩せこけ背骨に肋骨や鎖骨が浮き出て、顔には醜い痣がある男が鎌で地面を抉っていた。もし少しでも動き出しが遅れていれば、抉れていたのは地面ではなく自分たちの身体の方だ。

 

おそらく向こうが本命。上弦の伍とはアイツのことだ。

 

()()()()()遅い!」

 

「ごめんなあ、思いの外あの四郎兵衛が強くてなあ」

 

「宇髄!早く立て!あの男が上弦の本命だ!」

 

壁にめり込む宇髄のそばに、抜刀した千尋が降り立つ。どうやら詰め所には行けたようだ。

 

「陸軍省に電話できたのか?」

 

「いや、無理だった」

 

「はぁ!?何しに行ったんだよテメェは!」

 

「詰め所にアイツがいて、そんな暇なかったんだ!刀を取るので精一杯だ!」

 

だが詰め所に先回りされていたらしく、刀を取れたものの電話はできず、しばらく増援は叶わないようだ。

 

「ひぐっ、ひぐっ、おにぃちゃぁぁん!」

 

「泣いてたってしょうがねぇからなああ。頸くらい自分でくっつけろよなぁ。お前は本当に頭が足りねえなあ」

 

兄と堕姫は呼ぶ。

那田蜘蛛山でも下弦の伍が他の鬼を集め家族遊戯をしていたが、この鬼は違う。顔や背格好は全く似てないが、何となくそんな感じがした。おそらく本当の兄妹だろう。

 

「……妹を泣かせたのは、お前らだなぁぁ」

 

左目には、"上弦"。

右目には、"伍"。

 

通常、同じ数字が複数の鬼に与えられることはない。

ならば同一体かと思ったが、そうでもなさそうだ。鬼になっても切れることのなかった兄妹の絆に、鬼舞辻が共感すると思えないが、兄妹は同じ数字を与えられていた。

 

だが間違いなく上弦の伍の本命は兄の方だ。

音が違う。気配が違う。佇まいが違う。猗窩座ほどではないが、猗窩座よりもずっと残酷で、また厄介な相手だった。

 

「……宇髄、行けるか?」

 

「はぁ!?テメェ誰に口聞いてんだ!俺はお前より長く多く鬼狩ってるんだよ!」

 

「怖くないのか?」

 

「ああ怖くなんかないね!こんな雑魚鬼にビビるほど、俺様は──」

 

「──頼もしい」

 

ふと千尋の手を見てみると、カタカタと震え刀を鳴らしていた。怖がっているのは彼の方だった。

 

欧州大戦を生き残り、人類史に残るような大戦果を挙げた英雄でも、上弦相手は恐ろしい。

いつだって生きるか死ぬかの戦い。千尋にとって、恐ろしくない相手など存在しないのだ。

 

いまだぐずる堕姫をあやしている──今が好気だろう。

 

花の呼吸 肆ノ型 紅花衣

 

先に動いたのは千尋。最も得意な型で油断している鬼の虚を突く。

だが

 

「へぇ、やるなぁあ。攻撃止めたなぁあ。殺す気で斬ったんだけどなあ、いいなあお前、いいなあ」

 

顔を包んでいた包帯が斬られ、わずかに額から出血した。

千尋の虚を突く斬撃に鬼が反応したのだ。

 

「その顔いいなぁあ。肌艶もいいし、染みも痣もねぇ。傷はあってもすぐ治る傷だなぁあ。肉付きもいいなぁあ、俺は太れねぇんだよなぁあ。若干背が小せぇが、一見デッカく見えるなぁあ」

 

「お兄ちゃん!ソイツ顔がいいから半分こしよう!」

 

「ああいいぜいいぜぇ。カワイイ妹の頼みだからなああ」

 

恐ろしいまでの反射速度、それに鎌の攻撃範囲、手数は多そうだ。それに、あの血に濡れた鎌は、まさかただの鎌ではない。おそらく毒か何かが仕込まれていると考えた方がいいだろう。

毒を持っているのなら、蝶屋敷か千尋の家にある血清剤を打たなくては、鬼を殺したところで毒が体を蝕んでいく。

 

「お前良い奴だよなぁあ。さっき詰め所の四郎兵衛を庇ってたなぁあ。それにお前、遣手が言ってたあの男だよなぁあ。欧州大戦の英雄だよなぁあ。さぞやや女に持て囃されるだろうなぁあ」

 

「……ああ。私が欧州大戦の英雄だ。それに世界でいちばん美しい妻を持っている。私の自慢だ」

 

そう言った瞬間、堕姫の兄は怒り狂ったように声を荒げ、顔や胸を掻き毟った。

力一杯に掻き毟るものだから、体や顔のあちこちがズタボロになり、より醜さに拍車をかける。

 

「お前女房がいんのかよ。その年で。ふざけるなよなぁあ!なぁぁぁ!許せねぇなぁぁあーっ!」

 

血鬼術 飛び血鎌

 

兄鬼が腕を振るった瞬間、その鎌に呼応するかのように血で濡れた真っ赤な斬撃が現れる。

 

「──クソ!」

 

瓦すらも巻き込みながらこちらに進む斬撃は、少しでも当たれば身体を輪切りにしてしまう。

まるで災害。全てを薙ぎ払う災害のようだった。

 

だが、災害級と言うのなら、人間側も負けてはいない。

 

音の呼吸 壱ノ型 轟

 

兄鬼の後ろから少しの音も立てず、宇髄が技を放った。

壱ノ型轟は、二刀を頭上から渾身の力で振り下ろし、対象に叩きつけると同時に火薬玉を爆破させる大技で、まるで榴弾砲が着弾したかのような衝撃で相手を爆破する。

 

「おい宇髄。援護するならこっちだろ。そいつを殺しても斬撃は止まらないんだぞ」

 

「そのくらい自分でどうにかしろ」

 

「薄情者のクソ忍者が」

 

屋根の上でそんな大技を放ったものだから、屋形は倒壊し、凄まじい土煙が周囲に立ち込めた。

千尋も血鎌をどうにかいなしたが、それより土煙で咳き込んでいた。

 

「それで、やったのか?」

 

「──いや。避けられた」

 

「そうか。流石にそんなに弱くないか」

 

土煙を真っ直ぐに見ると、ぼんやりと土煙の中に人影が二つ。あの鬼だ。

 

「屋形を吹っ飛ばすなんてなんて野郎だあ。本当に鬼狩りか怪しいなぁあ、お前」

 

当然、鬼は生きていた。元々轟は殺害を目的とした型ではなく、面制圧をするための型なので、完全な不意打ちでも生きていることにさほど驚きはなかった。

 

「その屋形に人はいねぇよ」

 

「宇髄、貴様目的のために手段をなんとやらと言っていたと記憶しているが?」

 

「ああ、俺もお前の言う通り、筋と人道的に問題がなければ、なんでもやることにしたんだ」

 

「その方がずっと良い。ずっとそうしてろ」

 

千尋は無限列車戦で砕け散った自分の相棒を思い出した。

美術品のように美しい刀で、ドイツの重装備兵の鎧ごと斬りく名刀で、猗窩座の猛攻から見事千尋を守り抜いた。

 

今現在、二ヶ月経ってもなおその刀は新調中で、今千尋が握っているのは刀鍛冶の里から支給された予備の日輪刀である。

千尋の愛刀ではないが、それでも完成度合いは見事なもの。兄鬼の血鬼術を耐えきったー

 

長くなる上弦との戦いに、見事に耐えてみせるだろう。

 

「持ち堪えろよ、橘」

 

「任せろ。今の私には、優秀な同僚と部下がいる」

 

生き残ってしまった忍びと大戦の死に損ない。

ミスマッチに感じるこの組み合わせも、並んでみると面白い。

 

「柱が二人。油断はできねぇが絶対に取り立ててやる。なぜなら、俺は妓夫太郎だからなああ」

 

この場にいる全員が、悟る。

 

戦いはここからが本番なのだと。

 

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