帝国の鬼狩り   作:ひがしち

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第十四話 吉原遊郭 伍

「そこのソファにかけろ」

 

「すっげぇ……」

 

花屋敷の一室に通された少年──不死川玄弥は、その部屋の絢爛さに驚愕の声を上げる。

この屋敷に用があって訪ねてきた玄弥だったが、まずは門兵に身分を聞かれ、それからボディチェック、手持ち検査と質問をいくつかされ、ようやくこの部屋に通された。

 

それで通された部屋というのが、驚くほどに絢爛だったのだ。しかしただ贅沢を尽くしているというわけでもなく、品格に溢れ、華族が住んでいると言われても違和感がない。

上手くいえないが、少なくとも成金のように悪趣味な屋敷ではなかった。

 

「し、失礼します… …」

 

こんな所に自分なんかが来ていいのかと思っていると、ノックはされる。

 

誰か他の人も呼ばれていたのか。そう考えて姿勢を正すと、扉が開いた。

 

「……」

 

扉を開けたのは、女性だった。

 

「───」

 

明らか日本人ではない女が、二人分の飲み物を用意し、恭しく頭を下げてから去っていく。

とても美しい女性だと思った。鼻筋が通り、澄んで青い瞳を持つ容姿。痩せすぎず太すぎないスタイルは、彫刻のように均整が取れている。

 

「奥様、これは私が持っていくと!」

 

扉の向こう側で女性の声が聞こえてくるが、今持って来た女性と思わしき声は聞こえない。

おそらく日本語が話せないのだろう。

 

「い、今のは……」

 

「私の妻だ」

 

「あ、ご結婚されていたんですね」

 

「欧州に行ったとき世話になった夫婦の一人娘だ。私には勿体無いくらいのよく出来た妻だ……話を始めるか」

 

「はい」

 

雑談もそこそこに、千尋は数枚の紙を見て玄弥に視線を移した。

 

「不死川玄弥、貴様の戦法について、様々な所から報告が上がっている」

 

「っ」

 

「鬼食い…… 鬼を食べて身体能力を強化し、さらに再生能力の向上を狙う行為。極めて危険で、極めて生物の神秘を感じさせる行為だ」

 

「……」

 

玄弥は思った。またこれか、と。

玄弥はこれまで散々に鬼食いについて警告を受けて来た。師匠である悲鳴嶼、鬼殺隊医療部のカナエ。警告を出した相手をあげればキリがない。そして受けた警告の数も果てしない。

 

「──素晴らしいことだな」

 

「え」

 

千尋の言葉に玄弥は目を見開いた。

 

「才能がない貴様が、苦しみ抜いた末に思いついた、貴様にのみ許された技術。素晴らしいものじゃないか」

 

「……怒らないんですか?」

 

「怒る?なぜ才能の芽を摘むような真似をする。私も一度鬼食いをやったことがあるが、あれはちょっとやそっとの覚悟でできるものじゃない。勇敢な男だ、貴様は」

 

「は、花柱も鬼食いの経験がおありで?」

 

「ああ。だが私の体質には合わないようで、貴様が羨ましい」

 

玄弥はその一言で、大きな瞳に涙の粒を浮かべた。

羨ましいと認めてくれるのは、千尋が初めてだった。今まで自分が鬼食いをしていると聞いた者は、みな嫌悪の表情を浮かべた。

 

それもそうだろう。玄弥としては鬼を殺すために鬼になっているのだが、他所から見れば生き残るために鬼になっているのだ。鬼を忌み嫌う鬼殺隊にとって、侮蔑されるような行為だとは、自分でも思っている。

 

「それで、勇敢な貴様に提案なのだが、私の指揮下に入らないか?」

 

「……え?」

 

「私は近々陸海軍と協力し、対上弦専門部隊を設立しようと考えている。その部隊に、貴様を私からスカウトしたい」

 

一般隊士と柱の被害を抑える少数精鋭の対上弦専門部隊を揃え、その旗手として、鬼食いによって再生能力を得た玄弥を起用したいと、千尋は優しく語った。

 

「旗手の条件は眉目秀麗・成績優秀・品行方正と昔から言われている。貴様は兄と似て鼻筋は通っているし、顔の傷も向かい傷として評価できる。まぁ品行方正と成績のところはこれからどうにかできる。いくら攻撃を受けても死なぬ不死身の旗手。験担ぎには最適ではないか?」

 

「そ、そうっすね……」

 

「それに貴様は銃を扱うのだろう?いい銃じゃないか、差し詰め里の職人か」

 

千尋はどこからか玄弥が使っている散弾銃を取り出し、まるで美術品を見るかのような目でそれを眺めた。

 

「もし私の指揮下に入るのなら、さらなる銃の付与を約束できる。銃の本場で造られた、最新型の小銃だ。これは、ほんの一例なのだがな」

 

そう言って千尋は、ずっと持っていた木箱から銃を取り出した。玄弥には銃の名前までは分からないが、自分が使っているような古臭いような銃ではなかった。

 

「で、でも俺には岩柱様の…」

 

「兄に並びたいのだろう?」

 

「!」

 

その一言で、玄弥はソファから思わず立ち上がった。

 

「ど、どうしてそのことを……」

 

「経歴を見れば分かる。生き別れた兄を見つけ、また昔のように話したい。そうだろう?」

 

玄弥は力無く座り、俯いた。

旗手は極めて危険な職種だ。突撃する隊の最前線で旗を掲げながら走るので、最も狙われやすく、最も死亡率が高い。誇りや神聖さという言葉だけでは無視できないような危険性がある。

 

もちろん、自分でも死は怖い。鬼食いは完全に鬼になることではなく、あくまでも鬼の力を得るというだけ、不死の力ではなく、再生能力を得るだけなのだ。

 

「我々は平和のために戦う矛盾した存在だ。命を賭けながら、やっていくことは自らの否定だ。私は仲間が欲しい。一緒に地獄に行ってくれる仲間が。私には、優秀な部下が必要なのだ」

 

だが死の恐怖以上に、千尋の言葉が胸の奥に刺さる。

 

彼の言葉は、悪魔の囁きでもあり、天使の啓示でもあった。

 

「……まぁもちろん、答えは後日でもいい。そもそも創設もまだな部隊だ。やっぱりなくなりましたということも」

 

「──やります」

 

玄弥は覚悟を決め、その場で返事をした。

 

この人なら、自分を兄のところまで引っ張り上げてくれる。そう思ったのだ。

 

「言葉に二言はないか?」

 

「ありません」

 

「ではこの書類に母印を押し、後日送ってくれた。書類にはよく目を通すんだぞ」

 

「はい!」

 

元気よく返事をした玄弥に、千尋は笑顔で書類を渡し、彼を見送った。

 

それから時は流れ、遊郭での戦いが始まった。

 

『お前は戦いが始まったら第三連隊と共に動くんだ。行方不明の宇髄の妻を救出してくれ』

 

戦いが始まる前に玄弥はそう言われたが、第三連隊は未だ姿を見せなかったが、それでも彼は一人で救出に向かう。

 

上弦の伍堕姫の帯を自在に操る能力を持っている。その帯は自由自在で、見えないところにも張り巡らされていた。

だがその帯も、上空の傘に全て使われており、いま堕姫の元には帯が一本もないはず。

 

おそらく、今が絶好のチャンスだ。

 

「──ここか」

 

荻元屋の前の通り。正確にいえば、ここの地下おおよそ二十メートル。そこで追跡の術が途切れた。

 

術はそこでしばらく止まっていたので、そこに攫われたか、そこで追跡の術が振り落とされたか。

どちらかは分からないが、間違いなくここ地下二十メートルにそれらしき痕跡があるはずだ。

 

「んぐっ……ぐっ……アア!!」

 

玄弥は支給された血を一気に飲み干す。千尋の話では慣らし慣らしで、少量ずつ飲んだ方が安全だと言われていたが、戦いが始まった今、そんな余裕はない。

 

「南無阿弥陀仏……南無阿弥陀仏……南無阿弥陀仏……」

 

鬼化によって凶暴化した玄弥は瓶を投げ捨て、南無阿弥陀仏を唱える。

これは反復動作と呼ばれ、予め決めておいた動作を行う事で集中を極限まで高め、全ての感覚を一気に開くという物で、鬼化に加えたこれは、玄弥に凄まじい筋肉の膨張という結果を与えた。

 

人智を超えた力を得た玄弥は、もはや異形のそれとなった手を地面に突き刺し、また南無阿弥陀仏を唱えながら──

 

「南無阿弥陀仏…南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏!!」

 

地盤をひっくり返した。宇髄の轟より開けられる穴は小さく浅いが、十分人が通れる大穴である。

 

だがまだ、目的地からは遠い。

 

玄弥は更に血を飲んだ。

 

 

☆★☆

 

 

 

鬼にはそれぞれ個性が存在する。柱だとわかるや否や腰が引けて逃げ出す鬼、諦めて首を差し出す鬼、無謀にもただ突っ込んでくる愚かな鬼。

千尋が一人で狩った鬼は三百を超えるが、一度として同じ戦いはなかった。

 

だが共通する弱点がある。日輪刀で頸を斬られるとこ、陽の光を浴びると身体が灰に還ってしまうこと、鬼舞辻無惨の名前を言うと呪いによって殺されること。

 

だが、宇髄によって斬り落とされたはずの堕姫は、身体を崩壊させずに妓夫太郎に頚を付け直してもらい、屋根の上から脚を組んで見下している。

 

頸を斬られたことに怒っているのか、青筋を浮かべながらこちらを睨みつけている女の鬼と、にやにやと嗤う男の鬼。

 

「頸を斬られても死なない……なるほど、弱いわりに柱を多く食っているわけだ」

 

千尋は二体の弱点を探った。

まず絶対的なのは日光だ。そうでなければ、超巨大な帯の傘を作って日光を遮る必要性はない。こればかりは変わらない。

 

だが二体に日光を浴びさせると言うのは、少々現実性に欠ける。

上弦の鬼を吉原の外まで追い出すのは柱二人でも容易ではなく、おそらく追い出そうとすれば、琵琶の音が響いて、鬼は姿を消すだろう。

 

ならば頚を斬る──しかし少なくとも堕姫は頚を落とされても生きていた。なら数字を共有している妓夫太郎も同じような性質を持っている可能性が高い。

 

だがつまり、上弦の伍は頚の弱点を克服したということで、それならば今まで陸に甘んじていた理由が分からない。

頚の弱点がないということは、夜間であれば無敵ということ。

 

そもそもそんな鬼、鬼舞辻が放っておくとは思えない。

 

必ず、この鬼にも頚の弱点は存在する。ただそれが、他の鬼とはちょっと違う、個性というものがあるだけなのだ。

 

なら、考え得る全てのパターンを試す。

 

「まずは同時、次は妓夫太郎を先に斬るか」

 

「ああ、でもまずはアイツらをよばねぇとな」

 

「そうだな。で、竈門はどこに蹴っ飛ばした?」

 

「……さぁ?」

 

「クソ忍者が」

 

千尋は思わず悪態をついた。

どちらともの頚を斬らねばならないというのに、わざわざ戦力を減らすようなことをした宇髄に怒っているのだ。

 

妓夫太郎が土埃から出てきたので、二人は一旦口論を止め、刀を構える。

 

「いいなぁあ、いいなぁあ、お前ら。色男ばっかじゃねぇか」

 

「まぁな。伊達に柱の既婚者は俺たちだけだ。つまり、俺たちが一番顔がいいってことよ」

 

「嫁がいるのに遊郭になんか来るんじゃねぇえよぉ」

 

「おい宇髄、この鬼、なかなか痛いところを突いてくるぞ」

 

「うるせぇ」

 

先ほどの口論のおかげで、毒のことに気を取られていた千尋の思考は、随分と晴れた。

 

よく考えれば、千尋は上弦の弐と参と戦い、それで生き残ったのだ。それを今更、つい先月まで陸だった鬼相手に、なんで弱腰になろうか。

冷静になれ。共闘の相手は、悲鳴嶼の次に長く柱をやっている男だ。

 

「毒をどうにかしたい。藤の血清を打つ」

 

「どこにあるんだ?」

 

「私の車に置いてある」

 

「なるほど。じゃあとっとと終わらせねぇとだな」

 

やる気は十分。

戦いの火蓋は、合図もなくすぐに切られた。

 

「禍福は糾える縄の如し……恵まれてテメェらに、地獄を見せてやらぁあ!!」

 

先手は妓夫太郎。

 

血鬼術 飛び血鎌・乱撃

 

妓夫太郎が血に濡れた鎌を振るうと、千尋と宇髄に向けて血の斬撃が十、二十、三十と向かう。腕がしなるように振るわれる度に、とんでもない圧力の血が飛ばされる。触れれば鉄をも両断するような切れ味を誇る無数の斬撃が、千尋たちに襲い掛かる。

 

「宇髄!」

 

「応!」

 

音の呼吸 肆ノ型 響斬無間

 

だがそれをまともに受ける二人ではない。また宇髄が屋形の屋根に大穴を開け、屋形の中に避ける。

あの飛び血鎌、恐ろしい斬れ味もさることながら、あの鎌から出される斬撃ということは、間違いなく猛毒が塗られている。中途半端に避けてはダメだ。完全に回避するか、受け流すか。

 

「地獄を見せるだと?地味に生意気を言いやがって」

 

「ああ、同感だ」

 

地獄など、とうに見慣れた。千尋は海の向こうで、宇髄は日本国内で。

 

この程度の戦いが地獄だというのなら、二人は地獄の常連だ。

 

「……曲がれ、飛び血鎌」

 

大穴の上を通過するかと思われた血の鎌が、突如意思を持ったかのように急降下を開始した。

 

音の呼吸 肆ノ型 響斬無間

 

防御の面が乏しい花の呼吸の使い手に変わり、宇髄が血鎌を対処する。

その隙に、千尋は取り出した藤煙弾のピンを抜き、大穴の出口に向かって放り投げた。

 

するとその上を飛んできた血鎌に命中。藤煙弾は起爆を待たずにその煙を広範囲に撒き散らした。

 

「………」

 

あの煙に藤の毒性はない。ただ匂いが嫌いなだけだ。

なら突っ込んで行こうか、と考えるが、もしあれが進化していて、毒性があったら洒落にならない。それにわざわざ視認性を犠牲に突っ込んでいく利点が見当たらない。

 

妓夫太郎はその煙を用心深く見た。

 

だが

 

花の呼吸 肆ノ型 紅花衣

 

音の呼吸 伍ノ型 鳴弦奏々

 

二人が飛び出してきたのは、両隣の屋形の窓から。煙に視線を集中させ、その間に別の屋形に移動したのだ。

同じタイミングで飛び出し、ちょうど妓夫太郎を挟み撃ちにする形だった。

 

いける。そう思ったが、どうやらそんなに甘くはないようだ。

 

血鬼術 円斬旋回・飛び血鎌

 

左右から挟むように千尋と宇髄は妓夫太郎に接近し、呼吸による型を繰り出した。

 

そして、妓夫太郎がそれを何の苦も無く防いだ。

 

三人の剣戟の屋形の屋根瓦が割れる。

打ち合いは続いた。

 

「宇髄行けるかァ!」

 

「応!」

 

宇髄に何かを確かめた千尋は、腰から拳銃を抜くと、妓夫太郎ではない何か向けて発砲した。

なんだ、と妓夫太郎が疑問に思うと、すぐにその答えを足元に見つけた。小さい黒の球体──宇髄が持っていた、火薬玉。

 

「──ッチィ!」

 

気がついた時にはもう遅い。そこら中に転がった火薬玉は最初の爆破から連鎖を起こし、連続で爆破し合い、複数の屋形を倒壊させながらその爆破に妓夫太郎を巻き込んだ。

 

だが妓夫太郎は生きている。当然だ。火薬の爆発で死ぬ鬼など千尋は知らない。

建物の倒壊に巻き込まれ、運良く下敷きになって欲しいと思ったが、

 

血鬼術 跋弧跳梁

 

瓦礫を凄まじい威力で巻き上げながら、妓夫太郎は起き上がる。

 

血鬼術 円斬旋回・飛び血鎌

 

「橘ァ!」

 

「任せろ!」

 

先ほどの血鎌を対処に疲弊している宇髄に変わり、今度は千尋が防御に出る。

 

風の呼吸 参ノ型 晴嵐風樹

 

千尋と宇髄の連携は、煉獄ほどではないが、それなりに合っていた。

二人はそれほど馬が合うというわけではないが、まだ千尋が乙だった時代から、カナエ主催の合同訓練に頻繁に参加していたのだ。

 

「合わせろよォ!宇髄!」

 

「任せろォ!!」

 

花の呼吸 伍ノ型 徒の芍薬

 

音の呼吸 伍ノ型 鳴弦奏々

 

ほぼ同時に放たれる、十を超える斬撃。通常の鬼、さらには十二鬼月の下弦の鬼であれば、一片の肉片も残らない、超高濃度の斬撃だ。

上弦たりとて、ただでは済まない。

 

「──っな!?」

 

「嘘だろ!?」

 

血鬼術 千変万化

 

斬撃が当たる、と思った瞬間、妓夫太郎の腕が増えた。

脇と僧帽筋辺りから、新たに二対計四本の腕が生え、十を超える斬撃を受け流し、弾いてみせた。

 

血鬼術 円斬旋回・飛び血鎌

 

「クッソォ!」

 

腕と獲物が増えたことによって優劣が一変。今度は千尋たちの方が追い込まれてしまった。

二人は背中合わせで防御姿勢をとる。

 

音の呼吸 肆ノ型 響斬無間

 

花の呼吸 弐ノ型 御影梅

 

「やるなぁあ。だがいつまで耐えきれるかなああ?」

 

自身の攻撃を防ぎ切る千尋と宇髄に感心しながら、妓夫太郎はニマニマと笑い、更に攻撃を波状に仕掛ける。四本の腕をさらに回し、飛び血鎌の数を更に増やしていく。

 

「数が多すぎる!」

 

「竈門たちはどうした!?」

 

「貴様が蹴っ飛ばしたんだろうが!このままじゃジリ貧だ!多少強引にでも突破口を開くぞ!!」

 

「応!」

 

音の呼吸 肆ノ型 響斬無間

 

風の呼吸 壱ノ型 塵旋風・削ぎ

 

宇髄の騒がしい斬撃に加え、千尋の猪が如く突進技にまた周囲の屋形は倒壊した。

瓦礫に妓夫太郎の斬撃がぶつかり、手薄になったところで千尋が駆け出し、その背中にくっつくように宇髄に合わせて走り出した。

 

「あんだけベラベラ喋られれば、いやでも後の動きは分かんだよ!」

 

しかし、妓夫太郎はその動きを先読みしていたかのように、持っていた鎌を投げつける。血の斬撃の中に隠すように飛ぶ、不気味な骨の鎌は的確に千尋と宇髄の首を断とうと飛んでくる。しかも、何本も。

 

花の呼吸 参ノ型 牽牛

 

まるで中世攻城戦の弓のように飛んでくる鎌を巻き上げで軌道を逸らそうとする──だがそれよりも早く、千尋たちに斬撃が届くよりも早くに、何かが鎌を弾いた。

 

ヒノカミ神楽 炎舞

 

雷の呼吸 壱ノ型 霹靂一閃

 

獣の呼吸 伍ノ牙 狂い裂き

 

「お前たち!」

 

「よくやった!流石は俺の継子たちだ!」

 

「なんでどいつもこいつも、コイツらを継子にしたがるんだ!!」

 

千尋は来てくれた部下たちに笑みを浮かべながら、宇髄に怒鳴った。

無限列車の時の煉獄も、裁判後の胡蝶しのぶも、今回の宇髄も、全員忘れているようだが、未だ千尋に出された新人監視及び指揮の任は解かれていない。

つまり、新人四名は千尋の部下であるとも同然なのだが、全員なぜか継子や監視下に置こうとする。そろそろ千尋は産屋敷に直談判するのも近いかもしれない。

 

それはそうと、数は増えた。増援はひよっこの新人たちだが、同時に優秀で有望な新人たちだ。

 

(やるじゃねぇかよ新人のひよっこがぁあ。おもしれぇなぁあ)

 

そんな状況に、妓夫太郎はにやりと気味の悪い笑みを浮かべた。

 

 

 

☆★☆

 

 

 

「クッソォ!!」

 

ズドン、と地下の空間に散弾の発砲音が響き、それと同時にキャーという恐怖の悲鳴が起こる。

 

「こっちよノロマ!!」

 

堕姫は地下の空間を縦横無尽に飛び回り、着地の一瞬を狙い、銃口をそちらに向けるが、鬼の奥には怯えて身を縮こめる花魁がいた。

 

これでは撃てない──

 

「愚図!」

 

「ッガ!」

 

発砲をやめたことで、堕姫は一瞬で距離を詰め、玄弥の頭を掴んで土の壁に叩きつける。

普通の人間であれば肉塊になるような威力だったが、鬼化と反復動作で筋力が増強している玄弥はなんとかそれを耐えた。

 

「なんで鬼と人間の間を行き来してるのかしら。さっさと鬼になっちゃえば楽なのに」

 

「テメェと一緒にすんな阿婆擦れ。この売女の死に損ないが」

 

「……随分と口が達者ね。いつまでその減らず口が動き続けるか、拷問して試そうかしら」

 

玄弥はズタボロになりながら立ち上がる。

 

ここは行方不明になった花魁たちが大勢いた。おそらくなんらかの方法で食事を取らなくてもいいように昏睡状態にあったようだが、帯で傘を作ったことでそれが解け、半ばパニック状態に陥っていた。

 

幸運なことに地下空間には宇髄の妻が三人ともいて、自分が鬼殺隊の一員だと告げると、花魁たちの避難に協力してくれた。

 

だがまだ花魁たちの避難が済まないうちに、異変に気がついた堕姫が強襲。花魁の半分以上が地下空間に取り残され、玄弥にとってはやり辛い状況で戦闘が始まってしまった。

 

「しぃぃねぇぇ!!」

 

「遅いんだよこのノロマ!デカいくせに弱いなんて、お兄ちゃんの下位互換じゃない!」

 

玄弥は千尋から支給されたウィンチェスターm1897を撃ちまくる。この銃は素晴らしい銃だ。塹壕戦のような狭い空間での戦いに適し、実際の欧州大戦では、その残虐性からドイツを戦時国際法違反の非人道的兵器であると言わしめた。その上この銃と弾丸は特別性で、通常の何倍もの威力を誇る。

 

だがそれでも堕姫を仕留めるところまでいかないということは、銃の使い手が悪い。状況が悪すぎるのだ。

 

散弾銃は距離を積めることで威力が光る。だというのに、堕姫は自ら距離を詰め、そして玄弥は呆気なく堕姫の髪に捕まった。

 

「まず──」

 

堕姫がそこからさらに動くと、ものすごい力で引き寄せられ、身体が地面から浮き上がる

 

「アハハハハ!!無様ねぇ!」

 

まるで飛ぶように壁を走る堕姫。その動きに合わせ、掴まれている玄弥は壁にズドンズドンと激しく激突する。

 

「死ねぇ!!」

 

(受け身を──)

 

堕姫が一層速度を上げ、そのまま自然に落ちるより早く、玄弥を地面に叩きつけた。グシャ、と何かが潰れるような音が鳴り、花魁の何人かが失神した。

 

確実に頭蓋を割った。それを証拠に彼の頭から脳髄が溢れている。

死んだ。普通の人なら、間違いなく死んでいる。

 

──だが不死川玄弥は、普通ではない。

 

「──アアアア!!」

 

「……まだ立ち上がるんだ。さっさと死ねばいいのに」

 

玄弥は頭を再生させ、即座に立ち上がる。ここにはまだ多くの民間人がいて、上では千尋や宇髄、自分の同期が命をかけて戦っている。自分だけ呑気に寝ている場合ではない。

 

──ふと玄弥は、自分の服に残った堕姫の髪の毛に気がついた。隊服のボタンに絡まって、束で抜けた髪の毛だ。

 

純粋な鬼の一部。

千尋が人工的に作り出した鬼の血液ではなく、純粋な鬼の一部。鬼化の細胞、つまり鬼舞辻の細胞が、あの人工血液よりずっと濃い。

 

玄弥は考える前に、その髪の毛を口にした。

 

 

 

☆★☆

 

 

 

「!?」

 

千尋は一瞬感じたその気配を増援の雑魚鬼かと思いかけ

 

「ガアァァァァッ!!」

 

その雄叫びの主が鬼ではなく人間であると認識した瞬間、すべてを察した。

堕姫生首を、その者、玄弥が小脇に抱えて持っているのだ。

髪を振り乱し赤黒く染まった相貌に涎を出すのも厭わず犬歯を剥いて食いしばる姿は鬼、というより凶暴なヒグマのそれだった。

 

「おい!あれって!」

 

「ああ、あのバカ!血以外を取り込んだな!それも大量に!!」

 

千尋が玄弥に支給したあれは、全て玄弥のことを考え開発したものだ。血を希釈することで有毒性を落としつつ、猗窩座の血を逃れ者の血と混ぜ合うことで血そのものの効力を上げた。

 

絶妙なバランスで作られた奇跡の人工鬼化剤。だがそれは、非常に脆く、他のものとは混ぜてはいけないという規約があった。

他のもの──つまりは純度の高い鬼の一部だ。

 

純度の高い鬼の一部を取り込むと、当然鬼の有毒性は高まり、玄弥自身の精神は鬼に近づく。

今の不死川玄弥は、限りなく鬼に近い。

 

しかし玄弥はこちらに襲いかかって来なかった。ギリギリのところで、理性を保っているのだ。

 

「不死川!私の声が聞こえているのなら!それを遊郭の外にぶん投げて日に当てろ!!」

 

「───」

 

だったらなんだっていい。

まず鬼を一人殺す。

 

しかし。

 

「後ろだ!不死川!」

 

堕姫の頭を持ち、大きく振りかぶる玄弥の後に、一瞬で姿を消した妓夫太郎が現れ、その猛毒の刃が玄弥の左胸を容赦なく貫いた。

 

「不死川!!よくも!!」

 

部下をやられ、怒りで我を忘れた千尋。

 

それこそが、妓夫太郎の狙いだった。

 

 

 

 

 

 

 

血鬼術 円斬旋回・飛び血鎌

 

 

大規模な血の斬撃。

それはもはや、天災と言えた。

 

この日、吉原遊郭は崩壊した。

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