帝国の鬼狩り   作:ひがしち

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第十四話 吉原遊廓 陸

どれくらいの時間が経ったのだろうか。毒が回ってしまった千尋は、もはや腕時計で時間を確認するのも億劫なほどに弱っていた。

ふと誰かの気配を感じ顔を上げると、上弦の伍、兄鬼の妓夫太郎の姿があった

 

「なんだ?お前まだ生きてんのか」

 

「……しぶとさなら、お前にも負けんさ」

 

いつもの調子の軽口も、これが精一杯。

妓夫太郎は思い切り嘲るように言うと、瓦礫に凭れる千尋に視線を合わせるようにしゃがみ込んだ。

 

「かわいそうになあ、お前以外の奴はもう皆んなダメだろうしなぁあ」

 

そう言われて、千尋は目だけを動かして周囲を見渡した。

吉原遊郭は、かつての栄光はなかったかのように、まるで災害が見舞われた荒れ地のように、瓦礫の山と化した。

 

その風景に、千尋は西部戦線を思い出した。

 

「刈り上げ頭は鎌で刈って上と下をバラバラにおいたからもう再生しねぇ。猪頭は心臓を一突き。黄色い頭は瓦礫に押しつぶされて苦しんでるから、死ぬまで放置だ。蟲みてぇでみっともねぇ。デコ頭も同じだ。背負ってるもん守って押しつぶされた。もう一人の柱も弱えなぁあ。確認したらもう心臓が止まってた」

 

「……みんな死んだか」

 

また千尋は死に損なった。千尋だけが生き残った。

 

「みっともねぇみっともねぇなぁ。お前ら本当に惨めで、特にお前は格別だ!」

 

妓夫太郎は千尋の脚に血鎌を刺した。グシャリという音があたりに響き、骨が砕けた感覚が伝わるが、痛がるのも億劫だった。

 

「この絵葉書、お前だなぁ。見事なもんじゃねぇか。外国の戦場を走って斬って生き残った。勲章もいっぱいだなぁ。車も持ってるんだってなぁあ。海の向こうの王様からもらったんだってなぁあ。その王様が、今のお前を見るとどう思うだろうなぁあ!」

 

妓夫太郎は千尋の手を踏み、そのままじわじわと力を込めた。徐々に骨が圧迫され、ゆっくりヒビが入り、ゆっくりと激痛が脳に伝わった。

 

「お兄ちゃん!半分こって約束でしょ!?食べられる部分少なくしないでよ!」

 

「おっとそうだったなぁ。いけねぇいけねぇ、ヒヒヒ」

 

咳き込みか細い息をする千尋に、妓夫太郎はゆっくりと手を伸ばした。頭をちぎり、それからゆっくり食らうつもりなのだ。

だが千尋の口が動いたのに気がついて、妓夫太郎は手を止めた。

 

「アレが吸いたい」

 

「はぁ?」

 

それは、千尋の最後の願いだった。

腕を上げるのもやっとなのだろう。震える腕を持ち上げ指を指す。

 

その方向に目線を送ると、瓦礫の山と化した屋形があり、よく見ると、遊女のものであろう喫煙具が転がっていた。

 

千尋は最後に、煙草が吸いたいと言っているのだ。そんな彼の姿を見て、妓夫太郎は身体を震わせながら大きく笑いだした。

 

「ヒハッ、ヒヒッ、ウヒヒハハハッ!そうかそうか!最後に煙草が吸いてぇか!英雄の最後はどんなに立派なもんかと思ったら、遊女が吸ってた煙草が吸いてぇってか!」

 

妓夫太郎はそう言って千尋の髪を掴んで引き倒し、その腹を思い切り踏みつける。千尋の身体が跳ね、口から血が弾けるように飛び出した。

 

「みっともねぇなぁあ。みっともねぇ。だがいいぜ。俺は欲望に忠実な人間が好きだ」

 

そう言って妓夫太郎は腰を上げて喫煙具を拾い上げ、火をつけて千尋の口にタバコを運んだ。

それを千尋は迎え入れ、タバコを咥えて肺いっぱいに煙を吸い込む。だがタバコを吸ったことない千尋は最大に咽せ、それを見た妓夫太郎はまた手を叩いて大笑いをした。

 

「これを持ってた遊女を好きだったのか?」

 

「いや。一度吸ってみたかったんだ。酒も煙草も、欧州に行ってもやらなかったからな」

 

徐々に千尋の息が弱くなる。

毒が回り、徐々に心臓の鼓動が弱まっているのだ。

 

「そうかそうか。じゃあ、心置きなく死ねるなぁあ?」

 

「ああ。これで──貴様らを斬れる」

 

千尋の袖元で何かが光ったと思うと、その瞬間、妓夫太郎は袈裟斬りに斬られていた。

 

千尋が、毒に犯され腕を上げるのも精一杯だったはずの千尋が、刀を振って、さらには妓夫太郎に一閃を喰らわせたのだ。

 

何故だろう──妓夫太郎はすぐに千尋がほおり投げた()()()を見た。

 

あれはアドレナリン注射器。

我妻が那田蜘蛛山の蜘蛛の毒に犯された際、千尋が打ち込んだ医薬品である。

 

アドレナリン注射器は、蜂毒などの虫刺されや食物アレルギー、薬物などに起因するアナフィラキシー反応に対して用いられる自己注射薬で、交感神経に作用し、強心作用や血圧上昇作用を示し、気管支を拡張させて呼吸量を増加させる作用を有する。つまり、千尋たち鬼殺隊にとって、アドレナリン注射は簡易的な強化剤とも言える。

 

最新技術であるアドレナリンは、当然妓夫太郎が人間だった時代には存在しないものだが、毒物を扱う鬼として、その効果は本能のようなもので感じ取った。

 

だが同時に、そんな劇薬を短時間で注入したら、激しい副作用があるとも感じ取った。

 

それは正解である。

アドレナリンの過剰摂取を行えば、心室細動や脳出血、さらには激しい興奮も起こる。

さらにアドレナリン注射は時間をおいて少量ずつ行う必要があり、三分以内で大量に打ち込む行為は極めて危険な行為だ。

 

実際、千尋は全身が焼かれるような感覚に陥り、さらには心臓が痛むほどの鼓動を感じていた。

 

だが千尋はそんなことを感じさせない動きをしてみせた。

 

その理由は煙草──否、阿片である。

最近客がよく遊女に吸わせたり、行為前に吸ったりしていたのを四郎兵衛である千尋は知っていた。

 

阿片には強い鎮痛作用があり、千尋は無理やりに薬物の力で、アドレナリンの副作用を押さえ込んだのだ。

 

到底人間に成し得る技ではない。

 

──千尋の首には、桜の痣が浮かんでいた

 

(痣?あんなもん最初っからあったか?いや、今はそれどころじゃねぇ。とにかくこいつをぶっ殺──)

 

突如として、妓夫太郎の思考が止まる。

脳の機能が停止したのだ。

 

だが鬼、それも上弦となると停止した脳はすぐに動き出し、事態の掌握を図る。

 

脳が突如として機能停止に陥った原因──妓夫太郎は、脳に何らかの異物が入り込んだことに気がついた。

 

異物──おおよそ小石ほどの鉄の塊...弾頭である。

だがそれは、千尋が持っていた拳銃の弾頭ではない。もう少し大きい──小銃の弾頭。

 

鋲を打った軍靴の音が、獣の咆哮にも等しい男たちの叫び声が、幾度にも重なり、辺り一帯を閉めた。

 

「兵隊どもかぁ!!」

 

土煙を抜けて、屈強な男達が次々と姿を現した。超法規的措置が故、出動が遅れ、朝まで来ないとされていた援軍。

 

帝国陸軍近衛師団第三歩兵連隊。

 

遊郭の異変に気がついた住民が通報してその連絡が陸軍に回り、ようやく出動命令が下ったのだ。

 

「怯むなぁ!!突撃ィ!!」

 

日本が誇る世界一の精鋭近衛兵らは、小銃で弾をばらまくと、軍刀と片手に突撃を敢行した。

 

もちろん、ただの銃と軍刀で鬼が死ぬわけがない。むしろ妓夫太郎からすれば、人間どもが自分から食われにくる。体力の回復にはもってこいの状況。

 

妓夫太郎は気分が向上するのを感じた。勝てる。そう思った。

 

だがそれは、妓夫太郎だけではない。

 

全集中 音の呼吸 伍ノ型 鳴弦奏々

 

「譜面が完成した!!こっから勝ちに行くぞ!!」

 

死んだと思われていた宇隨を筆頭に、他の隊士、竈門達が瓦礫の中から刀を持って立ち上がったのだ。

その目に宿る炎はまだ消えていない。まだ戦える。千尋はそう確信した。

 

 

 

☆★☆

 

 

 

まだ戦える──そう思っても、戦場は均衡した。

たしかに第三歩兵連隊の援軍は有難かった。だがそれでも上弦の鬼の首には手がととかず、有効打のないままに時間だけが過ぎていった。

 

とはいえ今絶対的に有利なのはこちら側だ。

妹の堕姫は日光を遮るための傘に全ての能力をつぎ込み、今は丸腰、動きが早いだけの雑魚鬼に成り下がった。

 

つまり実質今は数千対一。

 

むろん、と死臭漂う遊郭で、入山思う。

そんな雑魚の一を殺す過程で死ぬ数十人かその程度の数は出るだろうと予測できる。

 

「やれ!!不死川!!」

 

「うおおおおお!!」

 

入山の叱咤に雄叫びで応える玄弥。

 

鬼の強靭な身体能力で堕姫の目前まで迫り日輪刀を振るう。が──

 

「ハハッ!馬鹿じゃないの?斬れるわけないでしょ、アンタなんかに私の頸が!!」

 

玄弥の刃を受けた堕姫の頸が帯のように伸びてグニャリと曲がっている。

 

「ッ!?」

 

驚く玄弥は、しかし、すぐさま反応し飛び退く。玄弥君の一瞬前にいた場所に鋭い爪が立てられていたのだ。

 

「なんだ今の!?」

 

「頸を斬られる瞬間に柔らかく受け流したというところだろう。あの鬼、操るだけではなく自身も帯になれるのか」

 

苦戦を思わせる展開に、思わず入山の眉間に皺が寄る。

 

「いったいどうすれば……?」

 

「……考えられる方法は三つ」

 

疑問を漏らす玄弥に入山は答える。

 

「一つは柔らかく変化させるには斬られると認知してからになるだろうから、認知できないほど素早く斬る。二つ目は布を断つ鋏のように二方向から斬る。そして三つ目は……」

 

「三つ目は?」

 

「……帯になったところを貴様の銃で撃って吹っ飛ばす」

 

「それってつまり……」

 

「ああ、私が接近戦を担当するから、隙を見てぶっぱなせ」

 

入山が持っている三八式歩兵銃と、玄弥が持っているウィンチェスターm1897とでは近距離における被弾面積がまるで違う。

 

当然、散弾である玄弥の方が広い。広いのだが、それはつまり、味方にあたる可能性も高いということだ。

 

この状況で言えば、まず入山が堕姫の首が帯になるよう戦い、帯になった瞬間を狙って玄弥が撃つということ。

それは前提として入山が堕姫に刀の間合いほど近づく必要があり、それで玄弥が下手に距離をとって撃ってしまうと、入山にも被弾の可能性が出てくるのだ。

 

きっとその提案を推すということは、覚悟の上なのだろう。

玄弥も入山の強い目を見て、覚悟を決めた。

 

「いくぞ!!」

 

「はい!!」

 

玄弥の返事を合図に事態が動く。

まずは弱い玄弥からと、堕姫はその鋭い爪を彼に向け、猪が如く突進をする……が、

 

「お前の相手は私だ!」

 

入山が横から腕を掴むと、そのまま腕を引っ張って堕姫の体勢を崩し、腰を乗せて勢いのままに

 

「セイッ!!」

 

一本背負いで投げ、首から地面に叩きつけた。

 

「なっ!?この!!」

 

堕姫は投げられたことに驚きながらも、反撃せんと折れた首を治しながら入山に爪を立てる。

 

だが入山はそれよりも強い力で堕姫を押さえ込み、その顔をグチャグチャに殴って叩き潰した。

グシャ、グチャ、という生き物が潰れる音が周囲に響き、堕姫の逃亡阻止のため周囲に展開した兵士たちも顔を顰めていた。

 

「こ、このッ!!」

 

殴られ続けた堕姫はたまらず腕を帯に変え、地面を叩いて石を飛ばし、入山の顔に当てて、自分の体の上から退かした。

 

「刀もない相手に私が殺されるわけないじゃない!アンタらロクに呼吸も使えないくせに!!」

 

「そうだな!!」

 

緩慢な動きで立ち上がる堕姫は転がった入山に向け右手を振りかぶるが、入山はそれを再び受け止め、今度は腕十字固めで堕姫の右腕を引きちぎった。

 

「私は呼吸が使えない!だが私は諦めたりはしない!皇国日本のため、私は最後の鼓動まで動き続ける!!」

 

「アンタ馬鹿じゃないの!?国だのなんだの、規模が大きくなりすぎよ!アンタ一人の頑張りなんてたかが知れてるわ!無駄な頑張りなのよ!!」

 

「たった一人されど一人だ!!」

 

すぐに再生させた右腕で再び振りかぶり、次は頭ではなく腹を狙う堕姫だったが、入山はそれを見切り、カウンターパンチを放つと、見事に堕姫の鼻っ面に命中。堕姫は大量の鼻血を出しながら、血よりも顔を真っ赤にして激怒した。

 

「よくもアタシの顔を殴ってくれたわね!!もう許さないから!!」

 

「どうせ再生するんだろ!?ちょっとくらい我慢しろォ!!」

 

接近戦ではこちらが有利と悟って堕姫は急いで距離を取ろうとするが、それを入山が許すわけがなく、銃剣を抜いた入山はそのまま堕姫目掛けて投擲。堕姫は建物に刺さる形で拘束された。

 

「こ、このッ!!」

 

「人間をーーー舐めるなッ!!」

 

強烈な拳骨を顔に命中させ、堕姫は白目を向いた。

その瞬間を入山は見逃さない。即座に軍刀を抜いて堕姫に斬りかかる。

 

だがその瞬間、入山の右目を何かが通過する。

一瞬の感触は柔らかいものだったが、それは上等な刀よりも鋭利なもの──堕姫の帯だった。

 

堕姫が傘の帯の一部をこっちまで呼び寄せ、入山の目を抉ったのだ。

 

だが入山が、虎熊一二三はその程度で止まらない。入山は全身全霊を持って刀を振り下ろす。

 

当然、堕姫は首を帯の布に帰ることで斬られるのを回避──それが二人の狙いとも知らずに。

 

「撃て!不死川!!」

 

その瞬間、瓦礫に隠れていた玄弥が姿を現す。

 

銃を構えた玄弥は想像通りの光景を目にした。

堕姫の首を帯にするため、入山はほぼ零距離まで近づいている。このままでは入山も散弾に巻き込まれる。

 

だが絶好のチャンス。一撃必中は銃撃の掟である。

 

「しぃぃぃねえええ!!!」

 

堕姫は唖然とした表情を浮かべながらも、大慌てで入山の目を抉った帯を玄弥に向かわせ、銃撃を阻止しようとするが、鬼となった玄弥はすぐに回避行動をとった。

 

玄弥は堕姫の首に照準を合わせ、フォアエンドを引いた。距離は10メートル。無風。

 

「待って!!アタシはまだ死にたくない!!」

 

死を悟った堕姫が必死に命乞いをする。もし堕姫がたった一度でも命乞いをした人間を見逃していたら、この命乞いも聞いてやろうと玄弥は思ったが、今それを確かめる術はない。なら、ないのと一緒だ。

 

「お兄ちゃん!!」

 

玄弥は引き金を絞った。

甲高い悲鳴が響き、宙を舞う鮮血が命中を雄弁に告げた。

 

玄弥はこの日、二回上弦の頸を取った。

 

 

 

☆★☆

 

 

 

「譜面が完成した!!勝ちに行くぞ!!」

 

宇髄の声が轟音の余韻に浸る空間に高らかに響いた。

彼の言う【譜面】とは、彼独自の戦闘計算式。分析に時間はかかるものの、完成すれば敵の弱点や死角すらもわかる。

 

しかし今の彼は毒が回り、敵の攻撃を捌くので手一杯であり頸を狙うことは不可能だった。

 

それを行えるのは、自分以外の誰か。千尋か、炭治郎か、それとも我妻嘴平か。

 

宇髄は放たれた刃を全て弾き飛ばし、更に前へ突き進んだ。すでに片腕は折れて機能していないのにもかかわらず、全く衰えることのない技の精度に妓夫太郎も青ざめた。

 

妓夫太郎の鎌が宇隨の脚を深く抉り、彼は大きく体勢を崩すこととなったが、宇隨はそれすらもろともせず、続けて型を放った。

 

「舐めんじゃねぇぞぉ!!」

 

しかし宇隨の斬撃は妓夫太郎の皮膚一枚を切っただけで、有効打にはならなかった。

宇隨の攻撃をいなすと、増えた腕で宇隨を殴り飛ばし、自分の拳に骨を折る手応えを感じとった。

 

だがその吹き飛んだ宇隨の後方300メートル。

 

三十一年式速射砲四門が妓夫太郎を狙っていた。

 

「撃てェ!!」

 

三十一年式速射砲が一斉に火を吹き、大地が揺れる。音波は物理的衝撃と化して脳を揺さぶる。

やがて第一斉射が終わり、一秒と経たずに砲弾が弾着する。

 

妓夫太郎は鬼の動体視力を活用し、砲弾をかわすと、反撃の血鎌を構える。

 

500メートル離れているとはいえ妓夫太郎の攻撃範囲内。妓夫太郎は即座に血鎌を振るう。

 

血鬼術 円斬旋回・飛び血鎌

 

強烈な衝撃とともに空気を切り裂く音が響き、砲弾よりも大きな血の斬撃が発射された。

高初速をまとって放たれた斬撃は問答無用で三十一年式速射砲を砲兵ごと一門破壊し、続けて第二斬撃を──

 

ヒノカミ神楽 弐ノ型 碧羅の天

 

雷の呼吸 壱ノ型 霹靂一閃

 

獣の呼吸 肆ノ牙 切細裂き

 

炭治郎たち新人たちが防いでみせた。

 

「兵隊さん達を守るんだ!!今勝機で一番高いのは、兵隊さんたちだ!!」

 

「援護感謝するッ!続けて三十一年式速射砲、及び三八式野砲、撃てッ!!」

 

再び衝撃波と轟音が台地を揺さぶる。

良く動きを予測し、世界最高峰の練度を持った日本砲兵らは弾着点を即座に計算し、なんと高速で動く妓夫太郎に一発命中させてみせた。

 

だがその程度でやられる妓夫太郎ではない。

妓夫太郎は三本の血鎌で砲弾の軌道をそらすと、また砲兵らに向かって血鎌を振った。

 

しかしまた炭治郎たちが勇猛果敢にそれを弾くと、また砲兵たちが砲撃の準備をする。

 

砲撃の速度は一分間に三から四発程度。同じ時間に少しでも多くに砲弾を射出するため、砲手たちは精密な計算をし、一瞬も休むことなく砲撃の手順を踏む。

 

世界一の練度。日清日露で大陸を唸らせた砲兵だ。

だがそれでは足りない。三十一年式速射砲と三八式野砲の計十二門では、妓夫太郎の動きと捉え、その頭をぶっ飛ばすまでにならない。

 

何か他の決定打が必要だった。

 

「炭治郎!!ここは俺と伊之助で守る!!お前は向こうの援軍に行ってくれ!!」

 

「わかった!!」

 

「死ぬんじゃねぇぞ権八郎!!」

 

「撃ち方止め!!竈門炭治郎と宇隨天元の援護射撃に切り替えろ!!」

 

その号令で砲兵たちは三八式歩兵銃に武器を切り替え、絶え間ない弾丸を浴びせた。

 

「宇髄さん!!」

 

「畳み掛けるぞ!!」

 

「はい!!」

 

宇隨の言う通り、場面は正念場。

ここからは将棋で言うところの一手、たった一手を見誤った方が負ける。そういう場面だ。

 

血鬼術 円斬旋回・飛び血鎌

 

音の呼吸 伍ノ型 鳴弦奏々

 

宇髄は放たれた刃を全て弾き飛ばし、更に前へ突き進んだ。すでに片腕は機能していないのにもかかわらず、全く衰えることのない技の精度に妓夫太郎も驚きを隠せない。

 

片腕が使えないのになぜ、とか。毒が回っているはずなのになぜ、とか。そんな事を無意味と分かっていながらも、考えてしまう。

 

「跳べぇ!!竈門!!」

 

炭治郎は言われた通りに跳躍すると、確かにそこが絶好のポイントであると分かった。

 

だが──今の炭治郎では動きが致命的に遅かった。

 

「ノロマがぁ!!」

 

妓夫太郎は四本のうち一本の腕で炭治郎の顎を鎌で貫いた。

 

妓夫太郎の顔に勝ち誇った笑みが浮かぶが、炭治郎の目はそれでも光を失わなかった。

 

(斬る!!頸を斬る!!諦めない、絶対に斬る!!最後まで足掻く!!)

 

炭治郎はすでにボロボロになっている手で刀を握りなおすと、そのまま刃を妓夫太郎の頸に叩きつけた。

猛毒が体内に回っているはずなのに、その力は全く衰えていなかった。

 

(コイツ、まだ刀を振りやがる!!もう死ぬってのになぁ!!)

 

(腕だけじゃ駄目だ、全身の力で斬るんだ!頭のてっぺんから爪先まで使え!身体中の痛みは全て忘れろ!喰らいつけ!渾身の一撃じゃ足りない!!その百倍の力を捻り出せ!!)

 

斬りかかってくる炭治郎を見て、妓夫太郎は息をのんだ。炭治郎の額の傷が、炎の様な真っ赤な文様に変化していた。

 

(なんだ?額の痣が……)

 

「ガアアアアア!!!」

 

炭治郎の口から獣のような咆哮が上がり、その気迫に押されて妓夫太郎の全身に鳥肌が立った。

これはまずい、離れなければと本能が警告した。

 

その時だった。

 

──お兄ちゃん!

 

「……妹を、傷つけるんじゃねぇええぇぇええええ!」

 

妓夫太郎の怒声が上がったその瞬間、体勢不利と思われた妓夫太郎だったが、鬼かそれとも兄としての矜恃か、炭治郎の刃を押し返して見せた。

 

そればかりか、宇隨を鎌で切りつけ、一挙に反撃をした。

 

鬼殺隊側の間違いがあるとすれば、行ける、そう思ってしまったことだろう。

 

一手間違えたのは、鬼殺隊の方だった。

 

妓夫太郎は地面に倒した宇隨に馬乗りになり、鎌を振りかぶる。

もう無理か。そう思ったとき、突如青色の閃光が迸ったかと思うと、振り上げた妓夫太郎の腕に僅かな衝撃が走った。

思わず目を滑らせると、そこには自分の血鎌が刺さっていた。

 

「さっきの忘れ物だ。しっかり届けたぞ」

 

起動を辿ると、遠くで息も絶え絶えで腕を振り下ろしている千尋が目に入った。

そうか、まだいたのか。なら、こっちからだ。

 

「橘ああああああああ!!!」

 

「かかってこい妓夫太郎!!!」

 

妓夫太郎は怒号を上げ、地面が深く抉れるほど強い足取りで千尋に向かう。

 

思えば、コイツが台風の目だった。

 

四年前に上弦の弍がこいつと接触し、その数年後に戦争で英雄と持て囃されていることを知った。その時なぜこいつが戦争に行っているのか疑問だったが、軍と契約を結ぶためだと思えば納得がいった。

さらにそれから数ヶ月後、コイツの手で上弦の参が討たれた。自分よりも強いはずの参、鬼舞辻無惨のお気に入りだった参がだ。

 

そして今回、おそらく情報を集め自分たちが鬼だと特定したのもコイツだろう。

消して身体能力は高くない。刀の才覚がある訳でもない。だが雑草根性と気高さだけでどうにかここまで登り詰めている。

 

そういう人間が、一番厄介だ。

 

一番厄介な敵から殺すのが最適解。

 

いける。一対一なら、こっちの方が有利だ。

 

「死ねぇぇぇぇ!!!橘!!!」

 

 

 

「死ぬのは貴様だ!!妓夫太郎!」

 

 

 

その瞬間、瓦礫の間に、野戦砲の砲口が隠れているのを見つけた。

 

三十一年式速射砲。口径75mm、弾初速487 m/秒の怪物。その怪物が、たった5メートルほどの距離で、こちらに向かって口を開けて待っていた。

 

コイツの姿だけ見えないと思っていたら、この瞬間を待っていたのだ。宇隨たちに戦わせ、野戦砲を隠蔽する隙を作らせ、この時を水辺の鰐のようにこの時この瞬間を狙っていた。こちらを、驚異的な執念深さで狙っていたのだ。

 

事態が飲み込めた瞬間、雄叫びと砲声が重なる。

妓夫太郎が放った血鎌が千尋の肩にくい込み、そして千尋の放った砲弾が、妓夫太郎が続けて放った血鎌と妓夫太郎を粉々に打ち砕き、首が飛んだ。

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